休憩中、訓練所に置いてある新聞を読んだ私は驚愕した。
その日、エクレアの街で毎朝発行される新聞の一面には、国を揺るがす記事が大々的に載っていたのだ。
「ま、まさか、そんな……」
────古代の槍発掘!言い伝えによる聖槍“レガシー”確実か────
とりあえず一面から順にペラペラとめくってみたが、大きな記事はそれだけだった。と言うよりその記事しかない。
その「聖槍」の発見とやらは、余程国にとっても大ニュースだったらしい。
「お、エリアル珍しいな新聞読んでるなんて」
「私だって新聞くらい読みますよ。
まぁちょっと気になる事件があったんですけど、それよりすごいですね、聖槍」
新聞丸々この内容だなんて、普通あり得ない。
人々にとって、余程この聖槍の存在が大きな価値を持っているのだろう。
「そりゃそうだろ。知らねぇのか、あの【救済騎士】ホワイトハルトの第一武器だぜ?
このアイリスの島を襲った“6つの襲来”の全てを封印した英雄だぞ?」
「はぁ────まぁ、何となくしか知りません、それ昔話ですよね?
そういう類いにはあまり触れあってこなかったので」
「マジかよ冷めてんなー、この国の子どもなら一度は聞かされるぞ」
そういうとクレアは、興奮覚めやらぬ表情で立ち上がり、謎の空をきるパンチを始めた。
よっぽどそのホワイトハルトさんとやらが好きなんだろう。
でもここ訓練場じゃなくてロビーだから、もう少し大人しくしてくれないかなぁ────
「そういえばその伝説、ずっと私はただの昔話だと思ってました。
実在したんですね、ホワイトハルトって」
「つっても、もう600年も前の話らしいけどなぁ-」
「ノースコルとサウスシス──2つの国が出来る前ですか」
途方もない時間だ、文献で残っている情報も少ない時代。
たった一人の人間がこうも語り継がれているんだから、その偉大さは周知の物だろう。
そんなことを話していると、外に食事に行っていたセルマとスピカちゃんが戻ってきた。
2人とも美味しいお店に行っていたらしくご満悦の様子。
今度紹介してもらおう。
「エリーさん、新聞読んでたの……?」
「そうなんですよ、ほらこれ」
「うん、知ってる、ホワイトハルトの武器、だよね……!」
ビックリした、大人しいスピカちゃんも嬉しそうにホワイトハルトの名前を口にする。
正直この子なら、このニュース知らないか、知ってても興味ないと思ってた。
「凄いわよね凄いわよね、聖愴よ!
一度でいいから生で見てみたいわ!」
「セルマ、またハイテンションに……
アデク隊長に相談した方がいいですかね」
「朝ニュースを知ったときからこんな感じだから、多分素よ!!」
素で暴走してたらしい。
左眼の緑色はいつも通りだし、本当に興奮してるだけなのか。
「なんだなんだ?」
「おっ、ホワイトハルトの話か?
オレらも混ぜてくれよ!!」
いつの間にか昼休み中の他の軍人たちも集まってきて、皆が口々に今日のニュースのことを話し始めた。
だれもが、やれ聖槍を見てみたいとか、やれ憧れの偉人だとか、そういうリスペクトの嵐だった。
やべぇ──この街の人間のホワイトハルト推しやべぇよ────
その時、訓練所のチャイムが鳴り響いた。
昼時間の終わりの目安──にしてはまだちょっと早い。
それに、鳴った音楽はいつもの物とは違い、しかもその後に放送が入った。
〈大至急、大至急──訓練所など、関係各所この放送が聞こえる範囲にいる者は、速やかに大集会場まで集まるように。繰り返す────〉
軍人たちに伝えられたその放送に、先ほどまで盛り上がっていた人々は皆黙り込んでいた。
そして短い放送が終わると、また口々に皆が喋り始める。
しかし話題は、誰も彼もが先ほどの放送についてにすり替わっていた。
「何かしら……」
「アタシらも行った方がいいよな?」
私が入隊して数年、こんなことは初めてだった。
※ ※ ※ ※ ※
「えー、諸君忙しい時間に集まってくれてありがとう。
このようなことは初めてで戸惑うかも知れないが落ち着いて聞いて欲しい」
手っ取り早く近辺にいた軍人たちが集められた集会場。
そこの舞台で、1人の老人が演説を始めた。
確かあの人はゾルゲ・ムイーバさん。
軍の御意見番兼大目付役を自称する偉い人で、いわばアデク隊長の言う軍の上層部の1人。
あの人が嫌いな人間の部類だろう。
「まったくあのじじいはまだ生きてやがったのか……」
隣で口癖のように呟くのは、あの人ことアデク隊長。
先ほど合流して、私たちと一緒に座っている。
「そこ、アデクうるさいぞ!
【伝説の戦士】だかなんだか知らんが、ガキのまま変わらんなお前は!!」
「へいへーい」
「ったく────」
まったく反省する様子のないアデク隊長に呆れつつも、ゾルゲさんは話を進める。
「今回皆に集まってもらったのは他でもない、ホワイトハルトの第一武器“レガシー”についてだ」
その言葉を受けて、静まったはずの人々がまたざわつきだした。
あの有名なホワイトハルトについてと聞かされ驚くのは当然なのだけれど、気に入らないゾルゲさんはまた叫ぶ。
「うるさいうるさい! 最後まで聞けぇ! よしと言うまで喋るな!!」
イライラしたように演題を叩くゾルゲさん。
よく響くその声は、数秒経ってみんなを黙らせた。
「皆も知っての通り、先日発見された“レガシー”、それが現在は発掘されたマガリ村に保管されている。
それを、今回エクレアで引き取り保管することになったのだ。
諸君には今回、その輸送のための護衛についてもらうよし喋れ!」
許された軍人たちは、合図と伴に口々にその話題について話し始めた。
やれ最高の仕事だ、やれ本物をみることができるのか。
「あのぉ──いい、すかっ?」
その中で一際目立つ声で、青年が1人手を上げた。
あまり大声を張り上げたわけでもないのに、それを受けて会場全体の視線は、一斉に彼に集まる。
「おいまて貴様ら、なぜ私の時には騒いでた癖にコイツの時は黙るのだ!?」
「そりゃ、オレっちの固有能力だからっすよ、ゾルゲの旦那」
注目を集めた彼は、ニヤニヤしながら頭を掻いた。
そこで初めて、周りのみんなは彼の能力で、強制的に目線が引っ張られたのだと気付いたようだった。
「なるほど質問は許そう、それからこの公共の場で、極めて自分本位に固有能力を使ったこともな。
だが、まず名前と所属の隊、配属年数を名乗りたまえ」
「へい、デルス隊第15小隊ナルス・バンスでさ。
今年で5年目になるッスねぇ」
デルス隊といえば、良くも悪くもお堅い戦士の集まりで通っている隊だ。
例えば隊員は皆、パンを必ずちぎって食べるとか。
だから、彼のような軽薄そうな人間がいるというのはとても意外だった。
少なくともパンをちぎって食べるようには見えない。
「で、質問は?」
「なんで、オレっちたちがわざわざみんなでそんなことする必要があるんスかねぇ?
確かに護衛は必要かも知んねぇですが、慰安旅行じゃあるまいしこんな大人数で行く意味なんてねぇでしょう?」
「あぁ、当たり前だがそれも説明の段取りに入っている。
君のような新人が出る幕ではないよ、座れ」
「へいっ」
さしてショックを受けた様子もなく、ナルスはその場に座った。
しかし、腰を下ろした瞬間、ずっと張り付いていた顔面のニヤニヤが一瞬なりを潜めた気がした。
「……………………」
「ん?」
そして一瞬彼と眼があったような気がした、気のせいだろうか?
「で、だ。質問に答えよう。
その理由というのは他でもない、悽愴“レガシー”が、敵に狙われているからだ」