なんだかんだで、1週間後の試験発表は────全員合格だった。
私達だけではなくリーエル隊の3人も合格だったそうだから、かなりの大健闘である。
村では色々あったし、心のささくれや、身体の損傷────患った者は多くいるけれど、決してめでたいことが、めでたくなくなるわけではない。
なので、今日はこれから合格した6人と、アデク教官、リーエルさんで、合同の祝勝会をやることになる。
場所はカフェ・ドマンシー、まぁいつもの場所で代わり映えしないが、リーエルさん曰く、戻ってきた日常を感じると言うのも、大切なことなのだそうだ。
「おいまてよ。場所の設定に悪意ありすぎだろ」
店への道すがらたまたま会ったアデク教官が、文句を漏らす。
確かに、店に店長がいたら、またかつてのようになるかも知れない。
「いや、ここのセッティングって誰がしたんですか?
私じゃないですし、アデク教官でもないですよね?」
「リーエルだよ、全く────」
「あー」
なら、空気を読んでも読まなくても、そのチョイスは納得できるものである。
リーエルさんならどう転んでもやりかねない案件だ。
「今カレンと会うのは、正直ごめんだね」
「この間は病院で仲良くできてたじゃないですか?」
「あれを仲良くって言うのか? お互い会話もロクにせずに、黙り込んでただけだったろ」
それでも、店長が店に入るなり最大級のパンチを放っていたあの時と比べれば、充分な変化である。
ただ、それを気がついてないアデク教官が相手なのだから、確かに仲直りは相当先になりそうだ。
確かにまだ2人を会わせるのは危ないだろう。
「うーん、確かに店長はアデク教官が来ること知らないかも知れないですし、少し見てきますよ」
「よし行け」
自分の問題なのに偉そうなアデク教官には腹が立ったが、何かあってから迷惑するのは私である。
表でアデク教官を待たせて、店内にそーっと顔を覗かせる。
どうやら店長の姿はないようだが────
「なーにやってんスか、エリー」
「あ、リタさん」
怪訝な顔で奥から顔を出したのは、厨房担当のリタさんだ。
今はお客さんも誰もいないから、きっと手持ち無沙汰だったのだろう。
「いや、店長いるかなぁ、と。
アデク教官が今からここに来るんですけど────」
「あー、はいはい。今日は店長はお休みッスよ」
お休み?
この店は店長のカフェ兼持ち家のはずである。
下宿しているリタさんやティナちゃん、ルーナちゃんと同様、本人も店の奥の一室に住んでいるのだ。
それが、店は開いているのに本人がお休みだなんて、今までに無かったことだと記憶している。
「珍しいですね。店長、具合でも悪いんですか?」
「いや、そうじゃないんスけど。お見舞いに行くとか何とかいって、朝早く出てったんスよ」
店長、逃げたな。
多分、この間の病院の件もあって、アデク教官の来訪を無下にするのは嫌だけれど、顔を合わせるのも気まずいので、無理矢理理由を作って不在にしたのだろう。
だって、アンドル最高司令官のお見舞いなら、わざわざ今日を選ばなくてもお店が休みの日を見計らっていけばいいし、普段は店長自身そうしているのである。
まぁ、それでもアデク教官がお店に来るのを了承しただけでも、かなり2人の関係は改善された方────なのかな?
「きょうかーん、アデクきょうかーん、店長いないそうでーす」
「全く、それじゃまるでオレが避けてるみたいだろう。
別にあいつがいてもいなくても、オレは客だし堂々と入ってくからな」
うそつけ、よし行けと私に今さっき言ったのはアンタだろ。
「全く、オレまで来る必要なかっただろ?
しかもこの店殴られた記憶しかねぇんだ、帰っていいか?」
「はいはい帰らないでください。リタさんとりあえず何か適当に飲み物お願いします」
席に案内されても居心地悪そうにしているアデク教官に、無理矢理物を頼んでとりあえず帰れないようにさせる。
殴られたトラウマが相当響いているのか、なんだか不機嫌がビシバシ伝わってくる。
「はいエリー、適当な飲み物ッス」
「ありがとうございます────なんですかこれ?」
リタさんが渡してきたのは、何かよく分からない液体だった。
甘酸っぱい匂いのようだけれど、少なくとも知ってるフルーツの香りではない。
泡立っている────のだけれど、炭酸とは違う不穏な泡立ち方だ。
いや、本当になんぞやこれ。
「さぁ? 適当に作ったんでさっぱり」
いや、適当にと注文したけれど、本当にこんな適当なものだとは思わなかった。
試しにチビリと飲んでみたら、いやイケなくはないけど────
普通に不味くないだけに、これ以上飲む勇気が出ない。
「はい、アデクさんにはレモンジュースっス」
「おぉ、サンキューリタ」
「あ、ズルい」
ヒドイ贔屓を見た。
「ここのレモンジュース、少し噂になってるから気になってたんだ。
まぁまぁ美味しいじゃんか」
「まぁまぁですましちゃうとこ、ホント変わってないッスね────デリカシーないアデクさんはグリグリッス」
そう言って、リタさんはアデク教官の頭をグリグリし始める。
アデク教官はいい顔はしなかったが、だからといって振り払おうともしない。
「アデクさぁん、アデクさぁん」
「離れろリタ────まぁ、いいか」
「え、いいんですか??」
こんなに人の接近を許しているアデク教官を初めて見た。
正直こんな風にされるがママにもて遊ばれてるアデク教官は、絶対にお目にかかれない物だと思っていた。
「お二人って、そんな仲よかったでしたっけ?」
「あれ、言ってなかったっスか?
アタシも元兵隊さんで同じ隊だったんスよ」
「え、そうだったんですか??」
それは、ここで働いて2年ちょっとの私も知らなかった新事実である。
本人から聞いたわけではないが、店長が元々はリーエルさんやアデク教官と同じ隊だった────というのはまぁ、何となく前回の店での騒動から気付いていた。
でもあの時はリタさんは軽くアデク教官に挨拶こそすれど、そこまで見知った様子はなかったし、ただの顔なじみ程度だと思っていた。
「まぁ、それは店長の手前遠慮したんスよ。
私はこないだうちの店に来たリアレと同期同隊だったんっス。
アデクさん、リーエルさん、店長、リアレと私の5人小隊だったんスよ、懐かしいっスねぇ~」
「そうだなぁ」
しみじみ言うアデク教官だが、実際解散後はその中から3人が軍の幹部を今現役で務めているわけだ。
なんて小隊だ────と舌を巻くしかない。
「まぁ、それも5年くらい前かな────? この店始めるときにオープニングスタッフに店長に誘われたんで、兵隊さんも辞めちゃったんスけど」
「あいつオレの脱退の誘いは無下にした癖に────」
「いやぁ、それはそれで色々あったみたいっスよ?
詳しいことは本人から聞いて欲しいっすけど」
「気が乗らねぇなぁ」
そうか、アデク教官脱退まではその5人は同じ隊だったのか────
でもよくよく考えたら、アデク教官が【伝説の戦士】と呼ばれ始めたのも大体同じ時期だし、その頃そのメンバーが最前線に出張って闘っていたのは間違いない。
店長もこの間、ハーパー最高司令官に最高司令官にならないかと誘われていたし、もしかしたら店長とリタさんも、3人同様かなりの実力者なのでは、という私の予想もかなり現実味を帯びてくる。
しかし、普段店で働いているときには店長もリタさんもそんなそぶり見せないだけに、2人の戦闘というのはとても想像できなかった。
「あ、そうだアデクさん!! 久々にマッサージさせてくださいマッサージ」
そう言うとリタさんは、同意を得る前にアデク教官の肩をギュイギュイと揉み始める。
まぁ、頭グリグリされても怒らなかったアデク教官が、この程度ではリタさんを拒否はしなかった。
「いやぁ肩が特に、相変わらず凝ってますねぇ~」
「あ~相変わらず、流石だなリタ……超気持ちいい……」
一瞬のうちに、【伝説の戦士】と呼ばれた男が恍惚とした顔になってゆく。
「お上手なんですね」
「いやぁ、最初先輩に無理矢理やらされてしぶしぶだったんスけど、だんだんヤッてるうちにたのしくなっちゃったんスよ」
「へ、へぇ~」
というか、「相変わらず」と言うことはアデク教官、軍を引退する前、
今まで散々幻滅させてくれたが、また彼の新しい一面を見てしまった。
「私たちは誰も揉みませんからね?」
「バーカ、リタのテクニック知ったら他の人間になんか揉ませられるか。頼まれてもお断りだ」
「あ……そーですか」
どうやらクズにはクズなりのこだわりがあるらしい。
「そうだアデクさん~、まぁた昔みたいに先輩って呼んでいいっスかぁ?
アデクさんだと他人行儀だとリタは寂しぃんスよぅ~」
「いいぞ、勝手に呼べ呼べ」
肘で肩をグリグリしつつ耳元で呟くリタさん。
そしてまんざらでもなさそうなアデク教官。
こんなところ店長に見られたら、今度は店の扉だけではすまないだろう。
「今日店長が休みで良かったですね」
「は? なんのことだ?」
「も~、アデク先輩ニ~ブ~イ~!」
早速許可を得た愛称を使い始めるリタさん。
もう口調は後輩というよりただのイケナイお店の従業員である。
リタさんのこんな姿も、見たくなかった。
「てか、お店の仕事ほっといていいんですか?」
「ティナちゃんいるし、他に客もいないからいいんスよ。
あ、そーいえば────おーいティナちゃん、探してたアデク先輩来てるッスよ~」
呼ばれてティナちゃんが厨房から顔を出す。
いや、呼ばれてと言うより、まるで待ち構えていたような反応の早さだ────
「ありがとうございまーす────あ、おっはーエリーちゃん!」
「おっはーです」
「それと、ログフィールドさんも来てたんですね。こんにちは」
「げ、君は……」
「げって何ですかログフィールドさぁん。
ティナ・マイラーですよ、忘れたんですかぁ??」
「あ、いや、覚えてるが……」
珍しくアデク教官が人と話していてキョドっている。
いや、珍しくと言うか、私が見る中では初めてのことだ。
接点なんて前回アデク教官がここに来たときちょっと会ったくらいで、ティナちゃんに苦手意識を持つような事などないはずなのに────
私の知らないとこで、なんかあったんだろうか?
「ティナちゃんとアデク教官て、お知り合いだったんですか?」
「うん、以前に図書館を利用していただいたことがあるの。
とても強い戦士だって感心しちゃったわ。
ま、さ、か、女性一人に頭を下げるくらいの度量もないような人には見えなかったわよぉ」
「そ、その話は今はいいんじゃないか!?」
アデク教官はマズい話になったとばかりに会話を無理矢理打ち切った。
よく分かんないけど、多分アデク教官が適当なこと言ったのが原因だろう。
「今はカレンいないんだし、言っても仕方ないだろう……?」
「その話って何の話ですか? お姉ちゃんがどうかしたんですか?
ログフィールドさん。や、く、そ、く……忘れてないですよね?」
「い、いやぁまぁその……ちょっと来い、エリアル!!」
「うにゃっ」
アデク教官は突然近くにいた私の腕をひったくって、店の隅の席に連れ込む。
結構強引に引っ張られたので上腕が痛い。
「え、えっと何ですか? 今話さなきゃいけないことですか?」
「あぁ、えーっと───────そうだ、先日のムカデやろーの件だが────」
あ、この人関係ない話始めた。
私を逃げる口実に使ったな────
「魔物の実験の話、調べてみたんだがやはり何も出てこなかったよ」
「そうですか」
「あぁ、
「表向き?」
含みを持たせた物言いに、何か調べているうちにあったのだと私は悟る。
「一連のムカデやろーの言動────思い返すと妙だと思わないか?」
「はい、おかしいですよね」
そこは私でも感じていたことだ、即答する。
普通、契約した精霊や魔物と術者は一心同体────相棒に何かあれば術者はそれをいち早く察知出来るし、逆に術者から相棒に危険信号を出す事も出来る。
それは精霊も魔物も変わらない、契約と言う概念の特性らしい。
しかし、ムカデやろーはその両方とも出来てはいなかった。
もしかして、ただ魔物が言うことを聞いているだけで、両者は契約していなかったのでは────と言う疑問さえ出てくるほど、ムカデやろーとムカデ達は赤の他人だったのだ。
「あぁ他にも、あいつは“ノースコル・デス・センティピード”を2体も操れるほどの器じゃないはずだ。
強力な魔物を操るには、常に魔力を持って行かれる立場の術者が、それに適応してないと意味ないからな」
そう考えると、大量の“システム・クロウ”を操れたあのリスキーと言う女性は、リアレさんと互角程度には戦えるほどの強さの持ち主だった。
瞬間的に地面を抉り、壁を作る技術もあったわけだし、それなりの魔力を兼ね備えていたのだろう。
「しかしあいつは少なくとも、攻撃や戦い方に魔力を使っている様子はなかった。
普通なら余裕を持って身の丈に合った魔物と契約するんだがな。
あの程度の技術の奴が“ノースコル・デス・センティピード”2体を操れていたのは、オレから見ても明らかにおかしい」
「やっぱそうですか」
いいわけになってしまうかも知れないが、だから私が考えた揺動も、ムカデが2匹いることを想定できていなかったのだ。
あとでリーエルさんに報告したときも、その事実には大変驚いていたし、あのムカデやろーに何かあったのは明白だろう。
「まぁ、他に理由があったとか、魔物に力を取られていて使えなかったんだろう、みたいな意見で軍の上層部の方には無理矢理解決させられちまったがな。
アイツら本当に、都合が悪いことにはいいように理由付けて、見なかったことにしたいらしい」
表向きは────の意味を、私はようやく理解する。
「いや軍の上層部って、アデク教官軍の幹部ですよね……?」
「幹部が何でも独断で物事を決めれると思うなよ?
オレの方が立場的に偉いと言うだけで、むしろ軍の方針の決定権はアイツら上層部にある」
「まぁ、そうなんですよね」
幹部と言っても、それは現場での指揮や立場的な意味で、この程度の確証がないことを無理矢理決定はさせられないのだ。
「アデク教官は、どう思うんですか? その────実験とか、改良とか、そう言う魔物が本当に作られていると思いますか?」
「いや、どう思うもなにも────あるだろ?
オレらは一度、普通じゃない魔物に会ってる」
「え? えっと────あっ、ボスウルフェス、ですか……」
あり得ないほどの堅さ、あり得ないほどの統率力、あり得ないほど非効率な狩り────
強さは最弱の私でも隙を見つければ倒せてしまえるほどだったけれど、規格外のあの狼は紛れもなく「普通じゃない」だった。
「ちなみに味もあり得ないほど不味かった」
「あー、美味しくなかったですねぇ」
あの時食べないとか言ってたのに、結局はもったいないからと食べさせられた。
スープが美味しかったせいで拒否しなかった私も悪いのだが、死ぬほど不味くて申し訳ないと思いつつ、2人でこっそり森の中に捨てさせていただいたのを覚えている。
「ま、野生の魔物の話だ。突然変異とか、奇形とか────あとは能力を持った奴のイタズラとかも考えられるしな。考え出したらキリがねぇ。
だが、お前さんは唯一両方を、詳しく目撃している張本人な訳だし。一応小耳に、と思ってな」
「分かりました、覚えておきます」
そこでお礼を言うと、丁度お店のベルが鳴り来客が来た。
セルマとクレアだ。
「おじゃましまーす! あ、アデク教官とエリーちゃんこんにちは! おはようございますかしら!? どっちでもいいわね!! キャハハ!!」
「こんにちは────セルマなんか、今日は元気ですね」
「エリアル、コイツ何とかしてくれ」
その日のセルマは、何かがおかしかった────