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帰りたい(105回目)  ローカルな言い伝え


 宿のロビーに着いて、色々と話を聞かせてもらう。



「いやー、ビックリしちゃった! もっとおじさんたちが来ると思ってたよ!」

「そのうちおじさんたちも来ますよ」


 なんでもボニートさんは村長の娘ではあるけれど、お爺さんの漁を手伝って今は生活しているらしい。


「父さんが村長をやって漁師を継がないっていうから爺もアタシに色々教えてくれてね、気付いたら漁師見習いみたいになってたんだよ。

 だから、この村で起きてる漁関係のことは大体分かるから任せて!」

「そう!! そういえばあの話ホントなの!?」


 村に入ってからソワソワとしっぱなしのセルマが、ようやく口を開いた。


「あの噂、ってことは、エクレアさんにも伝わってたんだね……

 うん、ウチも爺と漁に行ってたんだけどさ、やっぱり出たよ。お客さん────」


 ボニートさんは少し重い口調で、ため息をつくように言った。


 実際怖い思いをしたからなのか、故郷の村の衰退を憂いでいるのかは分からないけれど────


「よければ、その時のことを聞かせていただけませんか?」

「あー、うんもちろん」



   ※   ※   ※   ※   ※



 ボニートさんは今の村の状況を事細かに語ってくれた。


 実際に見た骸骨のこと、その時の状況やどう対処したか。

 ついでに、元々この“マグロ村”がどんな村だったのか。


 さすが、この村生まれこの村育ちの若き女漁師ついでに村長の娘。



 こういう客人への対応は慣れっこなのか、説明も分かりやすく語り口調も丁寧だ。



「────って感じでさ、もうホントビックリしたのなんの」

「た、大変だったんだなぁ」

「ううぅぅう……!」



 あまりお化けとかそういうの怖がらないクレアも、思わずため息のような声を上げる。


 その隣ではセルマが泣きそうになりながら下唇を噛んでいた。


「ご、ごめんね怖がらせちゃった?」

「いい────いいえ!? 平気よ!! 平気ですとも!!」

「おっ、強いねぇ!!」


 強い、とは言ってくれたが、実際そんな眼にあって語ってくれたボニートさんの方が私は強いなと思った。


 屈強な男たちに揉まれた彼女はちょっとやそっとの事じゃ、揺るがない精神の持ち主なんだろう。


「でも、やっぱり……でたん────ですよね?」


 静かに今まで聞いていたスピカちゃんが、重い声を上げる。



「うん、でたよ。間違いないね」

「そう……ですか」



 ボニートさんの説明は、全体を追って噂に違わない感じだった。




 ある朝彼女が祖父と海に出ると、少し沖合に出たところで霧がかかり始めた。


 そんなことはこの村の近海では日常茶飯事で、やれやれレーダーでも張って、今日は危ないから早めに帰ろうか────と言っていたころ、突然船が揺れ始めた。


 波があるわけでもないのにどうしたと海を覗き込むと、下から骸骨がウジャウジャと這い上がってきたそうだ。


 ビックリして腰を抜かしそうになったボニートさんとは対称的に、彼女のお爺さんはすぐに船を動かし、村に引き返した。


 もちろん、お爺さんもこんなことは初めてだったけれど流石、熟練の漁師である彼はこの海の異常事態に、今日は続けるべきではないと確信したのだとか。



 這い上がってくる多くの骸骨を無視ながら何とか岸まで戻ってくると、周りの霧は晴れて骸骨たちもいつの間にか消えていたそう。


 そして先ほどまでいた沖合の方には、まだ霧が残っていて、あとから別の漁師たちの船が同じように一目散逃げてくるのが見えたらしい。



 港に集まってありゃいったい何だったんだ、こんなこと初めてだ、と聞いてみると、みんな怪我などはなく、同じように霧の中骸骨に船を襲われ逃げてきたのだそうだ。


 ボニートさんたちは骸骨が這い上がってくるや否や船を戻したが、経験の浅い漁師などはそこに留まったせいで、骸骨が船内へ侵入して来たり、大きく船を揺らしてきたりと、それはもう酷い目に合ったらしい。



 いやいや、この海で何が起きてるんだ、と騒いでいると、その日漁に出ていた村の全ての漁師が全て戻ってきた。


 すると、見計らったように沖合の霧は離散して海は元の静寂を取り戻したそうだ。



 その後も漁に出た人はいたが、次の日も、その次の日も、また次の日も同じ事は続き────


 朝も昼も夜も骸骨は休まず彼らを襲ったため、ついには漁に出る人たちがいなくなり、エクレアにも魚を届けることが出来なくなってしまったとのことだった。



 うーん、本人から聞くと臨場感が違う。


 ホントの事っぽいなぁ。




 この間魚屋の大将に聞いたときは、見た漁師さん、噂を持ってきた人、店主────と、何人かを経由して聞いた話だったが、今回はボニートさんの実体験である。



「とりあえず、怪我人などの被害を聞かせていただいてもいいですか?」

「海通り3軒目のおじいさんと、大通り15軒目のおじさんが船を揺らされたとき転んで怪我をしたみたい。

 おじいさんは頭を強く打ってたんこぶ出来て、おじさんは左腕骨折らしいよ」


 そうか、それは何とも気の毒なことだ。


 しかし、その2人も港に無事戻ることは出来たそうだし、病院にも行って治療はしてもらったらしい。


 2人とも回復に向かってるとか。



「まぁ、奇跡的に大きな怪我はそれ以外ほとんどないかな。

 みんな屈強な海の男────とガサツな私だからね。

 骸骨たちに漁の邪魔されただけ、それで船を出すのを止めちゃっただけ」


 止めちゃった────というのは簡単だけれど、問題はそれが彼らの生活の収入源の全てであることだ。



「ねぇ、ねぇみんな! この事報告すれば、きっとそれだけで大きな収穫なんじゃないかしら!?」

「いや、うーん……」


 まぁ、確かにボニートさんから直接話を聞けたというのは成果として大きいけれど、それは村人から事実確認が出来たと言うことに過ぎない。


「あの、セルマ、すごく言いにくいんですが…………」

「ダメに決まってんだろ、もっと色々調べないと」

「ううぅぅぅ!!」


 言いにくいことを、クレアがスパッと言ってくれた。


 ダメなものはダメ。



「あのボニートさん、一つ気になったんだけど……いいですか?」


 横から声を上げたのは、スピカちゃんだった。


「ん? なぁに?」

「今、村で漁に出てる人は……もう誰も、いないの?

 今骸骨さんたち、どうなってるか教えてくれないの、かな……?」


 確かに、ボニートさんが骸骨を見たというのは少し前の話になるはずだ。

 彼らはある日突然出たのだから、ある日突然引っ込むこともあり得るだろう。


 それが昨日かも知れないし一昨日かも知れない────何かその後の変化という物を知っている人はこの村にいないのだろうか?



「あーうん、この村のみんな漁止めちゃって、誰も船は今出してないよ。もちろん言い伝えもあるし、出にくいに決まってるよね」

「言い伝え……?」


 キョトンとする私たちに、ボニートさんは意外そうな顔をする。


「え────?? し、知らない? 有名な話だと思ったんだけど……」



 ボニートさん曰く、この村には言い伝えがあるそうだ。




 はるか昔、漁師が海で魚を捕っていると海から死霊が現れて、船に乗せろと言いました。


 最初は嫌がった漁師ですが、あまりにしつこいので死霊をお客さんとして船にもてなします。


 すると、お茶を一杯飲んだ死霊は、最後に「今日からはここで釣りなさい」と彼に命令しました。


 漁師は死霊が怖くなりしぶしぶ命令に従いました。


 すると今までにないくらい沢山の魚が釣れたといいます。


 それから毎日彼は命令に従い続け、その度に漁師は沢山魚を釣りました────



 しかしある日、漁師はつい出来心で命令とは別の場所で漁をしてしまいます。


 すると怒り狂った死霊が海から現れ、彼の船を沈めてしまいました。



 それからというもの、この村では海の死霊の言いつけを、必ず守るようになりましたとさ────


 終わり。




「へぇー」


 初耳だ、初めて聞いた話だ。


 そんな話、今まで聞いことなどない。



「うん、古い言い伝え。やっぱ知らない?」

「「知らなーい」」


 スピカちゃんとクレアが同時に首を横に振る。


 セルマも初めて聞いた話らしい。


「じゃあ、これってこの村だけのローカルな言い伝えだったんだ。

 それでね、この言い伝えがあるから、漁師仲間たちは海に出れないんだよ」

「骸骨────つまり死霊が船を襲ってくると言うことは、死霊の言いつけだ、ここで漁をするべきではない────って思ったって事ですか?」

「そゆこと」



 マグロ村はエクレアからはわりと近い村だけれど、そういう事って住んでいる場所が違えば案外入ってこない物なのだろうか。


 そういえば────



「そんなもの見る人間や状況、あと村人の風習なんかでいくらでも見間違う。

 夕焼けに包まれた山だって、みんなが燃えてると思えば誰も信じて疑わないでしょ?」



 ジョノワさんの言ったことを思い出す。


 あれって、考えないようにしていたけれど、やっぱりそういうこと・・・・・・なんだよなぁ────



「しかして、その言い伝えが、思わぬ見落としを生んでるかも…………知れないですね」

「エリーちゃんエリーちゃん、ちょっと落ち着きましょう?」


 私の言いたいことを察してか、落ち着いた様子のセルマが諭す。

 しかし、目の奥が正気を失いかけている。


「セルマ、落ち着くのは貴女です────」



 実際に骸骨の大群を見ているのは村人だけ。



 しかも彼らには言い伝えがあって、見ていた景色が本当に骸骨なのか、それとも言い伝えに左右されたものなのか分からない────


「あの、ボニートさん。

 船、貸してもらう事って出来ますか?」

「てことは、やっぱり出るんだね?」


 ただの村の屈強な男たちもビビって逃げ出す骸骨の大群、ならよかったんだけれど、村がそういう考えを持っていたなら────


 村の人の偏見にはなびかず、かといって【怪傑の三銃士】みたいな専門家の視点を持ってるわけでもない私たちが直接・・その骸骨をみるしかない────


 もしここでお話を村人から聞いただけとなれば、職務怠慢で怒られてしまう。


「セルマ、諦めろよ」

「セルマさん────頑張ろう?」

「うっうっ……」


 横で嗚咽するお化け嫌い。


 彼女にもみんなにも申し訳ないけれど、やはり「骸骨事件の真偽を知る」という目的の、一番手っ取り早い手段、それを試すしかなさそうだ────



「ごめんなさい、ウチの隊員がお恥ずかしいところを」

「あはは……」



 明日の予定が決まった、海で魚釣りだ。



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