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帰りたい(141回目)  王宮へのエレベーター

 さっきまで必死に登った山を、こうも簡単に頂上まで行けるのはどうも釈然としないけれど、2回目も登るのは勘弁なので考えないことにする。


「そういえば、さっきから気になってんだが、どーしてお姫様はさっきから泣き続けてるんだ?

 セルマ、まさかお前さんが虐めたのか?」

「いや、虐められたのは自分よ、アデク隊長!

 実は色々あって──協力してくれたイスカさんてマッサージ屋さんのお店に攻撃が当たって、燃えてしまったんです。

 それを見て急に泣き出してしまって……」

「え、イスカのお店燃えちゃったんですか!?」


 それはとんでもないことである。

 どうやら話を聞くに、本人は無事みたいだけれど、これが終わったらイスカのところに様子を見に行かなければ。


「ほ、ほごりがっ!! 王国騎士のほごりがっ!」

「あーあー、姉さんは真面目だからね。

 ガラスが割れたり道を崩したりはよくても、誰かの所有物を破壊してしまったことにショックを受けてるんでしょう」


 隅にうずくまるアダラさんを見て、カペラさんは面倒くさそうにそう言った。


「どうすんだよ、これ……」

「大丈夫、お家に帰ってお触れに入れて毛布でくるんで、美味しいお菓子と暗い部屋と自室のプロマを与えておけば、大体2,3日で回復するから」

「めんどくさ!!」


 まぁ、よくは分からないけれど、カペラさんもイスカもセルマも無事なら何よりだ。

 とりあえずその2人はいいとして、問題は────


「なんでクレアは縛られてるんですか?」

「コイツがっ! 離さないからだっ!」

「暴れないで、そうしてるうちは絶対縄を解かないからね、オレは!」


 意地でも噛みつこうとするクレアに、カペラさんは念押しした。


 まぁ、王子様兼国王騎士様に楯突いた私たちだ。

 連れて行かれる場所が王宮だと言うことを覗けば、当然負けたのなら縛って連行されるのは当然のことだろう。


「じゃあなんで2人は捕まってねぇんだよ!!」

「自分アダラさん連れてきただけだもの」

「私ですか? ──さぁ?」

「納得できねぇ!!」


 自分だけ捕まっているのが釈然としないクレアは、しかし縄からの脱出や王子様への反撃も諦めたようで、ふてくされたようにその場にどっかりと座り込んだ。


「ったく──さっきはロイド・ギャレットがバカにしてくるし、全く酷い1日だ、今日は!」

「え、クレアはロイドに会ったんですか?」

「そうだ? ったくアイツ、アタシ一人でも勝てたのに余計な手出しやがって!!」


 ブツブツ言うクレアだったけれど、それは本当だろうか?

 強者が目の前にいれば滾るタイプの彼だけれど、人が闘ってる関係ない闘いに、無理に首を突っ込む男ではない気がする。


「実を言うとね──彼女わりかしピンチだったんだ」

「あ、やっぱり」

「でもシビれたよ、彼、いや彼女? どっちでもいいや──の攻撃はこの国でもトップクラスだ。

 今回は負けてしまったけれど、是非また一度お手合わせ願いたいね」


 そっとカペラさんが耳打ちしてくれた。


 なるほど、じゃあ今回はセルマ、クレアどちら伴に、私とリゲル君の同期の手助けが入ったんだ。


「どうしたのエリーちゃん?」

「い、いやぁ──この一件、もう事がうまく運びすぎて怖いくらいです。

 さっきから考えているんですが、スピカちゃんを王国騎士に任命するための『式典』なんて、本当に存在するんですか?」

「はぁ? 式典、かい?」


 一通りリゲル君に言われたことを2人に説明してみたけれど、どうやらどちらも心当たりはない様子だ。

 とぼけているという様子でもなく、本当に分からないらしい。


「うん、何のことやらさっぱり」

「どういうことだよっ!? アイツが無理矢理軍を辞めさせられるって言うからアタシ達は闘ったんだぞ!」

「うぅ──あんまり大声出さないで狭いんだから……

 だからぁ、オレたちは知らないんだって式典なんか。

 なぁ、アダラ姉さん?」

「えぇ──ヒグッ! そんな話──ヒグッ! 知らないです……」


 泣きじゃくっていたアダラさんも、嗚咽しながら答える。


「じゃあ、お2人はなんのためにスピカちゃんを捕まえようと?」

「あぁ、父が軍を辞めさせようとしたのはホントだよ。

 でも式典のくだりは丸々知らないなぁ。

 そもそも、スピカ1人が王国騎士になるくらいで、そんな国を挙げたプロジェクトなんてしないよ。家は貧乏なんだ。

 それに、そんなでっかい行事があれば、君たち軍にも警備を任されるだろう?」

「ですよねぇ────」


 私たちはしたっぱだから情報が来なかった──のかと無理矢理納得していたけれど、流石に4人とも全く知らなかったなんてこと、偶然にしてはできすぎている。


「オレも知らねぇし、ありえねぇなそんなこと。

 なんだお前さん達、そんな嘘信じたのか?」

「あ、アタシ完全に信じてたぞ……」

「自分は少し疑わしいと思ってたけどそこまで考えてなかったわ……」


 アデク隊長も知らない式典のお話──やはり、この情報は嘘と言うことになるだろう。

 ならば怪しいのはこの嘘をついた張本人だ。


「これ全部、リゲル君の嘘、ですか」

「アイツかよ!!」


 クレアが憤慨したように地団駄を踏む。

 エレベーターが揺れるのでヤメてほしい。


「え、でもそんな嘘をつく必要あったの?

 状況がよく分からないけれど、そのせいで自分達とお兄さんお姉さんがスピカちゃんのために戦わなきゃいけなかったのよね?

 まどろっこしすぎない?」

「あーー」


 少し頭を巡らして、今までのリゲル君を思い出す。

 彼は冷静な軍人だけれど、彼はどこかつかみ所のない男だ。


 やりそう、やりそうもない、で言われればそりゃあ────


「リゲルならやりかねないね」

「リゲルならやりかねないです」

「リゲル君ならやりかねないと思います」


 その場でリゲル君を知る3人伴が、同じ意見だった。

 信用ねぇな、アイツ。




   ※   ※   ※   ※   ※



 エレベーターが王宮に着くと、懐かしの庭園風景が広がっていた。

 厳かな雰囲気と奥に広がる宮殿は、庶民の私からしたら目の前にしただけで膝から崩れ落ちてしまいそうだ。


「お? 君大人しくなったね?」

「なんだよチクショウ──流石にこんな場所で暴れられねぇよ……」


 すっかり意気消沈したクレアは、カペラさん本人によって縄を解かれた。


 さっきまでアダラさんを慰めていたセルマも、すっかり王宮の雰囲気に飲まれてしまって、ただただ口を開けるばかりだ。

 しょうがないのでアダラさんを引き連れる係は私に変わった────


「あ、きーさん」


 庭園を奥へ歩いていると、私の相棒が通路の真ん中を悠々闊歩していた。

 意外と肝が据わってるんだよなぁ────


「きーさんちゃん? そう言えばさっきから見ないと思ったら王宮にいたの?」

「きーさんちゃんてなんですかきーさんちゃんて。

 きーさん、スピカちゃんのいるところに案内してくれますか?」


 頼むと、小さな猫はくるりと王宮に向き直り、スタスタと歩き出した。

 きーさんは王宮に臆面もなく入って行くので、私たちもそれに従って豪勢な広間を進んでゆく。


「す、すごい──開いた口が塞がらないわ……

 自分達が入ってよかったのかしら……」

「いいよ、君たちはもう客人だ。スピカの友達とその上官さん4名様ごあんなーい。

 我が家だと思ってくつろいでくれたまえ?」

「無理よ!!」


 それにしても、流石は国の中枢と言うべきか、豪華絢爛なその建物の造りは、ここが以前リゲル君に招かれてから2度目であるこの私でも目がチカチカとしてたまらなかった。

 憧れる反面、住みにくそうだなぁ、とちょっと思ったりする。




「そういえば、どうしてリゲルさんはそんな面倒くさくて回りくどいことをしたのかしら?

 自分達に協力して王宮までの道のりを真っ直ぐ教えてくれれば、もっと簡単にここまでたどり着けたはずよね?」

「さぁ、それは分かりませんけど何か考えがあってのことなんでしょう、それも極めて本人本意な。

 後で会ったら直接聞いてみましょう……」

「え、でもリゲルさん、用事があるっていってどこかへ行ってしまったのよね?」

「いや、ロイドはあいつが上にいるって言ってたぞ」

「やっぱり────」


 彼は、きっとこの王宮に帰ってきているだろうと思っていた。


 用事というのは、大方スピカちゃんと王様の話し合いの行く末を見守る用事とか、きっとそんなことだ。



 私たちといっしょに“ラビリンス・ステアー”を登ってくればよかったのに、面倒くさい男だ。


「あ、そうですか。きーさんありがとう……

 みなさん、リゲル君と王様、あとスピカちゃんはこの扉の向こうにいるらしいです」

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