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帰りたい(127回目)  桃色の髪


 最初に────


 最初にスピカちゃんの正体に気付いたのは、時計塔の上だった。


「あっ……ああぁぁぁぁっ!!」

「へ? どうしたの、エリーさん……!?」


 彼女の横顔に既視感がある──そう思い当たって気付いたときには、既に私は叫んでいた。

 思い出したのだ、最初彼女と出会ったとき、私が既視感を覚えた理由。


 2年前、リゲル君に連れられて王宮で夕食をお呼ばれしたとき────

 昔の隊の仲間5人で、リゲル君の実家に行ったとき────


 いたのだ、その場に、その食卓に、スピカちゃんが、確かに。


「むぎゅ……な、なに……?? 本当になに……??」

「まさか……そんな……」



 あの場で食卓を囲んでいたのは、客人である私と、ミリアと、ロイドと、イスカ。

 そして王様と、王妃様と、リゲル君と、そしてその妹の、桃色の髪の王女様。


 確か当時10歳くらいで、始終王妃様の後ろに隠れるようにモジモジして俯いていたので、あまり印象に残っていなかった。

 でも、あの時みた横顔、その記憶のひとかけらは、確かに今私の目の前にいる「スピカ・セネット」と合致する。


 急いでスピカちゃんの顔をムニムニと触って確認するが、間違いない。

 私の既視感は、間違いではないと、断言できる。


「あのっ──スピカちゃんって、もしかして」

「も、もしかして……?」

「あ────────い、いえ、何でもないです。ごめんなさい」

「え、えええ????」


 そうだ────


 思い出したはいいけれど、そういえばスピカちゃんはこの事・・・を隠したがっていたはずだ。


 リーエル隊の3人は、私と最初に出会ったとき、私からスピカちゃんを覆うようにしていた。


 恐らく、彼女たちはスピカちゃんが王女であることも、私と面識があることも、知っていたのだろう。

 そして、無闇やたらに、スピカちゃんが王女であるという身分が周りにバレるわけにもいかない────


 ある意味、あの行動はリーエル隊の2人がスピカちゃんを守るための、最大限のフォローだったのだ。

 おかげで私はあの場ではスピカちゃんの正体には気づかず、今に至るわけだし────


 驚きには驚きだが、わざわざ知られたくなかったことを、私から蒸し返す必要はないと、落ち着きながら考える。


「よ、よく分からないけど……いいの?」

「いいです、ごめんなさい────」



   ※   ※   ※   ※




「お、驚いたわ……今年分のビックリ全部使ったかも……」

「スピカ、そんなデカいもの隠してたのか────」


 あの時の再放送のような光景が、今目の前でセルマとクレアによって行われている。

 その横では、リゲル君が笑うのを必至に堪えながら水を啜っていた。


 他人事だと思って呑気なものである────


「も、もしかしてエリーはそのこと知ってたのかよ!?」

「まぁ、もちろん……」


 時計塔のあの日から、この事は誰にも言っていないし、なるべく表にも出さないようにしてきた。


 唯一、先日マグロ村で会ったミューズの商会長さんは、スピカちゃんの正体に気付きそうになっていたので、フォローを入れざるおえなかったけれど────


 ミューズ商会長という立場上、あの人は国王陛下ご家族たちと面会する機会があったのだろう、つくづく悪い事をしなければ腕のいい人だったのだと思い知らされる。


「なんで教えてくれなかったの……」

「だって本人が知られたくなさそうだったんですもん。

 同じ隊だったベティさんやレベッカさんは知ってたみたいですけれど、頑なに私との距離をとろうとしてましたし」


 ただ、そこまでは何となく知っていた私も、王国騎士に彼女が襲われた理由については、私も見当が付かない。

 本来王国騎士は国王を護ることに特化した、いわば防御のプロだ。


 そんな彼らが、王女であるスピカちゃんをあんな攻撃的な手段で捕らえようとしてくるだなんて。

 今ベッドに横たわる彼女は何をしたというのか。


「実は、この子がエクレア軍に入隊するとき、家族間で一悶着あってね。

 可愛い末っ子をそんなところには行かせられない、なるならせめて王国騎士で修行しろって。

 だから、国王はあの2人をスピカの捕縛に派遣したんだ」

「あー」


 なんだか、あの国王なら考えられる話だ。


 彼は一人の王であるのと同時に、一人の父親であると言うことを大切にする人物だった。


 いい意味でも悪い意味でも、プライベートはプライベート、仕事は仕事の人なのだ。


「いや、そこまで反対されても、スピカは自分を通したのか!!

 アイツ以外とガッツあるんだな!!」

「ううん、僕も母も兄姉も、とても驚かされたよ。

 あの子がどうして、王国騎士ではなく、軍にこだわるのか。どうしてそこまで頑なに父に反抗するのか────

 普段の彼女からは考えられない。当時でも、今でもね」


 なぜ、彼女が王国騎士ではなく、軍に入る道を選んだのか、それはここにいる誰も見当が付かなかった。

 実の兄であるリゲル君さえ真相は分からないのだ、私たちがそれを推し量れるものではない。


「実は、国王騎士の中でも、スピカを捕まえようとした彼ら2人は特殊でね。

 今回王国騎士の中でも動いているのは、あの2人だけみたいだ」

「確かに、私たちでは到底及ばない人たちでした」


 スピカちゃんの一斉砲撃をいとも簡単に防いでしまった辺り、彼らの実力ならば私やスピカちゃんを捕縛するなど赤子の手を捻るより簡単なことだろう。

 先ほどは運良くリゲル君のおかげで逃げることが出来たが、対面したらまず勝ち目は無い。


「まぁ、彼らがこんな任務に就いている理由は、それだけではないのだけれどね」

「それだけではないとは……?」


 問いかける私に対して、しかしリゲル君は少しほほえむだけだった。


「何でもないよ、それよりさ────」


 いつもの軽い笑いを称えた彼の顔が、少しだけ神妙な面持ちを映す。



「頼む。もしこの子が望むなら、どうか助けてやってくれないか。

 その後のことは僕が保証する、必ず君たちやその家族に危険や罪が及ぶことはないと約束しよう。

 ただ、スピカが国王とうさんの目の前に立てるように、お膳立てするだけでいい」

「え、それだけでいいの?

 もっと、自分達に出来ることがあるなら協力したいわ!!」


 自分達に出来ること──確かに私たちは王国騎士と闘うことは難しいかも知れないけれど、彼らを交渉することはできるかも知れない。


 うまくいけば、あの2人も巻き込んで、一緒にスピカちゃんのための国王との交渉の場を設けられるかも。


 面倒くさいけれど、彼らと闘うよりはよっぽど勝ち目のある方法だろう。


「いや、その気持ちはありがたいんだけれどね。時間がないんだ」

「時間、ですか?」

「あぁ。3日後、スピカを正式に王国騎士として迎え入れる式典が執り行われることになっている。

 式典には何百人という来賓が集まる、流石にそんなことをされたら、例え国王本人でも覆すことは出来ないよ」

「3日……」


 なら、逃げ隠れしてほとぼりが冷めるという手段は今のところ使えない。

 出来るのは直接王に会って話し合うくらい────しかしそこには、あの王国騎士たちが立ちふさがるのだ。


「とにかく、時間がないのは相手も同じさ。

 だから式典までに間に合わせようと、王国騎士もスピカを躍起になって探そうとするはず。今後時間が経つにつれ、敵は増えるかも知れない。

 だから、今がチャンスというわけさ」


 その一言で、私たち3人は少しだけ沈黙した。


 これから私たちが敵対するかも知れない相手か。

 今までは、敵の構成員や密猟者など、軍の一員という大義名分があったけれど、今回は国の国王と、その直接の部下たち。


 勝ち目も正義も、全くそこには無いのだ。


 正直面倒くさい────以前に私たちが反逆者になりかねない。


「闘わなきゃダメなのか? わざと捕まって国王と話すんじゃダメなのか?

 どうせ連れてかれるのは王宮だろ?」

「いや、もし王国騎士がこの子を捕まえたら、それまで彼女を部屋に閉じ込めてくつもりらしい。

 王宮で従者たちが部屋を用意しているのを見たよ。

 あの人は、直接会ったら末っ子に甘さを出してしまうことを、心得ているんだろう」

「じゃあ────」


 スピカちゃんの寝息が僅かに聞こえる。


 今彼女の知らないところで、運命を決める人々の流れは、徐々に1つの方向へまとまろうとしているのだ。


「ああ、捕まったら、交渉の余地なんかない。

 スピカが軍を辞めさせられないためには、この子自身が、国王の元に行って交渉するしか、方法はないんだ」


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