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帰りたい(149回目)  老人の最期、時代の最後


 老人は眼を醒ました。


 長い夢を見ていたらしい。



 多くの人に慕われ、自分の信じた道を行き、皆に惜しまれつつ最期を迎える夢────



 どうやらそれが夢だと分かったとき、老人はその生涯を激しく悔いた。



 多くの人に慕われていたとは言いがたい。


 自分を恨む人間は多く、懐く人間は少ない。


 地位が高い位置に行けば行くほど、緊張と悲しみで眠れない夜が続いた。




 自分の信じた道を歩めたとも思えない。


 若い頃は希望に満ちあふれ、弱きを助け強きを挫くことが、自分の使命だと信じていた。


 しかし、時が経つにつれ、全てがYESとNOで片付けることが出来ないと知ってゆき、やがて理想は折れた。



 皆に惜しまれる──ありえない。


 例えばある少女を利用して、ある青年の人生を狂わせ、ある女性に大きな負担をかけてしまった。


 そんな自分の最期を、果たして悲しんでくれる人間が何人いるだろうか。



 多くの人々を救うためだ──大義名分はあれども老人の歩んできた道は、けっして彼の理想とするところではなかった。




 今まで見ていた夢にはもう続きがない。


 あれは単なる夢だったのか、それとももしや、走馬燈のようなだったのか。



 消えうる意識、吹き消されそうな蝋燭────


 視界はぼやけ、暗い部屋を月明かりがおぼろげに写す。



 嗅覚の閾値は上昇し、耳も殆ど聞こえない、どこまでが自分の身体なのかも定かではない。



 それでも老人は感じた。


 この部屋に誰かがいる、そして自分の手を握っている。




 老人には、その手の温もりで、人物の正体に見当がついた。


 ならば、ここにいるのなら、伝えなければ、最後の一言を。



 あの夢の、その先を、叶えてくれる彼女・・を。



「頼んだ……ぞ────」



 肺も心臓も弱り果てた老人のその声は、ともすれば誰にも聞き取ることが出来なかっただろう。


 しかしそこにいた人物は、確かにその声を聞き取った。



 音を、声を、確かに──その「心」で。



「はい────」



 そのたった一呼吸の応答で、老人は全てが報われた気がした。



 静かに目を閉じ、そして、もう彼が夢を見ることはない。





 サウスシス及び都市エクレア軍最高位司令官アンドル・モーガン、享年83歳。


 時代を築き上げた伝説の、最期だった。

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