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帰りたい(117回目)  酒、海、宝


 服を奪って辺りを歩いていると、後ろから突然声を掛けられた。


「おいてめぇ、見ねぇ顔だな」

「え? あ、はい……」


 後ろから声を掛けてきたのは、仮面ではなく海賊の男だった。

 こちらを訝しげな眼で見ている、まだ私の正体がバレてはいないようだけれど────


「し、新入りです────ッス」

「あー、そうなのか」


 なるべく低い声で、男の子っぽく聞こえるように私は答える。

 相手はことの他あっさり納得してくれた。


「じゃ、じゃあ失礼────」

「おい、まて、どこ行く。船長からの命令だ、みんな騒いでんのに気付かなかったのか?」

「ちょっと立て込んでて……」

「今からこの隠れ家から出るらしい。テメェも荷出し手伝え」


 男は親指を立てて、洞窟の先を指差した。


 どうやらあちらの方向に出口があるらしいが────


「え、ここ出るんスか?」

「あぁ、どうやら敵がここに攻めてくんじゃねぇかって話だ。

 船長にゃ珍しく警戒してたぜ」

「む、迎え撃てないんスかね……」

「相手がエクレア軍なんだとよ、そりゃ勝ち目ねぇわな。はぁ────」


 男は少しため息をつくと頭をボサボサと掻きながら私を指差した。


「だからおめー、はやく手伝え。敵の人質はいるらしいが、そんなもの役に立つ変わんねぇしな」


 地味に役立たず扱いされたのにムッとしたが、表情に出さないようにする。



 そうか、なら手伝うフリして逃げ出すのもありだろうか────


「分かりました、あっちの方の荷物運べばいいッスか?」

「あぁ、オレはまだ残ってるヤツいねぇか見てくるわ」

「え?」


 そう言うと、男は私の隣を通って洞窟の奥へと行こうとする。


 まずい、このままでは厨房の女の子が発見されてしまう。

 そうしたらすぐに私の顔が割れて、敵に囲まれてしまうだろう。


「あ、あーー、実はオレまだ昼メシ喰ってねぇんスよ。

 ついでに伝えてくるんで任せてもらえないッスか?」

「あん? 今昼メシなんて今じゃなくても────

 ははーん、テメェもしやサナラ狙ってんのか?」

「さ、サナラ?」


 聞き慣れない名前に、咄嗟に聞き返してしまう。


「あの飯炊きだよ────ちげぇのか?」

「いや、ちげくねぇです!! オレちょっと伝えてきます!!」

「おい、待てよ!!」


 止める男を振り切って、私は厨房のところまで戻る。

 扉をそーっと開けると、相変わらず汚い部屋────の隅で、ガタガタとクローゼットが揺れていた。


 よし、まだ中にいる────



 しばらく部屋の前で待機していると、先ほどの男が追いかけてきた。


「おい、テメェ何ボサッとしてやがる! 急ぐつってんだろ!!」

「あ、さーせん。サナラさんいなくって────」

「ならもう行ってんだろバカが。早く荷物運べ!!」



 そういって私の袖を強引に掴んで引っ張り出す。



 多少腕は痛んだが、おかげであんなに迷った洞窟を、入口近くまで案内して貰う形になった。


「あ、ありがとうございます────ッス」

「ほら、さっさと運ぶぞ」


 洞窟の入口付近には、多くの木箱と一緒に先ほど双眼鏡で見た海賊船が停められていた。


 入口から少し入ったところまで海水が来ているため、ちょうど外からはこの船が見えないようになっているらしい。



 あれ、この洞窟の構造、泳ぐか船使うかしないと外に出れないんじゃないか?


「どうした?」

「ちょ、ちょっと重くって────」

「んだよ力ねぇな……」


 そう言いつつも、男はグイグイと箱を引っ張るため、私も慌ててついて行く。

 私たちが船まで箱を運ぶと、上から垂らされたロープに箱をくくりつけて、船上の人が引っ張る。


 私たちがそれを何回か繰り返すうちに、周りには別の海賊も集まってきて、結構あった木箱は全て船に積まれた。


「終わりましたね────ッス」

「何してんだ、早く乗り込まねぇと逃げらんねぇだろ」

「え、はい……」


 男の指示に従って、海賊船に乗り込む。


 どうしよう、言われるままについてきていたら、どんどん逃げづらくなってきてしまった────


『やば、乗り込んじゃった────』

「なんだって?」

「いえ、なんでも」


 状況はあまりよろしくない、今からでも岸に帰れるだろうか?


 正直泳ぎはあまり得意ではないし、海で泳いだのは何年も前なので、自信がない。

 場所がどこかも分からない以上、海に飛び込むというのは得策ではない気がする。



「きーさんどうしましょう……」


“……………………”



 頭のウィッグに変身したきーさんは、もちろん答えるはずなどなく────


 そんなことをしているうちにも、出航の準備が整って、多くの海賊や仮面が船に乗り込んできた。



 全部で40人弱────目を盗んで逃げ出すにしても、至難の業だ。



「おい、テメェら準備はできたか?

 国のイヌにオレらが尻尾巻いて逃げなきゃイケねぇのは気にくわねぇが、ここで一発やり合っても風向きがよくねぇ。

 こっちには人質もいるんだ、さっさと出港するぞ!!」

「あれは────」


 船首の方で大声を出して指示しているのは、【絶海のスカルコード】だ。


 船員それぞれに指示を送り、船を動かす準備をしている。


「おい、人質はまだか、早く連れてこい!!

 ヤツを待ってんだぞ!!」

「す、すいやせん船長!!」


 洞窟の奥から、まだ船に乗り込んでいない船員が2人手を振って走ってきた。


 たしか、私を部屋までは混んだ海賊の2人だ。


「どうした?」

「それが────人質に逃げられたようで……どこを探しても見当たらなくて……」

「なにっ!?」


 脱出がバレた────まぁタイミングとしては仕方のないことだろう。


 サナラは見つかっていないようだしすぐに私の正体が明かされることはないはずだ。 


「す、すみません……」

「テメェらあとで殺してやる……それより船を出せ。

 いなくなっちまったもんは無しでやるしかねぇんだ」

「ヒッ……」


 男たちは震えた声を上げたが、それ以上は反論せずに言われた作業に取りかかった。



「何人か足りねぇな、まぁいい出港だ!」


 彼が指示すると、やがて船はゆっくりと動き出し、進路を北へと進んでいった。


 こうなってしまうと、いよいよ私の逃げ道もなくなってくる。

 どうしよう、本気で海賊への転職を考えた方がいいのだろうか。


「おい、人質の件、話を聞いたぞ!!

 あれはどういうことだ!?

 あの女がいなければ我々にも被害が及ぶかも知れないんだぞ!!」


 私の失踪に対し、そう声を上げたのは仮面の集団の一人だった。


 どうやら部下らしき別の仮面が先ほどのやりとりを聞いていたらしい。

 顔はよく分からないけれど、その声や仕草からは怒りが見て取れる。


「貴様ら海賊は人間一人まともに閉じ込めておくことも出来ないのか!?」

「はぁ? やんのか?」


 一食触発、違う団体同士である彼らはこんな緊急事態でもピリピリしていた。



「ちっ────所詮テメェらの保身にオレらが付き合わされてるだけだろう。

 いや、待て────」

「なんだ?」


 【スカルコード】は懐から、汚い破片のような物を1つ取り出した。


 茶色く黄ばんでいてよく分からないけれど、あれは────骨?


「どうにも海とは別の匂いがするぜ────

 骨、この中でよそ者を探せ」


 彼はそう呟くと、その骨を上に掲げた。


 するとそれに反応するかのように、骨はカタカタと揺れて宙を舞う。



「私か……?」


 まず始めに、骨は【スカルコード】と言い争いをしていた仮面の男の前で止まる。


「違うな────」


 再び、骨は宙を舞い、別の仮面の人の前で止まった。



「お前も違う────」



 違う────違う────違う────


 仮面────仮面────仮面────



 そして────────



 私────



「わ、わた……オレッスか??」

「────てめぇ、見ねぇ顔だな。新入りでもねぇだろう」

「い、いやぁ……」



 船上の40数人全員が、私の方に目線を送っている。


 もちろん、この中で私に見覚えのある人間などいないだろう。


「いや、オレだってこの船の一員スよ?」

「酒────海────宝────!!」



 【スカルコード】は私から目線を外すことなく、そう言い放った。


 急なことに動揺していると、かけ声とともに、海賊たちは全員、その場にしゃがみ、右手を挙げ、そしてその右手をまた下ろす。


 あ、これって────



「遅れたな────うちの船のルールは新入りだろうと、仲間なら知らねぇはずはねぇ。

 やれねぇバカは、よそ者だけだ」


 私の故郷で聞いたことがある話────あるお城に忍び込んだ敵を炙り出す際、全体にあらかじめ合い言葉を号令で発し、動きを決めて遅れた者を捕らえる、と言う方法をとった軍隊があったという。



 抜かった────



 元々よそ者である仮面の集団はともかく、海賊の格好をしていて動きに合わせられないのは、私だけだ。



「テメェ、人質の女だな。縛り上げろ」


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