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帰りたい(99回目)  魚が高い


 王都エクレア。この街は産業、芸術、医療、娯楽、魔法────

 あらゆる物や情報が集まり、時代の最先端を行く人この国の中核である。


 だから王宮があり、軍本部があり、王都であるこの街には、もちろん物流の中核地点としても、大きな役割がある。



 そんなエクレアの物流。だが、今それが、大きな危機に直面していた。



「え、この値段、マジですか」

「マジマジ、大マジよ?」


 ついつい、魚屋の店主に聞いてしまう。


「この魚、安くならないですか?」

「ムリムリ、いつもはおまけしてあげてるけど今日はムリ」


 そう、街のお魚がめちゃくちゃ高いのだ。

 そういえば先日フェリシアさんが「定価で食べられるのをありがたく思え」と言っていたが、あの店のフライも泣く泣く値上がりしたらしい。


 だから、いつも行きつけのこの魚屋さんも値上がりするのは必然なのだけれど、それを差し引いても驚くほどの値段に、店主の前なのに苦い顔をしてしまった。


「くぁ────向こうの通りの魚屋さんならもうちょっと安く置いてますかね?」

「バカ、それをオレに聞くなよ。

 まぁただ、多分どこも変わらねぇと思うぜ?

 なんせ魚の入荷が大きく減っているからな。

 いつも嬢ちゃんに値引きしてやってるけれど、それも今度はアテにしねぇでくれよ?」

「そんなつもりじゃ……ここには近いから来てるんですけど────まぁ、そうですか……」


 正直、今日お魚がなくても私は困らない。

 明日明後日なくても全然大丈夫だ。


 だが、この状況が今後も続くようなら、私の相棒のきーさんが困る。



 きーさんは猫型の精霊で、よく魚を好んで食べる。

 実際内陸の猫は魚はあまり好まない────だとか前にこの店主は言ってたけど、きーさん自身は魚が好きだから、良くご飯に出している。


 本人は自分の食事は何でもいいと言っているけれど、魚を出すと明らかに上機嫌なので、なるたけ定期的にあげておきたい。


 きーさんとの絆の間に生まれてしまった副産物────“催淫”。

 その力を調節するためには、きーさんとの共鳴のコントロールが必要不可欠なのだそうだ。


 いたずらにきーさんの機嫌を損ねるのも、精霊と契約者だけの問題ではなくなってくる。



「そういえば、そもそもなんでお魚がこんなに高いんですか?

 最近異常気象とかありましたっけ?」

「あー、うん……違うんだそれがなぁ……」


 店長は言いにくそうに頬を掻いた後、代わりに店の奥から少し厚めのノートをとってきた。


「これは?」

「カミさんが付けてくれてる店の簿記みたいなもんだよ」

「へぇ……」


 軽く目を通すと、ビッシリと魚の売れ具合や税金での支出などが、事細かに記されていた。

 仕入れた魚をとった漁師さんの名前まで記してある手の込みようだ。


 テキトーなこの店主でも続けられているのが、彼の奥さんの力あってこそだというのがよく分かる。


「へぇ、やっぱり最近は赤字続きなんですね……ん?

 この村から仕入れるのは止めてしまったんですか?」

「そう、それなんだよ!」


 店長はまさにそれが言いたかったのか、少し憤慨した様子で私の肩を掴んできた。

 おっさんの顔が急にドアップで迫ってくる。


「痛いです」

「おぉ、スマンスマン……」


 しかし、確かにこのノートを見れば、店主が興奮する理由も分かる。



 ついこないだまで、この店はマグロ村と言うところから、全体の3割程の魚を仕入れていた。


 確かその村は漁業と冷凍技術や加工技術が盛んで、この街から多少離れたところにあるにも関わらず、多くのお魚さんたちを私たちに届けている。

 エクレアのすぐ南にあるミューズほどではないにせよ、魚屋さんからしてもその存在は必要不可欠なはずだ。



 その村が、この簿記ではある日を境に全く名前が出なくなっている。

 つまりマグロ村からお魚が全く届けられていないと言うことだ。


「そうなんだよ……ホントはな、オレたちも出来ることならその村から仕入れてえんだ。

 だが、それが出来ねぇ……」

「止めたんじゃなく、出来ないんですか?」

「そうさ、知り合いの話じゃあそこの村、最近全く漁を止めちまって、賑わってた港も閑古鳥が鳴いてるそうだ」

「全く……?」


 村の一大産業である漁業が全く行われていない、それはまたおかしな話しである。


 仮に村に大きな災害が起きれば、確かに産業は一時的にストップするが、そんな話は聞いていない。

 なのにも関わらず村全体が足並み揃えて漁業をやらないだなんて、考えられる可能性が私の知識では見つからない。


「一体なにが……」

「それがよぉ、出るようになったらしいんだ……この時期に不釣り合いな『アレ』が……」


 言葉尻だけなら凄く分かりづらいが、店主の声色の付け方で私を怖がらせようとしているのだけは何となく分かった。


「『あれ』────ってなんですか?」

「察しが悪いなぁ、お化けだよお化け。

 知ってるだろ? 分かるだろ?」


 店主はつまらなさそうにネタばらしをする。


「分かりますけど、いくらヒントがあっても予想だにしませんよ」


 あいにく、私を脅かそうとしていたなら、乏しい自分の表現力を呪って欲しい。


「お化け……ですか。それはまた眉唾物の話ですね」

「あぁ、噂だからアテにならねぇが、どうやらその村から海に出ると、決まって必ず霧が出て、骸の大群がうなり声を上げて船にあがってくるらしい。

 殆どが怖がって海に出ようとしねぇし、出ても船を沈められちゃたまらねぇから、やっぱり誰も漁に出れねぇんだとよ」


 なんというか、それはそれは信じがたい話しである。


 私自身お化け何かを信じないと言い捨てるほどスピリチュアルに興味がないわけではないが、その類いの噂の殆どはでっち上げか何かの勘違いだと思っている。

 実際大図書館の妖精さんの噂だって半分が私だったわけだし、掘り下げてみれば事実なんて大方そんなもんだ。


 その噂だって、見た漁師さん、噂を持ってきた人、店主、私と少なくとも何人かを介して話しが繋げられているのだ。

 途中で尾ひれが付いていても何ら不思議ではない。


「うんまぁ、オレも大方同じ意見だよ。昼間っから堂々とそんなのが出てくるってのもよく分からんしな。

 ただ、噂は噂でも実際確かめたわけでもなければ店を空けて、わざわざ確かめに行くことも出来ねぇ。

 だから、この店は諦めてミューズから仕入れたお魚だけ売りましょうってなったんだよ、値段を上げてな?」


 店主はそういって、泣く泣く高い表記をさせられた哀れな値札をピラピラと振ってみせる。


 心なしかその札も、動きが死にかけの魚のようで、この店の深刻さが直に伝わってくる。


「じゃあ、マグロ村が全くの不漁なのが、そもそもの原因なんですね?」

「そーゆーこった。だからオレらの力じゃどーにもならねぇわけよ。

 こっちだってお客様にはなるべく安く売りてぇよ?

 でも明日喰う食事もままならねぇオレたちみたいなクソ貧乏人は、値上げして収入を保つしか方法がないワケよ」


 いや、嘘つけこの店結構儲かってるだろ。

 赤字赤字と続いてたノートだけれど、その前の売り上げも私は確かに見た。


 繁華街の近くに堂々と店を構えるこの商店は、その辺かなりしたたかなのだ。


「とりあえず、今日は少なめにしときます。

 これとこれだけお願いします」

「はいよ、毎度あり」


 小さめのサンマ4本と、中くらいの切り身2枚を買って、それで終わりにする。


 いつもならもっと多めに買っておくのだが、何分この値段ではそうも言えない。

 きーさんには悪いけれど、これでも結構な出費だ。


「はいよ、貴重な魚だから腐らせんよう気を付けてな」

「あれ、ひーふーみー……あれ、1本多いですよ」

「おまけだよ、おおまけ。

 値引きは出来ねぇがまぁこれぐらいで許してくれ」


 1本分多く入れてもらった魚の袋、しかしいつもならもうちょっとおまけしてくれる心の広い店主である。

 やはり今はそうも言ってられないのだろう。


「あーあー、軍人さんが解決してくれねぇかなぁ。なぁお嬢ちゃん?」

「知ってるでしょう、私にそんな権限ないの」

「わーってる、わーってる、言ってみただけだよ。

 それに、そんなことしなくてもそのうちお願いするしな」


 その店長の含みある言い方に、少々引っかかりを覚える。


「どういうことですか?」

「ま、分かんなくてもいいさ」


 どういうことだろう、と考えながら店を後にする。


 それにしても結局のところ魚は高いし、どうしたものか。

 うーむ────



   ※   ※   ※   ※   ※



 頭を悩ませながら家へ帰ると、アパートメントの入口きーさんがお昼寝をしていた。



「きーさん戻りました」


“魚だね”



 私の帰宅より手に持っている魚に喰い付いてきた。

 全く情の深い相棒である。



「高かったんですから、味わって食べてくださいね」


“え、なんで高いの?”


「どっかの村で今とれなくなってるそうです」


“へぇ~、じゃあ釣りに行こうよ”


「それは嫌です」



 レジャーは嫌いだ、面倒くさい。

 それにわざわざ海まで行くなんて、そんな余裕今の私にはない。


 そのうち任務が私たちにまわってきて、うちの隊も忙しくなるのだ。



「だから、釣りも無しですね」


“ちぇ……”



 つまらなさそうにそっぽを向くきーさん。


 抱きかかえて部屋に戻ろうとするが、どうやら今は私と戻る気はないようだ。



「あ、エリーちゃん!」


 そんなことをしていると、後から誰かに声を掛けられる。

 見てみれば、セルマが向こうの通りから私を見つけて手を振っている。


 私も手を振り返すと、こちらにトテトテと走ってきた。


「ちょうど良かったわ、エリーちゃん。

 クレアちゃんも誘おうと思っていたんだけど、これ出てみない!?

 お返事今度でいいから!」

「え、え……?」

「バイバイ!」


 有無を言わさず、紙を一枚押しつけてまた走ってゆく。


 何かと思えば、何かのポスターだった。



「えー、なになに? 『秋のビッグサケ釣り大会』?」


“うわ、ナイスタイミング”




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