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帰りたい(144回目)  VSリゲル兄Ⅱ(開戦編)


 場所は変わらず訓練場、鍛錬用の器具は全部横によけられて、今スピカとリゲル兄は対面している。

 午後の傾いた日差しが城の窓を避けて、こちらをしんと見つめるリゲル兄の顔に影を落としていた。


 今のリゲル兄は、正直少し不気味だった。


 今まで産まれてから14年間、スピカはずっとリゲル兄の妹で、リゲル兄の事なら何でも知ってるつもりだった。

 でも、お城を出てからリゲル兄と暮らしてみて、今まで知らなかったリゲル兄の表情をいっぱい見た気がする。



 笑った顔、疲れた顔、真剣な顔────



 今までよりも粗暴で、今までよりも無神経で、今までよりも楽しそうな顔────


 あぁ、リゲル兄は、心底軍にいることが楽しいんだ────


 それにスピカも、毎日大変だけれど仲間たちとの冒険や訓練の日々は今までにない楽しい毎日の連続だった。

 兄の気持ちは、すごくよく分かる。



「いいかいスピカ、準備できた?」

「うん────でき、たよ……精一杯戦える……!」


 軽くほっぺたを叩いて、気合いを入れる。

 それを見て、少しくすぐったそうに笑うリゲル兄のその顔も、スピカの知らない顔だった。


「周りのみんなも、どうか僕が公平なジャッジが出来ているか、見極める証人になって欲しい」


 そうリゲル兄が声をかけるのは、スピカを応援してくれる人たちだった。

 全員がここに残って、スピカとリゲル兄の試合を見守ってくれる。


「頑張ってねスピカちゃん! 武器への対策は完璧なはずよ!」


 セルマさんが、がっつぽーずをつくって応援してくれる。


「お前ならやれるはずだ! がんばれスピカ!」


 クレアさんが、すとれーとに励ましの言葉を送ってくれた。


「リゲル、公平なのはいいけれど結果次第ではオレはお前をボコボコにするからね」


 そう暴言を飛ばすのはカペラ兄だ。


「リゲル! 結果方次第では恥ずかしい過去を国中に流布されることを覚えておいてください!」


 そう野次を飛ばすのはアダラ姉だ。


「リゲル君、目潰しと金的どっちがいいですか?」


 珍しく下品なことをいうのは、エリーさんだった。

 みんなが、スピカの応援をしてくれる────


「ちょっと待って、外野のバッシング酷くない??

 特にエリー、女の子が金的とか言っちゃダメだよ」

「じゃあ目潰しで」

「そういう問題じゃないからぁ」


 周りのみんなの声援いやがらせで、リゲル兄は少しいらいらしている。

 これも、初めて見るリゲル兄。



「始めるんだ────」


 その言葉をかき消すように、ぱぱの声が響いた。


 あつい唾をごくっと飲み込んで、目の前のリゲル兄に集中する。

 そして今、リゲル兄の口から────


「開始だッ!」

「わっ……!?」


 合図とともに、リゲル兄はいきなり接近しての手刀を2,3回こちらに振るってきた。

 速い────けれど避けられないほどじゃない、後ろに飛びながらぎりぎりのところで攻撃をかわす。


「まだまだっ、君の技術はどうかな!?」


 空を切った腕はそのまま勢いを殺さず、円を描くように流れた軌道から、今度は強烈な裏拳が飛んできた。

 急な不意打ちに、かみ持ち銃が一丁飛ばされたけれど、また新しい銃を伸ばして応戦。


「っっっ────!」


 また再びの攻撃を、今度は拳銃でいなしつつ、もう一丁をリゲル兄の方向に構えて牽制しつつ距離を取る。


 それでも体勢を崩さないリゲル兄だけれど、少なくともそれ以上はスピカを追ってこなかった。


「コントラクションアイアン────魔力で伸縮する銃だね、それを防御に使ったのは偉いじゃないか。

 でも裏拳の時に背中をみせたんだから、一発くらいそこで決めてきても良かったんじゃないかい?」


 冷静に分析されると、少し恥ずかしい────


 だけれど今一瞬リゲル兄の腕から光る鎖が見え隠れしていた気がした。


「スピカちゃーん、ナイスよ!

 下手に攻撃してたら鎖で封じられてたわ!!」

「おいおい、仮にも試験中なんだからアドバイスは止めてくれ!?」


 軽くリゲル兄が諭すと、クレアさんはしまったと口元を押さえて黙り込んでしまった。


「まぁ、確かに今引いたのは賢明かな? 加点してあげるよ」

「やった……!」


 ちょっと嬉しくなったけれど、油断せずに何歩か引いて距離を取る。

 ここで捕まったら、元も子もないんだ。


「あぁ、傷つくなぁ、そんなに離れてしまって」

「ごめんね……!」




 作戦は、まずは距離をとってこちらだけ有効な範囲から銃で狙うことだった。

 もし下手に近付けば、鎖の餌食になってしまう確率が高くなるから。


 あとは警戒するのは魔法だけれど、杖を使いこなすには高い技術が必要、術師じゃないリゲル兄相手なら、充分に距離をとって落ち着いて見極めれば、怖いことはない──はず!


 セルマさん談。



「んんっ──“しょっと”……!!」


 取り出したライフル銃で2,3発、牽制に弾を撃った。

 込める魔力によって威力の変わる魔道銃、ぱわーは調節して弱めにしてあるけれど、それでもとっても痛いはずだ。


「うわあぶなっ──おっとととっ!」


 確実に命中するはずだった弾は、きんきんと音を立ててリゲル兄から逸れてゆく。


「嘘でしょ!?」


 反射的に声を上げたのはセルマさんだった。

 一発はぎりぎりで避けられて、もう一発はセルマさんの伸ばした鎖で弾かれたんだ!


 鎖にあんな使い方があったなんて、セルマさんは言ってなかった!


「撃ったあとの君は隙が多いねっ!」

「きたっ────!」


 踏み込んで鞭のように振るわれた鎖を、身をかがめて避ける。

 いつの間にか鎖の射程圏内まで近付いていたリゲル兄は、スピカに逃げる隙も与えず素早い攻撃を連続で繰り出してきた。

 1回2回と避けつつ、正面、右、上それから後ろ。


 しなる金属の軌道を髪や銃を使っていなしてゆく。


「この鎖便利だね、これもコントラクションアイアンか!!

 原理は伸縮するスピカの銃と一緒、魔力を込めると伸びてくれるわけだ!」


 りーるに鎖を戻しながら、リゲル兄が嬉しそうに言う。


「リゲル君て、意外に武器マニアなとこありますよねー。

 なのに決まった武器持たないのは本当イヤらしいです」

「お褒めの言葉、ありがとねっ!」


 エリーさんの野次を無視して、リゲル兄はまた鎖を振るう。

 その放たれた鎖も、また避けて距離をとった。

 このままこれを繰り返していればいけるかも知れない。


「むむむ、そういえばセルマさんは、バリアを起点にして鎖を操っていたね。

 なるほど、杖はあってもバリアが使えない僕では、彼女を参考にしてたらこの武器は使いにくいわけだ」

「げ、気付いちゃった────」


 このまま時間制限までいけると思ったけれど、どうもそうさせてはくれないみたいだ。


「うーん、どうしようかなぁ……これ使ってみようかなぁ」

「それって……」


 セルマさんのもうひとつの武器、「杖」だ。

 普段は防御壁を使ったり、罠魔法に使ったり、空を飛ぶのに使ったり────


 杖は自分の身一つではこんとろーるや安定が難しい魔法も、杖なら楽に使用できるいわば「魔法補助具」みたいなものだって前にリーエルさんが言ってた。


「さっき使えないっていってたじゃん。

 それ、どうするの……?」

「“なんか出ろ”!」


 リゲル兄が軽く杖を振る。

 すると、技の名前とも呼べないような一言と伴に、強烈な魔法に似た何か──圧縮された魔力のびーむが床を裂いていった。


「わっ、危なっ……!!」

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