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帰りたい(106回目)  黎明の海へ


 漁師の朝は早い────


 私たちは前の晩早めに宿で休み、日が昇る前には港にあるボニートさんの家の船の前に待機していた。



 普段なら人の賑わう時間帯、今から男たちが海に出ようと、相棒とも呼べる船の中で一杯お茶でも飲んで英気を養っているような時間なのだろうけれど────案の定港にはほとんど誰もいない。


 どこか遠くの船に明かりの付いている船もちらほら見えるけれど、ボニートさん曰く、あれば朝起きる習慣の抜けない彼らが、やることもなくいつものように船に来てしまったから、らしい。


 出すことの出来ない船で、ボーッとしているってどんな気持ちなのだろう────


「ぶぶぶ……寒い────」

「この時期になるとどうしても、朝は冷え込みますよね」


 震えるスピカちゃんに足元のきーさんを抱えさせてあげる。

 もふもふの毛とふわふわの翼で、少しは暖もとれるだろう。


 それにしても今日は風が少ないとはいえ、流石に海の村は違うと言うべきか、港に出ればそれなりに風も寒さも骨身にしみた。


 スピカちゃんの吐く息が白く広がり、風下の方に流れていく。

 何気なくそれを目で追うと、その先に息より白いセルマの顔と眼が合った。


 うわ、ビックリした。


「せ、セルマ大丈夫ですか?」

「いいえ、でもいくわ────」


 だ、大丈夫かなぁ────


 まぁ、今から骸骨遭遇率100%出ると言ういわく付きの海へ船を出そうというのは、そりゃあそんな顔になるのも分からないでもない。

 かく言う私も今日は朝起きるのが一段と辛かった。


 というかここにいるみんな、出来れば行きたくないのは同じ事である。


「準備できたよ、乗り込んで乗り込んで」


 ボニートさんに声をかけられ、各々が船に乗り込む。

 ゆらゆらと左右に傾く感じが陸に立っていたときとはちがい、急に何か心許ないような別の場所に来てしまったかのような不安が身体に広がった。


「なんだエリアル、船酔いか?」

「ちがいますよクレアじゃあるまいし。

 それよりボニートさん、今日わざわざ付き合ってくれてありがとうございました」

「あー、いえいえ。協力できて何よりだよ」


 言い伝えや村の人の手前もあるだろうから難しいかと思ったが、本日ボニートさんが私たちと伴に海に出て欲しいと頼んだところ、快く彼女は来てくれた。


 まぁ、お爺さんの船を私たちが借りるため、どうせ操縦する人が必要なのだけれど、やっぱりあんな言い伝えがあるのに手伝ってくれる彼女は、とても嬉しかった。


「いやいや気にしないで?

 私もパパも実は、本気で言い伝えを信じてるわけじゃないんだよ。

 だから軍に依頼を出したんだし」

「まぁ、そう言うことなら是非」

「うん、じゃあ出航するね~」

「お願いします」


 秋の風の力を受けて漁船が動き出す。

 出港するときの緊張が今からの目的も相まって、より暗く重いものに思えた。


 一瞬一瞬が息を吞むような空気は、この船の帆のようにピンと張り詰めている。


「そんな緊張しないでみんなー、この村でも死霊の仲間になった人は出てないんだし大丈夫だよー。

 ほら、スルメでも噛んでる?」

「い、いいえ結構です────」


 横で静かにうずくまっていたセルマは、ボニートさんからの勧めにも軽く手を振って断る。


「ボニートさん、なにか手伝いますか?」

「ううん、大丈夫。とりあえず私たちが骸骨に襲われたところまで出てみたいんだけど────この距離動かすくらいなら毎朝やってるから一人でへーきだよ」


 狭い船室の中は、漁の道具などがごちゃごちゃと置かれているかと思ったけれど意外とスッキリしており、代わりにみたこともないようなレバーやベル、ボタンなどが沢山付いていた。

 多分、勝手に触ったらマズそうなのもある。


「凄い設備ですね」

「最近の船は、なんだか現代化って言うのかな、技術が進歩してきててね。

 この船も帆はあるけど、実は下のスクリューでも進んでるんだ。

 舵輪を触るだけで持ち主の魔力が吸収されて、ここのペダルを踏むとイイカンジに進んでくれるんだよ。

 まぁその分疲れやすいんだけどね」

「へぇ」


 仕組み的には、スピカちゃんの持っていたプロペラの軽量版みたいなものだろうか。

 魔力を操ることに長けた人でなくても、簡単かつ安全に航海が出来るよう設計されているらしい。


「超最新型だとヨルアクリョマ鉱石で動くやつもあるらしいけど、あれはもう別次元だよ。

 知ってる? ヨルアクリョマ鉱石で動く船」

「あー、それは初めて聞きました。

 けどヨルアクリョマ鉱石といえば、陸地を移動するトラックって言うのなら乗ったことあります」


 精霊保護区で、密猟者たちが使っていたやつだ。

 超高級品だったので、普通は滅多にお目にかかれるものではない。


「うそ、どんな感じだった!?」

「あんまり乗り心地は────あとうっかり壊しちゃいました」

「えぇ……」


   ※   ※   ※   ※   ※



 船を出して間もなくすると、朝日が東の空から顔を出して当たりを照らし始める。


 沖合しばらくのところに出ると、ボニートさんは船を停めた。

 どうやらこの辺が前回襲われた場所らしい。


「いつも大体漁はこの辺でしてるんだよ、こっから向こうは流れが速くなっててタコ岬の向こうに海流が流れてってるんだ。

 だから少し疲れちゃったお魚さん達が、流れの少ないこっちの方に集まってくるわけ」

「今のところ────なんともないですけどね」


 しかし、ボニートさんも前回事が起こったのは漁を始めてからだったという。

 他の船も罠を引いたり、釣りを始めたり────方法によってまちまちだが、どれもこれも海の幸を船に持ち込もうとすると骸骨が現れるということが続いていたそう。


 とりあえず、船でここまで来る分には何もないことは分かったけれど、漁が出来ないのでは何の解決にもならない。


「ほら、セルマの大好きな釣り始めますよ。

 釣り竿持って、餌付けて、おっきいお魚、一緒に釣りましょう?」

「いや────こ、わ、い……!!」


 セルマは相変わらず、震えていて船室の隅から動こうとしない。

 ここに来るまでの意気込みはどこへやら、なんか慰めるのさえ可哀想になってくるほどの脅えようだ。


「うーん」

「セルマさん、そっと、しといてあげよう……?

 ホントは、スピカも怖いし────あっ……」


 スピカちゃんが釣りの準備を始めると、手の中に収まっていたきーさんが床に降りて、セルマの近くでごろ寝を始めた。


「猫ちゃん、近くにいてくれるの!? あ、ありがとう……!!」

「ムム────」


 結構湯たんぽとして優秀だったのか、手元からきーさんが離れるとスピカちゃんは少し不満そうな顔をした。

 ホントは何かあったときのために私の近くに来てくれるとありがたいんだけど────


 まぁ、私の相棒はこういう寒いときと落ち込んだときには結構いてくれると嬉しいのも分かるし、しばらくはセルマと一緒にいて貰おう。


「もう始めていいのかー?」

「あ、ちょっとまってその前に……」


 ボニートさんが手元のボタンを押すと、船室に赤い点とそれを中心に広がる緑の円が光りとして映し出された。


「それは?」

「レーダーだよ。魔力波を放って、反射してきた魔力波で周りを見るの。

 普段は他の船とぶつからないように使ってるんだけど、骸骨が来ても反応するらしくって。

 あ、始めていーよ!」

「─────へぇ……?」


 覗き込んでいると、点滅する赤い光りが、ぴかぴかと光り続ける。


 すると間もなく、その光がいくつか増え始め、私たちの船だけではないことを示してくれた。

 その数は1つ2つ、そして徐々に増え始める。


「周りに船でもいるんですか?」

「そんなわけじゃ、ないと思うよ?

 ほら、霧も出て来たしお客さんが来るんじゃない?」

「えっ??」


 船室の外に飛び出ると、既に辺りは深い霧に囲まれて、周りが見えなくなっていた。

 スピカちゃんはまだ釣りを始めていないけれど、クレアが糸を垂らしているのが見える。


「クレア、気を付けてっ、骸骨来ますっ」

「うぉ!? もうこんな霧が!?」

「え……!?」


 甲板にいたクレアもスピカちゃんも、言われるまで気付かないほど一瞬で、霧は広がっていた。

 その白く濁った視界が、私たちに考える間も与えず、刻一刻と敵の襲来を予知してくる。


 何か来るなら、きっとあまり時間はない────


「セルマ、せめて危ないからボニートさんと船室へっ。

 きーさんはこっちにっ」

「う、うん……ごめんね、ごめんね……」


 申し訳なさそうにセルマが船室に駆け込み、彼女の手の中にいたきーさんは私の肩にとまる。


“何か来るよ……”

「えぇ、多分すぐに────」


 息を吞むような苦しい時間が、1秒1秒ゆっくりすぎて行く。


「────────で、でたぁ……!!」


 そして、30秒ほど経った頃、甲板から恐怖の第一声が響いた。


 スピカちゃんの声だ────


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