「いってくださいっ、スピカちゃんっ」
「うおおおおおおおっ!!! 何やってんだお前ーーーーっ!!」
2人の声を背に、スピカは最後の階段を駆け上がった。
「はぁ──はぁっ……エリーさん……!」
最後、アデク隊長がエリーさんを追いかけて行くのが見えた。
多分、あの人が行ってくれたなら大丈夫だと思うけど────
「ん、猫ちゃんなに?」
気付くと、エリーさんの相棒のきーさんがかりかりとスピカの手の甲を引っかいていた。
自分の事に集中しなさい!って言ってるみたいだ。
「あ、うん。分かってる。分かってるよ……」
今は、ぱぱのところに行くことだけ考えよう、みんなが協力してくれたからここまで来れたんだ、それを無駄になんか出来ない。
そして、息を切って走りきった階段のその先。
そこは王宮の部屋の1つだった。
ついに王宮に着いたんだ────
「よいしょ──けほけほ、埃っぽい……」
物置になっているそこには、家具や入らなくなったスピカたちのおもちゃなんかが置いてある。
入ったことは少ない部屋だけれど、昔
「戻ってきたんだ────」
懐かしいお家のにおいをかいだら、少しだけ心が落ち着いた。
春にぱぱと言い合いになって、スピカはこのお家を飛び出してきてしまった。
そのことを後悔はしていないけれど、またぱぱとちゃんと話さなきゃ、といつも気がかりだった。
こんな忍び込むみたいな形でここに来ることになるとは思わなかったけれど、いつも住んでいたこの王宮は、少しだけスピカに力をくれるような気がした。
「よしっ……!」
スピカのお家は、とっても広いし沢山の人がいる。
ここからぱぱをみんなに見つからないように探すのはとっても難しそう────
とりかえず、ここからも気を引き締めないと。
「そろー……」
部屋から顔を覗かせて、周りに誰もいないか確認する。
よかった、とりあえず見えるところには誰もいないみたい────
「スピカ様!?」
「ひうっ……!!」
と、思ったらいきなり見つかっちゃった!
スピカを見つけたのは、白髪の交じった黒髪と、青いぎらぎらした瞳────
うん、おじいちゃんがよく穀潰しってばかにしてたおじさん──王国騎士の3番隊隊長のレスターさんだ。
王国騎士の中でも、スピカたち兄妹の名前や顔まで知っている人はほとんどいないけれど、隊長格の人だけはスピカたちの顔を知っている。
しかもレスターさんはアダラ
だから、きっと2人がスピカを捕まえようと今街を走り回っていることも知っている────
「スピカ様がここにいると言うことは──アダラとカペラは貴女を取り逃がしたのですね……」
「ううん、スピカの友だちが、止めてくれてるの……」
「はぁ、今の新人はとんでもなく強いんですなぁ」
「アデク隊長も、友だちが止めてくれてる……」
「あの【伝説の戦士】も!? どうなってるんですか今のエクレア軍は!?」
驚いてレスターさんが大声を上げる。
まずい、周りの人に見つかっちゃったら大事だ!
「しー、しっ! レスターさん、しーっ……!
スピカ見つかったらやばいの……!」
「はっ、そうでしたそれは失礼────って、スピカ様?
それを私に言うのはいかがな物かと……」
そうだ、確かにそうだ────
レスターさんは見た目よりむきむきで顔い怖の人だけれど、実はスピカたちにとっても優しくしてくれるいい人だから、ここでスピカをすぐに捕まえないでいてくれる。
でも、王国騎士ならすぐにスピカを捕まえて、暗くじめじめした牢屋に入れることも、しなければいけないはずだ。
「いや、まぁ私は直接その任務を受けていないわけですし、流石に何もしていない貴女を捕まえるわけにはいかないのですが……」
「ほっ……」
「しかし、その──無視も出来ないというか……
まさかこんなことになるとも思っておらず、とても戸惑っております」
歴戦の戦士が、頭を抱えて唸っていた。
うんうん唸っていて、見ていて飽きた猫ちゃんが退屈そうにあくびをした。
どうしよう、スピカは早くぱぱのところ行きたいんだけどな────
「レスターさん、スピカをぱぱのところに連れていって……?」
「はい!? いや、それは私の命に関わるのでちょっと……
それにいま私も王を探していたところですし……」
「じゃあ、
ぱぱのところに直接は連れていかないけれど、無視もしない。
多分、レスターさんもそうすれば一安心だと思う。
「王妃様、ですか。今なら自室にいらっしゃるかと……」
「ありがとう……!」
ままのお部屋ならすぐ近くだ。
スピカはレスターさんが言い終わる前に走り出した。
「いや、待ってスピカ様────あぁ、もうっ!」
レスターさんを振り切って、スピカはままの部屋へ走り出した。
「スピカ様!?」
「えぇ、お久しぶりです!!」
使いの人や従者の人たちが、走るスピカを見つけては驚いた声を上げる。
もう、ままの部屋まですぐだし見つかっても構わない。
ままは、軍に入るスピカを止めなかった。
とってもびっくりしていたけれど、それがスピカのやりたいことならって、スピカの強い気持ちを知って、送り出してくれた。
ままに会えたら、ぱぱの所に連れてって貰う前に、今までのことや軍に入ってから会ったこと、ベティちゃんやレベッカちゃんのこと、クレアさんやセルマさんやエリーさんのこと、それにリーエルさんやフェリシアさんのこと────
みんなで訓練したこと、山に登ったこと、授業を受けたこと────
一緒に闘ったこと、釣りしたこと、船に乗ったこと────
食事をしたこと、買い物したこと、お泊まりしたこと────
いっぱいいっぱい話したい。
きっと、ままなら喜んでくれる、最後まで聞いてくれる、だから────
「ままっ──! えっ……?」
そこにいたのは、ままじゃなかった。
「スピカ、来たのか────」
ままの部屋で椅子に座って、昔のスピカのあるばむをのぞいているのは、ぱぱだった。
「なんでここに────」
「お前なら私の所に来る前に、まずママに頼ると思ったよ。
アダラとカペラからいつまでもこちらに連絡がないからもしやと思っていたが、やはりここまで来てしまったか……」
ぱぱは、少し寂しそうに呟いた。
「ままは……?」
「ママは、用事があって少しでかけているよ」
レスターさんも知らなかったなら、多分誰にもばれないように数人の護衛だけ付けてお忍びで出かけているんだと思う。
それだけ大切なことかは分からないけれど、ここに来て久しぶりにままに会えないのはとっても残念だった。
「ぱぱ、その……スピカどうしても軍人さんでいること、認めて貰いたくて……」
「────────来なさい、お前にみせたい物がある」
ぱぱは、椅子から立ち上がると、スピカの横を通って歩いて行ってしまった。
「みせたい物って、なぁに……???」
「…………見れば分かる」
ぱぱはそれしか答えなかった。
仕方がないから、スピカもぱぱの後を付いていく。