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帰りたい(138回目)  VSアデク・ログフィールド


 王宮のある山の中に造られた迷宮“ラビリンス・ステアー”────


 最後の階段から降りてきたのは、私たちの隊の隊長にして軍の幹部、アデク・ログフィールド隊長だった。


「国王からの依頼で、正式に先ほど召喚された。

 今オレがここにいるのは、『軍の戦士として』のアデク・ログフィールドだ。お手柔らかに頼むぜ」

「私たちの足止めって事ですか」


 私たちの登る道を拒む【伝説の戦士】────


 そこに少しの隙も、あるはずがない。


「国に魂を売ったんですか……」

「高貴なるプリンセスサマの前でよく言えたもんだな。

 まぁ、お前さん達の敵になっちまったことは申し訳ないとは思ってる。だが、それとこれとは別だな」


 ジリジリと私たちに詰め寄ってきたアデク隊長は、そのまま踊り場の手前で足を止めた。

 私たちを捕まえるでもなく、襲い掛かるでもなく、ただただ、ここを通さないガーディアンとしての役割を全うするつもりだろう。


 正直相手にしたくない相手という面では、王国騎士たちのそれを上回る。

 この人に闘いでは及ばないことくらい、私は分かっている。

 そして、こちらの手の内もバレている。


 無理だ────


「お金ですか、権力ですか、大人の事情ですか────」

全部だ・・・全部・・。大人がそうそう、軽い理由で部下を貶めると思うなよ。

 それに今お前さん達は大事になってないだけで国を敵に回してんだ。

 大義だか友情だか立派なことだが、同じ理由で自分達を邪魔する輩がいることも覚えておけ、オレみたいに」


 そう皮肉っぽく吐き捨てたアデク隊長だったが、やはり突破出来る隙は私には見つけられなかった。


 厄介な敵──勝ち目はまずないだろう。


「見てくださいよスピカちゃん、あれが国に魂を売った大人ですよ。

 最近も女の人に謝罪できず悶々とした日々を送る、伝説の独身男性ですよ」

「う、うわぁ……」

「やめろ、人に指差すんじゃない!

 精神攻撃なんかでオレに対抗できると思うなよ!!」


 それにしては、一言一言が効いてるような気がする。

 とくに女の人に謝罪も出来ず、の辺りは結構痛いところを疲れた顔をしていた。


「アデク隊長──闘わなきゃ、いけない、ですか……?」

「ここを通りたきゃな?

 やるか、いいぜ。【伝説の戦士】の名が伊達じゃ無いこと、教えてやるよ」


 うわぁ、10年以上キャリアの違う部下の少女2人相手に、よくそんな口がきけたものである。


「スピカちゃん、他に道はあるんですか?」

「ない──と思う……

 表のえれべーたー、裏の階段──この2つを塞がれたら、お城には入れない……」

「そう、ですか……」


 突破口か────


 1つだけあるとすれば、アデク教官は今、自分のことを【伝説の戦士】と自称した事だ。

 彼は普段、自分のことをそう威張り散らして見せる人ではない。


 彼と出会って分かったこと。

 アデク隊長は相手をねじ伏せたいなら、名前よりも実力を行使して言うことを聞かせるタイプだ。

 ただ、ごくたまに【伝説の戦士】を自称する事があるとすれば、それは────


「アデク隊長、私たちを、本気で通さないつもりなんですね」

「当たり前だ、王にここを任された以上、オレも本気を出すつもりなんだぜ……」


 表情無く、アデク隊長は私たちに言う。

 そうだ、彼が【伝説の戦士】と自称する時は、決まって自分のことを皮肉でそう呼ぶときばかりだ。


 彼がその通り名に何を感じているのかは知らないけれど、自分から好き好んで【伝説の戦士】と名乗ったことはほとんどないと記憶している。


 ならば、つけいる隙はそこにあるはず────


「わ、私たちを攻撃って──まさか、りゅーさんまで使う気じゃ無いですよね……」


 りゅーさんは、アデク隊長のパートナー、ドラゴンの精霊────


 普段はアデク隊長の上空を飛んで待機しているが、何かあったときはいつでも助けに来れるようにしているらしい。

 私がりゅーさんを必要とさせるまでにアデク隊長を追い詰められることはないと思うけれど────


「りゅーさんを使って欲しいのか? それとも手の内を知ろうってか?

 残念だったな、今日もりゅーさんはこの上空を待機してる。

 何ならオレの一声ですぐにでもお前さん達をこんがり美味しく調理してくれるぜ?」

「まんま悪役のお言葉、ありがとうございます」


 今のは素で言ったのか、それとも今日は悪役に徹しているのか────


 ただ、思い付いた、方法を────


 この伝説の壁を打ち破る、唯一の方法を────!


「スピカちゃん、ここを突破する方法考えました」

「え、本当に……!?」


 相手には聞こえにくいように、小声でスピカちゃんに耳打ちする。


 アデク隊長は私たちの様子には気付いているが、向こうから何かしてくる様子はない。


「はい。私の合図と一緒に、上に走ってください。それだけでいいです」

「それ、だけ……?」

「それだけです、ただし何があっても、です。約束してください」

「わ、分かった、いい、よ……

 エリーさんがそう言うなら、信じる……」


 確かな目で、クレアちゃんは答えてくれた。


 ならば私もその信頼に応えなければ────


「じゃあ、ちょっとだけ待っててくださいね」


 私はそう言い残すと、階段を数段登る。

 踊り場まで来ると、窓からの風が背中に吹き付けてきた。


「お前さんだけか、エリアル? このオレと闘うのか?」

「えぇ、きーさん槍に」


 槍になったきーさんを握り、構えをとる。


 私の戦闘態勢を見て、アデク隊長はつまないと言わんばかりに鼻を鳴らした。


「真っ向から闘う、その選択をするとは思ってなかったな。

 それともここから不意打ちか?」

「そうですねっ、珊瑚連斬コーラルビート!!」


 私は全ての力を振り絞り、魔力纏まりょくてんで強化したきーさん槍を、アデク隊長の顔面めがけて投げつける。


「ふんっ!」


 しかし私の全身全霊の技は、あっけなくアデク隊長に振り払われてしまった。


 でも、ここまでは予想通りだ。


 私の本当の目的は────


「エリーさん!?」

「な、何やってんだお前さん!?」


 槍を放った僅かな隙を突いて私は、


「スピカちゃんっ、いってくださいっ」

「え、えぇ……!?」


 風が、重力が、私を押しつぶして下に下にと引きずり込む。


 背中から山を飛び降りた私は、その速さを高めながら地面へと近付き始めていた。



「はやくっ!」


 視界の端にスピカちゃんが上がって行くのを捕らえたと同時に、もうひとつの影が飛び降りた窓から私を追いかけてくるのが見えた。


「うおおおおおおおっ!!! 何やってんだお前ーーーーっ!!」


 アデク隊長が常に相手に使う「お前さん」という特徴的な呼び方もかなぐり捨て、彼は落下する私に手を伸ばし、追いつき、そして地面への激突を防ごうとしてくれていた。


「くそ追いつかねぇ!! りゅーさんっ!」


 アデク隊長が叫ぶと、王宮のそのまた上、雲を突き抜けて巨大な影が私たちに追いつく勢いで迫ってきた。


「間に合えええええええっ!!」


 はち切れんばかりの怒号と共に、私とアデク隊長とりゅーさんは、仲良く山の麓まで落下していったのだった。



   ※   ※   ※   ※   ※






「お前さんはぁ、お前さんはぁ、お前さんはぁ────

 いつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつも────」

「あー、あはは……助けてくれてありがとうございます……」


 もう少しで地面に落ちるか否かの所で、私はりゅーさんに咥えられ、なんとか死を免れた。

 高いところからアデク隊長とりゅーさんに救って貰うのはこれで2回目けど、何度やっても怖い思いをするばかりである。


「今から追いかけて────」

「多分スピカちゃんなら、もう上に着いちゃいましたよ? あべっ────」


 りゅーさんが咥えていた私を離し、私は地面に真っ逆さまに落ちる。

 まぁ、高さは全くなかったので、被害と言えば服が汚れるぐらいだったけど、いくら何でも私のことをぞんざいに扱いすぎではないだろうか。


「くそっ──これじゃオレが出張った意味がねぇじゃねぇか……

 ん? お前さん、きーさんはどうした」

「あー、スピカちゃんに付いてくれていると思います」

「はぁ!?」


 アデク隊長は、さらに驚いた声を上げる。


「あの高さからきーさん無しで飛び降りるとか正気かよ……」

「ま、まぁアデク隊長が目の前にいましたし……」


 しかし、先ほど私が飛び降りてきた場所を見上げたが、既に雲がかかって見えなくなっていた。


 あの高さではきーさんがいたら何とかなった────とも言い切れないけど、それを抜きにしても生身のジャンプをキメてしまった私の決断力は、正直今考えると背中に寒い物が走る。


 今回、私流石に無理しすぎてしまったのでは無いだろうか。


「無いだろうかもなにも、無理無茶無謀を通り越して、ほぼ自殺だあんなの。

 失敗したときのオレのキャリアと、プリンセスの悲しむ顔でも考えて、そこで反省しとけバカ」

「ひうっ」


 軽くデコピンされて、私も流石に頭が冷えた。


 もうあんなこと二度としないようにしよう────


「あ、あれ!? おぉいエリーちゃーん!」


 しょぼーんと空を見ていると、向こうから私を呼ぶ声がした。


「セルマ? 無事だったんですかっ」

「え、でも、なんでこんなとこに隊長まで?」

「みなさんこそ、どうして……」



 そこには、泣きじゃくるアダラさん、それを慰めるセルマ────

 必至に逃げようとするクレアに、それを困った様子で引っ張り回すカペラさん────


「グスン……ごめんなさい……ごめんなさい」

「あー、アダラさんのせいじゃないから、どうか泣き止んで……

 カペラさん、なんとかできませんか?」

「そうなってしまったら、しばらくはそのままかな────うわっと! 噛みつかないでおくれ!」

「ガルルルルル! アタシは負けてない! アタシは負けてないぞ!!」


 機嫌の悪そうなアデク隊長と気まずい私も含めて、私たちの集まるこの場は大変カオスなものだった。



「あー、アデクさん。ありがとうございます、その子を捕まえてくれたんですね」

「あぁ……だがすみません、スピカ王女は逃がしてしまいました」


 アデク隊長がカペラさんに申し訳なさそうに報告する。

 この人がこんな他人にこびへつらう姿は初めて見た。


「え、ホントに!? 君の協力かい? 【伝説の戦士】相手に凄いじゃないか!!」

「は、はぁ……」

「いやぁ、まぁここにみんな集まったことだし。

 とりあえず、みんなで王宮まで上がろうか。そこのエレベーターですぐに王宮だ」

「え、私たち捕まるんですか……?」


 まずいことになった、このまま私たちは捕らえられて、王国騎士を妨害した罪で裁判にかけられて、もしかしたら刑務所に────


「いや、君たちはスピカのお友達だろう、だったら客人さ。悪いようにはしない。

 それに、多分あの子も上に着いてる頃だし、追いかけようよ。

 どうなるにしても、あの子の行く末は見届けたいだろう?」


 どうやら、私は人生で2度目の王宮へのご招待にあずかったらしい。


 え、エラいこっちゃ────


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