ボニートさんのたった一言で、私たちの状況は一変することとなった。
昨日の午後は、私たちは村の観光を切り上げ、小さな図書館で色々と調べ物をしたり、ボニートさんや村の人々にに色々聞いたりした。
そしてセルマもクレアもスピカちゃんにも手伝ってもらって、とりあえず一つの結論を出すことになる。
「本当に間違いないんだな?」
「いやぁ、確かなことは分からないですけど……」
地図を広げ、マグロ村から見て少し北にある場所を指差す。
「ここ、タコ岬の向こう海岸に何かがあるかも知れません」
※ ※ ※ ※ ※
「タコ岬────変わった名前……
あ、そういえば、形がタコの足に……似てるかも?」
タコ岬の向こう海岸へ向かう馬車の中────
スピカちゃんが地図をひっくり返しながら難しそうな顔をしている。
「正式にはランドローフ岬で、タコ岬は村の人が付けた別称だそうです。
あと、由来もタコがあの辺で多くとれるからですね」
「へぇ、タコが……」
まぁ、そんなこと今はどうでもいい。
向かうのはタコ岬ではないのだ。
「よ、よかったのかしら────調査中に村を出て来ちゃって?」
「【怪傑の三銃士】には連絡しました。
午後には村で彼らと合流する予定ですし、それがリミットですね」
時間はない、今日は朝一番に村を出ての調査だった。
「で────でも、本当にタコ岬の向こう海岸に手がかりなんてあるのか?」
「分からないですけど、『全ての命は海へと帰る』とボニートさんは言ってました。
その先を────その行く先に何があるのかは、調べておかないと」
※ ※ ※ ※ ※
「あれ? みなさん海へ行くんですか?」
「うん、そりゃそうだよ当たり前じゃん。全ての命は海へ帰る────っていうしね」
「へぇ、母なる海ってやつですか」
「え?」
え────?
言葉が通じなかった?
何か今一瞬、お互いの言語に違和感が生じた気がした。
「ん? 母なる海?」
「待ってくださいボニートさん。『そりゃそうだよ』ってどういうことですか?」
「え、そりゃ海に行くに決まってるでしょ、ってことだけど────なんで伝わらないの?」
ボニートさんは、私をからかっている訳でもなく、本気で言葉が伝わらないことに違和感を覚えているようだった。
私の持つ【コネクト・ハート】は言葉を伝える能力だけれど、それは相手が言語化した伝えたい内容を直接伝える、と言う一点に特化した能力だ。
猫でも犬でも精霊でも────意思さえあれば概念だって多分会話が出来る。
だから、人間と話していてここまで明確に伝わらないことは珍しい。
「エリアルさん、どうしたの────?」
「ちょ、ちょっと待ってください────
私たち大きな勘違いをしていたのかも────」
そもそもお葬式の途中、なぜ海へ行くことが「当たり前」になるのだろう?
エクレアではお葬式は大体、小さな会館や故人の自宅で行うものだし、海へ行くなんて考えたこともなかった。
それは、私が生まれた土地でも育った土地でも暮らしている土地でも変わらないことだ。
でも、この村は────違うのか?
そういえば、この村で今日一日案内をしてもらったけれど、一度も見ていない────
「もしかして、ボニートさん────この村お墓という物が存在しないんですか?」
「オハカ────? なにそれ?」
「え……?」
ごく単純な言葉なのに、ボニートさんがその単語に怪訝な顔で首をかしげる。
「え?? お墓よお墓────ちょっと待ってボニートさん?
この村で亡くなった人がいたら、どうするの??」
「え────? そりゃあ────まず死んだ人を土に埋めて、骨になるのを待って────」
ボニートさんが眉間にしわを寄せながらも、言葉を選ぶように一つずつ手順を上げてゆく。
大体そこまでは、一般的な埋葬の手段だけど。
「それを────掘り出して綺麗な箱に敷き詰めたら、お葬式で親戚や友だち呼んで、列作って海まで行って、家族が船を出して、海へその人の骨を流す────んだよね、みんな違うの?」
「ち、ちがう……」
やっぱり────
「へ、へぇ────そんな『風習』がこの村にはあるのか?」
「え? ええ……?」
私たちの様子に気付いたボニートさんが、戸惑いを見せる。
骸骨に囲まれてもこんな顔してなかった。
「普通、よその村や街では埋葬か火葬────遺体を燃やしたり、埋めたまんまにするんです」
「え────えっ、初耳!! みんな海に送ってるもんだと思ってたよ!!
気持ち悪くないの!?」
それを聞いて、私たち全員が凍り付く。
お互いの当たり前が、当たり前ではなかったのだ────
と言うことは、お墓の役割をしていたあの海で骨が動いたと言うことは────
「まさか────」
「あの骸骨の骨の正体って……」
「この村の人たちの骨────!?」
まさか、そんな────
「え、だから君たち、それを調べてたんだよね……?」
そう言ったのはボニートさんだった。
※ ※ ※ ※ ※
「海────そして骨、その両者はこの村で密接に関わっていたんです。
全ての命は海へと帰る、なんて比喩表現でもないですね。彼らは本当に帰ってるんですもん」
「『言い伝え』なんて言っていたけれど、普通そっちのこと話さない!?」
散々言い伝えに翻弄されていたセルマは、少し不満げに声を漏らす。
「じゃあセルマ────じゃなくてクレア。
お墓で幽霊を発見したら、私に何て伝えますか?」
「え、アタシか……?」
「具合が悪いところ申し訳ないです、クレアじゃ怖がっちゃうので」
相変わらず馬車に乗ると調子の悪そうなクレア。
しかし今日はそれでも幾分か具合が良さそうなので、試しに話を振ってみる。
「う~ん?」
クレアは少し考えてから、まぁ悩むほどでもと言う顔で答えた。
「『幽霊がお墓で出た、ビックリした』っていうな」
「じゃあやっぱり、『中の埋葬された人の魂が抜け出してきたのかも』とはわざわざ言わないですよね」
「まぁ……大体わかるだろう、お墓なんだから」
「それと同じですよ」
「あっ────!!」
彼女からしたら海で死体が動くというのは、お墓で幽霊が出たくらい、現実的にはあり得なくても、場所としては当たり前のことなのだろう。
だからよそ者が海と骨の繋がりに気付かない等とは露とも思わず、この数日間両者に食い違いが起きたまま調査が続いてしまったのだ。
「そういえば言い伝えも……スピカたちが知らないの、意外そうな顔してた────」
「えぇ、彼女にとっては、それが
お墓も埋葬も、知らなかった────
知らなくても生きて来れたし、知らなくても困らなかった。
ボニートさんは、まだ若いのだ。
この村の住人でもよその土地の知り合いが亡くなれば、そこへ行ってお葬式やそれに伴う手段などを知る機会はある。
けれど、友だちや親戚もこの村からほとんど広がらず、漁と海に生きてきた彼女にとって、そんなことは「知る由のないこと」だったのだ。
村の事を何でも知っている────が、逆に徒となった。
「でも、私たちの間に食い違いがあったことに気づけたのは大きい気がします。
点と点が繋がった感じでしょうか?」
「あの村では亡くなった人は、家族が海へ散骨する────
そして骸骨が海で船を襲った────何か関係ありそうね!!」
そして、それは亡霊ではなく、別の何かの「意志」が絡んでいる────
セルマは亡霊相手でなければ、とても頼れる仲間だ。
ボニートさんが言ったことを思いだした私は、昨日のうちに海流を調べた。
あの付近の流れがタコ岬の向こう側の海岸に収束していることを知った。
もしかしたら、そこに何か手がかりがあるかも知れないと掴んだのだ。
「海流が流れ着く場所、つまり散骨した骨が最後に流れ着く場所────」
海へと帰った者達が、最後に流れ着く場所────
「ここですね」
高台から見下ろす砂浜、何があるか分からないからと念のため少し離れて様子を見てみることにした。
少し遠かったためセルマの千里眼と軍支給の双眼鏡を使って様子を確認する。
「セルマ、見えますか?」
「えぇ、一隻船がとまってる────どうやら村の漁船とかじゃないようね」
「見た方が早いかも────」
先に様子を見ていたスピカちゃんが、双眼鏡を私に預けてくる。
「あー、あの船ですか─────あれって……」
厳つい全体像に、黒塗りの外装。
そして特徴的な骸骨のジョリー・ロジャー────
「あれは────海賊船、ですか」