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帰りたい(128回目)  スピカ’s soul esteem



 多分、スピカが5歳か6歳のころ。


 あの時の景色は、今も心の中にある────



「ハッ──ハッ──スピカ、大丈夫か!?」

「うん、レグルス兄、スピカは大丈夫!」



 スピカは、2番目の兄のレグルスにいに抱えられて、お馬で夜の森を走っていた。

 雨も降っていたと思う、にいはスピカのことをぎゅっと抱えていたのに、それでも雨が顔に少しかかってきたのを覚えている。


「すみませんレグルス様! お忍びでの外出がこのようなことになってしまい────」

「いい、無理を言ってせがんだのは我々なのだ!

 それに王国騎士の助けを呼べないのは困るが、今あの男・・・がここに来る! それまでの辛抱だ!」


 お付きの人とレグルス兄が喋っているのをうっすら覚えている。

 2人ともよく分からないけれど、とても必死に何かを言っていた。


「敵の数は分からんが、少なくとも手練れが数十はいるだろう、厄介だな。

 どうやら父の政策に反対する勢力の、しかも過激派の仕業のようだ」

「くっ、ヤツらとて国王の恩恵にあずかって暮らしているのだろうに……」


 お付きの人が、悔しそうに唸った。


「よせ、それでも彼らにとっては不満に満ちた国なのだ。今は逃げることだけ考えろ!」


 スピカにはよく分からなかったけれど、どうやら今追いかけられているのは、スピカが王女様だからみたいだ。

 ぱぱには世の中には怖い人も沢山いるって聞いていたけれど、きっと今追いかねてきているのがその怖い人たちなんだ。


「レグルス兄、大丈夫?」

「我か? はは、我は元気モリモリだ!

 今こちらに仲間も向かってきているはずだ。

 ヤツさえ来てくれれば、あの程度のヤツらひとたまりもない!」


 こんな時だけれど、不敵に笑うレグルス兄はかっこよかった。


 レグルス兄は実は軍人さんでとっても強いけれど、仲間にはもっと強い人がいるって言ってた。

 兄より強いその人が助けに来てくれるなら、きっと安心なんだ。


「だからスピカも安心して────おわっ!?」

「きゃっ!?」


 突然身体が揺れて、レグルス兄とスピカはお馬さんから落ちてしまった。

 落ちたときレグルス兄が護ってくれたからスピカは全然痛くなかったけど──


「レグルス様!! スピカ様!!」

「くそう、馬がやられた!! 大丈夫か、スピカ!?」

「痛い!! 痛いよぉー!」


 けれど、びっくりしてスピカは泣き出してしまった。

 慌ててレグルス兄はスピカを抱え上げると、そのまま道を走り出した。


「くそ、敵はすぐ後ろか、逃げられんか! スピカ少しだけ我慢できぬか!?」

「怖いよぉ! レグルス兄怖いぃ!!」

「そうか無理か分かった!」


 そう言うと、レグルス兄はスピカをその場に降ろして、濡れないように自分のこーとを羽織らせてくれた。


「レグルス様、スピカ様を連れて先に────」

「無理だ、お前だけではあの数は止められん。

 無論、我だけでもな」

「しかし────」


 お付きの人のぎりっと歯を軋ませる音が聞こえた。


「悪かったなスピカ、せっかく遊びに来たのにこんなことになってしまって。

 必ずお前を助ける、必ずお前を父上母君や、兄者姉上たちの元へ返してやる。

 だから必ず、お前はこの国を護る立派な姫君になるのだぞ」


 そう言うと、レグルス兄はスピカのおでこに軽くキスをして、背中を向けて歩き出した。

 泣いていたのに、なぜかはっきり覚えているのが最期の光景────


 泣き虫なスピカは、そのあと2度とレグルス兄とは会えなかった────



   ※   ※   ※   ※   ※



「────────んん……?」


 目を醒ましたら、エリーさんがスピカの顔を覗き込んでいた。


「あ、目が醒めましたか?」


 気付くと、レグルス兄はいなかった。

 なんだか、とっても怖い夢を見ていた気がする。


「ここは……」


 そこは、スピカのお家だった。


 春にお城を抜け出してから、今日までリゲル兄と一緒に住んでいたお家の、スピカの部屋。

 ここの暮らしも慣れてきたけど、みんながいるとなんだか別の場所に来てしまったみたいな感じ。


「スピカ、聞いたよ──その、アタシ達────」


 少し申し訳なさそうに、クレアさんが頬を掻きながら言った。

 横のセルマさんも、申し訳なさそうに頷いている。


「スピカ、事情は分かってるね?

 さっきの2人が、王宮に連れ戻すためにお前を狙っている」

「う、うん……」

「この際だから僕が話してしまった。

 エリーは知っていたけと何も言ってないよ」

「そう……だったんだ」


 スピカがこの国の王女だと言うこと、それを今まで黙ってたこと。

 全部、全部、ばれちゃったんだ────


「ごめん、ね。嘘ついてたの、怒ってるよね。みんなに、黙ってたこと……」

「ううん、いいの。それよりも意外だったわ、スピカちゃんが王女様だったなんて!!」

「う、うん……」


 改めて言われると、ちょっと照れくさい。


 だってスピカは、いままでぷりんせすだって自覚だなんて、これっぽっちももったことが無かった。

 生まれたときからぱぱが王様で、家がお城で、この国が大切だった、それだけなんだから。


「でね、自分達王様の所までスピカちゃんが行くのを手伝いたいの!」

「え、本当……? 危ないよ……??」

「水くさいぞ、お前がいなくなったらアタシ達だって困るんだ!

 国くらい余裕で敵に回してやるよ!」

「ありがとう、2人とも大好き……! でも、無理はしないでね……」


 2人とも協力してくれる、それだけでスピカはぱぱにちゃんと気持ちを伝えれるような気がしてきた。


 春の時は軍人さんになるのを反対されて、スピカはお家を出て来てしまった。

 今までリゲル兄が使っていたこのお屋敷を使わせて貰っていて、春からぱぱとは会ってない。


 でも、きっといつかはぱぱとは話さなきゃならないんだ。


「覚悟は出来たようだね、スピカ」

「うん、リゲル兄ありがとう。でもどうしよう、あの2人とっても手強い……」


 眠ってしまう前、スピカを捕まえようとしていた2人のことを思い出した。

 多分、今のみんなじゃあの2人には負けちゃう────


「ねぇスピカちゃん、思い出したんですけど王国騎士の2人。あの人たちって、スピカちゃんに関係のある方たちですよね?

 お城でお食事したとき、帰り際に会った気がします」

「う、うん……そうだよ。アダラ姉はスピカのお姉ちゃん、カペラ兄はスピカのお兄さん、なの……」

「え、うそ!?」


 それを聞いて、クレアさんとセルマさんが驚いた声を上げる。


「今からアタシ達王子様や王女様と闘うってことか!?」

「そうよね、軍にリゲルさんやスピカちゃんがいるんだから王国騎士に王子様や王女様がいてもおかしくないわよね……」


 2人は兄や姉と闘うと聞いて少しびっくりしたみたいだったけれど、それでも止めるとは言わなかった。


「そう、ですか。やっぱりあの2人はスピカちゃんとご兄弟だったんですね」

「ちなみに僕のご兄弟でもあるね」

「あ、はい分かってますよそれは」


 からかうリゲル兄を当然のようにあしらうエリーさん。

 このやりとり、やっぱりこの2人、お友達だったんだ────


「敵は王国騎士、スピカちゃんを護って、3日後までに王様の所へ。うーん……」

「で、エリアルはどうするんだ?」

「え? あ、すみません少し考え事をしてて」


 エリーさんは、しばらく口元に手を当てていたけれど、考えるのをやめてスピカに向き直って言ってくれた。


「もちろん、私も協力します。 何かあってもリゲル君が保証してくれますし、私もできる限り頑張りますよ」

「う、嬉しい────みんな、ありがとう……」


 ぱぱに会って、スピカの気持ちを伝えよう。


 スピカはこのままみんなと隊を続けたい、まだやりたいことが沢山ある。



「レグルス兄────」




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