クレアに表の門を任せ、私たちは上に登るための手段を見つけることにした。
しかし、あのエレベーターを登らなければ、結局王宮まで辿り着くことは叶わないだろう。
ここはやはり、クレアと協力してカペラさんを突破する方法を模索するしかないのだろうか。
「ううん……スピカ知ってる。まだ、方法あるよ。
上まで登る、とっておきの……」
「お、王宮までですか?」
「うん────」
※ ※ ※ ※ ※
スピカちゃんに案内されたのは、山の反対側だった。
正確には、王宮や図書館、軍本部のあるエクレア中央の山より南側のエリア。
ここは、私たちが住む北側のエリアよりも人が少なく、代わりに農業や酪農をポツポツと行っている。
裏側から見る山も、もちろんその大きさに舌を巻くしか無いが、表から見たそれより岩肌山肌が直に飛び出ていて、無骨さや荒々しさが全く別の山みたいだった。
「こんな所に、何があるんですか?」
「みて、あそこ……」
スピカちゃんが指差す方向には、お山の裏にひっそりと構えられた古びた門────
「あ、“ラビリンス・ステアー”……」
先日ソニアちゃんが街角インタビューで宣伝をしていたプロマ番組を思い出す。
そういえば、第三王子のハダル王子が言っていたことだけれど、あの門の奥は山の内部を迷宮のようにグルグルと回る迷宮のようになっていて、その先は王宮へとつながっているらしい。
確かにここを攻略できれば、王様の元まで行く事も出来るだろう。
「でも、中の迷路を攻略しなきゃいけないんですよね。それってとても大変なんじゃ?」
「実はこれ、国の最高機密なの──存在が、じゃなくて登り方が。
登り方は、王家の一族と貴族の一部しか知らないの。
でも、スピカなら知ってる……」
「え、そうなんですか?」
「でも、なるべく使わないってぱぱとの約束を破ることになる──ぱぱを交渉しなきゃいけないから、なるべく使いたくなかった、の……」
確かに、スピカちゃんが話し合いをする以上、なるべく悪い印象を王様に与えておくことはなるべく避けたい。
でも、他に方法がないのなら仕方ない、のか。
「でも、あそこにもやはり見張りの人ますね。
あの人が通してくれるかなぁ……」
例え中が迷路になっているとしても王宮への入口に門番がいないはずが無い。
当然裏口といえどもそこに番人はいて、静かに侵入者がいないかを見張っていた。
屈強な身体に、絶対に壊れそうも無い鎧──見た目だけなら、さっきの王国騎士の2人より強そうだ。
「あの人も、王国騎士────なんですよね?」
「ううん、違う……。趣味で、暇なときは、ああしてる……」
「趣味ィ?」
王宮の門を護るのは、王国騎士の役目だと聞いていた私は、つい怪訝な顔で聞き返してしまう。
しかし、そう言えばこの間の番組でも、強力な門番がいるとは言っていたけれど、王国騎士とは言ってなかった。
じゃあ、あの人はいったい────
「
「兄? しかも一番上?? つまり、それって────」
つまり────第一王子である。
言い換えれば次期国王、とっても偉い人だ。
「え、ちょ、スピカちゃん??」
臆面もなく、スピカちゃんはその怖そうな門番さんに近付いてゆく。
「デネブ兄、久しぶり……」
「おぉ!? おおおおぉぉぉ!? す、スピカか!?」
声をかけられ慌てて
意外にも優しそうな顔で、確かに弟のリゲル君にどこか面影を感じる。
「半年ぶりくらいか!? いやぁ父さんに反対されているとはいえ、たまには実家に帰ってきてもいいんだぞ?」
「うん、今から帰るの。実は表のえれべーたー、使えなくて……
ここ、通して欲しいの……だめ?」
「ここを? うぅん……」
甲冑の次期国王は少し悩ましげな顔で顔をしかめる。
そりゃあ、趣味とはいえ門番なのだ。
そんなに簡単に通れたら意味がない。
「いやぁ、でも実はな?
最近プロマでここを紹介したせいか、試しに登ってやろうという輩がたまにいて困ってるんだ。
親父にもここは通すなって言われてるし。
そもそもどうして表のエレベーターは────」
「だめぇ────?」
「うっ……」
うわぁ、あざとい。
潤んだ上目遣いで兄を見つめる末っ子のそれは、まぁそれはあざといものだった。
私の兄も妹たちには甘い人だったけれど、さすがにあんな利用するようなマネはしたことないぞ────
「そ、そうだな────何も見てないから早く行きなさい。足元は暗いから気をつけてね」
「兄大好き……」
門番なのに────
なんだか、この国の行く末が不安になるような王子様だった。
次期国王、彼のことは忘れよう。
「そうだ、君!!」
「え、私ですか?」
スピカちゃんのついでに通ろうとしたら、私だけ引き留められた。
やはり、国家機密である“ラビリンス・ステアー”の登り方は、一般人の私には教えられないのかも知れない。
仕方がないけれど、私もここでリタイアか────
「いや、そうじゃなくてスピカを頼んだといおうと思って」
「え? そう言うことですか?」
「まぁ、スピカが連れてくるなら悪い人ではないだろうし、今回君も見逃すよ。
そちらの猫も合わせて見なかったことにする」
「あ、ありがとうございまーす」
きーさんもついでに見逃してくれる優しい人だった。
こうして私たちは、王宮に繋がる階段を登り始めた。
※ ※ ※ ※ ※
「ちょ、ちょっと休みませんか────」
ちょっと、いやかなり私は山登りを舐めていた。
いつもは表にあるエレベーターから軍本部に行っているので、高いことは分かっても実際登ったらどうなるかをまったく考えていなかった。
しかも、山の中は入り組んでいて、真っ直ぐ王宮にたどり着けるわけでも無い。
アップダウンの激しい道は、とにかく私の体力ではキツかった。
あと、登り疲れたきーさんが私の肩に乗ってるのも許せない。
「スピカも、少し疲れたよ。ここで少し、お休みする……?」
「是非、是非お願いしますっ」
乞うように頭を下げて、そのまま倒れ込む。
足がキツい、これ以上登れるか不安だ────
「あと、どれくらいですか?」
「もう少し……そこの踊り場を曲がったら、後は真っ直ぐ……」
「あぁ、そうなんですか」
随分と高く登ってきたはずだ。
踊り場は外に面していたらしく窓があり、そこから外を覗くとエクレアの北側の街の風景が一望できた。
遠くに、街を取り囲む白い壁が良く見える。
そしてその向こうは忘れ荒野────乾いた風が顔に当たり、疲れた私の身体を癒してくれる。
「いい景色ですねぇ、スピカちゃんはいつも家でこんな景色見てたんですね」
「いい景色──? 考えたことも無かった、かも……」
まぁ実家からの風景なんて、誰もが見飽きた物だし、改めて思うことが無いのも当然か。
とりあえず、今は景色なんて楽しんでる場合じゃ無かった。
スピカちゃんのためにも、ここで長居するわけにはいかない。
「ありがとうございますスピカちゃん、もう先に行っても────っ?」
「エリーさん! 誰か来る……!」
「えぇ……」
スピカちゃんに腕を引っ張られ、そっと階段を登る足を止める。
確かに────王宮につながるという暗い階段の上から、誰かが降りてきていた。
カツカツと床を踏む一定の音、ゆらゆらと揺れる大きなシルエット────
ちょうど踊り場から差し込む光が、私たちを見下ろす影に光を灯す。
「ったく、なんでオレがこんなことを……あ?
なんだ来てたのかお前さん達。だったら話は早えな」
面倒くさそうに頭を掻くその男性に、私たちはとても見覚えがあった。
「悪いがお前さん達、ここは通らせんぞ」
「うそ、アデク────隊長……?」