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帰りたい(108回目)  マグロ村観光だよ!


 次の日の朝、宿の部屋から双眼鏡で海を眺めてみたが、そこに広がるのは見た目代わらぬ凪の海だ。

 昨日、あの穏やかな海に出て、あんな恐ろしい体験しただなんて、想像も出来ない。


 しかし、私たちが味わった恐怖、絶望、そして港に戻ってきたときの安心感は確かに本物だ────


「昨日、私が海に塩撒いたの覚えてますか?」

「覚えてるよ、あれだろなんかよく分からんことしてたなって思った」


 そんな風に思われていたのか。


 他のメンバーは必死で見ていなかったようだが、私は訳もなくあんなことをしたわけではないんですよ────



 宿の一室に朝集まりミーティングを始めたが、昨日の今日でみんなの顔はあまり明るい物ではなかった。


 ここは一つ、朗報を聞かせたい。



「あれ、実は結構貴重な塩で、悪霊を発散させる効果があるんですって」

「え? あれ、そんな霊験あらたかだったの?」


 行く前に、何かあったとき用にとライルさんが渡してくれたのだ。


 実際何かあったのだけれど、まぁ役に立たなかった。


「もちろんあれは貴重な分、かなりの効果で幽霊の噂がある場所で撒いたらピタリと不思議現象が止んだとか────

 古い遺跡でトレジャーハンターたちが謎の病気に苦しむなんていう事があったときも、あの塩のおかげで、みんな元気になったと言う報告もされています」


 概念精霊なんかの、死霊と呼ぶには曖昧で、しかも強力な対象にはあまり効果はないそうだが────


 それでも概念精霊と一体化しているロイドはあの塩に近付くのはなんか嫌だ、と漏らしていたことがある。


 それだけ、あの塩は力のある物だったのだ。


「でも、それが効かなかった、んだよね……?

 て、ことは────どういうこと……?」

「彼らが塩が効かないほど強力な死霊なら、私が蹴飛ばしてもビクともすることはないでしょうし、実体の無い幽霊なら触ることも倒すこともあの時できなかったはずです。

 あの骸骨はアンデットやお化けではない────んじゃないでしょうか?」

「ほ、ほんと……!?」


 小さくうずくまって聞いていたセルマだったが、その言葉に反応する。



「セルマ────もう少し、この村にいるの我慢できそうですか?」



   ※   ※   ※   ※   ※




 あと1日半、村のことで調べられる事は調べておきたい。


 本日はボニートさんに頼んで、村を案内して貰うことになった。



 村の風習や分化、現状を知り、また村の人と仲良くなるためには、この村を一通り見ておく必要がある。


 一度こっぴどく骸骨にやられた私たちだが、もしかしたら、改めて村を見ることで新たな発見があるかも知れない。


「いやぁ、普通案内が先なのに遅くなってごめんね!」

「いいえ、私たちが頼んだことですし。

 それより船は大丈夫でしたか?」

「うん、傷とか大きな損傷はなかったよ。

 ちょっと船内がお客さんのせいで濡れちゃったけど、君たちが掃除してくれたしね」


 昨日の午後はそれで時間が潰れてしまった。


 しかしそれくらいはボニートさんへのお詫びに、というかお礼にしても、バチは当たらないだろう。


「ちゃんと掃除してくれたっていったら、パパも爺も喜んでたよ」

「そうですか、それは安心です」


 船やボニートさんを危険に晒したことで村長たちが怒ってしまっているのではないかと心配していた。


 危うく三銃士から託された「村人と仲良くなること」、という第一の目標を達成できなくなってしまうところかと思ったが、杞憂だったようだ。



 おそらく娘を危険に晒すかも知れないと言う事は、彼女を案内役に選んだ時点で重々承知していたのではないだろうか。


 娘を危険な場所に赴かせる血も涙もない家族────ではなく、それだけこの村が追い詰められている証拠だろう。

 村長という立場で娘にそんなことをさせなければいけない彼も、大変だなぁ────と同情せざるおえない。


「じゃあまずこの村の名物から案内していくね!!」

「やった!!」

「待ってました!!」


 外ではしゃぐセルマとクレア、どうやらこういう観光が好きなタイプらしい。



 そういえばミューズの時も2人とも出払ってたな。


 セルマ、私が悩んでる間にあの港町をめいっぱい楽しんでたんじゃないだろうか────


「まぁ、あんまり大きな村じゃないけど、大抵のものは揃ってるよ!

 ほら、まずはここ!! 漁業市場!! 普段は新鮮な魚介類売ってます!!」

「わ、凄い大きい……」


 しかし、ボニートさんが案内してくれた市場は、あまり賑わっているとは言いがたかった。


 今は、周りの村から運んで来たお魚や、元々あった物の加工品などを申し訳程度に扱っているだけで、ボニートさんの言う新鮮な魚は、ほとんどがその姿を消していた。


「すごいわね!! こんな大きな生け簀、初めて見たわ!!」

「う、うん……ホントはいつも沢山のお魚を扱ってるんだけどね……

 そっか、私たちが漁に出てないからここ案内しても仕方なかったよね……」


 ボニートさんは、閑古鳥の鳴く市場をみて、少し寂しそうな顔をする。


「ぼ、ボニートさん……えっと、他にこの村のオススメの場所とかはあるんですか?」

「え? う、うんもちろん!! 次は食べ物屋さん通りにいってみよう!!」

「おぉ!! 行きたい行きたい!!」


 村の中央通りに位置する場所に案内されて、オススメだという定食屋さんに入る。


 注文をとると優しそうな女将さんが、順々にメニューを運んでくれる。


「おお!! このエビフライ最高だな!!」

「むにえる、美味しい……」

「────いや、いつもより鮮度が落ちてる気がする……」


 ボニートさんの指摘、店員さんもそれを聞いて申し訳なさそうだ。


 地元民の評価は厳しい。


「このお魚、ミューズから────取り寄せてるの……?」

「多分そうだよ、今村にあるお魚はだいたいそう。

 ここまで持ってくるのに釣り上げてから一日はかかるからね、鮮度はどうしても落ちるんだと思う」


 私たちは料理に満足だったが、当のボニートさんは本当の味を知っているのか、いささか不満なようだ。



「ごめんね、もっとみんなにこの村のいいところ紹介してあげたかったんだけど……」


 店から出た後も、彼女は今の村の現状に落胆していた。


 きっと、この村をよく知っている彼女だからこそ、普段の賑わいと比べてしまってそのギャップが辛くのしかかかっているんだろう。


「いいんですよ別に!! 楽しかったわ!!」

「ですね、この村のいいところ、よく分かりました」


 まぁ、こうなっているからこそ軍の派遣が必要だったと言うことだ。

 村の実情も把握できたし、あとで報告書に書いておかなければ。


 辛いなぁ、面倒くさいなぁ────



「はぁ────あ、ごめんなさいちょっと、御手洗に行きたいんですけど……」

「あぁ、公衆トイレでよければそこの公園にあるよ」

「すみません」


 みんなが休んでいる間に、きーさんをセルマに預けて早足で用を足してくる。



「ん────?」


 帰りすがら、公園の近くの道でおじさん2人が歩きながら何か話しているのが見えた。

 おじさんの1人は知らない人だけれど、もう1人はこの村の村長さんだ。


 そういえば彼とは初日から話していないし、挨拶だけでも必要だろうか?


『うーん、どうしよ……』


 話しかけようかと迷っていると、2人がこちらに歩いてくるのが見えので、私は慌てて物陰に姿を隠して気配を消した。


 まぁ別に隠れる必要はないんだけれど。


「あの、ところであの話しの件は……」


 ペコペコとしながら、村長さんがもう1人のおじさんに尋ねているのが聞こえる。


「あぁ、何とかなりそうですよ。

 ただ、申し訳ない、貴方達の技術に見合った賃金を払うことは難しいかも知れないが────」

「いいえ滅相もない!! これだけの失業者がいる中で全てを雇っていただけるなど夢のようだ!!

 みんなも飢え死にすることはない、素晴らしい話ですよ!」



 そんな会話をしながら、2人は歩いて行った。



 あー、あれは私が見ない方が良いやつだ。

 多分、私たちが解決できなかったときの次の手として、村長さんが用意しているのだろう。


 彼にはこの村を守る責任もあるし、村人を導く義務もある。


 ただ、それを先に依頼した私たちに言わなかったのは、彼も出来ることならこの問題の根本からの解決を望んでいるからだなのではないだろうか────




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