老人は眼を醒ました。
長い夢を見ていたらしい。
多くの人に慕われ、自分の信じた道を行き、皆に惜しまれつつ最期を迎える夢────
どうやらそれが夢だと分かったとき、老人はその生涯を激しく悔いた。
多くの人に慕われていたとは言いがたい。
自分を恨む人間は多く、懐く人間は少ない。
地位が高い位置に行けば行くほど、緊張と悲しみで眠れない夜が続いた。
自分の信じた道を歩めたとも思えない。
若い頃は希望に満ちあふれ、弱きを助け強きを挫くことが、自分の使命だと信じていた。
しかし、時が経つにつれ、全てがYESとNOで片付けることが出来ないと知ってゆき、やがて理想は折れた。
皆に惜しまれる──ありえない。
例えばある少女を利用して、ある青年の人生を狂わせ、ある女性に大きな負担をかけてしまった。
そんな自分の最期を、果たして悲しんでくれる人間が何人いるだろうか。
多くの人々を救うためだ──大義名分はあれども老人の歩んできた道は、けっして彼の理想とするところではなかった。
今まで見ていた夢にはもう続きがない。
あれは単なる夢だったのか、それとももしや、走馬燈のようなだったのか。
消えうる意識、吹き消されそうな蝋燭────
視界はぼやけ、暗い部屋を月明かりがおぼろげに写す。
嗅覚の閾値は上昇し、耳も殆ど聞こえない、どこまでが自分の身体なのかも定かではない。
それでも老人は感じた。
この部屋に誰かがいる、そして自分の手を握っている。
老人には、その手の温もりで、人物の正体に見当がついた。
ならば、ここにいるのなら、伝えなければ、最後の一言を。
あの夢の、その先を、叶えてくれる
「頼んだ……ぞ────」
肺も心臓も弱り果てた老人のその声は、ともすれば誰にも聞き取ることが出来なかっただろう。
しかしそこにいた人物は、確かにその声を聞き取った。
音を、声を、確かに──その「心」で。
「はい────」
そのたった一呼吸の応答で、老人は全てが報われた気がした。
静かに目を閉じ、そして、もう彼が夢を見ることはない。
サウスシス及び都市エクレア軍最高位司令官アンドル・モーガン、享年83歳。
時代を築き上げた伝説の、最期だった。