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帰りたい(124回目)  お見舞いの帰り道


 病院を出た私は、いつものように眩しい光りに目をしばたたかせた。



 エクレアの中心部に位置する総合病院、の正面玄関前────



 今まさに診察を終え帰路へとつく人、幸せそうにお腹を抱えた妊婦さん、夫婦でニコニコとほほえむ老人たち────


 様々な人々の喜怒哀楽が交差するこの場所だけれど、とりあえず私とアデク隊長の表情はあまり芳しい物ではなかった。


 足元のきーさんは呑気にあくびなんかしているけれど、私の心が落ち込んでいるのは何となく伝わっているかも知れない。



 現在危篤状態であらせられるアンドル・モーガン最高司令官のお見舞い。

 本来なら私の立場上、表から堂々と押しかけるというのは控えるべきなのだけれど、どうしてもあの人の様子が気になって、アデク隊長に無理言って付いてきてしまった。



 冬も近付くこの季節、防寒着を着なければ外出も一苦労なほど、当たりの空気は冷え切っている。

 吐く息が白く濁り、そのまま私の見えないどこかへと消えてゆく。


 あぁ、可哀想に。


「最高司令官、あまりよくありませんでしたね」

「むしろまだくたばらねぇのかよ、と思った」


 そう悪態をつくアデク隊長だけれど、その顔はどこか寂しそうに虚空を見つめていた。



 お世話になった元上司であり、大嫌いな元上司であり、この街に戻ってきてからはほとんど会話さえしなかった現上司────


 お互いにお互いのことを嫌っている、ということは知っていたし、私自身もアンドル最高司令官のことは好きではない。

 けれどなんだか2人にはそれ以上に因縁じみた過去があるんじゃないかと、勘ぐりたくなる。



 とりあえず、隣で歩くこの上司に、私はなんと声をかければいいんだろう。

 元気出してくださいとか、何とかなりますよ、とかは多分この人を刺激するだけだ。


 この人は、一人前にプライドを持った、一人前に経済力を持った、一人前の大きな子どもなのである。

 まだこの期に及んでカレン店長やモーガン最高司令官に素直になれずにいる。

 考えることも行動することも出来るけれど、気遣いもお節介も彼がやると半々くらいで裏目に出る、いわばとっても不器用な人なのだ。この【伝説の戦士】は。



「じゃ、私こっちの方向なんで」

「あっそ」


 下手に刺激するのは止めておくことにした。


 面倒くさいし。



   ※   ※   ※   ※   ※



 そのままきーさんと軽い昼食をとった私は、街を突っ切って大通りを歩く。

 辺りはすっかり冬用に何もかもが装備を取りそろえ、つい何十日か前まで暑い暑いと漏らしていた人々の姿はどこにもない。



“ねぇ、僕をカイロにしないで”


「いいじゃないですか、お互い暖かいんですから」



 猫の毛と翼の羽毛が私をつつみ、少しだけ腕の中が外界の寒さとは無縁の状態になる。



 しかしそれでも寒いのは変わらないので、じゃあ私も今夜は温かい物でも食べようかと、スープに入れるための野菜を探した。


 以前食べた、アデク特性ウルフェスの野菜スープ。

 あの味を超える物は私には作れないけれど、まぁ自分しか食べないし別に食べれれば問題ないだろう。



 八百屋の店先でキャベツ、ジャガイモ、そしてトマトを見つけた。

 よし、コンソメスープでも作ろうか。


 思い立って、他に必要な物はないかと色々物色していると、商品以外にも珍しい物を見つけた。


「うーん……」


 悩ましげに店頭で新鮮野菜とにらめっこするのは、我が小隊期待の新入隊員スピカ・セネットちゃんだった。


「あ、こんにちは」

「はっ、エリーさん! こんにちは……」


 お互い挨拶をして、特に会話もなくそのまま買い物を続ける。

 たまにこの近所でも彼女を見かけることはあったが、同じ隊になって以降も別段仲良くお喋りするわけではなく、会えば目を合わせて挨拶、その程度だ。


 冷たいと言えばそれまそうかも知れないけれど、いつも仕事の時になれば嫌でも顔をつきあわせるのだし、今の私たちの性格や立場からはこの程度が丁度いい距離間だった。


「あっ、そういえばエリーさん……」



 だから、今日スピカちゃんが話しかけてきたのは少し意外だった。


「どうしましたか?」

「こないだの、マグロ村で言ってたこと。エリーさん覚えてる?」

「えっと? あぁ、あれですねあれ。誰にも言わないから、心配しなくても大丈夫ですよ。

 むしろ、気付いてもそっとしとくべきでしたよね」



 スピカちゃんが言いたいこと────多分、私がスピカちゃんの正体・・に気付いていることについて、だ。


 確かに、この子の正体は周りの人はみんな知らない。そして、バレてはいけない。



 その秘密に、たまたま・・・・気付いてしまったのだけれど、それを言いふらしたり無闇に広めたりするほど、私のデリカシーも落ちてはいない。


「だから、安心して────」

「そうじゃなくて、さ。お礼言わないと、と思って……」


 ジャガイモを手に取る彼女の顔は見えなかったけれど、迷いや不安は充分に伝わってくる。


「あそこでエリーさんがふぉろー、してくれなかったら。大変なことになってたかも……」

「そうですか?」

「そうだよ。スピカが代わりに誘拐されてたかも……」


 誘拐、そのたった数文字の、ともすれば何気ない単語。

 しかし、彼女の口から発せられるそれは、確かに重みを帯びていた。


「なら、お役に立ててよかったですよ」

「ううん、エリーさんも誘拐されちゃダメだけど……今度からは気をつける。ありがとう……」


 そう言い終わると、スピカちゃんはまた店頭のお野菜を物色し始めた。


 どうやらこういう場所でのお買い物は慣れてないらしく、どこか難しい顔でニンジンとにらみ合っている。


「ニンジン選ぶのにそんな迷います?」

「どれがいいものか分からなくて。これくらいのこと出来なきゃ、スピカ困っちゃうもん……」

「出来なくても困らないと思いますけどねぇ。じゃあ私はこれで……」

「やーーっと見つけました!!」



 会計しようと店主を探していると、突然女性の声が誰もいない商店街に響く。



 声の方向を見やると、向かいの肉屋の屋根から長い髪の女性が腕を組んでこちらを見下ろしていた。


 セルマより明るめの綺麗な青の髪に、礼装に近いアーマー。

 大股で大声さえ張り上げていても、見惚れてしまうほどの美人さんだ。


「どなたですか??」

「あなたこそ誰────いいえ、わたくしも名乗りたいのは山々ですが、いまそうゆっくりはしていられないのです。

 騎士道に反しますが、ここは手早く、確実に、果たさせて貰いましょう!」

「アダラ姉さん、あんまりはしゃがないで」


 もう一人、こちらも同じような服装に、同じような青い髪の、男性が彼女の奥から現れた。


「な、なんだアイツらは……!?」

「コラ、うちの店の上で何やってる!!」

「しっ、見ちゃいけません!!」


 当然辺りはパニック、不可思議な顔をして見る人、起こる人、見世物かとのぞきに来る野次馬の人────


「姉さん、まずは避難から」

「い、今やろうと思ってました!! カペラのせっかち!!」



 2人の見た目は、とても似ている。


 もちろん声やガタイの大きさは違うが、彼らがお互い別の性別に変われば、きっと相手の見た目に近いものになるだろうと、勝手に考えてしまうほどだ。



「みなさん、我々は『王国騎士』というものです!!」


 アダラと呼ばれた女性が大声で叫ぶと、その言葉に商店街の人々はざわめいた。


「落ち着いて聞いてください! 今からここで戦闘が始まる可能性があります!!

 皆様に危険が及ぶ可能性があります!! どうか、ここから離れてください!!」

「ちょ、姉さん────」


 聞くや否や、商店街の人々は血相を変えて逃げ出していった。


「逃げろ!! すぐに逃げろ!!」

「とりあえず退避だ!!」


 一瞬にしてパニックになる商店街、先ほどまでの賑わいとは、また別の意味で騒がしくなる。


「これでいいんですよね!?」

「街がパニック────まぁいいか。あ、そこっ!!   

 分かってるでしょ! どこにも行かないで!!」

「えっ」


 カペラと呼ばれた男性が、人々に混じって逃げようとした私の隣のスピカちゃんを名指しする。


「ちょ、ちょっとまってください、何ですか突然。

 避難とか、戦闘とか、何か災害でも起きたんですか?」


 そう慌てたふりをしつつ、横目でスピカちゃんに目線を送る。

 彼女は、屋根の上でこちらを見下ろす2人を見上げて、ポカンとしていた。


 いや、少し手が震えている。困惑、恐怖、少なくともあの2人が目の前にいることに、心当たりが無いわけではなさそうだった。


「いいえ、そこのスピカぁ────せ、セネット? 以外は必要ありません!

 痛いことはしませんので、そちらの眼の死んだ人はそこをお退きなさいな!」

「スピカちゃん、知り合いですかあの尖った人たち」

「え、エリーさん、ま、まずいかも……!!」



 王国騎士か────その名は、この国の人間ならば、誰でも一度は聞き覚えのある組織だ。


 彼らの別名は【王国最後の砦】だ。

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