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特殊ケース(3人目)  ライル・レンスト


 ある休日の日の事である。


 買い物の帰り、バイト先の前を通ると水兵服を着た華奢な子が膝を抱えて泣いていた。


「どど────ドマンシーが!! ドマンシーがなくなっちゃったぁ~……!!」


 私のバイト先カフェ・ドマンシー、そのお店の前でお店の名前を叫んで、その子は泣いていた。


 多分ドマンシーの店の名前を叫んでいるのだから、おそらくこの子は店の客なのだろう。

 というかこの水兵服さん、店で見たこともあるし料理を出したこともある。


 でも、私の中の面倒くさい事を避けるセンサーが、話しかけるな、話しかけるなと囁いていた。


「ドマンシーがあぁぁぉぁっっ!!」

「────んー……」


 いや、確かに話しかけたら面倒くさそうだけれど、流石に放っておけない────────


「あの……どうかされたんですか……?」

「え、あ、君ドマンシーの店員さん!! オイラ覚えてるぅ~!!」

「あ、ありがとうございます……」


 無理矢理両手を握られブンブンと振るので、手が抜けそうになる。


「そうだ店員さん!!

 ねぇ、ドマンシーはどうしてなくなってしまったの!?

 何か理由でもあるの!?

 オイラで力になれることがあれば何でもするからさ、どうかなくならないでおくれよ!!」

「いや、なくなってませんよ」


 私はハッキリそう伝えた。


「え、でも今日お店やってないし────」

「なくなってませんよ、なくなってませんよ」


 2度、大きな声で、ハッキリとそう伝える。


「え? どういうこと?? 今日はお店やってる日なのにやってなくて、でもお店はなくなってない────あれれ?」

「これ、これ見てください」


 私は店の前に置かれた立て札を手元に寄せて突き出す。


「『ほんじつりんじきゅうぎょう』? りんじきゅうぎょうって?」

「臨時で休業することです」

「そっか、変わったいい方だね!!」


 合点がいったと言うように、水平服さんは頷いた。


「じゃあ、ドマンシーはなくなってないのかい?」

「今日休みなだけですよ、まぁ最近こういうこと多いですけど閉店はしてないんで安心してください」

「そっかー、てーきゅー日でもないのにお店やってないから、なくなっちゃったのかと思ったよぅ」


 それは、店長が聞いたら傷つきそうなセリフである。


 店長は最近、アンドル・モーガン最高司令官のお見舞いで、店を開けることが多かった。

 孫という立場上、彼の身の回りの世話や病状の把握などは、進んで店長が行っているのが現状である。


 もちろん、リタさんや他の子たちも働いているが、店長不在ではどうにもならないことは多々ある。


 それをあの店長は結構気にしているのだけれど────まぁ、仕方ないものは仕方ない。



「じゃあ私はこれで────」

「あれ、エリーこんなとこでどうしたんスか」


 呼び止められ、ギクリとする。


 だ、れ、だ────と思い振り返ると、店から顔を出していたのはリタさんだった。



「い、いや、この子がお店の前で泣いてたんですけどもういいみたいです」

「え、店の前で?? とりあえず今日は今から開店なんで、中はいるスか?」


 臨時休業の立て札を、リタさんはヒョイと持ち上げる。


「え、今からこのお店やるのかい?」

「そうっスよ」

「入る入る!!」


 そういうと、水兵服さんは、トテトテとお店の中に入ってお好きな席に座られた。


「元気っスねぇ、あの子」

「リタさん────彼、【暴食のライル】なんですけど……」

「ゲッ────なんで来たの……」


 この店主代理、酷くないか?



   ※   ※   ※   ※   ※



 ライル・レンスト、通称【暴食のライル】、17歳c-3級。

 この子はおつむは弱いがれっきとした軍人さんである。


 以前うちの店に来た美食倶楽部【バロン】のメンバーの一人で、フィッシュアンドチップスを注文していた子。

 もちろん大食漢である。


 2年と半年くらい前────つまり私と同じ時期に入隊してきたのだけれど、特徴的な水平服とその食べっぷりは、いい意味でも悪い意味でも同期の中では目立っていた。


「そんな小さい身体でよく食べるっスねぇ」


 サンドイッチセットを適当に頼んで適当に雑誌を読んでいると、注文の料理を運びながら、リタさんが笑った。


 先ほどライルが店に入ったので帰ろうとすると、リタさんが────


「ここにいるってことはエリーも食事してくんスよね、いやしてくッスよ絶対それがいいッス!!

 え、今から帰る予定? それなのに店の前でウロウロしてたんスか冷やかしのつもりなんスか!?

 え、そんなつもり無い? じゃあ店に寄るのも構わないッスよねほらはやくはやく!!」


 無理矢理店に押し込められ、無理矢理お好きな席に着かされ、無理矢理注文させられて今に至る。


 きっと相手が【暴食のライル】と聞いて、一人では対応できなかったときは私を無理矢理働かせるつもりなんだろう。


 これはまずい、一刻も早くここから立ち去らなければ私の休日がいろんな意味で食い潰されてしまう────


「美味しい!! ここの料理はいつ来ても最高だね!!」

「よかったッスよかったッス、ほらじゃんじゃん食べるッスよ~」


 いや、じゃんじゃんは食べないで欲しい。


 リタさん私がいるからっていい気にないるのではないだろうか?


「それにしても、あの子ホントいっぱい食べるッスよねぇ」

「まぁ、男の子ですけどそれでも多いですよね。

 あの量食べなきゃいけないのは、体質のせいって聞いたことはありますけど」

「へ? 男の子?」


 そう、【暴食のライル】はれっきとした男の子である。


 小さな身体に後ろに束ねた明るい色の髪、天真爛漫な全体の雰囲気や可愛い声────

 それらによって騙される人も多いけれど、男の子である。


「ほぇ~、あんな可愛いのにたまげたッス。

 最近はあぁいうのも流行ってるんスねぇ」

「何言ってるんですかリタさん、まだそんなこと言える年齢じゃ無いですよね────」


 アデク教官やカレン店長より後輩だから、多分20代中盤である。


 その年齢で悟ったようないい方をすると、殆どの大人が泣きをみるハメになる。


 それに、ライル君は流行を取り入れてああいう格好をしているのでは無く、ただ単に何も考えずに楽そうな格好をした結果、女の子っぽい格好をしているだけである。


「おかわり!!」

「はいはい、よく食べるッスねぇ」

「じゃあ私はこれで────」

「ちょっとまって、エリー────」


 呼び止められて、私はギクリとした。


「な、何ですか?」

「いまレジ係がいないんでお会計が出来ないッス」

「じゃあ自分がやりますよ……」

「いやいや、お客サマにそんなことさせるわけにはいかないッスよ!

 さぁさぁもう一度座って!!」


 あぁ、私の休日が────



   ※   ※   ※   ※   ※



「あー美味しかった」

「もう、満足っすか?」


 普通の人の10倍は食べたであろう皿を満足そうに見つめながら、リタさんはほほえんだ。


 その目にはかなりの疲れの色が見えるが────


「またお腹が空いたらいつでも来るといいッス」

「本当!?」


 おい、勝手なこと言うな!


 この人、全然後先考えていない。

 店長がいないと思っていい気なものである。


「でももうオイラ、来れないかも知れないんだよね」

「と、言いますと?」

「お金ない」


 なら仕方ない、正直こういう突撃という形では、またのご来店はお待ちしていないのである。


「オイラ食べることしか出来ないから、実は小隊も追い出されて、今むしょく? みたいな感じなんだよ……」

「でも、ライル君がいっぱい食べなきゃいけないの、体質の話って聞いたッスよ。

 それでお金ないんじゃ大変スよねぇ」

「いいんだよ、オイラはオイラでなんとかするからさ!! じゃあね!!」


 そう言うと、【暴食のライル】は明るい顔でお会計をして店を出て行った。


 少し暗い彼の表情が気がかりだっが、どうやら杞憂のようだ。


「エリーエリー、でもあれはホントに困るッスよ。

 あのまま飢え死にはみてらんないッス。

 同じ軍人として、あれどうにかできないんスか?」

「なんとかしてあげたいですけど、うーん」


 なんとかしてあげたい気持ちはある、だが方法なんか見つからない。

 うちの隊に来て貰ったとして、前の隊と結果は同じだろうし、それは私が嫌だ。めちゃ嫌だ。


 とりあえず食べるのを我慢して、お金を節約して欲しいとしか言えないなぁ。


「でもそれじゃ仕事に影響が出るっスよ」

「今の私じゃ、どうにも出来ません────」



 一応打開策はあるのだけれど────



「あ、ところでエリー、皿洗い手伝ってくれるッスか?

 と言うか食べた分はちゃんと働くべきッス」

「そう来ましたか────」


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