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帰りたい(140回目)  なら、認めよう


 何も答えないぱぱの後を、スピカは付いていく。


 なんだかいつもろいやるじょーくおやじぎゃぐを言って周りのめいどさんたちを苦笑いさせているぱぱとは違う雰囲気で、少しびっくりした。


「ねぇ、ぱぱ────」

「黙って付いてきなさい」


 ぱぱは、王宮の一角にある離れにスピカを連れていく。

 ここは住み込みのめいどさんや執事さんたちが暮らす住居すぺーすになっている。


 昼間の今はみんなお城に出払っていて、歩いているのはスピカとぱぱだけだった。


「この部屋だ」


 ぱぱは、部屋の一つの扉を開けると、スピカを中に促した。

 普通に日当たりのいい部屋、誰かの居住すぺーすみたいだ。


「ぱぱ、ここに何が……あっ────」


 後ろから軽く突き飛ばされて、スピカは部屋の中に押し込まれた。

 慌てて出ようとするけれど、外からぱぱがすごい力で閉めて、その上鍵もかけてしまった。


 まずい、閉じ込められちゃった!


「そんな! ぱぱどうして……」

「すまない、そんな狭い牢屋のような場所に閉じ込めて本当にすまないスピカ……

 だが、末の娘が自ら危険な世界に足を踏み入れようとしている。

 本当ならば闘うことさえお前にはして欲しくないが────せめて、私の手の届くところにいてほしいんだ」

「ぱぱ……」


 ぱぱは泣きそうになっていた。

 痛烈な思いが、見えない扉の向こうからでも伝わってくるみたいだった。

 きっと、スピカをこうして閉じ込めなければいけないことを、とても迷っていたんだ。


 でもぱぱ、あのね、ぱぱ────


「全然暮らせるじゃんこの部屋……」

「え、何??」

「何でもない……」


 牢屋のような場所とぱぱは言うけれど、この部屋は全然そんなことなかった。

 ふかふかの布団に、個室のおといれに洗面所、ぷろままで付いてる────


 あぁ、お菓子とかスピカの部屋にも置いてないのに────


「この部屋、なんの部屋……?」

「元々は取り返しの付かないミスをした新人の従者たを、先輩が閉じ込める部屋だったそうだ。

 それを、私が隣の部屋の壁を壊すように命じて作った」

「あぁ、だから……」


 だからこんな広いのね────


 前にベティちゃんが一人暮らししているお家にお邪魔したことあったけれど、なんならこの部屋はその部屋より広い。

 なんだろ、多分ぱぱの感覚がおかしいんだ。

 スピカは生まれてからずっとぷりんせすだけれど、感覚が庶民に近付いたとかじゃない気がする────


「ずれてるよ、ぱぱ……」

「なにっ!? 私のどこがズレてるって!?」

「娘をこうやって閉じ込めちゃうところとか……」

「なっ!」


 扉の向こうのぱぱが、驚いた声を上げる。

 あーやっぱり気付いてなかったんだ────


「だだだ、だけどスピカ!? よそのお宅でもイタズラをした子どもとかを、部屋に閉じ込めるという習慣はあるらしいぞ!?

 それがズレてるというのか!?」

「うーん」


 じゃあやっぱりぱぱのやってることは正しいのかなぁ?

 でも、教育ってそういうことじゃない気がする────


「そもそもスピカもう14だし……話し合おうよ……」

「なぁスピカ、お前が14歳になって、立派な大人に近付いているのはよく分かる。

 自由を得た気持ちも、王子だった私ならよく分かるつもりだ。

 だが、なぜ軍にこだわる?」

「なんでって……」


 それは、ぱぱにも言えないスピカだけの秘密だ。

 それに今は、スピカがあそこにいる理由はもっと沢山ある。


「仲間がいる、から、だよ……

 軍には────スピカを必要としてくれる、仲間がいるから……

 スピカのために、一生懸命になってくれた、仲間がいるから……

 スピカもそれに報いたい……みんなの役に立ちたい、みんなと一緒に国を護りたいんだよ……!」

「そうか────よい仲間を持ったんだな……

 だが、私が言うのも何だが、あそこは廃れているぞ。

 権力あるものが、優秀なものや才能のあるものを小間使いのようにあしらい、本当に正義を目指す者が泣きを見ている。

 お前のように若い軍人で、何年も司令官に利用され続け、自分を殺し続けなければいけない哀れな隊員を私は知っている」

「軍がよくないってこと……?」

「そうだ」


 軍がよくない、って言うのは考えたこともなかった。

 スピカはただただ教官や隊長、エリーさんの指示に従って訓練や任務を受けていただけで、そういうぱぱのいう「裏の部分」とは無関係だと思っていた。


「だから、お前は軍には向いていないんだ────甘すぎるから……

 その少女のようなことにはなって欲しくない、いつお前がそうなるか分からないと考えたら、私は夜も寝れないんだよ……」


 娘を閉じ込めちゃう不器用なぱぱの、本心の気持ちがその声から伝わってきた。

 だめ────軍を辞めるのは別として、少し泣きそうになってきた────


「強くなりたいなら、王国騎士になればいい。

 軍略を学びたいなら専門の先生を招いてやる。

 仲間が恋しいならいつでも王宮に招けばいい。

 お前の望む場を、提供すると言ってるんだよ?」

「スピカは────」


 スピカは────その後の言葉が、自分から出てこなかった。

 意思は変わらない、だけれどどうやったらぱぱを説得できるかが分からない。



 こんな時、スピカの周りには、いつも人がいた────


 進路に悩んだら家族に相談すれば良かった。

 分からないことがあったら、執事さんに聞けば良かった。

 友だちのぴんちには、別の友だちが助けてくれた。


 でも、今スピカは一人だ。初めての「孤独」だ。


「まぁ、いい。私からの話は以上だ。

 しばらくそこで頭を冷やしなさい」

「ぱぱっ、待って……!」


 まずい、このまま何日も閉じ込められたら、すぐに式典の日になっちゃう!

 そうしたらいくらスピカが駄々をこねても、誰もスピカを軍の一員だとは認めてくれない────


 何とかここから出なきゃ──ぱぱに閉じ込められるなんて思わなかった。

 でもがちゃがちゃとどあのぶを捻っても、叩いても、堅くて開かない!


「やめなさい、お前が怪我をする。鍵がなければ開くことは叶わんよ。

 怪我をさせないために牢屋に入れたのに、ここでお前に何かあったら意味が────おい何してる!?」

「開いた……!」


 操った髪を扉の隙間から外に伸ばして、針金の代わりにして鍵をいじる。

 ちょっと頑張って練習した技だ、軋む音を立てながら、扉は簡単に開いた。


「【コマ・ベレニケス】でピッキングを──そんな使い方が……!」

「リーエルさんが、閉じ込められたらこうしなさいって……」

「クソ、リーエルめ! あ、いやスピカの安全のための手段か──むぅ……」


 いつ誘拐されるか分からないスピカの事を思って教えた技なら、怒るに怒れない、みたいなことでぱぱは悩んでると思う。

 多分今、リーエルさんが左遷させられるかどうかの瀬戸際だ────


「いや、何でもない────」

「ほっ……」


 どうやらリーエルさんの地方行きはなかったみたいだ。


「軍人さんなら、普通だよぱぱ。

 ねぇ、どうして分かってくれないの……」

「お前が心配だからだ、レグルスのようになって欲しくはない」

「あれはスピカが──それにリゲルにいだって軍人さんじゃん……!」

「あいつもいずれ王国騎士になる」


 そうだったんだ、スピカはリゲル兄がどうして軍に入隊したのか知らなかったけれど、きっと兄には兄なりの覚悟があったんだと思う。


 でも、同じ子どもなのに、スピカだけぱぱが許してくれないのはどうして────


 スピカが末っ子だから──?


 スピカが女の子だから────?


「リゲル兄────」

「呼んだ?」

「うわっ……!?」


 名前を呼んだら突然出て来た!

 隣の部屋から顔を出したのは、なぜかここにいるリゲル兄だった。


「ぱぱリゲル兄も閉じ込めてちゃったの……?」

「いや、この部屋は私は関与していない。

 ────いたのかリゲル、こっそり聞くのは感心しないな」

「聞いてるの分かってたでしょ、それに僕は王国騎士にはならないよ。

 今の現場が楽しいからね」


 ふふっ、と、リゲル兄はとても楽しそうに笑った。

 2年とちょっと前から、リゲル兄はこうやってとても楽しそうに笑うことが多くなった。

 前にお家にエリーさんたちお友達を連れてきたとき、リゲル兄がそうやって笑うようになった理由が、何となく分かるような気がした。


 きっと、今も楽しいんだ、スピカと同じように────


「ところで父さん、何してるの」

「見て分かるだろう、お前なら」

「スピカを閉じ込めたの?

 ズレてるよ、父さん……」

「なにっ!? お前までそう言う事言っちゃうのか!?」


 ぱぱ、本気でずれてるって思ってなかったみたいだ。

 まえにままが、ぱぱはよそのぱぱより、子育てを人任せにしすぎてるって言ってたのはこういうことだったのかも知れない。


「それに────さ」


 リゲル兄はさらに続けた。


「それに、自分で未来を選べる素晴らしい国にしたい────おじいちゃんにそういって王の座を譲り受けたのが、今の父さんじゃないの?」

「────────自分の娘は別だ。

 それに覚悟もない者に我が国を任せられない」

「覚悟ならあるじゃないか、アダラ姉さんやカペラ兄さんを振り切ってここまで来るのが生半可なことじゃないって、父さんなら分かるでしょ?」


 その一言で、ぱぱが小さく唸ったのが分かった。


 確かに、ぱぱはスピカがここまで来れるなんて思ってもみなかったんだろう。

 もちろんスピカがここまで来れたのはリゲル兄や隊のみんなのおかげだけれど────


「なら、認めよう」

「ほんと……!?」


 今まで頑なだったぱぱが、ようやくスピカにそう言ってくれた。

 何ヶ月もの間、スピカと喧嘩していたぱぱが、ようやくスピカのことを認めてくれたんだ。


 スピカは嬉しくなって、久しぶりにパパの顔を真っ直ぐ見つめた。


「ありがとう、ぱ────」

「お前も、軍人を名乗るなら闘って勝ち取れ。

 結果次第で、認めよう」



 あ、これ認める気ないやつだ────

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