予言通りクレアが素直に引っ張られていった。
「やべぇぇぇぇぇ!!」
確かに、ありゃやべぇな────
「クレア~────あーあー」
あまりの引きに耐えきれず、釣り竿ごと引きずられてゆくクレア。
本人が何とか水に落ちないようにもがいているため、“デッドデッドスーパーゴッドブラスデッドエクストリームファイヤー・シャケ”が止まらなければ河のほとりを延々と引きずられる事になるだろう。
「な、何事?」
騒ぎを聞きつけたセルマとスピカちゃんが、慌てて駆け寄ってくる。
2人とも充分な量のシャケが釣れて、余裕があるようだ。
「ほらあれ、クレアが“デッドデッドスーパーゴッドブラスデッドエクストリームファイヤー・シャケ”に連れてかれてしまって」
「えっ────ホントだ!! すぐに追いかけないと!!
なんでそんな落ち着いてるのよ!」
いやぁ、だって最悪ヤバくなったら本人だって流石に釣り竿を離すだろうし、そうでなくても竿や糸にだって限界がある。
最悪本人が何とかするんじゃないだろうか?
「てか、なんで釣り糸が切れないんですか。
あれだけ引っ張っても切れないなんてあるんですかね?」
「そういえば、クレアさん……釣り糸にピアノ線使ってた……」
「はぁ? なんで?」
「切れないように、って……獲物に逃げられたく、なかったみたい……」
だからあんな釣り糸がヨレヨレで太かったのか。
それじゃ釣れないわけだ。
「とりあえずそう言うことなら追いかけましょうよ!
クレアちゃんがそこまで優勝に執着しているなら、あのシャケはまずいわ!」
「あ、確かに……! クレアさん、あのこと知らない────」
クレアが引きずられていった方角、走って行ってみると参加者たちの人だかりが出来ていた。
「止めろ嬢ちゃん!! それ以上は危険だ!!」
「誰かあの子の手を離させろ!」
「1人でやってやらぁ!! うぉぉぉぉ!!」
人だかりを押しのけ近付いていって見ると、ボロボロのクレアが河原に立ち、“デッドデッドスーパーゴッドブラスデッドエクストリームファイヤー・シャケ”に引っ張られそうになるのを必死で堪えていた。
どうやら水に連れ込まれる前に持ち直したらしく、折れてしまったレンタルの釣り竿を横に捨て、糸だけで引っ張り上げようとしている。
「釣れろぉぉぉ!!」
「すごい、競ってる」
まるでマグロの一本釣りだ。
漁師とかになったら、彼女も結構いい線行くんじゃないだろうか?
「クレアちゃん!! 早く糸を離して!! 危ないから!!」
「ぬおおお────絶対釣るんだ!!」
ダメだ、クレアに声が届いていない。
私たちや観客が止めるのには、ワケがあった。
“デッドデッドスーパーゴッドブラスデッドエクストリームファイヤー・シャケ”は、普通の大きな魚ではない。
精霊の仲間にも危険なものはいて、ある程度近付くのがオススメできない種類、と言うのも存在する。
それはクレアも知っているだろうけれど、ついこの間この街に越してきた彼女は、“デッドデッドスーパーゴッドブラスデッドエクストリームファイヤー・シャケ”がその一種であることは知らなかったのだ。
「ぬぉぉぉっ────あっ!」
その瞬間────ピアノ線が“デッドデッドスーパーゴッドブラスデッドエクストリームファイヤー・シャケ”によってさらに引かれ、クレアが勢いよく岸から投げ飛ばされる。
「うおおぉぉぉ!!?」
宙へ浮いたクレアは、そのままの勢いで弧を描いて飛んでいき、それを待ち構えるように着水地点に“デッドデッドスーパーゴッドブラスデッドエクストリームファイヤー・シャケ”が大口を開けていた。
パックンチョ────
「クレアちゃーーーーーん!!」
「うわぁ……!! た、食べられた……!」
クレアは知らなかったのだ。
“デッドデッドスーパーゴッドブラスデッドエクストリームファイヤー・シャケ”が、別名【人喰い巨大ジャケ】と呼ばれていることに────
ルール説明でも、一応明言はしていたはずなのだけれど。
「どどど────どうしよう、スピカがあの時ちゃんと、教えてれば……!」
「とりあえず止めないと!! 見失ったらそれこそ一大事よ!」
そういう間にもどんどん遠くに行ってしまいそうな“デッドデッドスーパーゴッドブラスデッドエクストリームファイヤー・シャケ”。
しかし今ならまだクレアをお腹の中から救出できる。
「まずいわ────“ハイバリア”!!」
セルマが慌ててバリアを張り、水中の“デッドデッドスーパーゴッドブラスデッドエクストリームファイヤー・シャケ”の行く手を阻む。
幸いにもまだそこは浅瀬のため、“デッドデッドスーパーゴッドブラスデッドエクストリームファイヤー・シャケ”に潜って逃げられる心配は無い。
「それから────“
セルマの袖から飛ばした鎖によって、“デッドデッドスーパーゴッドブラスデッドエクストリームファイヤー・シャケ”が水中から引き上げられる。
「って、重ぉぉっ!! 鎖が─────千切れる!!」
「が、頑張ってくださいセルマ」
セルマの鎖の包囲網は、方向転換にバリアを使用するため本人にも負担がかかる。
この間の巨大百足ほどではないにしろ、あの大きさの生物を持ち上げるには相当な負担なのだ。
鎖の強度もあり、長くは持たない────今のうちにクレアを引っ張り出さなければ。
「でも、どうやってあそこまで────」
「うぉぉぉゴホッゴボッ────シャケに食われて! たぁまるかぁっ!!」
見ると、クレアが自力で“デッドデッドスーパーゴッドブラスデッドエクストリームファイヤー・シャケ”の口から這い出ようと踏ん張って出て来た。
「くっ、ダメ────クレアちゃん暴れないで鎖が切れる!!
しかもヌルヌルして完全に掴めない!!」
無茶を言うなと思うかも知れないが、実際セルマの鎖は限界だった。
相変わらず粘性にも弱いようだ。
「セルマさん、任せて……!!」
横でスピカちゃんがライフル銃を構えて、クレアに当たらないよう、“デッドデッドスーパーゴッドブラスデッドエクストリームファイヤー・シャケ”の下半身に狙いを定める。
「この距離なら一瞬でいい────なるべくシャケが動かないように……締め上げて!!」
「酷なこと────いいわ!! “
鎖の締め付けが強固になり、ヌルヌルの魚の動きが完全に止まる。
「ぐえらっ────ぐるじい……」
あと、一緒に締め付けられるクレアも苦しそうな声を上げた。
今の“デッドデッドスーパーゴッドブラスデッドエクストリームファイヤー・シャケ”の中はあまり快適ではないのかも知れない。
「スピカちゃん!!」
「決める────!! わたしのかみのけ、ほっぺたひんやり、さんまいにさばくように、さばくように、さばくように────“SHOT”!!」
河にこだまする5,6発の銃声、発砲音の度にデッドデッドスーパーゴッドブラスデッドエクストリームファイヤー・シャケ”が僅かにビクンビクンとうねる。
「当たった────全弾命中、だよ!」
「あっ────!!」
同時にセルマの鎖が千切れて、クレアと“デッドデッドスーパーゴッドブラスデッドエクストリームファイヤー・シャケ”が水中に落ちた。
「ゲボッゴホッ────」
「あ、シャケ────まだ、動いてる……! 甘かった……!」
クレアを咥えたままの“デッドデッドスーパーゴッドブラスデッドエクストリームファイヤー・シャケ”は、先ほどより動きは鈍っているが、まだ泳げる様子だ。
銃弾5,6発では、あの大きさにはあまり効果無いんだろうか────
「まずいどっか行っちゃう!!」
“デッドデッドスーパーゴッドブラスデッドエクストリームファイヤー・シャケ”の魚影が、河の深い方に動き出した。
あっちまで行くと、ついに後を追えなくなってしまう。
「どどど、どうしよ……!! もう一度、狙わなきゃ!」
「それじゃ弾がクレアちゃんに当たっちゃう!!
今から自分があそこまで飛んで────」
「ぶぁぁっ! 舐めんなぁ!!」
見ると、何とか口からは脱出した様子のクレアが、再び自分を飲み込もうとする“デッドデッドスーパーゴッドブラスデッドエクストリームファイヤー・シャケ”と水中で闘っていた。
水中だけれど、先ほどのスピカちゃんの弾も効いてはいたようで、“デッドデッドスーパーゴッドブラスデッドエクストリームファイヤー・シャケ”にクレアは互角に応戦している。
「クレア無理しないでくださいっ」
「うおおおっ、“天竜大かぎ爪”!」
その大技の声と目視で捉えた確かな命中────を最後に、両者の動きが見えなくなった。
「し、沈んだ……?」
「クレアちゃんは……」
辺りに、冷たい沈黙しばらく流れる。
誰もが固唾を吞んで、その場を見守るしか無い。
「────────ぷはっ!」
そして浮かび上がってきたのは、動かなくなった“デッドデッドスーパーゴッドブラスデッドエクストリームファイヤー・シャケ”と、荒い息をするクレアだった。
「はー、勝った────!!」
「嘘!!? 凄いわクレアちゃん!」
何はともあれ、クレアが食べられなくて良かった。
一同ホッと胸を撫で下ろす。
「嬢ちゃん達すげぇぞ!」
「命がけの勝負見せてもらったぜ!」
周りで見ていた他の参加者からも、歓声が上がる。
「思ったより人集まってたのね────みんなありがとーう!!」
「は、恥ずかしいよぅ……」
人前に慣れていないのか、スピカちゃんはセルマのうしろに隠れてしまった。
あ、そういえば今回私何もしてないな────
「大丈夫ですかクレア────って、うわぁ」
まだ息の荒いクレアに声を掛けると、彼女は倒した“デッドデッドスーパーゴッドブラスデッドエクストリームファイヤー・シャケ”頑張って岸まで上げようとしていた。
「何でそこまで────」
結局彼女は、他の参加者たちが好意で引き上げるのを手伝ってくれたおかげで、岸まで運び上げきった。
改めてみると、よく水中でこんなのと闘っていたな、と思うほどデカい。
「また動き出したら困るし、置いてくれば良かったじゃ無いですか」
「優勝賞金、みんなも欲しいだろ?」
「いいの!?」
てっきり500万ベストほしさの執着だと思っていたが、違ったのだろうか。
「いや、そうだけどよ。
ここまで手伝ってもらったんだ、賞金ももみんなで分けなきゃ、アタシも勝った気になれねぇよ」
「私何もしてないんですけど」
「そんなこと無いさ、エリアルのアドバイス通りじっくり待ってたから、コイツは釣れたんだ」
釣れたと言うより、引き上げたんだけど────
まぁ、なんにせよクレアの申し出は嬉しい。
「とりあえずみんな助かった、ありがとう」
※ ※ ※ ※ ※
「クレアさん、本当にごめん……
スピカがあの時……ちゃんと教えてれば────」
「アタシも無事だったんだし、そんな顔すんな。
それに助かったよ、あの時スピカが勇気出してくれなきゃ今ごろシャケフレークだった」
まぁ何はともあれ、“デッドデッドスーパーゴッドブラスデッドエクストリームファイヤー・シャケ”は私たちが回収できた。
みんなで話し合った結果、本部へクレアが持って行くことになった。
あれだけ苦労したのだから、せめていいトコくらいは本人にあげようという皆の総意だ。
どうやら優勝は彼女で間違いなさそうだ。
「優勝は────アデク・ログフィールドさん!!
去年の2倍近いシャケを釣り上げ、優勝だっ!!」
は────?
「おぉ、お前さんが2位なのか。クレア」
「アデク教官何でここに────いや、もうアデク隊長か」
自慢げに私たちの前に現れたアデク隊長の手には、大きな優勝トロフィーと、500万ベストの小切手が握られていた。
「ここの街の住人なら参加は当然だろう?
見るだけで楽しめるとか言う奴もいるが、そいつらは参加したことのないやつだね」
いや、今回私は見てるだけの方がよかったな。
「てかなんでだよ! アタシは“デッドデッドスーパーゴッドブラスデッドエクストリームファイヤー・シャケ”を釣ったんだぞ!!」
「おぉ、骨が折れたろ。オレも大変だったぞ」
そういうアデク隊長の指差す方向には、私たちが釣った(?)“デッドデッドスーパーゴッドブラスデッドエクストリームファイヤー・シャケ”の4,5倍はあろうかという大きな魚拓が飾られていた。
「でかぁ!! なんなんだっこれ!?」
「おっきいわね────こんなのがいるの……!」
流石のセルマもその大きさには驚きを隠せないようだ。
「これは“デッドデッドスーパーゴッドブラスデッドエクストリームファイヤー・シャケ・エンペラー”ですね」
「な、なんだよそれ……」
だから、“デッドデッドスーパーゴッドブラスデッドエクストリームファイヤー・シャケ・エンペラー”である。
“デッドデッドスーパーゴッドブラスデッドエクストリームファイヤー・シャケ”より大型で、“デッドデッドスーパーゴッドブラスデッドエクストリームファイヤー・シャケ”よりも統率力が高い、いわばシャケたちの帝王だ。
なんでこんな名前なのかは知らない。
付けた人に聞いて。
「なんだお前さん、“デッドデッドスーパーゴッドブラスデッドエクストリームファイヤー・シャケ”を釣ったのか? ざーんねーんだったな!
例年なら“デッドデッドスーパーゴッドブラスデッドエクストリームファイヤー・シャケ”を釣ってりゃ優勝だったろうに、オレの釣った“デッドデッドスーパーゴッドブラスデッドエクストリームファイヤー・シャケ・エンペラー”には及ばなかったな!
呪うんならオレじゃなく自分の釣った“デッドデッドスーパーゴッドブラスデッドエクストリームファイヤー・シャケ”を呪いな!
ま、そんなことしてもオレの“デッドデッドスーパーゴッドブラスデッドエクストリームファイヤー・シャケ・エンペラー”の優勝は変わらねぇけど!」
「よく噛まずに言えんな」
と言うことで、優勝したアデク隊長は賞金を手に嬉しそうに街へ帰っていった。
私たちにも夕飯くらいごちそうしてくれてもいいのに、そういう配慮もなく帰っていった。
「アタシの苦労、なんだったんだ────」
だからレジャーは嫌いなのだ。
※ ※ ※ ※ ※
「悪いなぁ嬢ちゃん、シャケこんなにもらっちまって」
街に帰った後、例の魚屋へ寄った私は、今回釣った魚が捌かれてゆくのをきーさんと見物していた。
「いいえ、早速解体してくれてありがとうございます」
「いやぁ、それにしても本当いいシャケだな。
確かにこの時期シャケは良く出回るが、殆どが換金されてから出回る奴だから、鮮度が落ちるんだ」
大会本部を経由せず、産地直送で新鮮な魚を店頭に並べられる。
それは魚屋さんからしても、嬉しい話なのだろう。
タダでいいと言ったのに、お金を渡してくれた上に、その場でシャケを捌いてくれた。
「でも良かったのか? 『なら大会と同じ値段でいい』だなんて。
ホントのところ大会で換金できるシャケの値段なんて二束三文だ。
オレから言えたことじゃねぇが、この時期この鮮度のシャケなら倍額請求してもバチは当たらねぇぜ?」
「いいですいいです、気にしないでください。
私は捌けないし全部は食べれないですから。
イクラや切り身貰えるだけでありがたいです」
そもそも、きーさんのためにわざわざ休日に腰を上げてしたシャケ釣りである。
それを全部換金してしまうよりかは、こうしてしっかり私の元へ回してくれる人の手に渡った方が、お互い得だろう。
店主は新鮮なシャケを売れる、私はその切り身を貰いきーさんと分け合う。
両者ウィンウィンなのだ。
「ま、でもマグロ村さえ戻れば、こんな事になってねぇんだがなぁ────」
マグロ村かぁ────
捌かれるシャケちゃん達を眺めながら、私は噂の村へと思いを馳せた。