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帰りたい(107回目)  霧からの脱出


 息を吞むような苦しい時間が、1秒1秒ゆっくりすぎて行く。


 どのくらい経ったのか────息苦しさで自分が呼吸を忘れていたのだと気付き始めた頃、甲板から恐怖の第一声が響いた。



「────────で、でたぁ……!!」



 スピカちゃんの声だ────!



「どうしましたっ?」

「ひいっ……!」


 叫んだ彼女は慌てて釣り竿を引き上げて、こちら側に戻ってきた。


「何を見たんですか?」

「ががが、骸骨────ほんもの……!」

「えー、やっぱりですかぁ────」


 そーっと船の端に沿って下を覗いてみると、あーいるいる。

 海からボロボロの骸骨が2,3体、甲板へ登ろうと船を掴んでいた。


 骸骨────それもやっぱり人間の。


 体格も人間と同じ、そして三者三様で微妙に形が違う。


 どれも服は着ておらず、唸ることもなく、ただカタカタと震えながらこの船に乗り込もうとしている。

 もしかしたら、村人が見ていた集団幻覚だった────とかそう言うオチを期待していただけに、この光景はとても残念である。


「ホントに出たな────」

「そのうち登ってきますかね?」


 まぁ、見た目怖いけれどどうせ来ることは分かっていたのだ。

 下は目を覆いたくなるような光景でも、案外驚きの方は少なかった。


「ボニートさん、セルマ、骸骨来たんで船室にいてくださいねー」

「りょうかーい」

「ひいぃぃ!! 何で平気なのよ!!」


 平気ではないけれど、まだ害のない範囲だし今は骸骨がどんな感じか観察しておかないと。


「えい」


 私はとりあえずポケットから塩を取り出すと、登ってくる彼らめがけて勢いよく撒いてみた。


「おい、何やってんだエリアル!!」

「塩を────あ、全然効果ないですね」

「何してんだよ!!」



 そう言う間にも、ようやく1体2体と骸骨が船に乗り込んでくる。


 マグロ村の言い伝え通り────かどうかは知らないけれど、何においても目の前で骸骨が群れているのは、私の目から見ても現実のことだ。


 素人の、かつ別の土地の人間が見ても、その事実は全く揺らがない。


「うわ、こっちからもたくさん来た!! 気色悪い!!」


 骸骨たちはそのまま船室の方に寄ってくる。


「ひ、ひぃっっっ……!! しっ、しっ……!!」


 セルマとボニートさんのいる船室を守りながら、骸骨に牽制をかけるクレアとスピカちゃん。


 しかしそれもいつまで続くから分からない。



「はぁ────ちょっと行ってきます」

「え、どこに?」

「やることやりに────です」


 甲板を駆けだして、骸骨の目の前まで迫る。


 素早く骸骨のうしろに回り込み、気配を消して骸骨の様子を見る。


「こんにちは────────っととっ?」

「おいエリアル!! 危ねぇ!」


 もし彼らが「意志のある集団」なら、アデク隊長お墨付きである私の気配遮断も効果があるはずだと踏んだ。


 しかし、骸骨たちはそんなことお構いなしに、我先にと手を伸ばしてきた。



 やだエッチ────



「き、きーさん槍っ」


 とりあえず目の前の一体を突いてそのまま振り上げる。

 すると思ったよりも軽くその骸骨は海へと落ちていった。


「危なかった────戻りました。

 気配消してみたんですけどやっぱダメでしたね」

「反応してくる、ってこと────?」


 どうやら相手はかなりやり手の骸骨さんたちのようだ。


 それか、もっと他の理由があるのか────



「うわ、船が揺れはじめたね!! お客さんたちが邪魔してきてるんだよ!!」

「昨日言ってたあれですか────」

「今はいいけどこの勢いじゃ転覆しかねないな!

 このせいで漁が続けられなくなっちゃうんだ!!」


 家でも職場でもある船を沈められてはたまらない、それにこんな海の中に落ちたらと考えるだけでゾッとする。


 確かにこれは、早めに撤退した漁師さんのたちの判断は正しいんだろう。


「どうするエリアル!?」

「もち、撤退です。ボニートさんよろしくお願いします」

「了解、待っててね!!」


 ボニートさんは急いで舵輪を回して方向転換をする。


 ゆっくりとではあるが、確実に、港へと船が風を受けて戻る────



「このまま霧を抜けるよ!!」

「ぐぴゃっ────!!?」

「スピカちゃんっ?」


 船室を守るスピカちゃんの元に骸骨が馬乗りになり、彼女の身体をベタベタと触り始めた。


「何しやがんだ!!」


 クレアが慌てて蹴飛ばすと、骸骨はバラバラになりながら海へ落ちていく。


「大丈夫か!?」

「へ、平気……ありがとう────」



 よかった────



 しかし今の状況、骸骨を追い払うには手が足りない。


 肉弾戦が得意なセルマ、中距離長距離の射的に特化したスピカちゃん、あと気配を消した不意打ちが得意な私────



 もっと広い範囲を攻撃できる人────いるにはいるのだけれど、やはり無理だろうか?



「セルマ、何とか動けませんか?」

「こわい!! 無理!!」

「眼つぶっててくれれば私が指示をだせば────あ、でもここ……」



 今乗っているこの漁船は借り物だ。


 無闇やたらにセルマが武器や魔法を振り回して損傷させたら、それこそボニートさんやその家族に申し訳ない。


「今日はやけにお客さんが多いね!!

 少しくらい船壊しちゃっても文句言わないから軍人さんたちやっちゃってよ!!」


 ボニートさんが船室から叫ぶ。


「マジか!! じゃあアタシが────」

「セルマっ、おバカなクレアが暴れ出す前にっ」

「ううぅぅぅぅ……!! わわわ、分かった────や、やってみるわ……」


 船室から目を閉じて出て来たセルマ、身体は震えてとてもマトモに戦える状態ではない。


 でも、なんとかなんとかなんとか、船が沈んでしまうよりは自分が勇気を出してくれる気になったらしい。


「2人ともセルマの防御をっ」

「ちっ────なんだよ……まぁまかせろっ!」


 2人が前に出て、眼をつむったセルマを防御する。



「エリーちゃん!! そこにいるわよね!? そこにいるわよね!? そこにいるわよね!?」

「いるから落ち着いてくださいっ。

 1時方向先6歩分と11時方向、上拳2つ分にずらしつつ4時の方向に長めの鎖をっ」

「“全方位鎖封じオールディレクションチェイン”!」


 袖から放たれた鎖が、迫り来る骸骨を1体2体と粉砕してゆく。


 砕かれた骨は、そのままその場で崩れて砂のようになっていった。


「ほ、ホントに大丈夫よね!? 全部倒せてるのよね!?」

「大丈夫ですよ」



 慌てて、近付いてきた骸骨の1匹を船の外に蹴り飛ばす。


 靴底にイヤな感覚が残ったな────




「みんな、そろそろ!! あと少しで霧を出るよ!!」



 ボニートさんが船室から叫ぶ声が聞こえた。




   ※   ※   ※   ※   ※



 港に戻ってきた。



 揺れる足元も、骸骨も、霧もない。


 しかしあんなことがあった今は、ただ何事もなかったかのように広がる海を、お茶を飲みながらボーッと眺めていたかった。


「ホント酷い目に合ったな!!」

「こ、怖かった!! もうイヤ!! 絶対イヤ!!」


 隊員たちからはおおむね不評だった。



 ただ今回の漁で、収穫があったのも事実だ。


 魚は捕れなかったけど、情報という収穫がある。


「最後、見ましたか?」

「見たぞ!」

「見た────」

「見てないわよ……」


 眼をつむっていたセルマ以外は、みんな目撃していた。


 霧を出た瞬間、まさにその瞬間、船にいた骸骨たちは離散し、そのまま風にながれて船からは、かけら1つなくなってしまったのだ。


「やっぱり、あの霧の中じゃないと────骸骨、動けないのかな……?」

「かも知れませんね。私たちが出たら、すぐに霧も晴れちゃいましたし。

 この海で漁をすることで霧が生まれて骸骨を呼び出している可能性はかなり高いと思います」



「クレア、頼んでいたこと、出来ました?」

「あぁ、船に乗り込んできたのは32、登りかけてたのが4────か5だ。

 すまねぇ、最後必死で数え切れなかった」

「え、あの中でお客さんのこと数えてたんだ!!」



 意外かも知れないが、クレアはとても数字に強い。


 相手がどのくらいか、乗り込む前にカウントを頼んでおいた。



「でも、あの後まだ増えそうでしたよね」

「あぁごった返してたな」



 とにかく、それが分かっただけでも充分な成果だろう。


 骸骨騒動、その事実はほとんど噂と違わなかった。

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