「王国騎士、【王国最後の砦】────」
「ご存知なのですね。騎士道精神に反しない闘いをせずに済みそうです」
そう言うと、彼女は肉屋の屋根から静かに飛び降りると、音も無く私たちの前に降り立った。
人々は既に逃げ出し、静かなはずの辺りにもその足音は響かない。
立ち振る舞いは、僅かに舞った砂埃さえ気の利いた彼女のためのエフェクトのように、僅かに光り輝く。
「我々の目的はただ一つ、そこにいるその桃色の────」
「姉さん、ここのコロッケ美味しそうだよ。帰り何個か買って帰らない?」
「邪魔しないで欲しいのですけれどぉ??」
アダラさんはイライラしたように弟のカペラさんを睨みつける。
「そもそも、私は揚げ物は食べないと言っているでしょう?
痩せたいのです、太りたくないのです、揚げ物は敵なのです!」
「わ、分かったから早くスピカを捕まえようよ、多分あれ逃げようとしてるよ……」
「あっ!!! ダメですダメダメ!!」
音を立てないように2人で今し方逃げようとしていたが、アダラさんに退路を断たれる。
と、言っても道を塞がれただけなのだけれど、そこには絶対に私たちを通さないという気迫が滲み出ていた。
「勝手に、ハァハァ────逃げないでくださいまし?」
「今、スピカちゃんを何すると言いましたか?」
「そうです!! それを言いたかったんです!! その桃色の髪の少女を捕縛すると言ったのです!」
そういって隣にいる彼女を、アダラさんは指差した。
「いいから大人しくその子を渡してくださいな!!」
「姉さん、まずは落ち着いて説明から────」
「必要ないと言ってますよね!?」
穏便に済ませようとするカペラさんだったが、アダラさんに邪魔されて中々話が進まない。
どうやらこの姉、あまり人の話を聞くタイプではないようだ。
「す、スピカちゃんこの人たち、スピカちゃんを捕まえたいみたいですけれど」
「い、いや! 捕まりたくない……!!」
「貴女はまったく────」
当のスピカちゃんは、かなりの拒否モードだった。
その嫌がりようを見て、アダラさんは少しムッとした顔をする。
「そもそもなんで、王国騎士なんて役職の人たちがスピカちゃんを捕まえなければいけないんですか。
スピカちゃん、何も悪いことしていないでしょう?」
「いや────まぁそうなんだけれど、これは王様の命令だから」
「わたくしたちも、やりたくてやっているわけではないんです!」
そういいつつ、私も何となく彼らの素性には心当たりがあった。
と言うか、向こうは気づいてないみたいだけど、実は2人とも私とは初対面でもない。
この国で王様と言えば、一人。
数ヶ月前凱旋祭を行い、敵の襲撃を察知し、ミリアと私を引き合わせたあの王様である。
王様の命令、その言葉にスピカちゃんの肩が僅かに震えるのを私は見逃さなかった。
やっぱり、そういうことか────
「とにかく君は邪魔だ、これはオレたちの問題、少しだけ下がっててくれ」
カペラさんが、邪魔者の私の腕を近付いてきて、強引に掴む。
「いた」
「エリーさんに触らないでっ……!!
す、スピカは────行きたく、ないっ……からっ!!」
「おわっ!? す、スピカ!?」
スピカちゃんが叫ぶと共に前に出たかと思うと、いつの間にかその髪には、無数の銃器が装着されていた。
ハンドガン、ライフル、ガトリング砲────そのどれもがすぐに撃てる状態で、その全てが前後の王国騎士に向く。
「す、スピカ止めなさい!! ここがどこか分かっているのかい!?」
「ううぅ、わかってる、よ!! わかってる、けどぉぉ……!!
“ロイヤル・スターダスト”!!」
絞り出すようなうなり声と共に、全ての銃器から弾が一斉に発射された。
街の中心だというのに、容赦ない砲弾銃弾の嵐が、轟音と伴に前後の2人に迫る。
「スピカちゃんやりすぎです!」
しかし、慌てる私とは対照的に2人の戦士の顔は涼しい物だった。
「全く、スピカ、いい意味でも悪い意味でも変わったね!!
“
「嘆かわしい! “
2人の前にそれぞれ、巨大な壁のバリアが張られる。
「なっ────」
スピカちゃんの“ロイヤル・スターダスト”、あのムカデやろーにとどめを刺した手持ちの銃火器による一斉射撃が、いとも簡単に防がれた。
2人は爆炎が止むと、また涼しい顔でこちらを見据えている。
「確かにこの一斉砲撃、当たれば大抵の人間はひとたまりもないだろうさ。
しかし、オレたちの洗練された防御力の前では、未だ及ばずという感じかな」
「つまり、
「や、止めてやりなよ姉さん、そこまで言ってないから……」
どうしよう、このままではスピカちゃんが捕縛されてしまうのは避けられないだろう。
また、私は、目の前で捕まる女の子を助けられないのか────
「スピカ、オレたちと一緒に来るんだ。必ず味方はしてやる、だから、とりあえずこっちに────」
「いやっ……!!」
カペラさんの伸ばした手を、スピカちゃんは強く振り払う。
相手はそれを受けて、軽く侵害したような顔をすると、トボトボとアダラさんの元へ帰って行った。
「な、何してるんですかカペラ!! 捕まえる絶好のチャンスだったじゃないですかぁ!」
「え、だって……あの子を敵にするのはどうにも……」
そういって彼は、バツが悪そうに視線を落とす。
「もういいです、わたくしがやります!! いでよっ!! “
アダラさんの叫びと伴に、通りを埋め尽くすほどの雷雲が、彼女の背中に現れた。
たまにチカチカと輝く黄色の光が中を走り抜け、徐々に大きくなり辺りを覆ってゆく。
「ね、姉さんそれやりすぎ!!」
「威力は調節します!! 多少手荒になってもスピカを連れ帰りますよっ!!」
「うそ……!!」
圧倒的な広がり、力の差────
しかし、肌をチリチリと焦がす雷電の空気は、少しだけ敵の視界も塞いでいた。
でもこの一瞬、逃げれるか?
「スピカちゃんこっちにっ、“ウィステリアミスト”!!」
「おおっ??」
私の発動した霧が、通り全体を包んで敵から視界を奪う。
私はその間にスピカちゃんの腕を掴んで、彼らから逃げ出すように走り出した。
「霧で姿を眩ませる気ですね!? 逃げられる前に捕まえてください!!」
「全く人使い荒いなぁ! “
そうため息をつきながら、カペラさんが風の魔法で霧を散らしてゆく。
しかし────
「あれれ??」
「どうしたんです!?」
消えた霧の中には、既に何の変哲もない、殺風景な街の大通りに戻っていた。
先ほど逃げようと駆けだしたはずの2人は、どこにもいない。
「速っ────」
「に、逃げられました!?
そんな機動力を隠している様子はなかったと思ったのですけれど……」
「ご、ごめん……まだ遠くには行ってないはずだから追いかけよう」
そういう声と共に、巨大な魔力の気配が消え、2つの足音が素早く去って行くのを、私は耳を傾けて聞いていた。
そうしてしばらく、完全に2人がいなくなったのを確認して────
「ぷはっ!!」
私とスピカちゃんは、
久方ぶりの空気を、肺一杯に吸ってから、私は一緒に土に潜っていた、
「ハァハァ……あ、ありがとうございました……リゲル君……」
「どうってことないよ、間に合ってよかった」
リゲル・ベスト。私の同期にして、この国の第五王子────
霧の中、私たちを舗装された地面の中に魔法で押し込み、逃がしてくれたのは彼だった。
「どうしてここに?」
「まぁ、色々あってね。よければ、ついておいで」
私の知る限り、彼は最も食えない男だ。