急いで作り上げた食事を皿に盛り付けた彼女は、トテトテと歩いて男たちの元に向かう。
「これ、パンとサラダ────あと鶏肉のワインソテーです」
「はぁ? 肉だろ?」
「オレらに分かるわけねぇ」
かっさらうように皿を奪った男たちは、そのまま道を戻って洞窟の中に消えていった。
「はぁ────────」
彼女の深い深いため息が、狭く不潔な厨房の中に響く。
そのまま、部屋の隅に山積みにされた皿を洗いに取りかかるが────もちろんその顔に灯るのはあまりいいものではなかった。
「あのぉ、いい加減気付いて────って言うか動かないでくれませんか?」
「ひっ!? きゃ────」
突然、首元にナイフを突きつけられていることに気付いた彼女は、叫び声を上げようとする。
しばらくこうしてたのに全然気付かないんだもんなぁ────
もちろん、こんな所で叫ばれて男たちが戻ってこられてはたまらないので、慌てて手で彼女の口元を押さえ込んだ。
「あーあー、叫ぶのもダメですって、お願いですから」
「むぐ!! むぐぐぐぐ!!」
必死に押さえ込んで動けないように制していると、ようやく落ち着きを取り戻したのか、彼女は暴れるのを止めた。
どうやら叫んだら殺されかねないと思ったようだ。
一応殺すつもりはないんだけど────
「はぁ、はぁ……あ、貴女私を、ど、どうするつもり……?」
「え? あー、じゃあ服を一着ください」
「へ、服────?」
私には、今この洞窟を脱出するために、海賊に紛れても分からないような服装が欲しかった。
体型が近い彼女は、まさに今の状況にうってつけ───
もちろんそれだけでなんとかできるとは思わないけれど、最初の発想としては悪くないだろう。
「とりあえずここに座ってください」
「え────はい」
座った彼女の後ろ手を近くにあった縄で縛って、簡易的に拘束する。
暴れられたらとても困るので、このあまり反社会的な行為は咎めないで欲しい。
「ここ、みた感じベッドもあって────貴女の生活スペース兼厨房ですよね。服くらいあるでしょう?
1セットだけくれれば、何もしませんから」
「い、いや! 何に使うか分からないけど、海賊なのに敵に物を奪われたなんて、そんなこと船長にバレたら────」
どうやら彼女らの船長は相当部下に厳しい人らしい。
怯え具合から察するに、とりあえず今のこの状況は彼女の立場を脅かしかねないものなのだろう。
「まぁいいか。じゃあどうしても触られたくないところってあります?」
「え? いや、その────食器とかは────」
正直に言うのか、まぁそこなら触る義理もないし無視する。
「貴女、海賊っぽくないですね」
「え、あ、うん────────?」
どうしても相手が服の場所を教えてくれる気がないようなので、私は勝手に部屋を物色することにした。
まぁ、それにしても散らかった部屋だ。
週末の私の部屋といい勝負。
洞窟をくり抜いて作られたであろう隠れ家の構造上、部屋の広さも人が一人やっと通れる程度だ。
食材とともに暮らすここでの生活は相当過酷なものだろう。
十把一絡げに置かれた食材、山積みの食器類に換気の悪そうな排気口────
とりあえずこの部屋の中では、この女の子みたいな繊細さみたいなものは感じなかった。
「貴女、なんで海賊なんてやってるんですか?」
「え……? そ、それは────ロマンがあるからよ!!」
「へぇ、ロマン────」
見たところ、そういう彼女は今、ロマンを掴めているとは到底思えなかった。
なんか、さっきの男たちは前の船長の娘だったと言っていたけれど、それでこの待遇ではその人も浮かばれないだろう。
「あ、あった」
部屋の隅に、腰くらいの高さのクローゼットを見つけた。
どうやら小さな本棚を改造して作ったらしく、酒樽や空き瓶に埋もれてとても窮屈そうだ。
「ここに服が入ってたんですね。貰いますよ」
「…………ふん」
彼女は私がクローゼットの物を選ぶのを、黙ってみている。
なんかとても申し訳ない気分になってくるけれど、私もこうでもいないと自分の身が危ういので、罪悪感は一度納めておくことにする。
「ズボンとシャツとベルトが必要なんです、失礼しますね」
「もう勝手にしなさいよ、この部屋に貴女が奪って楽しい物なんてないわよ」
まぁ、私は海賊ではないから、何か奪って楽しいことなどあるはずないんだけれど────
「これとこれと────これもらいますね」
「貴女、そんなボロボロの服────どうするつもりなの??」
まぁ、今必要なのは高級そうな服や、綺麗な装飾品ではない。
動きやすくて見つかりにくい、そしてなるべく男物っぽい服装だ。
早速いただいた服を着てゆく。
一応洗ってはあるみたいで、嫌なにおいや汚れとかはしないけれど、少し炭っぽいにおいだけが気になった。
「そ、そんな格好しても、うちには若い女の子は私しかいないからバレちゃうよ────」
忠告なのか一人言なのか、彼女は俯きながらそう呟く。
まぁ、そんな海賊船にゴロゴロと若い女の子が集まっているのも、転職を考えた身としては、いまさら困る。
「そういうことなら、じゃあこのターバンも貰いますね」
「え、ターバンも?」
ちょうどいい、海賊が頭に巻き付けているイメージにピッタリのターバンを見つけた。
私はそれを頭ではなく、胸にキツく巻き付けていく。
「だ、男装でもするの?」
「そうですよ。きーさん、ウィッグ」
ナイフから、ムニュムニュと男用のボサボサのカツラに変身したきーさん。
「きゃっ────ムググ!!」
それに驚いて叫び声を上げようとする彼女を、私はまた口を塞いで制した。
「だから叫ばないでくださいって────どれどれ?」
それを付けて、軽くクローゼット内側の小さな鏡で確認をする。
「男の子に見えますかね?」
「────み、見えないわ」
見えるんだ、よかった。
この格好なら、あまり喋らなければ私が女だと言うことはバレないだろう。
「もういいでしょう? 早く帰ってよ」
「分かりました、ありがとうございます。
じゃあ、ちょっとすみませんね」
「え? ムググググ────」
私は今さっき、奪った服の代わりに脱いだ物を、座った彼女の口元に当てて声を塞ぐ。
「ムグ!! ムググ!!」
「え、そりゃあ閉じ込めるんですよ。
そこのクローゼットの中なら、窮屈ですけどそのうち誰かに見つかりますから」
「ムググッ────」
私には能力があるので、口を塞いでも何となく言っていることは分かるが、申し訳ないけれど無視させてもらう。
彼女の腕と足をそれぞれ縄で縛りあげて、クローゼットまで移動して貰う。
こっちも彼女に逃げられては困るので、少しキツめにしたことを許して欲しい。
「んん────」
彼女は最後結構抵抗しようと叫んでいたけれど、口を塞いだままではあまり効果的な声は出せていなかった。
しかし、男たちを見る限りここには人は定期的に来るようだし、その時誰かが見つけてくれるはずだ。
その誰かが彼女を見つけて、事が発覚するまでが、私の脱出の制限時間と言うことになる。
「じゃあホントごめんなさいね、先を急ぐので。さようなら」