スピカちゃんが国王に会って自分の気持ちを伝える──彼女の決心を無駄にしないためにも、私たちは協力をすることを申し出た。
「さぁ、とりあえずここもいつ見つかるか分からない、とりあえず場所を変えよう」
そう言うと、リゲル君は席から立ち上がってそそくさと出掛ける準備を始めた。
「話は移動しながらにしようか。これから君たちがするべきことを伝える。
スピカ、それでいいね」
「うん……」
屋敷を出ると、当然のことだが街はいつもの様子だった。
よかった、まだここはバレていないらしい。
しかしまぁ、裏口からでは分からなかったけど、この屋敷は、都市の一等地に建てられていた。
流石国家権力、と言うヤツである。
「おいおい、こんな表通りから出て大丈夫なのかよ!?」
「そ、そうよね。自分も心配だわ……」
どうやら、私も含め不安を抱える気持ちは2人も同じなようだ。
仮にもお尋ね者の身で、こんな堂々と街を歩いてもいいものなのだろうか。
「大丈夫さ、どーせ襲ってくるのは2人だけなんだ。
あの2人に見つからなければ、どーってことないどーってことない」
そんなものなのだろうか、どうにも彼と話していると、全てを見透かされているのでは無いかと心の底がジワジワ不安になることがある。
まぁ、いつもの彼だと言ってしまえばそれまでなのだけれど、今日のリゲル君はいつにも増して飄々としていた。
「ねぇ、リゲル君。本当に信用していいんですよね」
「当たり前じゃないか、僕が敵になった事なんて一度もないだろう?」
まぁ、彼が私の敵になったことは一度もない。
でも味方じゃなかったことは、いっぱいある気がするんだけど────
「敵もまさか、大通りを堂々と闊歩するなんて思わないでしょ。
裏の裏を欠くってやつさ」
「な、なるほど……?」
よく分かるような、よく分からないような作戦である。
それが相手の正確を知らないからなのか、リゲル君を信用してないからなのかは、よく分からないけど────
「まぁとりあえず、行こうか」
そういって、彼は歩みを進めた。
「まず相手にしなければいけない敵のおさらいからしよう。
王国騎士にして第二皇女、カペラ・ベスト。
王国騎士にして第四王子、アダラ・ベスト。
2人は双子で、僕とスピカの兄と姉でもある」
私たちが先ほど遭遇した2人だ。
闘った(ワケではなく逃げた)のは一瞬だけれど、使った術を見ただけでただ者でないことは何となく想像できる。
「まずはアダラ姉さん。
あの人は雷の魔法の使い手、特に彼女の契約している蝶の精霊『パサパサ』との連携は凄まじいものだ。
王国騎士でも、彼女とパサパサに敵う人間は、そう多くはないよ」
私たちと闘ったときは、その蝶の精霊は彼女の近くにはいなかった。
あれほど強力な雷雲を発動させても、それは力の一端でしかなかったと言うことなのだろうか。
「そしてカペラ兄さんは風魔法の使い手、それもかなり強力だ。
あの人は精霊も固有能力も、武器も持っていない──逆に言えば、身体一つで王国騎士を務めている」
「す、すごいのね……」
王子という身分関係無しに、たたき上げのスキルだけで王国騎士という地位に就いているエリート──国としてはとても頼もしいが、敵になるとこれ程絶望的な相手はいない。
「実力は────そうだな、2人とも軍のa級戦士と遜色ないくらいの実力だと思う。
一応僕もa級ではあるけれど、相手にするのはまず避けたい、ってくらいのね」
「リゲルさんでも勝てないの……?」
「ムリムリ、僕はあの2人には刃向かうことさえ出来ないのさ。ハハハ!」
そう呑気にリゲル君は笑う。
いや、もちろんリゲル君はあと幹部候補と言われたロイドと肩を並べて戦える存在だ。
相手をしても、あの2人とそこまで絶望的な戦力差があるとは思えないのだけれど────
「あ、こっちこっち。こっち通ると近いよ」
「なぁ、ところでアタシ達どこに向かってんだ?」
「どこってクレアさん、それは──あ、さっきの商店街……」
「いつの間にか、かなり歩いてきてしまったようですね」
ここの商店街は、バイト先や訓練場から近いこともあって、私がよく利用するお店も多く建ち並んでいる。
いつもまぁまぁの人で賑わっているので、紛れるなら絶好のポイントだ。
「一般買い物客のフリでもして逃げようか──あらら?」
「だ、誰もいない……!?」
しかし、辿り着いた商店街は人っ子1人いない殺風景なものだった。
普段は賑わう商店街だ、真っ昼間の今、お祭りの日でもこう人がいなくなることはまずない。
「ど、どうなってんだよ……!」
「ふぅん、スピカ、仲間を増やして逃走、と言うわけですね」
いや、1人だけいた────
商店街の向こうから悠々と歩いてくる人影。
私たちの目の前に現れたのは──アダラさんだった。
「うげ、何でいるのアダラ姉さん……」
「うげ、とは何ですか!! うげ、とは!
リゲル、貴方はそちらの味方というワケね!?」
「いや、そんなぁ────」
「言い訳無用!! 貴方が協力していると踏んで、裏の裏の裏の裏の裏の裏を欠いておいて正解でした!!」
裏の裏の裏の────ん? 結局どっちだ?
「あ、あの人がスピカのお姉さんのアダラさんね……?」
「うわぁごめん、まさかここに来ることを読まれてるとは」
「見つからねぇって言うから着いてきたのにゴメンじゃすまねぇだろ!!」
確かに、ここで彼女と衝突すれば私たちにまず勝ち目はない。
ここはさっきと同じように逃げたいところだけれど、それも王国騎士はそう簡単に許してはくれないだろう。
「大人しくスピカを渡してくださる?
わたくしも暇ではないんですよ!!」
「でも姉さん、僕が昨日帰ったとき自室でお菓子食べながらプロマ見てたじゃん」
「う、うるさいですよ!!」
どうやら暇だったらしい。
どうでもいい嘘はやめてほしいものである。
「まぁ何にせよ、ここは通れないワケね。
どうやら、誰かがあの人を止めなきゃいけないみたい……」
そう言って、私たちの中で一歩前に出たのはセルマだった。
「せ、セルマ??」
「あいにく、こういう障害物の多い場所は、自分の得意とするところなの」
「そうですか、軍のしたっぱさんがわたくしに挑むと、そういう流れでいいんですよね?」
ジリジリと隙の無い構えでお互いが距離を測る。
この一瞬でさえ、もし相手が私なら隙を見つけられて詰んでいてだろう。
「セルマ、いくら何でも危険すぎるんじゃ……」
「でも自分があの人を留めておければ、スピカちゃんが王様の所にたどり着ける確率はグッと上がるはずだわ」
確かに、彼女を覗けば残る相手はカペラさんだけ。
このまま見つからずに王様の元にたどり着けると言うのも現実的な話だろう。
「いいのかよセルマ!!」
「適材適所よ────まぁせいぜい死なない程度に、お願いするわっ!!」
そう啖呵を切って走り出したセルマは、杖を構えて敵に一直線に向かってゆく。
「ふん、そんな直線的な攻撃が効くとでも!?」
「効かないでしょう────ねっ!」
しかし敵に向かっていったセルマが、突然右にそれる。
「こっちよっ!!」
「なっ!!」
その腕からは鎖が伸びていた。
鎖で自身を無理矢理引っ張り、敵の不意を突いたのだ。
「いつのまにっ!!?」
「“
死角に入ったセルマが、一瞬のうちにアダラさんを縛り上げる。
鎖を使ったセルマの十八番、その真価は特に、こういう場所で発揮されるのだ。
「鎖っ────? ちょこざいな、ですね。これで足止めですかっ……!!」
「どうせ一瞬でしょう──みんな早く行って!! これ以上足止めできるかも怪しいわ!!」
「ご、ごめんなさいセルマどうかご無事でっ」
私たちは力を振り絞るセルマを背に、私たちは繁華街の方面へ迂回した。
「セルマちゃんがここに残ってくれたんだ、今のうちに距離を詰めてしまおうか」
「お、おいさっきから付いてきてりゃ、あんたどこに向かってんだよ!!」
「どこに向かってって、決まってるだろ」
リゲル君が見据える先には、街の中央にある山がそびえ立っていた。
下段には図書館が、中段には軍の本部が、そして頂上のその先、雲のかかった山の頂上には────
「え、エクレア城────」
「基本王様がいる場所なんて、そこしか無いだろう?」
たった一人の少女を助けるため────対する敵はこの国【最後の砦】。
目指すはこの国の中心地、エクレア城だ。