そのあと、スピカはお庭に出て、ぱぱに色々なことを話した。
「そ、そうか……そんな危ないこともあったのか……」
今までの大変だったことや楽しかったこと、嬉しかったこと。
少しだけ話したらぱぱはとっても不安そうな顔をしていた。
「でもね、ぱぱ────」
「いやいい、分かっている。危険だと分かっているからスピカを連れ戻そうとしたんだ。
今さら危険だった話を聞いて決まったことを覆したりはしないよ」
ぱぱはそう言いながら椅子に深くもたれて、目を閉じてため息をついた。
やっぱり話すべきじゃなかったのかな────
これ以上ぱぱにお話ししようか迷っていたら、えれべーたーががうがうと音を立てて動き出した。
「王様、誰か上がって来ましたよ」
「あぁ、妻だろう」
えれべーたーが止まって出て来たのはぱぱの予想通りままだった。
久しぶりに会ったままの顔を見て、スピカはたまらずままに駆け寄った。
「まま、ただいま……!」
「スピカ──!!」
驚くままに、スピカはぎゅっと抱きついた。
冬まではいつもそばにいたけれど、ここを出てからはしばらくかいでいない、懐かしいままの香りがする。
スピカが軍に入って一番辛かったのは、ままに会えないことだった。
いつも優しいままのことが、スピカは大好きだから。
やっと会えた────お話ししたいことがいっぱいある。
「帰ってきたのね、会いたかったスピカ……
ちゃんと食べてる? 怪我してない? 毎日楽しい?」
ままもスピカをぎゅっと抱きしめてくれた。
でもその力は、スピカよりもとっても強くて温かかった。
「まま、痛い────」
「このくらい許して、久しぶりに娘に会って喜ばない母親なんていないわ」
少し泣きそうになりながら、ままはそのままスピカを離さなかった。
みんなの前で恥ずかしい──と思ったら、エリーさんとセルマさんは見て見ぬフリをしてくれていた。
それはそれで恥ずかしいけど。
「ん? スピカがここにいるということは──あなた、もしかしてスピカを軍を辞めさせるために無理矢理連れ戻したの……?」
「ひっ──ご、誤解だ!! 少しスピカが上手くやってるか気になってそれで────」
眼を泳がせながら、あからさまな嘘をぱぱはついた。
さっきの堂々としていた王様もーどのぱぱとはえらい違い。
まぁ、こっちの方がいつものぱぱらしいけど────
「母さんあのね、父さんは僕らに指示を出してスピカを連れ戻したんだ。軍を辞めさせるために」
「まったく、妹にあんなことをさせるなんて、心苦しいったらないですわ!」
「ついでにスピカをお説教部屋に閉じ込めてたよ。父さんたらいけないんだぁ」
「おおお、お前達!! 父を裏切るのか!!」
ここぞとばかりに徒党を組んだ兄や姉に裏切られて、ぱぱはたじたじだった。
「あなた、娘の将来は娘が決めるのだから、口出ししないって約束しましたよね……?」
「あああ、あれは勝手に君が────」
そんなこと話してたんだ。
ままはスピカが軍に入ること自体は快く思ってなかったみたいだけれど、自分で選んだ道を応援してくれるって言ってくれた。
そのあと、何度も2人で話し合って、結局答えが出ないまま今に至るのかも知れない。
「国王って王女様に弱いんですね」
「めちゃくちゃ弱いよ、ままにいつも怒られてる……」
庶民育ちのままは、世間の酸いも甘いも経験した農家の女だとよく言っている。
そんなままに、貴族育ちの自分が尻に敷かれないわけがないって、ぱぱが前に言ってた。ちょっと嬉しそうに。
「じゃ、私忙しいからもどるから────」
「それとあなた」
逃げるぱぱの肩を捕まえて、ままはそっとぱぱに耳打ちをした。
しばらくはびくびくしていたぱぱの顔が、段々と真面目な国王もーどのぱぱの顔になっていく。
「どうしたの、ぱぱ?」
「悪いが、客人の皆よ、今日はお引き取り願いたい。
スピカとリゲルも、一端屋敷に帰りなさい。
今から揺れる──この国が、異常事態だ」
そう言い残すと、ぱぱとままは物凄い早さでお付きの人とえれべーたーを降りていってしまった。
何があったのか、その場の誰も聞くことは出来なかった。
※ ※ ※ ※ ※
お城から追われるように出されたスピカたちは、下までのえれべーたーを使って地上に降りた。
そういえばいつも使っていたえれべーたーだけれど、家出してからはこれも久しぶりに使う気がする。
「いやぁ、一件落着。スピカも戻れるみたいだし、良かった良かった」
「なーにが良かったですか、この変態」
にこにこと笑うリゲル兄の肩を、エリーさんは強めにつねった。
珍しいな、エリーさんが進んで暴力を振るうなんて。
「いたいいたい、離してよ」
「エリーちゃん、あんまりつねったら可哀想よ」
「はーなーしーまーせーんー」
周りが止めるのも聞かず、今日のエリーさんはなんだか強情だった。
なんだか、リゲル兄を千切るまで止めない勢いだ。
「というか、元同僚のお店を燃やすような人間の肩なんか、千切れて当然じゃないですか?」
「え、どゆこと?」
「はぁ……」
エリーさんは言うのもうんざりだというように眼を落とした。
もちろんリゲル兄の肩はつねってままで。
「セルマ、私たちと別れてからの事を説明してください」
「え? えぇ、あれね……」
セルマさんはそう言うとスピカたちと別れてから、商店街でアダラ姉と闘った事を教えてくれた。
負けそうになったこと──イスカさんという人が助けてくれたこと──その人のお店が燃えたこと────
「うそだろ、まさかそんなことが……」
「言っときますけど、セルマは嘘つく子じゃないですから」
リゲル兄を睨むエリーさんは、なんだかとても機嫌が悪そうだった。
「そもそも、なんでこんなまどろっこしいことを。
2人とアダラさんが闘うこと、ロイドやクレアがカペラさんと闘うこと──多分私とアデク隊長が闘うのも、リゲル君の差し金ですよね?」
「う、ん……」
リゲル兄はばつが悪そうにうなずいた。
「なんでそんな、まどろっこしいことを?」
「こうでもしなきゃ、父さんはスピカの実力を認めないと思って。
だから、スピカやその仲間がフェアに戦える場をつくって、スピカにチャンスを作ろうと思ったんだ」
「へぇ……」
じと眼で、心底うんざりしたように、エリーさんはリゲル兄を見ていた。
怒ったエリーさんを前にすると、責められていないこっちまで緊張してしまう。
「な、何かな……」
「そもそも、イスカとセルマがアダラさんと、ロイドとクレアがカペラさんと競ったのはいいとして──私だけアデク隊長相手はおかしくないですか?」
「まぁ結局お前さんの飛び降り自殺で、取り逃がしたがな。
あ、断じてオレは負けてないぞ、スピカを逃がしただけで」
それを負けたって言うんじゃないの?
でも確かに、ぱわーばらんす的には絶対にエリーさんは負担が大きかったはずだ。
あの絶望感は兄や姉とは比べものにならなかった。
「いやぁ、アデクさんが来てるのは知らなかったよ。
そんなことなら最初からまどろっこしいことせずにスピカに協力してたのになぁ」
「『協力してたのになぁ』じゃないですよ。
最初から素直にリゲル君がスピカちゃんの味方してればこんなことにはならなかったんですっ」
それは確かに、スピカもリゲル兄に少し怒っているところ。
協力してくれて嬉しかったけれど、もっとすまーとに応援して欲しかった。
「まったく、何が式典ですかすぐバレるような嘘までついて」
「痛い痛い、ほんとに痛いんだから」
「そもそも全然、フェアじゃないです。
これで一番損してるのはイスカじゃないですか」
「うぅ……」
ぐいぐい押されるリゲル兄が、居心地悪そうに肩を縮こまらせた。
「ご、ごめんよ……ホントに彼女には謝っておく……」
「謝って許してくれればいいですけどね?
あの子が本気で怒って、止められる人間が何人いるでしょうね?」
え、そんなに怖い人なのかなイスカさんて。
前に会ったときは全然そんな感じしなかったけど────
そしてぽつぽつとみんなはお家に帰っていって、残るのはスピカとリゲル兄とエリーさんだけになった。
「じゃあ、私もここで。スピカちゃん、明日からよろしくお願いします」
「うん! 明日もよろしく……!」
この一言も、今日がなきゃ、エリーさんがいなきゃ言えなかったことだ。
これが今日も言えて明日もきっと言える、それが何より嬉しい。
「エリーさん、ありがとう……」
「じゃあ僕たちも帰ろうか」
「うん、リゲル兄も、今日はありがとう……」
こうして、スピカの長い一日はこうして終わった。
そして新しく出来た目標────目指すは大会で一等賞!
~ 第2部2章完 ~
NEXT──第2部3章:槍抜弩張のアウトリーチ