しばらくおじさんたちを目で追っていると、2人はそのまま村の大通りの方に歩いて行った。
私もそちらに戻らなければいけないので、2人に追いつかないようにしながらみんなの元に戻る。
「ただいまです」
「随分長ションだったな」
「いや、それほどキレは悪くは────ん? あれは何の行列ですか?」
私が戻ると、大通りに暗めの正装を身に纏った人たちが、ゾロゾロと列を成していた。
人がこの村は多いけれど、統一された格好はその中でも一際目を引く。
「あー、あれはお葬式に参列する人たちだよ。
ほら、今お葬式やってるんだ、役場の向かいのおじいさん──先代の村長さんだったんだけど、その人が先日亡くなって、それで今日がお葬式の日なの」
「へぇ」
それは、なんだか大変なときに来てしまったな。
タイミング悪い────と言っても、呼ばれたのは私たちなのだけれど。
「いろんな人が村の外からもやってくるから、漁業やってない今だと、確かにこんなに人で賑わうのは珍しいね。
実はパパもこのお葬式に参加しなきゃいけなくて、それで今回みんなを私が案内してるんだ。なんかゴメンね……」
「いいえ、私たちは全然構いませんよ」
むしろ、同年代くらいの女性だったから、かなり話しやすいので良かったと思う。
最初から気さくに話しかけてくれたおかげで、万全とは言いがたい私たちでも、なんとか活動できているのは確かだ。
「それにしても、長い列よね」
「100人は下らないんじゃなかったかな?」
「そんなに……」
随分と長い列だけれど、聞けばこのように参列客が列をなして故人の弔いをするのが、この村のしきたりなのだという。
つまりそのおじいさんは、相当多くの知り合いがいたのだろう。
「やぁやぁ、こんにちは。貴女たちもしかしてエクレアの軍人さんですかな?」
遠巻きに黒服の行列を眺めていると、こちらに気付いた一人の男性が手を振って私たちに話しかけてくる。
でっぷりと太った体型に脂ぎった髭。
服装に清潔感はあるけれど、全体的なシルエットはまぁ、有り体に言う太りすぎのお金持ちのそれだった。
「えっと、貴方は────」
そう言えばこのおじさん、先ほど村長さんと話していた人だ。
村長さんがペコペコしてたし服装も整っているからそれなりの身分の人なんだろうが、どうもどこかでみたことがある気がする。それもつい最近。
「あ、あれ? スピカちゃんどうしたんですか?」
「ごめん、エリーさん、ちょっと────」
スピカちゃんが、私の真後ろにゴソゴソと隠れ始めた。
まるで私たちと最初に会った時のようだ。
「どうかされましたかな?」
「あ、すみませんこの子凄い恥ずかしがり屋で」
「ほほぅ? まぁいいでしょう」
私の適当な返しに、おじさんは訝しげな眼をしたけれとわ、深くは言及してこなかった。
「あ、紹介するね。彼はミューズの漁業組合会長さんだよ」
「あぁ、初めまして。凱旋祭の時お見かけしました」
そうそう、この既視感は、凱旋祭でこのおじさんが来賓として招かれているのを、遠巻きに見たからだったのか。
「なんと、貴女たち若いのに凱旋祭参加の軍人さんでしたか!!
若さ故の勢いと言いますか、素晴らしいもんですなぁ!」
目を丸くして、オーバーに驚く組合長さん。
いやいや、普通に酷い目に遭いましたよ、と言う一言は心の中に留めておく。
「あ、そういえば。もしかして組合長さん、この村の漁業について何かご存知なんですか?」
「あぁ────不漁が続いている件ですかな?
それについては我々も総力を結集して調査したが、ついに解決することは出来なかったのですよ」
「そうですか……」
てっきり、ミューズ漁業組合の組合長ともなれば有力な情報の1つや2つ掴んでいるかと思ったが、見当違いだったらしい。
「我々では手に負えなくてですな。だから、貴女たちエクレアの軍人に依頼することになったのですよ。
ここの村とミューズは、旧友でもあり兄弟のような関係でもありますからなぁ。
我々としても軍の活躍を願わずにはいられないのですよ」
「えぇ、私たちも誠意を尽くして調査しています」
なんだか、ちょっと釘を刺されたような気分になる。
私たちにはそこまで権限ないんだけどなぁ。
「事の回復を願っておりますよ
ときに、つかぬ事をお聞きするが、貴女どこかで────」
と、組合長さんが怪訝な顔で、私の後ろのスピカちゃんを覗き込む。
急なことに、私の後ろに隠れてたスピカちゃんもたじろいだ。
それはまずいかも────
「えっ、あの、そのぉ……」
「んーー??」
「あー、この子たまにミューズに遊びに行くんですよ」
スピカちゃんが、横目で私のフォローに驚いたような顔をしている。
先日時計塔で気付いた、スピカちゃんのとある
今はつい咄嗟にフォローしてしまったけれど、スピカちゃんは私がそれに気付いていることに、気付いていなかったようだ。
「え、エリーさんあの────」
「あとで話しましょう、あとであとで」
「う、うん……」
申し訳なさそうに、スピカちゃんは押し黙る。
「あぁなるほど、そうだったのですね。
街に寄った際は是非一度うちの魚をご利用くださいませ」
そう言い残すと、彼は「じゃあ」と手を上げて去って行った。
「ミューズの組合長さんまでいるなんて、おじいさんは顔の広い方だったんですね」
「うん付き合いがあったみたいで、その参列に来てくれたってワケ。
さっきの組合長さんには、海賊事件の時にもお世話になったしね」
「え、海賊事件?」
物騒な単語に思わず聞き返してしまう。
「あー、少し前にこの海近海を海賊がウロウロしてたことがあってね。
みんなこれじゃ漁に出れないって事で悩んでたら、ミューズの漁業組合の人たちが追い払ってくれたんだよ」
「へぇ」
それは初耳だった。
街同士というか、そういう小さな民間でのゴタゴタは軍の方にも情報が入ってこないことも稀にあるのだ。
「海賊を追い払ったって────ミューズの漁業組合はそんなこともできんのか?」
「うん、向こうは大っきな団体だからね。
詳しいことは企業秘密だって教えてくれなかったけど、きっと、武装船とかそういう船も持ってるんだよ。
今回も骸骨も追い払ってくれたら嬉しかったんだけど……」
ボニートさんは、悲しそうに遠くを見て笑う。
その視線の先は海────何食わぬ顔で私たちに潮の香りと眩しい光りを運んでいる。
そして、ボニートさんの視線と伴に、お葬式の行列も、真っ直ぐ海の方へ続いていた。
「あれ? みなさん、海へ行くんですか?」
「うん、そりゃそうだよ当たり前じゃん。全ての命は海へ帰るっていうしね」
「へぇ、母なる海ってやつですか」
「え?」
その後、ボニートさんのそのたった一言で、私たちの状況は一変することとなる。