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帰りたい(97回目)  フェリシアさんとサシ飲み(第1部最終章完)

 試験が終わり、合格も決まり、やっと私達の日常が戻ってきた。

 私達の隊には新しくスピカちゃんが加わり、来週からはいよいよ、見習い期間を終えた私達が任務に本格的に携わることになる。


 私としては、2年半足踏みをしていたところからようやく出れる開放感と、今までよりも忙しくなるかも知れないという面倒くささで板挟み状態だ──いや、面倒くさい板の方が厚いか。

 まぁ、何はともあれ進級はおめでたいことなので、フェリシアさんも個人的に祝ってくれるそうである。

 先日はいらっしゃらなかったフェリシアさんが私だけ呼び出して祝ってくれるそうである。

 何故か私だけサシ飲みで祝ってくれるそうである。


 なぜ────


「いぃらっしゃいっ! 好きな席に座んな!!」

「いや、待ち合わせです」


 夜の大衆酒場、アルコールと焼いた肉の香りが立ち込める通りのど真ん中に構えられた店に、私はそっと顔を覗かせた。


「待ち合わせ──あぁ、ツレの姉ちゃんなら一番奥でもう始めてるよ!」

「そうですか、お邪魔します」


 陽気な大将に案内された先、そこにはフェリシアさんが既にいくつか料理を頼んで頬張っていた。


「来たかエリアル・テイラー!! すまんな腹減ったので先に食べてしまったぞ!」

「いえ、こんばんはフェリシアさん。失礼します」


 許可を取って、フェリシアさんの正面の席に座る。 


「えっと──足の調子はいかがですか?」

「あぁ、心配いらん!! 骨が折れたと言ってもベティ・シャルダンよりは軽傷だったのでな!! 1人での移動は杖を使えば大丈夫だそうだ!!」


 そう言って、怪我をして固定された方の足をぷらぷらと振ってみせる。

 流石フェリシアさん、脅威の回復力だ。


 回復魔法は本人自身の生命力を促進する魔法だけれど、外から身体に魔法を流し込む特徴上、擦り傷や火傷のような表面的な物より、骨折や筋肉裂傷などの内面的回復はかなり劣る。

 それでも骨が折れたまま山の中を一晩歩き続けて、物の数日でこの状態なのだから、とりあえず良かったと私もホッと胸を撫で下ろした。


「無理しないでくださいね」

「当たり前だ!! そこの調節が出来ない私ではないぞ!!」


 そういえば、この人とは知り合って長いことになるが、こうしてプライベートで合うのは初めてかも知れない。

 今日のフェリシアさんは、いつもの軍服ではなく、私服だった。

 一見シンプルな服装だが、チュニックと黒のチュール・スカートにパンツ、秋用コートに何か凄くお洒落なブーツ────


 なんというか、かなり服装を研究してあるのは、流行に疎い私でも分かる。

 最近巷で流行ってるとイスカが言っていたボーイッシュな服装だし、多分アクセも適当に付けているわけではないだろう。

 そして何より驚きかだったのが、いつもの軍服姿よりもいい意味で大人っぽく見える。

 これが、私にはいくら絞っても垂れてこない、大人の魅力という物なんだろうか。


「ん? 何をしている、貴様も飲め!! 私が奢るから飲め!!」

「いや、飲めな──くはないですけど……」


 そして今日のフェリシアさん、いつもより強引だった。

 しかし断るわけにもいかないので、メニューをぐいぐい押しつけられ、それをしぶしぶ受け取る。

 一応、国の法律では馬が走らせられる年齢になれば、酒類も飲める、となっている。

 でも18歳になるまではあまり推奨されないので、騎士の模範のようなフェリシアさんが勧めてきたのには少し驚いた。


「わ、分かりました。じゃあレモンの果実酒ってありますか?」

「バカ、貴様まだ年は17だろう!? 酒は許さんぞ酒は! 私も我慢しているのだ、貴様も合わせろ!!」

「えぇ……?」


 いや、明らかにアンタ酔ってるだろ──そう言う言葉を漏らす前に、店主が私の目の前にジョッキをさし出した。


「アハハ、フェリシアの姉ちゃんは雰囲気で酔っちまうからなぁ。今日この店じゃ姉ちゃんに酒類は出しちゃいねぇぜ。

 はいよ、お嬢ちゃんはこれでも飲みな、レモン酒のアルコール抜きだ」

「あー、ありがとうございます──いや、雰囲気で酔っちゃうって……」


 確かに、フェリシアさんが飲んでいるのは、麦酒かと思ったら麦茶だった。

 焙煎されたいい香りがする。


「そう! わぁたぁしは酔ってないぞぉ! フヘヘヘヘ!」

「うっわ絡んできた」

「冗談だ、そんなに本気にするな!」

「いや、そんな風な冗談言うなんて、やっぱり酔ってますよね……?」


 フェリシアさんに白い目を向けながら、レモン酒のアルコール抜きをちびりと口に含む。


「ただのジュース……」


 それはそれで美味しかった。



「と言うか貴様!! 私に話があるんじゃ無かったのか!?」

「あー、私、フェリシアさんにお礼を言わなければと思いまして」

「お礼?」


 本当は、こないだ【カフェ・ドマンシー】での祝勝会の時言いたかったのだが、生憎フェリシアさんは「自分は一試験官だから」と出席しなかった。

 でも、こっそり言いたかったことでもあるし、こうやって二人きりになれたのは逆に良かったのかも知れない。


「はい、お礼です。今回の試験、私達が合格できたことに対してお礼を、と」

「貴様、私を愚弄するのか? 試験官として、公平公正な結果を上に提示しただけだぞ……!?」

「いえ、それでもお礼を言いたかったんです──公平公正を貫いてくれたことに。今回の試験、本当なら不合格だったんですよね」

「────────ふんっ」


 私の問いかけに、答えることのないフェリシアさん。それでも私はなおも続けた。


「実は、知り合いから聞いたんです。

 先の騒動では採点と無関係な予想外の要素が多く、今回の試験を無効とする決定がなされたと」


 レベッカ・アリスガーデン、ベティ・シャルダン、スピカ・セネット、クレア・パトリス、セルマ・ライト────そして、エリアル・テイラー。

 対象の6名を、合格保留とする、と。


「でも、フェリシアさんが上に掛け合ってくれたと聞きました。

 私達は試験の採点項目である要素は満たしていて、不合格になるのは不条理だって……」


 その方法はかなりゴリ押しの方法だったとか。

 どのくらいゴリ押しかというと、例えばフェリシアさんの今後の出世には、間違いなく足かせとなる程の物だったらしい。


 正直、そう言うやり方は好きじゃない。フェリシアさんが自分達のために自己犠牲となっただなんて、そんなの私は──多分6人の誰もが望んでいなかった。

 それに今回の件は色々あったのも事実だし、他人事ならば、上が決めた判断も分からなくもないと思っていただろう。


 でも──でももしフェリシアさんが何もせずその決定が通っていたら、私は永遠に試験を受ける資格を失っていた。

 軍で決められた、d級合格までに2年と半年以内──と言う期間は、次回の試験までにはとっくに過ぎてしまっているのだ。


「だから、ありがとうございました。私は、それを言わなければならなかったんです」

「────────バカ者」


 軽く鼻を鳴らすと、フェリシアさんは残ったジョッキの麦茶を全て飲み干し、それを少し強めに卓に置いた。


「何度も言うが、それが公平な判断だと私が信じたからだ。

 貴様がどうなろうと、やることは変わらない……」


 それでも、フェリシアさんが私を特別扱いしてくれていたことを、私は知っている。

 例えばガイダンスのあの日、「今回合格しなければ今後の受験資格剥奪」、と言う決まりをフェリシアさんは私に指摘したけれど、正直そんな決まりはほとんど適応されたことがない。

 それまでにほぼ全てのe級やf級の人たちが、合格するか軍を辞めてしまうかで、大体一年もあれば合格までかなりゆっくりだったと言われるほどだからだ。


 病気や怪我での長期療養の場合は期間の延長が保証されるため、実質何かの事件に巻き込まれた失踪者とか、軍が辛くて逃げ出してしまった人たちが、みんなから忘れ去られたようにひっそりと消えてゆくための決まり──みたいな物だろう。


 だからこそ、私にそれを教えて意識させるために、フェリシアさんはあえてあそこで・・・・・・・指摘をしてくれた。

 不器用がゆえにセルマやクレアには誤解を与えてしまっていたようだけれど、間違いなくあれはフェリシアさんなりの注意喚起だったのだ。

 試験の概要の冊子中で、それに該当する部分を抜き出してマークまでしてくれていたのだから、下準備まで怠ってはいなかっただろう。


 フェリシアさんは──本人の言うところに漏れず、公平公正に何事も行う人、と言うイメージが強いけれど、実はそれはあくまで業務の中だけの話だ。

 一歩軍から離れれば、お気に入りのお店もあれば先輩に料理を教えてもらうこともあるし、誰かが喜ぶ姿を考えて恐る恐るお弁当を作ったりする事だってあるのだ。

 そして、いつまでもしたっぱから抜け出せない私を気にかけてくれていた人の、一人でもある。


「本当に、ありがとうございました……」

「────────頭を上げろ、そんなつもりで今日貴様を呼んだんじゃない」


 そう言いながら、フェリシアさんは先程追加で注文したフライを私に差し出してきた。


「喰え、飲め!! 来週から貴様は晴れていっぱしの軍人だ!

 普通の量食べてて生き残れる仕事だと、高をくくるな!!」

「はい、いただきます」


 フェリシアさんに促され、沢山の料理を食べる。

 普段はあまり食べる方ではないのだけれど、勧められるままに手を付けてしまう。


「これも喰え、これも喰え!」

「いやもう結構限界──あ、そうだそういえば。先日の件で、赤ちゃんは大丈夫でしたか……?

 かなりお身体に負担がかかったと思うのですが、その……何か悪影響とか」

「あー、大丈夫────いや!!!? 何故貴様が知っている!!??」


 私に不意を突かれたフェリシアさんは、危うく手から滑り落ちそうになったグラスを何とか支えながら、喰い気味でこちらに迫ってくる。


「やっぱり、ご結婚なさって、お子さんを授かって、軍を引退されるんですね」

「何故だ!! そのことはあまり多くの人には言ってないはずだぞ!! 恥ずかしいから!!」

「まぁ、いろいろと、です」


 正直、リーエルさんの通信での反応や、急に料理を意識し始めたフェリシアさん自身など、それとないヒントはいっぱいあった。

 今回の合格のことだって、軍にいるのがこれで最後だからこそ、こんな風に無理矢理意見をねじ込み入れるという無茶が出来たのではないだろうか。


 せっかくの酒場で酒類を頼んでいないというのももしかしたらお腹の子の事を案じてでは────?

 フェリシアさんがムカデやろーに負けたことだって、もしかしてあの時、フェリシアさんは具合が──そう、つわりとかで──悪かったのではないか?

 そうでなければこの人が敗北を喫するなんて、考えられない。


 単純に疑問に思ったことはいっぱいあったけれど、全てをつなぎ合わせるとフェリシアさんの考えていたことが何となく分かった気がした。


「だから、寿退社するんじゃないかなぁと」

「はぁ、全くカマかけたな貴様!! 大将こいつに大量のフィッシュアンドチップス大盛りも追加で頼む!!」

「えぇ、そんなに食べれないですって……」


 そう言っている間にも、茶色い山が卓の上にドンと大将によって置かれた。

 見てるだけで胸焼けしそうだ。


「全部食べろ!? 正直私はそんな食べない方だけど貴様は食べろ!!

 最近は魚も高いんだ! 定価で食べられることをありがたく噛みしめながら食べろ!」

「うっわ、超ハラスメントじゃないですか」


 しかし断るのは悪いので、試しに端の方にあるフライを1つつまんでみる。

 白身魚のフライ────あ、凄く美味しい。


 普段私もきーさん用に魚を買うことが多々あり、生だったり焼いたりでちょくちょくお家でもお魚を食べる機会はあるが、フライというのは中々食す機会がなかった。

 久しぶりのお魚のフライはとてもジューシーで、噛むだけで溶けるような柔らかな白身魚をパリパリの衣で包んであり、フライなのに程よいヘルシーさがいくらでもいけそうだ。

 横に付いているポテトも、他の所で食べるものとは違い、ホクホクのジャガイモがこの店こだわりの物だとすぐに分かる。


 これは頼んでくれた──奢ってくれたフェリシアさんに感謝しなければ。


「美味しいです────ね」


 しかし、だからと言って全部食べられるかというと物理的な限界がある。

 散々他の料理も食べた後にこれ以上口に入れるのは、流石に美味しい物でも受け付けない。


「なんだ、もういいのか?」

「少し────少し休ませてください……」

「まぁ、いいだろう。余ったら詰めてもらおう。なんにせよさっきは驚いた、妊娠まで見破られるとはな……!」

「そればっかりは、はいまぁ当てずっぽうで」


 正直、何の根拠もないし、具合が悪かった理由だって相当なこじつけだ。

 お酒だって私に気を使って飲まなかったと言う先だって充分にあり得る。


 ただ、まぁ────私は「気配」や「声」には敏感なのだ。


「今日会ったとき、フェリシアさんが元気そうで安心はしたんですけれど、どうしても気になってしまいまして」

「大丈夫だ! 私の子だからな!! 医者にも豪快に育っているとお墨付きをもらった!! 娘だそうだ!」


 あぁ、よかった。もしお腹の子どもに何かあったら、私も永遠にフェリシアさん顔向けできない。


「女の子ですかぁ、楽しみですねぇ」

「そう、それなのだ! 楽しみだ! 楽しみだ! こんなにワクワクしたのは軍の入隊以来だ!! その代わり不安もつわりもいっぱいで最近日中は酷いもんだがな!!」


 そんな毎日の体調不良も、「楽しみだ」でカラッと笑い飛ばしてしまうフェリシアさんは、なんだか女性としても母親としても輝いて見えた。

 聞けば寿退社も妊娠と結婚を機に辞めるだけで、子育てや生活が軌道に乗れば復職の可能性もあるそうだ。


 ぶっちゃけまだまだ軍には貴重な女性という存在を、多く取り入れたい、逃がしたくないという考えなのか、うちは女性の職場復帰には手厚い。

 だからまたこうして、フェリシアさんから先輩としてお食事をごちそうになることもあるかも知れないのである。


「なぁなぁ、娘を育てるってどんな感じなのだ!?」

「知りませんよ、めちゃくちゃ質問の人選間違えてますって」


 しかしフェリシアさん、やはり酒癖ならぬ雰囲気癖が凄く悪い。

 この話にしたって少なくとも、今さっき酒を飲むなと注意した後輩に聞くことではないだろう。

 親に聞いてください、それがなくとも聖職者に聞いてくださいとしか言えない。


「じゃあ名前だ!! 夫と話し合って散々頭を抱えたが、全く決まらんのだ! 大の大人が2人して決めれないことだったのだな!!

 貴様なら何とつける!? なるたけ女っぽい名前がいい!!」

「エリアル、とかどうですかね」

「よっし、それにしよう!!」

「待ってくださいっ、うそうそ、冗談ですからっ。ほんとそんなんで即決するなんて私重すぎますって」


 多分名前とか関係ないけれど、万が一産まれてくるお子さんが私に似て面倒くさがり屋さんで死んだ魚の眼になってしまった、なんてことになったらと思うと、私自身としてもゾッとするしゾッとしない。

 なので、その万が一を避けるためにも、娘の名前をエリアルちゃんにするのだけは止めてほしかった。


「なら何がいいと言うんだ!?」

「えー……分かりませんて」

「決めてくれ、決めてくれ! どうせここまで貴様が乗りかかった船なのだ!」

「乗りかかったというか、半分拉致形式で乗せただけじゃないですか──海賊?

 ていうか、普通命名を頼むなら、上司のリーエルさんとかに頼みません?」

「それはない」


 今までにないくらい、冷め切った声でフェリシアさんが否定する。

 まぁ、リーエルさんはないな、確かに。


「うーん、女の子の名前……名前、名前……」

「娘の一生が決まるんだ、真剣に考えてくれ!」

「なら私に聞かないでくださいよ、重い重い重い」


 しかし、このまま嫌がっても多分酔ったフェリシアさんは聞いてくれないだろうし、かといって明日このことを覚えている保証もない。


 ここはとりあえず真剣に考えて、名付けるかどうかはフェリシアさんと旦那さんに決めてもらえばいいだろう。

 忘れていればラッキーだし、そうでなくてもその子が一生困らない名前を決めてあげなければ。


「うーん────そうですね、迷いますけど────────クラリスちゃん、とか、どうですかね……?」

「『クラリス』────」


 私の少ない語彙力で、性一杯真面目に考えた結果だった。


「いいな、嫌いじゃない!」

「そうですか、良かったです」


 今のフェリシアさんなら何言ってもそう言いそうだが、まぁ明日には忘れてくれていることを願う。


「えーっと、そうだ。ご主人てどんな方なんですか?」

「聞きたいか!? 聞きたいんだな!! ようし聞かせてやろう!!」


 うわ、長くなりそう。早速話を逸らしたことを後悔した。



   ※   ※   ※   ※   ※



「それで、彼とは丁度街の芝居を見に行ったときに出会ったのだが────」

「ふぇ、フェリシアさん、そろそろお店閉店するそうなので一度出ませんか……?」


 その後、夫とまだ見ぬ娘ののろけ話を数刻に渡り聞かされた私は、かなりボロボロになっていた。

 先日スピカちゃんに「何かあれば聞きますよ」と良くも悪くも先輩面してしまったが、どうやら私は聞き上手ではないらしい。


 いや、聞き手に回るだけなら苦もなく出来るんだけれど、なにぶん相手が悪かった。

 フェリシアさん、恐い先輩、酔ってる、イメージ崩壊、立て板に水──正直それだけでも今日の夕食のおかずのカロリーを凌駕してるのに、彼女は私が驚愕するような事実をサラッと話に混ぜてくる。


 いや昔話の中で、以前やっていた靴職人の仕事──とか、当たり前のようにカミングアウトしないで欲しい(だから靴が一際おしゃれだったのか)。

 そんな事実を何個も何個も転がしてくるものだから、それらが出る度に私は結構驚くのだった。


 もし私が本当に死んだ魚なら、フェリシアさんのトークという名の心臓マッサージで、生き返っているところである。


「まだ語り足りないことがあるのだがな────よし、次の店行くか!!」

「ごめんなさいきーさん家に置いてきてしまったのでここで解散でいいですかすみません」


 このまま続けられてはたまらない、慌てて早口で断る。


「なに!? なら、仕方ないか────」

「そうですよ、フェリシアさん足のこともありますし、大事とって早く帰りましょう?」

「むぅ……分かった! 次回を楽しみに待つ!」


 よかった、このまま二次会とか最悪である。

 また何か理由を付けられる前に、奢ってもらって申し訳ないけれど、フェリシアさんをエスコートしてさっさと店から出た。


 プライベートとは言え、気を抜きすぎる先輩──普段とのギャップが心臓に悪いので、今度からそういう人には気を付けなければ。


「あ、そういえばフェリシアさん、遅くなってスミマセン。

 フェリシアさんからもお話しがあったんじゃないですか?」

「あぁ────────そうだ、それだがな!!」


 フェリシアさんはそのことについてはすっかり忘れていたようだ。


 まぁ、目上の人の話も聞かず流されるまま自分の言いたいことだけを言ってしまった私にも否がある。

 酔う前ならいざ知らず、今のこの人のテンションでまともな話が出来ればいいのだが。


「思い出した。そうだ貴様、何故今までe級だった? それを聞こうと思っていたのだ」

「え────?」


 一瞬、酔った勢いかと思ったが、違った。フェリシアさんの目は、いつもの鋭い戦士の光りをたたえていた。

 唐突な質問に、私は目線を流す。


「貴様は確かに弱い。いや、今は多少マシかも知れないが、少なくともバルザム隊の頃までは弱かった、間違いなくしたっぱだった」

「今でも、見合ってるか自信ないんですけど……」

「しかし、貴様より役に立たない新人など掃いて捨てるほどいる。

 リーエル隊長の下で試験合格者を多く見てきた私だから、それは間違いなく言える」


 まぁ、そうやって認められることはありがたいことなのだけれど、他と比べても、私は全く優秀な方じゃないだろうに────

 現に今回も、フェリシアさんのフェアがあってこそ脱退を免れただけだし────


「まぁ、この際他は置いておいても、2年間e級は明らかに妥当ではない采配だ。

 一隊員のこと、とても見過ごされそうな事ではあるが────普通に普通をこなしていた貴様がその扱いは不当だ」


 見られていたのか、ずっと────

 見てくれていたのか、ずっと────

 同じ隊でも、直属の部下でもない私の、この2年半を───


「まぁ、そうなんでしょうね……」

「不当だ、リーエル隊長も私も断言する。おかしいのは、貴様自身ではなく、周りが取り巻く環境だったと────」


 秋の夜の冷たい空気が私達の間に流れる。

 ミリアと別れたときとはまた違う、冷ややかな空気──私を心底慕ってくれている先輩の、疑いと心配の眼差し────


「貴様、バルザム隊にいる中で一体何があった?」


 アデク教官と出会うまでの、2年間の記憶がグルグルと蘇る。


「────────それは……」


 きーさんも、アデク教官も、セルマも、クレアもいなかった、あの頃は────────


「いや、何もないですよ。今までは運悪く要領悪く、昇格昇進できなかっただけです。

 随分長くなってしまいましたけど、今までご心配おかけしました」

「そうか────私が引退しても何かあったら言うんだぞ!」

「はい、よろしくお願いします」


 夜の道を、フェリシアさんと歩く。

 先輩と歩く夜の街は、いつもの風景よりちょっと違う色に見えた。


 家には残してきたきーさんがいる、きっと律儀にも目を醒まして私の帰りを待っているだろう。

 明日は休みだ、今夜はゆっくり寝れるな──そんなことに思いを馳せつつ、私は帰路についた。




       ~ 第1部最終章完 ~




NEXT──第2部第1章:天空海闊のバルカローラ

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