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帰りたい(122回目)  マグロ村のボニートさん


 漁師の朝は早い────



「今日も寒いですね」

「うん、でも私たちは慣れてるからさ、むしろ気持ちが引き締まるよ」


 そういうボニートさんだったが、今日は少しだけ顔に緊張の色が覗えた。


「全部解決したって分かってても、少し怖いんだ。

 ほら、骸骨が怖いんじゃなくてさ」


 解決したと分かっていても、まだ骸骨が出たらどうしよう、また同じ生活を続けなければならなかったら?

 彼女の気持ちを思うと、その心配は当然のことだ。


 村を愛し、人々を愛して、ここで生まれてここで育った────


 そんな生粋の「マグロ村っ子」である彼女が、今回のこの漁で緊張しないはずがない。



 だから、私も、珍しく強い言葉を使って、言い切った。


「絶対大丈夫です」



   ※   ※   ※   ※   ※



「いやぁ、それにしても昨日はビックリしたぞ」

「ご心配おかけしました」


 出港した船の上で、クレアが昨日の仕返しだとばかりに私にイジワルを言ってきた。

 確かに、昨日私はマグロ村に戻るため、【怪傑の三銃士】操舵の元海賊船を漁港に横付けした。


 もちろん、それを見た村の人々が海賊が戻ってきたのかと騒然としたのは当然のことだ。


 地面に降り立った瞬間、隊のみんなにも武器を向けられているし、正直私も昨日のことは配慮が足りなかったと反省している。


「でも、エリーさん戻ってきてくれて、安心した……」

「そうね、無事で何よりだったわ」

「みなさんにもご迷惑おかけしてほんとうに申し訳ありません」


 私が消えた後、【怪傑の三銃士】の指示で村に戻ったクレアたちは、海賊が攻めてくるかも知れない、私に何かあったかも知れない、と気が気ではなかったという。


 とりあえず海賊襲来に備えて海で待ち構えていようと言った矢先に本物の海賊船が停泊しようとしてきたらしいので、そりゃあご迷惑おかけしたどころの話ではないだろう。


 格好も海賊から奪った物だったので、説明するまでしばらくの間村の人たちにも白い目で見られていた。


「まぁまぁ、それは私が誤解は解いておいたよ」

「も、申し訳ない────」


 しかし、【絶海のスカルコード】を討伐して、マグロ村でも普通に漁が行えるようになったとは間違いない。

 けれど、それだけじゃ危ないし漁に行こうとする人も少ないんじゃないか、というボニートさんの意見で、今日の朝一番から私たちが船を出し、その安全性を確かめることになったのだ。


 こう何度も船と娘さんを借りてしまって、ボニートさん家族には本当に申し訳ない。


「むしろ付いてきてくれてありがとう。

 ホントは私たちの仕事なのに」

「いいえ、事実確認もしなきゃですから」

「そっか。あ、この辺でいいかな」


 ボニートさんがそういって船を停めた。


 大体この間骸骨に襲われたのと同じような場所だ。

 今思い出しても、あまりいい思い出とは言いがたいけれど、この場所で骸骨が出ないことを証明するのが、一番確実だろう。


「じゃ、始めようか」



 そういって、各々に海原へ糸を垂らして魚を待つ。


 少しドキドキしたが、すぐに骸骨が船へ上がってくることはなく、霧も現れて視界を塞ぐことは無かった。


「何も起きねぇな」

「まだ油断はできませんよ……」



 そして1分、2分と緊張の時間が過ぎ────




「あ、釣れた……」



 一番に声を上げたのはスピカちゃんだった。


 その釣り竿の先には、生きのいいイワシがくっついていた。


「あ、こっちも。釣れましたイワシが」

「こっちもよ!! イワシだけど!!」

「本当!? あ、私もイワシ釣れた!!」


 各々が釣り糸を垂らして、じゃんじゃんイワシを釣る。


 大漁、大漁だ、驚くほどの大漁だ。


 これだけ釣れれば、村の人も安心して漁が続けられるだろう。


「【絶海のスカルコード】が倒されただけで、こんなに漁が出来るもんなんですね」

「ううん、前はこんなに釣れなかったよ。もしかしたら、私たちがしばらく釣らなかったから、魚が戻ってきたのかも。

 海本来の姿っていうのかな、そう言うのが取り戻されたみたい」


 ボニートさんは感慨深そうに、揺れる海面を見つめる。


 今回の件は、彼女たちにとっては死活問題でも、魚たちにとっては、人間という捕食者のいなくなる、絶好の休暇だったわけだ。

 人と魚、上手く共存できていると思っていても、こういう姿を見せられてしまっては、彼女も今までの生活について考えざる負えないのだろう。


「釣れた!!」


 最後に、先ほどから糸を垂らして大人しくしていたクレアが大声を上げる。

 嬉しそうに糸を手元に引き寄せる彼女の竿の先には、確かに魚がかかっていた。


「よかったですね。何が釣れたんですか?」

「イワシだよ!」



 あとで知ったのだけれど、マグロ村はイワシの名産地だった。




   ※   ※   ※   ※   ※




「あれは────」



 港に戻った私たちを迎えたのは、神妙な面持ちの村人たちだった。

 期待、緊張、自分達への生活への不安、皆が心の中にそれぞれ一抹の不安を抱えているのが分かる。


 実際港から見える彼らの顔が、みんなしてくらく硬いモノなのがいい証拠だ。


「ど、どうだったボニート?」


 村民を代表して村長さんが、駆け寄って船の中を覗き込む。


「釣れたよ!! 沢山釣れた!!」

「本当か!!?」



 その一言で、村人たちからも歓声が上がる。


 身体が震えるほどの音量は、受けた私たちまで心の底から幸福な気持ちになるような気がした。



「申し訳ありませんが、降ろすの手伝っていただいてもよろしいですか?」

「任せなさい! うちの村にはそう言うプロばかりだから!!」


 船には、先ほど釣ったイワシが沢山積まれている。


 これらは村へと分けて、それぞれの家へと配って貰うつもりだ。



「すごいぞ!! 久しぶりに生魚を触った!!

 いやぁ、やはり漁師はこうでなくちゃな!!」

「おいー、またイワシかよ!!

 いや、でもなんか……グスッ、なつかしいなぁ!!」


 喜ぶ人、懐かしむ人、涙まで流す人、それぞれがそれぞれの顔に表情を浮かべていたが、どれも歓喜で満ちた物なのは間違いない。



「よかった。いやぁ、それもこれもミューズの商会長さんやエクレア軍の方々のおかげですよ!!」

「え、えぇ────」


 村にまだいた商会長さんも、遠巻きにこちらを覗き込んでいた。


 あちらも仕事が減って一安心、と言ったところなのだろうか。




「ふぅ、やっと終わったな」


 一段落すると、村人たちは今から魚を使って料理を振る舞う者、明日が待ちきれず遅めの漁に出る者────


 人それぞれだったが、みんな普段の生活に戻ってゆき、後には船を掃除する私たちだけが残った。


「まぁ、骸骨が上がり込んだわけではないし、今日は早く終わりそうね」

「そうですね。今日中にはエクレアに戻って、自分のベッドに潜れると思いますよ」


 自分でそういっておいて何だが、そう考えると無性に早く帰りたくなってきた。


 自然と手に持ったブラシにも、力が入る。


「みんな、あのさ……」


 一緒に手伝ってくれているボニートさんが、ふと神妙な面持ちで言葉を漏らした。


「どうかしましたか?」


 ここに来てからずっと、この人は明るく私たちに振る舞ってくれていた。

 それが、急にそんな顔をされてしまうと、何があったのかと身構えてしまう。


「ううん、お礼言わなきゃと思って。

 本当は、この村の漁師たち、ミューズへ出稼ぎに行くことになってたんだよ。

 でもパパがやっと見つけてきてくれたみんなの働き口だったけれど、やっぱり急にじゃ賃金は低いみたいで、このままだったら、みんなは相当苦しい生活を強いられていたと思う……」

「そうだったのか!?」

「初耳……」


 それを聞いて、みんなが驚きの声を上げる。


 私は村長と商会長さんの話を盗み聞きしていたので知っていたけれど、いざボニートさんからその話を打ち明けられると、この村には後がなかったのだと実感させられる。


「こうやって、笑ってお魚を食べられるのは、協力してくれたみんなのおかげなんだよ。

 ありがとう、ホントにありがとう……」


 振り返ったボニートさんは、一筋の涙が流れていた。


 けれど、彼女の顔は決して暗い者ではない、明るく前向きな、私たちの知るボニートさんらしい泣き顔だ。



「私たちも、協力できてよかったです。

 街でこの村のお魚を食べるの、楽しみにしてますね」

「うん────」



 遠くの方で、村人たちの笑い声が聞こえる。


 遠くの方に見える船が、太陽の光を映して眼の端にチラチラと映る。



 ここに来て始めてみる光景────けれど、これがこの村では日常・・なんだろう。



 きこえてくる潮の音に耳を傾けながら────顔に当たる潮風が気持ちよかった。


「さ、帰りましょうか」

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