「おつかれスピカ、ありがとう」
「リゲル兄……」
あと一歩、だめだった。
最後の猛攻を防ぎきれなかったスピカは、床に背中を付けて肩で息をする。
「惜しい、すごく惜しいけど、約束の20分。
あともう数秒足りなかったね」
「ふ、不合格……?」
「うん、不合格」
言葉を濁さず、直球に放たれたそのことばは、スピカの胸を抉った。
じゃあ、もうスピカはみんなの元に返れないんだ────
「あんな本気出すことないだろう!
それに、あれだけやれたなら合格にしてやれよ!」
「まぁ、僕もアツくなってしまったのは事実だよ。
でもルールはルールだから、そこやぶったら公平じゃない」
特に悲しそうでもなく、辛そうでもなく、リゲル兄はあっけらかんと言う。
公平公正にうるさいリゲル兄、るーるを決めた以上それを覆す性格じゃない。
「てことでスピカは連れ戻す。いいよね、父さん?」
「え? あ、あぁ……」
ひょいひょいとスピカの望まない方向に話を持って行ってしまうリゲル兄。
でも逆にいいだしっぺのぱぱは、なんだか少し迷いがあるみたいだった。
今までスピカのことをあんなに連れ戻そうとしてたのに、一体どうしてしまったのかな?
「ぱぱ……?」
「あぁ、あーー、も、戻ってきなさいスピカ。
明日からは王国騎士、カペラやアダラと一緒に働くんだよ」
「いやだよ。それにぱぱ、何でそんな歯切れが悪いの……?」
この違和感は、絶対にスピカの思い過ごしじゃない。
実際指摘されて、ぱぱは目を逸らして黙り込んでしまった。
国の国王として、あっちゃいけないだんまり作戦だ。
「父さんは今の君の闘いを見て、君が思いの外強くて驚いたんだよ。
もしかしたら、自分は厳しすぎたんじゃないか、娘の覚悟を無下にしようとしてるんじゃないかって」
「り、リゲルお前!!」
ぱぱはリゲル兄の暴露に少し焦ったみたいだけれど、観念したように両手を挙げた。
「その通りだ──白状する。
自らが決めた事ととはいえ、私がお前の上司ならば辞めさせるのはとても惜しい。
今の闘いは予想するスピカよりも、たくましく気高い、立派な戦士だった」
こういう正直で直球なところは、とってもぱぱらしかった。
あれだけ頑固だったぱぱに実力を認めてもらえた、今まで頑張ってきて褒められたどの言葉より、それはスピカにとって嬉しいことだった。
「まぁ、ルールはルールだし、不合格だけどねぇ」
「おいスピカの兄ちゃん融通効かねぇのかよ!!」
「効かない、公平じゃないもの。
てことで父さん、不合格でいいかな?
良かったじゃない、かあいい末娘が戻るんだもの」
「あぁ……まぁ……」
まだ渋ってくれるぱぱ。
娘の頑張りを認めたいぱぱと、娘を危険に晒したくないぱぱが、闘ってるみたいだ。
「父さん、歯切れ悪いね。国を守る王がそんな態度じゃ、オレは不安だなぁ」
「お父さん、やはり試験そのものを取り消すべきです!」
取り消せばいいという兄や姉、隊のみんな。
取り消せないというリゲル兄。
とても歯切れの悪いぱぱ、スピカのためにみんなが争っていた。
こんな喧嘩になるなら、いっそ──なんて全然思わないけど、話が決まらないとスピカはどうしていいか分からなく無くなっちゃう。
そんなこんなでおどおどしながらみんなを見てたら、こっそりとリゲル兄が、エリーさんにういんくするのが見えた。
それをうけたエリーさんは、小さく、でも深々とため息をついた。
え、なに?
「王様っ、王様っ……とリゲル君?」
エリーさんが、珍しく少し声を張って、ぱぱに呼びかけた。
そこにいたみんなの注目が、エリーさんに集まる。
「な、なにかねエリアル君?」
「僭越ながら今回の試験、再戦とするわけにはいかないんでしょうか?」
「さ、再戦……? 無効でもなく、不合格でもなく、か?」
しばらく考えていたぱぱは、その言葉に渋い顔をした。
自分から言いだしたこと、決めたことなのに、そんなずるみたいなことしてもいいのか、考えてるみたいだ。
「父さん、まぁ、再試験てのは実際にあることだよ?
例えばそうだな──試験監督が兄弟だった時、とか」
「え……?」
まさに、あつらえたかのように今の状況だ。
確かに試験監督が兄じゃ、本当に公平とは言えない──んだけれど、でもそれってこの試験のこんせぷとが成り立たないんじゃ?
「そうだよ、だから僕も保留は賛成だな」
「リゲル、まさか貴様……」
リゲル兄を疑うような目で、ぱぱはしばらく見ていたけれど、それは面倒くさくて考えるのを止めたみたいだった。
「まぁいい、保留──しかしならば、再試験にはどうする?
他の監督を呼ぶか? 今から?
同じ事をしてもスピカの実力が変わるわけではなかろう」
「なら、時間を空ければいいよ。
何ヶ月後か、この試験の代わりとなるような、そんなチャンスがあればいい」
「時間──か、スピカの成長のための……」
そう、スピカが、もっとぱぱに頑張ったって思ってもらえるために、強くなる時間。
みんなと一緒にいるために、強くなる時間が今のスピカには欲しいんだ。
「そうだ、数ヶ月後、冬の終わりにこの街で大会があったな?
新人だけが出場するやつ」
「『ルーキーバトル・オブ・エクレア』だね」
「あっ、それ知ってるぞ! アタシも出るやつだ!!」
ふぅん?
なんだか聞いたことがあるけれど、スピカにはあまり馴染みのない大会だった。
1年に1度この街で行われてるけど、正直るーるもよく分かってない。
「エリーさん、なんだっけ、それ……?」
「『ルーキーバトル・オブ・エクレア』────つまり新人戦ですね。
エクレア軍や王国騎士など、この国で武力を保有する5つの機関の、5年以内入隊した戦士が一同に会して優勝を狙う大会です」
あぁ、ぱぱが毎年見に行ってるあの大会だ。
優勝したらぱぱが表彰するから、名前を売りたい人たちがいっぱい参加するらしい。
「ならば、この試験、一時無効にしよう。
リゲル、お前が審判では公平さに欠ける」
「わざわざ言われると傷つくなぁ」
「そしてスピカ、その大会で今度こそ、お前が軍で働けるという証左を示して見せよ。
今回は驚かされたが、次はもっと厳しく見させて貰う。
もう再試験はないからな、いいか?」
「分かったぱぱ、ありがとう……!」
まだ、完全にぱぱはスピカを認めてくれたわけじゃない。
きっと、これから先に問題を送っただけなんだろう。
だけれど、それでもぱぱとこうして顔を合わせてお話しできるようになったのは、スピカの中でとっても嬉しいことだった。
「良かっわねスピカちゃん!!」
「一緒に頑張ろうな!!」
「うん……!」
今回巻き込んでしまったみんなには申し訳ないけれど、こうやって応援してくれるのも、凄く嬉しかった。
ここから修行、頑張ろう。
「それと──スピカ、たまにはここにも帰ってこい。
母さんはお前のことを毎日心配してるから」
「うん……ありがとう、ぱぱ……」