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帰りたい(123回目)  骸の真相とおじさんたち(第2部1章完)


 夜のマッサージ店、ビルの3階────


 少し遠くに見える繁華街の明かりを眼に映しながら服を脱ぎ、私は少し固めのベッドにうつぶせになった。


 おとなしめの照明に、静かに流れる曲────


 前回来たときとは一風違った店内の雰囲気に、眠気を覚える。


「この曲、おしゃれでしょ。

 バルカローラって言ってね、古くは船乗りたちが歌う景気づけの曲だったんだって」

「へぇ」

「はいはい、興味ないのね」


 今宵は、私の友人で元軍人のイスカ・トアニ────彼女の切り盛りするマッサージ店に呼ばれていた。

 久しぶりにうちのお店にも顔出してよ、と誘われたのにキッチリお金を取られるとは思わなかったが、まぁこの店の売れ行きが芳しくないのだろう。


 わざわざこんな時間に外出はとても気が滅入るが、それくらいなら私も協力してやらなければ。


「え、何言ってるの? 僕の店めちゃくちゃ繁盛してるんだよ?

 今日だってわざわざ君のためにこの時間空けるの結構苦労したんだから」

「またまた、だったら何で私を呼んだんですか」

「ふふーん、実はねぇ────」


 不敵に笑ったイスカは、手に持ったマッチでお香火を付け、それをふーふーと吹き込んだ。


 甘くとろけるにおいが、辺りに広がる。


「実は見せたい物があってね。

 この時間のマッサージ通常代金に、その見せたいもののオプションが付いてくるなんて、やっすい話だと思うんだけどなぁ」

「もったいぶりますね────なんですか、見せたい物って」

「これだよ。こ、れ」


 お香を枕元に置いた彼女は、部屋の隅に置かれた机の上から、何かを取り出して私に渡してきた。


「はい、これなーんだ」

「お手紙?」

「そうそうお手紙、でもただのお手紙じゃありませーん。開けてどうぞ?」


 じゃあ遠慮なく────隅をピリピリと切って中を確認する。


 なるほどなるほど────


「こ、これ────マグロ村の事件の報告書────!!」

「せいかーい、はい没収」

「あぁぁ……ななな、何で持ってるんですか!?」


 今回の事件、実は私はまだ、完全に事の真相を聞かされていなかった。


 と言うのも、海賊【絶海のスカルコード】を捕縛した後村の人たちが漁に戻ったのを確認して、私たちはすぐにエクレアに戻ってきたからだ。


 元々情報収集などだけが目的だった私たちは、その解決を【怪傑の三銃士】に任せてしまったため、任務のその後を知ることが出来なかった。

 全て解決したとは聞いていたけれど、結局分からないことは多いままだったしモヤモヤしていたところだったのだ。


「いや、待ってください。なんで引退した貴女がその報告書持ってるんですか?

 返しておくんでそれをこっちにください」

「やーだよ。どうせ途中で見る気でしょ?

 それにこれ、ホントに僕が正規の手段で手に入れたものだから」

「はぁ────────?」


 今はもう軍を引退している彼女が、どういう繋がりがあればそんなものを手に入れられるのか────


 前々から侮れない子だとは思っていたけれど、まさかこんなことまでしてくるなんて────


「まぁまぁ、マッサージ1時間コース、時間はあるんだからゆっくり聞かせてあげるよ」

「しゃ、釈然としない────」



 ため息をつきながら、私は再びベッドにうつぶせになった。



   ※   ※   ※   ※   ※



「冷たっ────!」



 背中に垂らされたローションが、周りの気温との急な温度差で悲鳴を上げる。


「なるほど、エリーはそんな風に事件を見てたわけね。

 うん、それで? エリーが気になってる事、知りたい事ってなぁに?」

「え? うーーん」


 それはもちろん、決まっているが────


「あの仮面の敵────結局あれは誰だったのか。

 彼らを取り仕切るのは、誰だったか、です」


 敵を捕らえた後知ったことだけれど、【怪傑の三銃士】は仮面の敵は海賊とは別の団体である、と言っていたらしい。

 実際私が捕まっている時も、彼らだけは海賊とは別の意思で動いていたし、だったら彼らは何の目的で海賊とつるんでいたのか────気になるのはやはりそこだろう。


「あー、やっぱりそこが気になるんだ。

 エリーからしたら、何だったと思うの?」

「え、私からしたら────ですか?

 村に恨みを持つ人たち、としてはピンとこないですし────」


 そう考えると、相手の目的を洗ってゆくしかない。


「海賊と手を組んで得があって、対等に渡り合えて、しかもそれなりに統率力がある団体────ってことですよね」

「そうそう」


 考えてみると難しい、海賊を恐れていた村人が彼らと協力する義理はないし、脅されていたにしては、海賊と仮面の人たちは対等のように私は思えた。

 じゃあ村の人たち以外だとすると、到底見当も付かなければ、そもそも反社会性勢力と協力する目的さえあまり思い付かない。


 マグロ村が漁を出来なくて、得をする人たち────


「分からないです、お手上げ」

「正解発表────彼らはね、ミューズの漁業組合の組合員だよ」

「え???」


 意外な言葉に、私は思わず振り返る。


「ちょっと暴れないで、ゆっくり寝てくれないとマッサージ続けられないでしょ。

 エリー、ただでさえ背中こりやすいんだから」

「まま、待ってください────前に海賊があの海に現れたとき、ミューズの漁業組合が彼らを追い払ったんじゃなかったんですか?」


 たしか、そんなことをボニートさんが言っていた気がする。


 わざわざ一度海から遠のくように仕向けておいて、今さら彼らが海賊と関わりを持つ義理など、ないはずだ。


「いや、さ。追い払ったって言うけど、それってどうやってさ?

 大きな街とは言え、イチ組合が義理だけでそんな危なっかしいことに人材を裂くなんて不思議に思わない?」

「え?? 武装した船を持ってるとかそんなんじゃ────」


 いや、言われれば確かに、不思議な問題でもある。

 漁業組合が武装した船を持っていたとして、イスカの言う通りそれをする理由がない。


 組合長さんは「マグロ村とは姉妹なものだから」と言っていたが、いくらそんな関係でも、普通は海賊との抗争になるとしたら適切な機関────それこそ、軍などに依頼を勧めるのが普通だろう。


「てことは、彼らは海賊たちと闘って追い払ったんじゃない────?」

「そう、組合は、実は他の方法で彼らを追い払ったんだよ」

「他の方法────」


 それって一体────


「海賊にお金掴ませて、しばらくここの海に寄らないでくれ、その後マグロ村の漁を邪魔してくれ、金はいくらでも払うからって」

「うわぁ────」


 なるほど、海賊たちは最初あの海岸に骨が流れ着くことを知って、それを回収しに来た────

 それをどういう訳だか知った組合長は、彼らを利用してマグロ村の漁師を邪魔する手立てを考えたわけだ。


 海賊としても、骨を回収する以上の利益が予想できれば、わざわざそこに近付く理由もなくなる。


 無法者だから約束を守ると言う確実性はないが、少なくとも軍にバレて抗争になるよりは、お金を受け取って約束を守ろう────と判断するのは当然のことだと思う。


「いや、待ってください、お金を払ってまで漁を邪魔したい、その理由はなんなんですか?

 ミューズの組合は、村長さんにマグロ村の漁師を雇用するて話も持ち出してるわけですし、組合側に得なんてないじゃないですか」


 実際、その話は村長さんも喜んでいたし、多くの人が救われる予定だったのは事実だろう。


 人々は仕事が見つかり、一応の生活安定は見込めるはずだったのである。


「うん、でも組合の条件は、漁師の雇用は格安で、だったんでしょ?

 マグロ村の漁師は優秀だし数も多い────組合に莫大な利益があるのも事実じゃあない?」

「あっ────」


 確かにそうだ、あの瞬間の申し訳なさそうな組合長の顔に騙されてしまっていたが、その実、一番得していたのは彼自身だったのか────


「まぁ、組合の一番の大きな目的としては王都エクレアの漁業市場を独占できる事なんだけどね。

 実際、海賊が骸骨を発生させてマグロ村が漁を出来ないことで一番得したのは、ミューズの漁業組合だよ」


 確かに────マグロ村が漁業が出来なくなり、エクレアで見かけるようになったお魚は全てミューズのものだった。


 普段産地などほとんど気にせず口に入れていたが、いつの間にか私も、街のみんなも、魚屋さんでさえ、知らないところで海賊と組合の大きな陰謀に巻き込まれていたらしい。


「でも、そんなお魚の価格がずっと高騰させておくわけにもいかないでしょう?

 今回もそれが原因で軍が動いたわけですし、いつかは値段を戻さなければいけなきゃいけなかったんじゃないですか?」

「さぁ、そこは報告書には書いてなかったけど。

 マグロ村のみんなが来てくれて労働力増えて沢山お魚とれたから、これから元の値段近くまで下げてくよ、みたいなもっともらしい事言うつもりだったのかな?

 それでもちょっと無理でした、って元の値段の1割くらい残しておけば、長い目でみたとき相当なプラスになるんじゃない?」


 そんな、永久的に利益が1割多く見込めるなんて、プラスどころの話ではない。


 さらにそれに加えマグロ村を格安で雇用するつもりだったことも考えると、もしうまく行けば組合は一人勝ち状態だったに違いない。


「じゃあ、私たちが仮面の人たちにあの時襲われたのは、組合長さんの差し金だったって事ですよね。

 海賊に私たちが見ていたことはバレていたとして、それを伝える時間なんてなかったのに────

 なんで、私たちがあそこにいることがバレたんでしょう?」

「ふふふ、疑問は尽きないねぇ」


 からかうように私の背中に手を滑らせながら、イスカは笑った。


「組合長さんは、お葬式に訪れていたマグロ村で、村長さんから軍人さんたちがタコ岬の向こう海岸に何かがあるかも知れないから向かった、ってことを聞き出していたんだよ」

「え、確かに報告しましたけど────な、何やってるんですかあの人────」

「まぁ完全に信用してたからね、海賊事件のこともあったろうし」


 確かに調査内容を伝えたが、もちろんこの話はご内密に、と言う事で彼からも了承は得たはずである。


 そこまでしても、気付かない身近な悪意には人は弱いのかと思うと、心底嫌になる。


「元々組合長さんは、お葬式も兼ねて、海賊の拠点に派遣している部下たちに彼らの成果を聞き出してたんだって。

 そんな時、君たちがタコ岬の向こう海岸に何かあることに気付いた────海賊が関わっていると知ってしまった」

「そうですね────」

「で、それを聞いた組合長さんは、部下に命じたんだよ。『そいつらのうち一人を捉えて海賊を逃がせ』って」


 そこまで聞けば私でもピンとくる。


 結局私たちを殺さなかった理由は、【怪傑の三銃士】への報告が行われた時点で海賊に調査の眼が行ってしまうことは避けられないと判断したからだろう。


 それよりも誰かを人質にして、自分達が証拠隠滅しつつ逃げる時間を稼ぐ────最低だし私たちを巻き込んだことに嫌な気分にはなるけれど、まぁ理に叶った手段ではある。


「まぁ、ヤになる話だよねぇ。引退した僕が言うのもなんだけど、いつもお疲れ様だよ」

「いいえ……」


 結局、裏で糸を引いていたミューズ漁業組合の会長さん。

 海賊にお金を渡し、困った村の人たちに手を差し伸べるフリをして、労働力や市場を占領しようとしていた。


 そして自分の立場が危うくなると、部下に私を人質に取らせて、軍と海賊がもめている間に証拠隠滅を測ろうとしていた、と言うことか。


「会長、最低じゃないですか────」

「最低なんだよ」


 つまらないことするよね、せっかくの人生なのに。


 怒りや馬鹿にした────というよりは、哀れむような声でイスカはそう告げる。


「まぁ、それで結局、捕まった仮面の人たちから素性が割り出されて、昨日ミューズ組合長さんも捕まったらしいよ」

「よかった。これにて一件落着、ですか────」

「いや、それがそうでもないんだけどね」


 イスカは、机の引き出しから再び紙を取り出してきた。


 今度は手紙ではなく────チラシ。


 近所のお魚屋さんのチラシだった。


「これ────え、またお魚高くなるんですか!?」

「多分一時的なものだけどね。ミューズ漁業組合会長が捕まったせいで、今度はそっちの漁業が一時的にストップしてるみたい。

 流石【怪傑の三銃士】だよ、解決したはいいけれど、そのせいで街のみんなが困ってる」

「手段を選ばない解決────ですか」


 本人たちも豪語していたけれど、ここまで人々に影響がでたのは、初めてではないだろうか。


 これはまた、きーさんのゴキゲンを取るのにしばらく苦労しそうだ。

 とりあえず、今日は家に置いてきてよかった。


「組合に【絶海のスカルコード】の情報を流した相手ってのも気になるしねぇ。

 そういう裏のルート、これから暴き出していくつもりなのかも。

「そうだ、1つだけ分からないことが────なんでその情報、貴女が持ってるんですか?」

「えー、聞きたい? またお店来てくれるならいいよ?」

「来ますから」


 適当に返事をすると、ホンとかなぁとイスカはブツブツ言いつつも教えてくれた。


「簡単だよ、【怪傑の三銃】のメンバーのジョノワさんが、僕のおじさんなんだ」

「え!?」


 今日一番、その話に驚いたかも知れない。


 確かに言われてみれば、飄々とした感じは2人重なる部分があるけれど────


「おじさんが、この手紙はこういう内容だから今度店に来たら渡しておいてってさ。

 だから、君を今日呼んだんだよ」

「そんな手段でいいんですか!?」

「いいんじゃない? 僕はただ言われたことやっただけだし」


 と、その時店の音楽が静かにフェードアウトするように終わった。


 それと同時に、気持ちよかったイスカのマッサージの手も私から離れてゆく。


「楽になった?」

「えぇ、かなり」

「はい、じゃあこのお手紙は君に渡しておくね。

 お会計はこちらになりまーす」


 慣れた手つきで領収書に値段を書き込んでゆく。


「はいどうも────あれ?

 これ軍の経費で落としたことになってますけど────」

「あぁ、おじさんがそれで落としてやれって。

 よかったね、僕のマッサージがタダで受けれる人なんて、滅多にいないよ」


 えぇ、確かにお金を節約できたのは嬉しいけれど、軍のお金は軍のお金である。


 それっていいのかなぁ────


「ダメならおじさんにいってよ。またのご利用お待ちしてまーす」



 色々スッキリしたけど、何だかなぁ────釈然としない気持ちで、私は帰路につくのだった。




       ~ 第2部1章完 ~




NEXT──第2部2章:第三王女のホープラッシュ



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