セルマのテンションが高い。
「あのね! あのね! 今日家から出たら急にクレアちゃん家に行きたくなったの!! 少し時間もあったし、丁度会えて良かったわ!! 良かったと言えばみんな合格ね!! 嬉しくて嬉しくて空までとびあがりそうなの!!」
普段からまぁまぁ元気な子ではあるけれど、特に今日はヤバイ。
それはもう、セルマが先日から付けている眼帯が、気にならないほどの異常だった。
なんていうか、普段を超越した────としか言い表せないようなテンションの高さだ。
「さっき家の前で会ったときからずっとこうなんだ。
本人は合格が嬉しい、つってるけど、なんかそれにしちゃ異常だと思わないか?」
「はい、なんか取り憑かれてるんですかね?」
「やめてよエリーちゃん!! 自分恐い話苦手なの!! 何か面白い話しましょうよ!! そうだこないだ繁華街外れのマッサージ屋さんに言ったときの話なんだけど!!」
「そ────その話はまた今度聞かせてください」
まだ出会って半年近くだけれど、リフレさんさえ絡まなければ、セルマは自分の気持ちをコントロールするのはわりかし得意な方だと私は思っている。
この間ドクターから眼の診断を受けたときも、私より落ち着いていて、逆に宥められたほどなのだ。
今日のそれは、だからこそ絶対におかしいと分かるものだけれど、それ以上に、セルマの異常は周りのセルマを知らないリタさんやティナちゃんでも感じるほどの違和感だった。
「アデク先輩、この子って普段からこうなんスか?」
「いや、うるさいにはうるさいが、クレア程じゃ────」
「おい」
クレアは苦い顔をするが、実際、その通りである。
もちろん合格できて嬉しい、と言うセルマの言葉を疑うわけではないが、それを抜きにしても、セルマのテンションは「病的」だ。
「セルマ、ちょっと会話のペースがおかしい気がするんですけれど、いつからそんな感じなんですか?」
「え? え? 聞きたい? 聞きたいわよね!? これねこれね!! 一昨日からなの!! 最初はちょっとウキウキするくらいだったんだけど、だんだんだんだん嬉しくなってきちゃって!! 自分で求められなくて!! キャハハ!!」
自覚あり────そして、一昨日からと言うことは既に合格が決まった次の日だ。
合格直後からなら分かるが、ただ単に合格に舞い上がっているわけではないらしい。
「困ったなぁ。セルマ、ちょっと病院行くか? アタシ付いてくぞ?」
「え! え!? そんなそんな悪いわよ!! 今からパーティーじゃない!! リーエルさんやスピカちゃん達も来るんでしょ!! ちょっとだけ待ちましょうよねぇねぇねぇ!」
「あー、うん分かったよ。とりあえずなんともないんだな?」
「うん! うん! なんともないわ! 自分はとっても元気よ!!」
いやぁ、元気すぎるのが問題なんだけど────
そうこうしていると、再びお店の扉が開いて来客が来た。
「お邪魔しマース、あれ? どうしたんデスか?」
ひょっこりと顔を出した
「あー、ちょっとセルマがテンション高くて」
「セルマが? それは心配デスね。とりあえず入りますヨ!」
「え、あ、ちょっと────」
勝手知ったる他人の家、とはいえ遠慮なさすぎるリーエルさん────その後からベティさん、レベッカさん、スピカちゃんも入店してきた。
ベティさんだけは、まだ足の怪我が治らないのか、車椅子で移動している。
「ベティさんベティさんベティさん、足大丈夫!? 痛かったわよね? 痛いわよね? 回復魔法はあまり役に立てないかもだけど、少しでも力になりたいわ!! 何かあったら相談して頂戴!? 絶対よ!!」
「え────あ、うんありがとう……」
ベティさんが突然のセルマにたじたじする。
「せ、セルマさんどうかしたのか? なんかこないだと雰囲気違うけど」
「テンションが、高い……? 合格そんなに、嬉しかったのかな……?」
「そうデスか? 前に会ったときも元気ハツラツな女の子でしたヨ?」
リーエルさんはともかく、3人ともセルマの様子に違和感を持ったようだ。
「よかったわ、よかったわね!! 本当に!! 6人とも合格よ!! 合格!! 凄いことじゃない!! 嬉しいわ嬉しいわ!!」
1人ウキウキなセルマだが、周りは彼女の違いに戸惑うしかない。
やはり、今すぐにでも病院に連れて行って見てもらった方が良いだろうか。
幸いにもこの近くに、アンドル最高司令官も入院している大きな病院があるし、一度そこで見てもらった方が────
「デモ、元気なのはいいことデス! ね、セルマ??」
「そうです、そうですよ!! ありがとうございますリーエルさん!!」
「イイエ~」
なぜかリーエルさんとだけは同調している。
「リーエルさん、セルマのテンションおかしいと思わないんですか?」
「ン~? そうデスね~────もしかして眼がイケないんじゃないデスか?」
「眼??」
眼というのは、多分セルマの眼帯をしている左眼のことだろうか?
いや、確かに前回と明らかに違うところだけれど、それって関係あるのかな?
「ワターシ、どちらかと言えばそこに違和感感じるデス! セルマ、ちょっと眼見せてくださイ」
「いいわよいいわよ!! 今はちょっと見えにくいけど!!」
セルマが勢いよく眼帯を取り、リーエルさんに見せる。
「ははーン、結構深い傷ですネ!!」
「そうなのそうなの! まだたまに痛むんです!」
明るく言うけれど、やはりその話をされると私は責任を感じてしまう。
「あの、アデク教官……今から病院行ってセルマを見てもらってきますね……」
「そうさなぁ────ん?」
アデク教官が何かに気付いたのか、セルマに視線を送った瞬間────
ドサリ────
ついこの間ムカデやろーが倒れたときと同じ不吉な音が、聞こえてきた。
「せ、セルマ……さんっ!?」
悲鳴のようなスピカちゃんの声、慌てて振り返る間もなく、追って本物の悲鳴が聞こえてきた。
「う、うぅ────あああぁぁぁっ!!」
今までリーエルさんと話していたセルマが、突然倒れ込んだのだと気付いたのは、もう一瞬あとのことだった。
「セルマ、傷が痛むんですかっ?」
「おいどうした!!」
慌てて駆け寄ると、セルマの他にもう一つ、隣で膝をつく影がある。
「あぁぁぅ────うぅ────あ、アデク……これちょっとまずいデス……」
「り、リーエル!?」
2人はもがき苦しみながら、お互いに同じ身体の場所を押さえている。
「
「左眼!? まさかリーエル────テメェそれはほんとシャレになんねぇから!! 死ぬ気で抑えろ!!」
「でき……たラ、苦労しナ────あぐぅっ!!」
周りの私たちは、突然の事態に呆然とするしかない。
セルマも、国のトップであるリーエルさんも、目の前でのたうち回っているのだ。
やらなければいけないことはあるはずなのに、思考がまとまらず咄嗟の判断が追いつかない。
「おい何してる!! エリアルとクレアは病院に行って医者呼んでこい!! リタ、店の奥から布でいいからコイツらが寝れる物持ってきてくれ!! 他の奴らは食器とか危険になりそうな物どかせ!」
そう言うとアデク教官は回復魔法を2人にかけ始める。
多分せめてもの応急処置なのだろう。
リタさんもアデク教官の声を聞き終わる前に店の奥に消えていった。
この瞬間の行動力は、流石ベテランの2人と行ったところだ。
「クレア、私たちも早く病院に行きましょう!」
「お、おう────」
そうして、店を出ようとしてドアに手をかけると────2人の叫び声が突然止んだ。
「え?」
振り返ると、2人も含めてその場の全員がキョトンとした顔をしている。
「な、治った……」
「ワターシもデス」
「なんなんだよ!!」
アデク教官はバカバカしいとばかりに椅子に戻る。
結構店内が大騒ぎになってた割にアッサリ事が片付いてしまったので拍子抜けだ。
「セルマ、リーエル、身体はなんともないのか?」
「ないデス」
「自分も特には────ん?」
セルマが先ほど押さえていた左眼を、怪訝な顔でこする。
「ど、どうしたんですかセルマ……何か左眼に────?」
「め、目が見える……?? 視力が戻ってるわ────!!」
「え、ホントか!? あっ、セルマ……その目……!!」
「え??」
指摘されたセルマは、慌てて鏡に駆け寄る。
「うわ、なにこれ────綺麗な色……」
セルマの左目の色が、変わっていた。
彼女は、自分の顔なのに初めて見るような目つき手つきで、自分の顔を調べ始める。
元々セルマの目の色は、両眼水色だ。
それが、今は左眼だけエメラルドグリーンに変化している。
本人も言うようにそれは綺麗な色だけれど、まるで────と言うかそのまんま、リーエルさんの左眼を盗って移したような色だ。
「はぁ!? おいマジかセルマ!! よく見せてみろ!!」
「イタイイタイですって、アデク教官!!」
「クソ、リーエル、お前さんは────」
「あーー」
一方横でため息をつくリーエルさん。
その眼は元の
「クッション持ってきた────あれ、もういいんスか?
ってうわ、最悪じゃないっスか」
店の奥から戻ってきたリタさんも、その場の様子を見て苦い顔をする。
そして店内に流れる思い空気────
大人3人が、何も言わずにただこの状況に頭を抱えている様は、少し奇妙だった。
「あれ、そういえばセルマ、落ち着きました?」
「────ホントね」
眼の色が移った(?)のと同時に、セルマのテンションは元に戻っていた。
本人も、落ち着いたことが拍子抜けしたように、キョロキョロ周りを見ている。
「さっきまでなんか気分が抑えられられなくて、変な気持ちだったのに、すっかりなくなってしまったわ……
それに左眼────お医者様からは、回復するにしてももっと時間がかかるかもと言われたのだけれど────」
不思議そうに、手鏡で自分の眼をパチパチと見ている。
この間までセルマの両眼は青色だったから、見てるこっちも変な気分になる。
「リーエル先輩、これまずいんじゃないッスか?」
「クソ、リーエルお前────」
「これハ……申し訳なイ────」
その横では、リタさんと幹部の2人が、珍しくバツの悪そうな顔でモゴモゴ言葉尻を濁す。
「え、左眼ってどういうことですか?
リーエルさんの目の色が移った────事と何か関係あるんですか?」
「い、いやぁ……」
ハッキリと解答しないアデク教官。
リーエルさんも何か応えてくれそうにないし、まるでミリアの行方不明だった時、2人が口を閉ざしていた事を思い出す。
「あー、デモ? 数日前からあのテンションだったのハ、関係ありそうじゃないですカ?」
「元々決まってて、それに精神が予知的に反応してたって事ッスか?」
「そんなことあんのか……?
クソ、そんなん予測できたらそれこそ予知だろ……」
「ん???」
3人は今の状況についてディスカッションを始めたが、私たちはその会話についていけない。
というか、ついていけないように3人が何かを隠しながら話しているようだ。
「と、とりあえずセルマ、今のとこ何もないんだな?」
「は、はい……」
「なら後でオレとリーエルのとこに来い。
そうなっちまった以上、放っておく訳にはイカねぇんだ」
「は、はい???」
視力が戻った、それは一見喜ばしいことだが大人たちにとっては、それはとてもマズいことらしい────
今私たちに分かるのは、それだけだった。
※ ※ ※ ※ ※
何はともあれ、祝勝会は予定通り始めることとなった。
これはバイトを始めて思ったことなのだけれど、この街の人は、とにかく祝勝会やら新年会といった、お祝い事での飲みの席が大好きらしい。
だから、滅多なことでは決められた席がキャンセルされることはないし、今回もその例に漏れず、「とりあえず考えるのは後にしてみんなで楽しもう」みたいな雰囲気になった。
乾杯の音頭を執るのは、今回のMVPであるスピカちゃんだ。
「え、す、スピカが……? MVP……? いや、スピカなんてそんなこと────あ、でも乾杯くらいなら……やり、ます」
結構意外なことだけれど、スピカちゃんも乗り気なようだ。
慣れない手つきでグラスにリンゴジュースを注ぎ、グラスを掲げる。
「えー……そ、それでは皆さん────えっと……乾杯……!」
スピカちゃん号令の元、各々に談笑したり食事をしたりする。
そもそも、私たちリーエル隊とアデク隊のメンバーは、ガイダンスの時と任務の時だけで、ゆっくりお話しをする機会はこれが初めてだ。
帰り道も殆ど会話という会話はしていない。
お互い同期と話をすることも少なかったようで、隊の様子や今までの隊の様子など、世間話は尽きない。
リーエルさんとアデク教官、セルマの3人だけは、少し席を離れ、店の奥で真剣な顔をして話し合っているが、アデク教官に入ってくるなとキツく言われているので、近付くのは止めておくことにした。
「あの、エリアルさんちょっといいですか?」
しばらくすると、リーエル隊の3人が揃って私の所にやって来た。
「どうしました?」
「私たちその────エリアルさんに謝らないとと思って……
ごめんなさい! 初対面であんな態度をとってしまって!」
隊長であるレベッカさんが、先陣切って深々と頭を下げる。
「あ────────」
そうだ、そう言えばそんなこともあった。
確かに嫌な思いもしたが、まぁああいう形の批判は前からよくあったものだし、3人が別の理由で私を避けていたのも何となく分かっていたので、すっかり忘れていた。
「気にしてませんから、頭を上げてください。
3人ともいい人だって分かってますし」
「そういう訳にはいかないよ……誠意は見せたいんだ。
その……村の件とかで手伝ってもらって、今さら言いにくいんだけど……」
車椅子のベティさんが、少し言いにくそうに頬を掻きながら言う。
「アタシもごめん……そもそも原因はアタシなんだ。
理由があるなら、ハッキリ言えばよかった」
「スピカも────ごめん……ホントは理由はスピカにあって……その、実は────」
「あ、だから無理に言わなくていいですって。
多分皆さんにも事情があったんですもんね、ちゃんとそうやって言ってくれただけで私は嬉しいです」
ホントはハッキリ不快だったことを示すのも必要なんだろうけれど、それをするのも面倒くさいし今さらという感じだ。
それに、3人とは仲良くできるならこれからも仲良くしていきたい。
その後、3人から申し訳なさは感じたものの、少し経つと、お互い普通に話せるようになってきた。
クレアも混じって、自分達の隊の良いところや悪いところ、教わったこと何かも話しあいっこした。
リーエル隊の3人は、フェリシアさんやリーエルさんにいろいろなことを教わったらしい。
「アタシの【コア・グラスプ】って能力、最初は制御が難しかったんだけど、リーエル隊長がいろいろ意見出してくれて、出来るようになったんだよ!」
「スピカも────リーエル隊長とフェリシアさんに教わって、【コマ・ベレニケス】、少し使えるようになってきた……」
2人とも、元々入隊前から使えた能力を、リーエル隊に入ってから鍛えてもらったそうだ。
それぞれに合った戦法や戦い方を個人的に指導していたようで、普段は無銭飲食を繰り返しているリーエルさんからは想像も出来ないほどのマメさだ。
「お、じゃあレベッカさんも合わせると、全員能力持ちの小隊か。珍しいな!」
「うん────まぁうちは精霊契約してる人はいないし」
そんな話をしていると、奥で話していた3人が戻ってきた。
三者三様、しかしそれぞれが揃って複雑な表情をしている。
「セルマ、どうでした?」
「うーん、詳しくは口止めされてて言えないけど、なんかビックリ」
左眼を少しこすりながら、セルマがボーッとそう呟く。
「え? どういう意味で────」
「とりあえず大丈夫って事よ。心配かけたわね」
「そう、ですか」
アデク教官もリーエルさんもそう言うのなら、今は安心していいのだろう。
「また何かあったら言えよ?」
「えぇ、頼らせてもらうわ────」
「────スミマセン、3人とモ、うちの隊の子、少し借りまス」
アデク隊の3人で集まっていると、複雑そうな顔をしたリーエルさんが呼びかけてきた。
「ベティ、レベッカ────申し訳ないデスが、戻りましタ。
スピカに伝えるんでショウ?」
リーエルさんが、そんな深刻そうな顔をするなんて珍しい、と思った。
その表情は、すぐに呼びかけられた2人にも伝染して、リーエル隊全員が暗い表情になる。
そのままなのは、訳も分からぬ様子でキョトンとしているスピカちゃんだけだ。
「あ────はい────スピカ、私たち少し話があるんだけどいいかな?」
「なに……?」
その急に変わった空気と重い言葉に、店内の全員が黙り込む。
辺りにキンと冷たい冷気が張り詰めて、聞いている私たちにまでのしかかる。
なんとなく、今からベティさんが話すことが、不吉なことではないかと察した。
「は、話って────?」
「アタシ、この怪我が治るの、しばらくかかるらしくて……
その、合格はしたけど軍に復帰できるの────もう少し後になるって言うか……
リハビリとか、治療とかも考えると、かなり先にななる……」
言葉を選びながら、ベティさんは何とかスピカちゃんにそれを伝えようとする。
「だから、合格した直後でなんだけど、アタシしばらく仕事休まなくちゃならなくって────」
「そ、そうなんだ……じゃ、じゃあレベッカちゃんと待つから、また3人で────」
「ごめんスピカ、実は私もね……」
レベッカさんも、ベティさん同様言い出しにくそうに切り出す。
「私のムカデを倒すときに発動した能力、とても強力なものなんだけれど、ちょっと厄介なものみたい────その意味、分かるよね────」
「────あっ」
レベッカさんの言うその意味────つまりそれは、レベッカさん自身も軍を続けることが出来ないことを意味していた。
この国では、自身や周りに危険を及ぼすかも知れない能力が覚醒していると判断された場合、“能力管理局”が運営する、それらをコントロールするための専門的な施設に入ることとなる。
滅多に起こることではないし、私の【コネクト・ハート】を“能力管理局”に申請したときも特になにも言われはしなかった。
しかしレベッカさんの能力は、あれだけ強力なムカデを放り投げ、あろう事か2つに分裂させたそうだ。
そしてその能力は、覚醒して間もないためレベッカさん自身もコントロールできない。
他から見れば、とても危険な存在だ。
「あの時は私達の命を救ってくれたこの能力だけれど、あんな危険なもの、誰かを傷付けてしまうかも知れないと考えると、恐ろしくて仕方ないんだよ。
実は毎晩夢に出るくらい────」
今さっきまで楽しく笑っていたようなレベッカさんだけれど、その奥にはとてつもない恐怖があったのだろう。
それが今、変わってしまった彼女の白髪と共に、小さく揺らいでいる。
「貴女とまた一緒に活動できるようになるのがいつか、分からない。
この能力の正体が分からない、だからスピカ、貴女に待ってほしくはないの」
“能力管理局”の施設は、能力の宿主が安全に生活できると見届けられられれば、即刻帰宅が出来て、普段の生活に戻れる。
この国で法的な施設が人を拘束できる時間は、そう長くないのだ。
でも、私たち軍人は違う────
何が起こるか分からず、危険な力をコントロールして任務を務める私たちにはいわば、より厳しい監視の眼が向けられる。
安全に生活できると認められても、完璧にコントロール出来ると判断されなければ、施設から帰宅は出来るが軍に戻ることは出来ない。
いつまでもコントロールが出来ないようなら、施設にずっと残るか、軍を辞めるか────
そして“能力管理局”が認める、コントロールと言うのも厳しい。
つまり、レベッカさんがすぐにでも復帰して働ける事は────実質皆無だ。
「だから、ここで、終わりにしましょう。
私もベティも、復帰は先になる────正直いつになるかも分からない」
「えっと……」
「ごめんよスピカ────」
何か口を挟もうとしたスピカちゃん、しかしそれでも2人は続けた。
「でもスピカ、貴女をいつまでも待たせる事は出来ないんだよ……」
「だからさ、その、何て言うか……な?
今まで楽しかったけれど、ここで────」
「────スピカはっ!!」
スピカちゃんの、今まで聞いたことのない程の大声────
さっきまでかき消されてしまっていた思いが、一瞬のうちに膨張して破裂したような────嫌な軋みが辺りにこだまする。
その声は私たちはもちろん、本人さえ聞いたことのない程の声だったのか、自分の出した声に戸惑い、スピカちゃんはモゴモゴと俯いてしまった。
「す……スピカは……」
揺れる心が、瞳が、周りに助けを求めたい、今のこの状況を打破して欲しいと訴えていた。
「スピカちゃん……あの────」
「────────っ!!」
しかし周りが救いの手を差し伸べる前に、彼女は踵を返して、店から出て行ってしまった。
「スピカ!!」
「どこ行くの!?」
「待ちなさイ」
隊の2人が追いかけようとすると、それを止める影────リーエルさんだった。
「リーエル教官!! 追いかけないと────!!」
「貴女達は待ってなさイ、逆効果デス。
エリー申し訳ナイ、貴女がスピカを追いかけてくれませんカ?」
「あ、はい分かりました────え?」
何で私が────?
しかし迷っている暇もないと思い、勢いで私はスピカちゃんの後を追った。