近代の魔法学において、魔力波の発見は偉大な物だ。
元々は“サキュバス”の“催淫”から解明されたそれは、人に無害な形で、王都エクレア中に映像と音声を拡散することが可能になった。
まだ街より外には射出することは出来ないが、今では誰もがそこそこの値段で、その映像を映し取る魔道具が購入可能だ。
家庭に一台、映像のある未来を────!
なんて、ベタな広告すぎるだろうか。
そして、この私エリアル・テイラーもついにこの度、その魔道具プロジェクターマシーン────略して「プロマ」を手に入れることが出来た。
結構高くて購入を迷っていたのだけれど、たまたまスピカちゃんが────
「スピカ……新しいの買うから、エリーさんどうぞ」
と、一世代前のものを譲ってくれたので、ついに我がアパートメントにも待望のプロマが到着したわけだ。
『一世代前のものって、結構新しいな』
やっぱり「ぱぱのくるーず」とか言ってた子はレベルが違う。
だが、もらった物が高級だった────と言うことは、申し訳なさは覚えるが損では無い。
しかも、インドア派にとっては、外に出なくても情報を手に入れられるこの魔道具はとても嬉しい。
そんなこんなで、今日も休日の一時、私は耳を傾けていた。
※ ※ ※ ※ ※
「はいはい初めましての人たちもこんにちは!
エクレア軍公認アイドル、ソニア・リクレガシー!
今日も元気に街角インタビュー!」
明るい服と明るい声──そして何よりも、可愛い笑顔がハジけるような女の子が、番組のコーナーの名前を切り出した。
始まった。この番組はいつも、街角で出会った人に突撃インタビューするという単純な内容だ。
けれど彼女の巧みなトーク力と面白い回答を引き出す引きの良さで、毎回必ずクスリと笑える場面がある。
見れるときには必ず見るようにしているのだけれど、今日は誰にインタビューするのだろうか。
「今日の街角インタビューはこの人!!
国王騎士の部隊長にして、第三王子であらせられるハダルさんです!」
「どうもこんにちは」
いや、街角インタビューってレベルじゃない。
王子に突撃取材するのかよ。
「今回、プライバシーの関係で鎧を着ての出演とはなってしまいましたが────
いやいやー、まさか街角でばったりハダル様に会えるとは思ってもみませんでした!」
「私もソニアちゃんに会えるとは思っていなかったよ、後でサイン貰ってもいいかな?」
「え、王子がですか!? 私にサインを!? 今の聞きました!!?」
興奮した様子のソニアちゃん、しかしすぐに撮影中であることを思い出したのか、いつもの明るいスマイルに戻る。
「コホン、取り乱しました。では、今日はハダルさんに聞きたいこと────スバリ、この謎多き王宮までの大迷宮、“ラビリンス・ステアー”についてです!」
映像に映し出されたのは、王宮、軍本部、そして大図書館────その3つが重なるエクレアという街の中心にある山、の麓にある1つの古びた扉だった。
「この扉の向こうにあるのは“ラビリンス・ステアー”────つまり“迷宮階段”……
正直、名前を聞いたことある人は多いけれど、詳しいことは知らないって人大半だと思うんです。
この階段の事、ハダルさんならご存知なんですか?」
「もちろん、この山の上は私の実家、私はこの国の王子だからね。
ちなみに私の好きな食べ物はミートスパゲッティ、毎日昼にソニアちゃんに作って貰いたいんだけれど────」
「はい、ご存知だそうです!! では次の質問!!」
王子の言葉が無理矢理切られた────
最後まで聞こえなかったので何を言いたいのかよく分からなくったな。
「そういえばこの階段、今見えているのは入口だけですけれど、山の内部にまで続いていますね。
じゃあ、この階段はどこまで伸びているんですか?」
「上と言ったら皆さんお分かりでしょう、もちろん王宮まで続いていますよ」
「え、すごぉい!」
「もしここを登り切ることが出来れば、誰でも王宮にたどり着けますよ」
そんなこと王子が言っていいのだろうか。
王子という立場と私たちは比べるべくもないけれど、それって結局自分の家への行き方はこうだと、こ不特定多数に公表してしまっているだけな気がする。
敵の構成員や悪い大人が聞いていたら大惨事ではないだろうか?
「あれぇ~、じゃあ私も登ってみようかなぁ?」
「止めなさいソニアちゃん、それはあまりオススメしないな。
実はこの階段、その名の通り中は迷宮になっていて、簡単には上までイケないんだ」
そういえば、迷宮というか大がかりな仕掛けは、あの山の地下の図書館にも広がっていたらしい。
元々そういう加工はしやすい場所なのかも知れない。
「えぇ、でも気になります! 登り方、私にだけ教えてもらえませんか?」
「いやいや、それを教えたとしても入口には大体、強力な門番がいる。
ちょっとやそっとでうちの実家に忍び込まれては困るからね、国王もそこには凄腕の戦士を配置しているのさ」
「なるほど~、それは是非とも近付かないでおきたいですねぇ」
ソニアちゃんがタジタジと数歩後ろに下がっておどけてみせる。
こういう演出も、演者としての研究を日々欠かさない彼女ならではの、嘘くさくも熱のこもったプロの技であるらしい。
「そ、それにソニアちゃん!? よければこんな裏口からじゃなく、正面のエレベーターからいつでもうちに登っておいで!! 君なら大歓迎だから!!
なんなら一生うちの子になっても!! もちろんマリッジ的な意味で!! ねぇ────」
「はーい、では今日も元気に街角インタビュー、次回もよろしくー!」
プツン────
今、この国の王子がアイドル好きだと一瞬暴露された気がしたのだけれど、気のせいだったのだろうか。
映像が途切れて良く見えなかった。
※ ※ ※ ※ ※
それにしても、自分の部屋でソニア・リクレガシーちゃんの番組を見て、私は思った。
若いのに頑張ってるなぁ~と。
1年ほど前、公認で歌ったり踊ったり、イメージダウンの著しい現状を打開しようと、そういうことでみんなの注目を集めるべく、軍は何人かの女の子を集めてプロマで番組を始めた。
彼女たちの活動は最初こそ批判があり、そのせいで退職をしてしまうこも後を絶たなかったらしいけれど、その中でも先ほどの女の子、ソニア・リクレガシーだけは別格だった。
彼女の地道な活動は少しずつ支持者を集め、失敗と思われていたその事業にも段々と人々の応援が募っていった。
アイドル、と言う言葉も、今やこの街の人間なら知らない者はいないだろう。
それだけ、彼女の登場はこの街とこの国の軍に、活気をもたらしたのだ。
しかし、1つだけそのアイドルには問題があった────
「やっぱり街角インタビューは面白いですね。次回はアデク隊長とかかな。
で────なんですけれど。なんでその貴女がここにいるんですか?」
「す、すみません……」
今、この部屋には私の他にもう一人────誰であろうソニア・リクレガシーちゃんがいた。
この街きってのアイドル、ソニアが私の部屋で椅子に座り、しかもなぜだか泣きそうなのである。
「なんでいるんですか────」
「すみません……」
いるだけじゃない。
目の前で泣きそうな顔をしながらずーっと体を縮めて震えている。
「あの、もう謝んなくてもいいですって」
「いえ、エリアルさんに失礼を働いてしまった自分は罰しても罰しきれません……」
震えながら言う彼女、しかしそうは言われてもどうしようもない。
だって、私にはこの子に謝られる心当たりが私にはないのだ。
可愛い女の子を泣かせるというのは、理由が分からなくてもなんだかとても悪い事をしている気分になる。
「あの、少し状況を整理させてください」
「いいえ、そんなエリアルさんのお手を煩わせるような────」
「いや、訳分かんなくなりますからこれ以上は。させて下さい」
「は、はい……もうひっ────申し訳ございません……」
ついに泣き出す。
困ったなぁ────
ソニア・リクレガシー、16歳、d-1級。
私より1つ年下の女の子で、実はこのアパートメントの1階────ミリアの部屋の真下に住む、ご近所さんでもある。
彼女は、私より半年遅くバルザム隊に入隊、そして私と同じ小隊に配属された。
その後ソニアは私よりも早くd級試験を合格して、一人前の軍人となった過去を持つ。
つまり「後輩」であり、こないだまで「上司」であって、今はほぼ「同僚」なのだが、その辺はややこしくなるので割愛────
バルザム隊でしばらくは活動していた彼女だったが、ある日例のアイドル計画のプロデューサーという人に目を付けられ、鶴の一声で異動に。
つい1年半前まで同僚だった女の子が、今はなんだかんだ、街のみんなを笑顔にする軍のマスコット的存在だ。
すごいなぁ、と思う反面、何やってたんだろうなぁ、その間の私、と頭を抱えたくなる。
結局、何が言いたいかというと、そんな有名な子でも、一応私の知り合いでご近所さんではあるが、こんな本気で謝られることをした覚えなど何一つないのである。私は。
「で、つまり何で謝ってるんでしたっけ?」
「エリアルさんへの先月の御挨拶へ伺うことが出来ず、それを謝罪に来ました……」
「だから挨拶って────」
私は、彼女のような国民的アイドルに何かそんな定期的にへりくだった感じで月一挨拶をされるようなことをした覚えは、ないのだ。
毎月菓子折持って私のところに訪ねてきては、ご丁寧に「今月分です、エリアルさんよろしくお願いいたします、すみません」と言って帰って行く。
先月は来ないなーと呑気なことを考えていたが、月頭になって突然うちに来て、こんな感じで謝罪を繰り返すばかりだ。
あ、待ってきてくれたお菓子はすごく美味しいぞ────
しかし先ほどからいくら理由を聞いても、本人はハッキリ答えてくれない。
何か言えない理由でもあるのか、とにかく口を閉ざしたまま謝罪の言葉だけを並べ続ける。
何かの呪いじゃないだろうな────
「え、あー、分かりました。じゃあお風呂、お風呂に行きましょう」
「え、へ、えっ!? エリアルさんと────お風呂??」
「貴女も何かしなきゃ気が済まないみたいですし。
私の分ときーさんの分、ついでにでた後のコーヒー牛乳の分、奢ってください。それで文字通り水に流します」
と言うわけで後輩とお風呂へ行くことになった。