「“
叫ぶと伴に、アダラさんの背後には周囲の空気が淀んで出来たようなドス黒い雲が立ち込め始めた。
そしてゴロゴロと音を立てるそれは、中で強烈な電気を生む雷雲になっているのが分かる。
「イスカさん、あれ────」
「────────やっぱ、無理かも。これ勝てないよ」
「えぇ!?」
案外諦めの早い人だった。
さっきまであのアダラさん相手に一歩も臆さずとてもカッコよかったのに、一瞬のうちに雰囲気がふやけてしまった。
「なら自分も一緒にあれを止める方法を考えましょう!!」
「あ、いやー、それでも変わらないかなぁ。
1発防げても、2発目3発目は無理だよ。ちょっとまってよ……」
イスカさんはしばらく顎に手を当てて考え込んだ後、ふぅと短いため息をついた。
「え、なんですか?」
「しょうがないかぁ──うん分かった、僕に任せてよ」
「何を──」
言うが早いか、イスカさんは少し前に出ると、両腕を木に変形させて、地面に付けた。
「“グランド・セット”……」
地面に付いた樹木は、触手のようにしなり、割れたりめくれたりした石畳の間から、地面に伸びてゆく。
「まさか地面からエネルギーを吸ってる!?」
「これくらいしないと、あのお姉さんには対抗できないかな」
みると、アダラさんの方も物凄い魔力を貯めた一撃を、その頭上の雷雲に宿していた。
ビリビリと鼓動するその圧力は、近くにいただけで飲まれそうだ。
「い、イスカさん早く!!」
「待ってね、今エネルギーを口の近くまで持ってきてるから──
イスカさんは地面に手をめり込ませたまま、口をガバッと開く。
するとそこには、街の地面から貯めたエネルギーが一点に集中して球体のように集まっていた。
これならきっとアダラさんの電撃にも負けない威力だ。
「面白いですねマッサージ屋さん!!
人としては未完成でも、戦士としては面白いっ!
“ショット”!!」
「“プラス・
雷と木の魔力────2つの塊はぶつかりあって物凄い衝撃波を生む。
近くにいるだけで千切れそうな威力の震動が周囲の家々の窓ガラスを破壊していった。
「くっ、このぉ!」
さらにヒートアップしたアダラさんが、その攻撃の威力を上げる。
均等な力のぶつかり合いが、そのダメ押しで徐々にイスカさんの
「イスカさん! がんばって!」
「あぁぁぁっ!」
しかし白熱するぶつかり合い────
アダラさんの魔力の一端が逸れて────
イスカさんのマッサージ屋さんがあるビルにぶつかった。
「あ”っ!!」
擦れた声を出して怯んだのはアダラさんだった。
自分の店に被害が及んだのに気付いたのか、イスカさんも攻撃を止めて自分の店を見上げていた。
「も、燃えてる!!」
「ホントだー」
アダラさんの逸れた雷はそのままビルディングに発火して、建物をボウボウと燃やしていた。
攻撃の威力が壮絶だったので、その燃え方も尋常じゃない!
「うっわ、どうするのお姫様。あれ僕のお店の階だよ」
「そんな!! やってしまった!! どうしましょう!! どうしましょうっ!!!」
案外冷静なイスカさん────
一方燃えたビルの家主より、アダラさんの方がパニックになっていた。
「えぇっと、まずは消火を!! じゃなくて燃え広がらないようにして────はっ、住民の避難しなければ!!」
「落ち着いてくださいアダラさん! 今ここに住民はいません!! 貴女が避難させたんです!!」
「しまった!! そうでした!!」
今まで圧倒的な力で私たちの前に立ちふさがっていたアダラさんだったけれど、街に被害を出してしまったとたんその人格が変わったのではないかと疑いたくなるほど、取り乱してしまった。
「あのー、とりあえず消防隊呼んでもらえるかな?
向こうの地区にあるはずだから」
「じゃ、じゃあ自分が呼んできます!」
「わ、わ、わ、ワタクシは……」
「リゲルのおねーちゃんは水魔法使えないの?」
「はっ! で、出来ますわ!!」
※ ※ ※ ※ ※
その後、何とか協力をして、イスカさんのお店は消火することが出来た。
けれど、ちょうどマッサージ店の階に当たってしまった電撃は、狙ったかのようにマッサージ店だけを焦がして、見るも無惨な姿に変えてしまった。
「2人とも、消火ありがとねー」
一段落した後、イスカさんは私たちにお礼を言ってくる。
なんだか、いい方がとっても他人事みたいだ。
「ご、ごめんなさい……もともと自分達の事なのに、こんなあり得ないほどのご迷惑をかけてしまって……」
「いいよいいよ、怪我人は出なかったし、保険にも入ってたからね。
しばらく営業できないってだけだよ」
「で、でも……」
もう一度、イスカさんはいいよいいよ、と笑って言う。
「それより、あれいいの?」
「あれ?」
彼女の指差す先には、アダラさんがいた。
なんだか道の隅に座って、頭を抱えて1人で呟いている。
「ワタクシはダメな子ワタクシはダメな子ワタクシはダメな子ワタクシはダメな子ワタクシはダメな子ワタクシは────」
「あー、ちょっとダメみたいね……」
「あれは君が何とかしてあげて。
じゃあ僕はお店見てくるから、また会おうね~」
「ちょ、ちょっと!!」
引き留めようとして、自分にはその資格はないことに気付く。
結果的にだけれどアダラさんの足止めにも成功した今、イスカさんの優先事項はこちらよりも、自分の店の被害を把握することになるのは当然だろう。
とりあえず、消火も終わった今自分に出来るのは、アダラさんを慰める事くらいだった。
「あの、アダラさん? 元気出して?」
「あ、新人さん……ダメ人間アダラに何か用ですの?」
「うわぁ」
先ほどまで自身と活力にみなぎっていた皇女サマが、今では見る影もなくくすぶっていた。
さっきまで闘っていた敵とは言え、なんだかとても見ていて辛い気持ちになる。
「そ、そんな落ち込むことないと思うわ?
あれは明らかに事故だったってイスカさんも言ってたし……」
「そんな事故も起こさないのが王国騎士なのに!! なのに!!
ごめんなさいぃ……! ダメな子で、ワタクシは、ダメな子で……うわあぁぁん!」
「ど、どうしよう……」
泣いて動かないアダラさんをおいてゆくわけにも行かないし────
「お、お城まで連れて行ってあげないといけないってことかしら?」
勝敗はうやむやになってしまったけれど、なんだか厄介なことに巻き込まれてしまった。