急いで私も店を出ると、丁度スピカちゃんが通りの角を曲がるところだった。
「スピカちゃんっ」
追いかけて私が声をかけると、スピカちゃんは意外とあっさり立ち止まる。
「エリーさん……ごめん」
そっと逃げられないように近付くと、彼女の目は潤んでいた。
「ごめんて、何でですか?」
「あの……勝手に出て来ちゃったこと────みんなにも……」
「いや、急にあんなこと伝えられたら、当然ですよ」
それに、あの2人とスピカちゃんの関係は、入隊してからという短い期間だけれど、とても堅い物だというのは他人の私でも分かる。
でなければ、初めての闘いで心を痛めてしまうようなスピカちゃんが、あそこまで恐怖を振り切れるはずがない。
優しい子だけれど、それ以上に頑張れたのはきっと、2人への想いがあったからだろう。
「でも……お店、戻らなきゃ────」
「いや、その前に────ちょっとその辺ブラブラしましょうか?」
今戻っても、時間が少し開いただけでなんの解決にもならないだろう。
だから、今スピカちゃんも、お店に残っている2人にもクールダウンが必要だと思った。
本来なら、こういう役目はセルマ辺りの方が適任だけれど、あの時リーエルさんはなぜか私を指名したんだ。
セルマは今あんなことがあったばかりだし、あの中では、隊の仲間を覗いては私が一番この子と話しやすいと判断したからかも知れない。
それに、普段の私なら面倒くさいと逃げてしまうけれど、何分この間相談に乗ると、スピカちゃんとは約束してしまったし────
なんだか、この子が悩んでいると放っておけなくなってしまうのだ。
※ ※ ※ ※ ※
店の周辺、しばらく歩くと住宅地の一角に、大きな時計塔がある。
あまり知られていないけれど、そこの見晴台は一般にも公開されているため、出入りが自由。
地上の人たちからは見えないし、近所にある公園と比べ人も少ない。
風通しもよくて雨も凌げるため、たまに来てはボーッとすることがある。
「ここって────」
「私の秘密基地です」
今日も案の定、使用している人たちは誰もいなかった。
適当なベンチに座り、スピカちゃんも隣に勧める。
「ありがとう────」
小さくお礼を言うと、スピカちゃんは隣に静かに座った。
店を出たときは涙を溜めていた彼女だが、今は我慢しているのか、目頭の潤みが大分引いている。
でも、夕焼けに照らされたその顔は、さっきよりもなんだか物悲しげで、泣いてるときよ悲しそうだった。
「ごめんね、わざわざ、付き合ってもらっちゃって……」
「いいえ、構いませんよこれくらいなら。約束ですし。
えーっと、何て言うか────」
「エリーさん、あのね……」
私が何と話しかけようか迷っているとスピカちゃんの方から静かに切り出してきた。
「スピカね……さっき少しショック、だったの……」
「解散が?」
「ううん、それもあるけど……2人が────多分解散のこと、知ってたのに、決まるまで教えてくれなかったこと……かな?」
「あー、そうですね」
確かに、ベティさんやレベッカさんはまずリーエルさんに相談し、スピカちゃんが受け入れられるよう見計らって切り出したのだろう。
けれど、スピカちゃん本人からすれば、相談の間自分だけ蚊帳の外だった気分だし、知らないところでそんな重要な話が進められていたのだから納得いくはずもない。
結局結果は避けられないこと、仕方のないこととは言え、それで傷つくのは当然のことだ。
「2人も、リーエルさんも、悪気があったわけではないとは思いますけどね」
「そう、だよね……スピカを傷付けないように、何度も話し合ってくれたんだと────思うんだけど……」
「でも実際、それだけじゃ納得できませんよね。
自分のために隠していたことでも、どうして言ってくれなかったんだって気持ち、よく分かります」
分かる────分かるのだけれど────
でも、本音を言うと隠す側の気持ちの方が私は分かるのかも知れない。
誰かを傷付けたくないから、巻き込みたくないから、言えないことや嘘をつかなければいけないこともある────
一見逃げのようなその言葉だけれど、実際になってみると本当に人間それしかできない物だ。
私はセルマやクレアに沢山の隠し事をしていると思う。
付き合いの長いミリアとの間にだって山ほどいってないことだってあったし、全てをさらけ出して生きるなんて出来るわけがない。
多分、スピカちゃんもそれが分かっているから、今彼女の気持ちは言葉に出来ない流れになって、彼女の中に渦巻いているんだろう。
「みんな心配しているとは思いますが、どうしたいか決まるまで少しゆっくりしていきましょう。
この後お店に戻るにしても、考えまとまってなきゃどうしようもないですし。
お店に戻るのが嫌なら、そのままお家まで送りますけど────」
「うん、エリーさん……ありがとう。少し考えさせて……」
「いいえ────ん?」
ありがとう────そう言われた横顔に、ふと既視感を覚える。
あれ、この横顔どこかで見たような。
この感覚、先日スピカちゃんと初めて会ったときにも感じたような。
高級な持ち物、ピンクの髪、パーティーが好き、私から隠したい────
そしてスピカちゃん、スピカちゃん、スピカちゃん、およばれ────────
「あっ……ああぁぁぁぁっ!!」
「へ? どうしたの、エリーさん!?」
思い出した、思い出した、そして全てがつながった────
スピカちゃんが何者なのかも、どうしてリーエル隊の3人が私を避けていたかも、急に、記憶が、点て点が線で結ばれるように────
「むぎゅ……な、なに……?? 本当になに……??」
「まさか……そんな……」
急いでスピカちゃんの顔をムニムニと触って確認するが、間違いない。
私の既視感は、間違いではないと、断言できる。
「あのっ────スピカちゃんって、もしかして」
「も、もしかして……?」
「あー、い、いえ、何でもないです。ごめんなさい」
「え、えええ????」
そうだ────思い出したはいいけれど、そういえばスピカちゃんは
驚きには驚きだが、わざわざ知られたくなかったことを、私から蒸し返す必要はないと、落ち着きながら考える。
「よ、よく分からないけど……いいの?」
「いいです、ごめんなさい」
「そ、そう……あ、エリーさん────スピカ決めたよ」
スピカちゃんは、少し迷った後に、確かな口調で言い切った。
「少し早くないですか?」
「いつまで迷っても、多分同じだし────これしかないと思うから……
スピカね、お店に戻って、みんなと、話し合う。今度はスピカも、入れてもらう。
もし、このまま隊はお別れでも────みんなといれたことは楽しかった……だから納得して終わりたい……次会ったとき、また友だちでいたいから……」
※ ※ ※ ※ ※
その後お店に戻ると、さっきと変わらないメンバーが私たちの帰りを待っていた。
そしてすぐに、ベティさんとレベッカさんが駆け寄ってくる。
「ご、ごめんスピカ……急にあんな話持ちかけて!」
「私たち勝手だったよね────」
「ううん、いいの。それより、スピカもちゃんと、2人と話し合って決めたい……いい、よね……?」
その後、スピカちゃん、ベティさん、レベッカさんはゆっくり話し合った。
嫌だ、スピカは解散したくない、でも3人で続けることは難しい────
本当は怪我のことがあったから無理に決断しただけで、実はアタシは納得なんてしてなかった────
それを言ったら私だって、こんな能力さえなければ、みんなと楽しく続けられたかも知れないのに────
本当は、誰一人として納得してなかったのだ。
だから、納得するまで、キッチリと。
お互いに落ち着いて話し合って、最後には言葉尻も悪く、みんな泣きながら────そして3人は、話し合って決めたようだった。
「解散、でいいよね」
「うん。今までありがとう、2人とも」
「ベティちゃん、レベッカちゃん────」
それが3人の、リーエル隊第58番小隊全員の決断だった────
「3人とモ、決めたんデスね」
「はい、リーエル教官────解散します」
「そうデスか……」
きっとリーエルさんなら、他にも多くの小隊の解散を見てきているはずだ。
その中には主要の隊員が殉職して散り散りになってしまった所や、もっと他にもいたたまれない理由で隊を崩さなければいけないこともあったに違いない。
そんなリーエルさんが、それでも彼女たちの解散に悲しそうな表情をしているということは────きっとそれは、リーエルさんがいい教育者だったからに他ならないだろう。
その後、静かに夜の一時が流れる。
積もる話もあるのだろう。
それぞれの隊で、別々に祝勝会をやっているような感じにはなってしまったものの、別れを惜しむ彼女たちに水をさすこともしたくない。
「そ~ダ! スピカ、なんならここで転属先、決めたらどうデスか?」
「え、転属先────?」
だから、リーエルさんが突然したその話は、かなり場違いな気がした────
確かにスピカちゃんたちの隊が解散になってしまった今、彼女は新しい仲間を見つけなければならない。
別にリーエル隊にこだわらずとも、スピカちゃんのような有望な子なら、人員に余裕があるところに転属することは出来るだろう。
でも、今その話する────?
「リーエルさん、その話今必要ですか?」
「いえいえ! 大事なことデス!」
リーエルさんはチチチッ、と指を振ってみせる。
「早ければ早いほド、それに越したことはないデス!
手続きをすればすぐ新しい隊で活躍できるでショウ?」
「え、教官……まだ、スピカに、そんなアテは……」
スピカちゃんはおずおずと言う。
まぁ、そりゃあ入職半年でそんな隊のアテがすぐに出てくる方がおかしい。
しかも、今さっき隊が解散したところでそんな決定事項なんてできないだろう。
「リーエルさん、アテがあるんですか?」
「アテ? それならあるじゃないデスか、ホラここニ!」
「え────?」
ビシッとリーエルさんが指を刺す、その先には────
「私────ですか?」
「そうデスよ、エリー! アデク隊テイラー小隊!!
ここなラ、きっとスピカ、貴女も楽しくやっていけるところだとワターシ思うんデスっ!!」
「え────ええぇっ……!?」
驚きの声をが周りからあがる。
でも確かに、リーエルさんの言うとおり、それなら可能だ。
私達の隊は3人、小隊の上限は5人だから、申請を出せばスピカちゃんをアデク隊の新メンバーとして迎え入れることも出来るのだ。
実際、余裕のある小隊かは置いといて、受け入れ体勢の条件には当てはまるだろう。
「いい……の?」
「私は全く構いませんけど────アデク教官は?」
「オレもいいぞぉ~、もう教官やるわけじゃねぇしなぁ」
アデク教官もアッサリ了承する。
なんか機嫌良さそうだな、と思ったらいつの間にかリタさんが、またマッサージしていた。
「アデク先輩太っ腹ぁ~」
「フフフっ」
うわ、やっぱりクズだ。
「アタシは大歓迎だぞ! スピカお前案外根性あるしな!」
「自分ももちろんよ! スピカちゃんが来てくれるのは嬉しいわ!!」
とりあえず、私達の隊は満場一致だった。
あと残すは、本人の気持ちである。
「どうします? もちろんスピカちゃん次第ですけど」
「スピカは────」
半年間、共に過ごしてきた仲間たち────
泣いて笑って、助けるために命をかけて────
それでもバラバラにならなければいけない運命があったとしても、彼女が前を向くのは、きっと多くの素敵な思い出が、彼女を後押ししてくれるからだろう。
だから、私も、私たちも、その気持ちに全力で報いたい。
だってスピカちゃんはもう、私たちの大切な仲間なのだから。
「うん、ありがとう。お願い、します……
よければスピカを────スピカをメンバーに入れてください、リーダーさん……」
「はい。これから一緒に頑張っていきましょうね、スピカちゃん」
こうして、長かった私たちの
そして新たに、スピカ・セネットがアデク隊テイラー小隊の仲間に加わったのだった。