やっぱりダメだった。
最初は十八番の鎖で相手を翻弄できたと思ったけれど、そんなものは王国騎士サマの前では無意味だった────
「ちょこまかちょこまかと!! “
「うわぁ危ない!!」
とんでもない威力の雷電が、さっきまで立っていた所を焦がして抉る。
触れるどころか、近くにいただけでも殺されてしまいそうだ!
「王女様は手加減してくれないのね!?」
「名前も知らない若き軍人さん!
眼が合った時から何となく思っていましたが、やはり侮れないタイプでしたね!」
わ、王女様が自分のことを認めてくれた!
でも、本当は光栄なことのはずなのに、手加減する気のないアダラさんを見たら今だけは素直に喜べない。
「このままじゃ足止めどころか殺されちゃう────もう一度“
「2度同じ手は喰らいませんわ!!
「きゃっ!?」
私の鎖を、身体から放散した電流で全て弾き返したアダラさん。
一瞬の選択でさえ、今の自分では到底及ばない領域に相手がいる────!
「くっ────撤退っ!!」
「まーた逃げるのですか?? もうキリがないですね!! ならばっ────来なさい、パサパサっ!」
アダラさんが、手を掲げそう叫ぶと、どこからともなく虹色に光る巨大な蝶がアダラさんの方に寄ってきた。
「せ、精霊────!?」
「そうっ!! “シャイン・バタフリー”!! 名をパサパサっ!
ワタクシの相棒にして至高の精霊です!!」
パサパサと呼ばれたその蝶は、アダラさんの背中に一度留まると、再び羽ばたき始めた。
すると彼女の身体が浮き上がり、空からこちらを見下ろす高さまで舞い上がる。
「空飛んだ──!?」
「空からならちょこまかと素早い貴女でも、簡単に当てれます! “
先ほどと同じ威力の電撃が、束になっていくつも降り注ぐ。
ダメだ、全て避けきれない!
「“ハイ・バリア”っ! そして飛翔ッ!」
壁を張って電撃を受け流しつつ、杖に力を込めて自分も空に逃げる。
寸での所で全てを直撃せずに逃げ切ったけれど、空に逃げても、アダラさんの電撃は止むことはなかった。
「貴女も空を飛ぶ事の出来る軍人さんでしたかっ!
ならば打ち落とすまでっ!」
「“バリア”っ! “ハイバリア”っ!!」
曲がる、尖る、刺さる電撃を機動力だけで避ける。
全てギリギリ、一瞬でも気を抜いたら丸コゲになってしまいそうだ!
「でも、何とか避けてっ────」
そう思った瞬間、電撃に混じってこちらに迫り来る影が雷電よりも速く自分に迫ってきていた!
「“
そのまま杖の揚力を失い、地面に叩きつけられる。
「んなっ────がっ!!」
受け身もとれず、全身がビリビリと痛んだ。
「雷を囮に────自分自ら攻撃を────っ!」
「経験値の差ってヤツです。
さぁ犯罪者だかスピカのお友達だが知りませんけど、とりあえず王国騎士への執行妨害は高く付きますよ」
地面にそっと降りたアダラさんは、こちらにジリジリと近付いてきた。
マズい、まだ時間稼ぎにもなってない────痛む身体を押して、立ち上がる────
「王国騎士────これがあなた達のやり方なのね……
街でこんなヤリたい放題やってしまって……」
「ああそう? 貴女にはそう見えるんですね」
「え────?」
言われて周りを見渡す。
確かに、アダラさんと自分が闘った跡は壮絶に残っていた────
でも焦げたり崩れているのは地面だけで、民家やお店にはまったくと言っていいほど被害がなかった。
「貴女みたいなおてんば相手でも、人々の暮らしを護り、国王の命を護る、それがワタクシたち王国騎士の役目なんです。
むしろ、今回は住民の避難誘導が出来たからいつもより思いっきり闘えましたよ?」
「余裕ってこと、これだけ必死にこっちはがんばってるのに────」
「余裕です、余裕です! 貴女が将来有望な軍人さんだというのは知ってましたけど、それでもワタクシの余裕に変わりはありません!」
言われて、単に悔しかった、所詮敵わない敵と言うことは分かっていても、ここまでの力の差を見せつけられると、諦めや悔しさが沸いてくる。
「さぁ、父さんの前に突き出してあげます!」
ジリジリと近付いてくるアダラさんに、構えをとる。
と──
「ちょっとー、騒がしいんだけど僕のお店の前で止めてくれるかな。
どうしたの? 何があったの?」
背後から誰かに声をかけられた。
「え、だ、誰!?」
「んん、僕? イスカ・トアニ。ここのビルにあるマッサージ店の店主だよ。よろしくね」
「え? あー、よろしく……」
当然のように差し出された手に、思わず握手を返してしまう。
あ、こんなことしてる場合じゃない!と気付いたのは、イスカさんの手を離してからだった。
「そうだイスカさん!! ここ危ないです! 危険なので避難を!!」
「危険?」
ポカンとするイスカさんは、今の状況にピンときていないようだった。
「そうです、早く逃げなさいそこの女性! その人は危険人物ですよ!!」
「え、君危険なの!?」
「危険じゃないわよ!! 勝手に人を危険人物扱いしないで頂戴!!」
「ちっ────」
おっと、王女様の舌打ちなんて滅多に聞ける物じゃないね────
「じゃあ、ここが危険なんで速く逃げてください! ていうか邪魔ですよ貴女!!」
「えぇ……」
ぶしつけに退避を要求され、困惑した顔をするイスカさん。
そりゃまぁ、あんないい方されたら誰だって怒るか困惑するでしょう────
「あ、そうか。ははーん、分かったよ。
君たちもしかして、リゲル君のおねーちゃんの、アダラさんと、エリーちゃんのお友達のクレアちゃん────いや、セルマちゃんでしょ?」
「え、自分達のことを知ってるんですか!?」
「やっぱりやっぱり」
嬉しそうにするイスカさん、もしかして自分って思ったより名が知れてるのかな??
「違う違う、何時間か前に通りかかったリゲル君に聞いたんだよ。
もしかしたらおねーちゃんと2人のどっちかがバトルするかも知れないから、助けてあげてほしいって」
「え????」
それは知らなかった。
もしかしてリゲルさんが、自分のことを心配してスケットとして呼んでくれたんだろうか?
「いや、僕はどっちを助けてとは言われてないけど」
「え、いやいや!! それはあんまりだわ!!」
ただでさえ勝てそうにないのに、そこによく分からないイスカさんという人が自分と対峙するのは絶望的だった。
もちろんイスカさんのことはよく分からないけれど、これ以上状況がよくなることはないと思う。
「あー、じゃあ君に協力すればいいの?
ホントは僕は断ったんだけどねぇ、お店もあるし。
でもこんなお店の目の前でドンパチやられちゃ、商売にならないからねぇ──仕方ない、じゃあ僕が代わりにやるよ」
「えっ……」
そう言うとイスカさんは面倒くさそうに準備運動を始めた。
「そ、そんな、それも悪いですって!!」
「いやいや、ここで暴れられる方が悪いって。
それに、こう見えても僕は元軍人だよ?
戦い方くらい心得てる……と思う?」
「思う────」
どうにも不安になるいい方だった。
「まぁ、僕がピンチになったら助けてよ。それでいいですよね、アダラさん?」
「さっきから聞いていればごちゃごちゃと────貴女関係ないでしょう!?
それともワタクシ達王国騎士に捕まりたいんですか!??」
「捕まるのは勘弁だけど、まぁ負けなきゃいいんだよ」
「後悔しても知りませんよ──」
突然目の前に現れた、どうにもつかみ所のないマッサージ屋さんのイスカさん。
彼女とアダラさんの闘いが始まった────