「スピカの固有能力……?」
夜に廃工場に向かう前、エリーさんは少し申し訳なさそうにそうスピカに聞いてきた。
「ええ、リーエルさんが強力なものだから、話し合っておくように、作戦にも組み込めるかも知れないから、と」
「そ、そんな、スピカなんて全く────」
「いや、言いにくいなら言わなくても大丈夫ですけと、協力してくれるなら是非教えて欲しいんです」
確かに人の固有能力はでりけーとな問題だから、ぶしつけに聞いてくるような人はあまりいい気分はしないけれど、エリーさんは違う。
今は必要なとき、過大評価されてしまうのは怖いけれど、友だちを助けるのに迷うはずはなかった。
「ううん……大丈夫。
スピカの能力は、【コーマ・ベラナシィズ】って言って、髪の毛をこういう風に────動かす能力なの」
「────へぇ……」
少しだけ前髪を動かすと、エリアルさんは納得したように頷く。
「それで敵を縛ったりするんですか?」
「ううん、スピカ怖いから、あんまりそういうのは出来ない……ごめん……」
敵に近付くと、足がすくんでしまうのは軍人失格だけれど、今嘘をついても仕方がない。
今まで克服できなかった、それは残念だけれど────
「でも、でもね、これなら、少しは役に立てる……かも……」
このままじゃダメだと、慌てて鞄から化粧ぽーちを取り出して、中身をエリーさんに見せる。
「これ“魔銃”ですか?? しかもこんなに沢山……」
「これをこう組み合わせてね────」
※ ※ ※ ※ ※
闘いは熾烈を極めていた。
ただ、何となくセルマさんが加わったことで、さっきよりも、こちらが有利になっているのが分かる。
「いくぞっ! “天竜滝堕とし”!」
遠心力を利用したクレアさんの首刈りが、百足やろーに迫る。
「ごっ────!」
何とか肘で受けきった百足やろーには、しかしクレアさんの次なる攻撃が待っていた。
「“
四方八方から奇怪な動きをして迫る鎖、しかし森の中という立地が功を奏したのか、ギリギリのところで全てをかわしきられてしまう。
「外した! スピカさん!」
「やっ────だめっ!」
スピカの銃弾も木に弾かれ敵に届かない。
そうする間にも、百足やろーはじりじりとこちらに距離を詰め、スピカたちを襲うチャンスを狙っている。
「攻撃が当たらない────埒があかないわね。
スピカさん────
「え、えっと……」
「敵の動きは封じるわ、それならどう?」
「多分……」
スピカが頷くと、セルマさんはぽんぽんと肩を叩いてくれた。
「大丈夫、お互いフォローし合いましょ。
クレアちゃん、大技いくわよ!!」
「“
「その名前止めてって何度も言ってるでしょもう!! 今よ!!」
セルマさんのかけ声と共に、クレアさんが百足やろーに急激に接近をする。
「なんだっ!?」
「あーーーーーーーーーっのらくそぉっ!!」
勢いだけで接近したクレアさんは、敵の胸ぐらを引っ掴んで腕の力に任せて空中へ投げ飛ばす。
とても女の子の力とは思えないほどの腕力だ。
「“
「ぐぁっ! 下ろせ!!」
その後からセルマさんが、バリア2枚を服の下から斜め上に器用に突き上げ、百足やろー空中に持ち上げていく。
「クレアちゃんいくわよ! “
「うおおおおおっ!!」
解除と同時に、落ちる百足やろー、そこへ助走をつけて走るクレアさん。
そして体を大きく捻らせると、空中回し蹴りの要領で、お腹を狙う強烈な一撃を狙う。
「らあぁぁぁっ!!」
「好き勝手してんじゃねぇぞ、クソ────がっ!!」
「あっ……」
その攻撃は百足やろーが寸でのところで腕で防御したせいで、渾身の一撃を外してしまった。
「あ、ありり……?」
「“
ほんとなら、そのまま宙へ再び蹴り飛ばし、十字に交差させた鎖で受け止め、縛りあげるつもりだったんだと思う。
しかし、その獲物は飛んでこなかったので、鎖も虚しく空を切るだけだった。
地面に落ちた百足やろーは、素早く身を起こしてこちらに向かってくる。
「ごめんスピカっ!!」
「大丈夫……やってみる、間に合え────!!」
スピカは素早くぽーちを開け、中から全ての銃を取り出す。
「狙う────っ、発射用意……!!」
百足やろーは、手負いだ。
今ポーチに入れていた銃、15丁を一斉に浴びせれば、きっと百足やろーには勝てる。
でもスピカの持つ銃の中には、ライフルやハンドガン、ショットガンなんかの様々な種類が備わっていて、全て“魔銃”だ。
“魔銃”は小型にして保管できるのがメリットだけれど、使うために大きくしてしまえば、15丁の銃全てを持つことは不可能。
大きさもまちまちで、普通は使用出来て2つが限界だと思う。
でも、スピカの能力なら
「発射用意……!」
「なっ、髪で銃を────っ!!」
スピカは銃に髪を絡ませ、持った15本全てを敵に向ける。
これなら撃てる、これなら狙える、これなら守れる────
臆病なスピカに、リーエル教官が見いだしてくれた、とっておきの戦闘方法だ────
結構伸びて、結構動かせて。
少しだけなら、力を入れることも出来る────
だから、その少しで、大量火力による一斉砲撃をする────!!
「クソがっ────!!」
しかし、突然百足やろーは身を翻してスピカの照準から外れる。
「うそ……!!」
だめ、もう少し、が定まらない────当たらない────
「このまま撤退! そうすりゃムカデ呼んでオレ様の余裕勝ちだ!!」
「あ、ずり!! アイツまた逃げる気かよ!!」
あの百足やろーの性格なら、正面からぶつかってくるだろう────
その固定概念が全員の一瞬の判断を狂わせた。
「アタシは間に合わねぇ!」
「ダメっ、鎖でも掴みきれない!!」
「スピカも無理────」
全員の手から、ムカデやろーが離れてゆく。
ダメ、このままじゃ────
「バカヅラどもめ!! 『戦略的撤退』つー言葉も知らねぇか!」
「だったら『
「なっ────」
突然百足やろーの足が止まり逃走が中止される。
突然森の中から現れた女性に、不意を突かれたのだ。
「んだテメェはよぉ!!」
「どうやら貴様にドロを塗られた者だ!! この一撃で借りは返したことにさせてもらうぞ!!」
「がっ!!」
そういって彼女は強烈なボディブローを百足やろーにお見舞いする。
そして腹を抉られたような顔で何歩か下がった百足やろーは、逃走のため彼女を突破することを諦めたようだった。
「こ、このアマが────」
「ふぇ、フェリシア教官……!!」
「昨日ぶりだな! スピカ・セネット!!」
ずっとレベッカちゃんやベティちゃんを探して森の中を彷徨っていたのか────
でも教官は、足を引きずり、木にもたれながら、それでも最後の最後で助けに来てくれたのだ。
「受験生共!! 訳は分からんが、どうせ説明の余地もないほど取り込み中だろう!?
蹴りをつけてやれ!」
「分かりましたっ────“
「なっ────ら、くそぉ!!」
今度は確実に百足やろーを捕らえた。
必死にもがいて鎖を脱けようとするけれどそれはセルマさんが許さない。
全身に絡みついた鎖は、そう簡単には外せそうにない。
「スピカやれ!」
「時間は短いわ! 一気に鎖ごといって!!」
「いけえ! スピカ・セネット!!
貴様の全てをぶつけろっ!!!」
鼓膜が破れるかと思うほどの大声援に鼓舞されて、スピカは狙いを正確に定める。
「────わたしのかみのけ、ほっぺたひんやり、全部をなでるように、なでるように、なでるように、なでるように、なでるように────」
いける、今度も威力は調整して、今度こそ────!
「“ロイヤル・スターダスト”!!」
「クソがあぁぁぁぁぁっ!!!」
銃口から放たれる魔力の弾丸、その全てから逃れる術は、今の百足やろーにはない。
ズン、と森が揺れるような音がして、確かな手応えが全身の骨を振るわせる。
「当たった……」
迎撃の威力でセルマさんの鎖が千切れて、繋がれた百足やろーが地面に落ちる。
「く────クソビギナー……がっ……」
それでもまだ何とか意識があるのか、必死に森の奥へ逃げようとする。
「まだ────オレは────ま────に────」
「観念しなさい、御用よ」
「ま、アタシら舐めてたらこうなるわな」
そう言ってセルマさんとクレアさんが取り囲む。
もう百足やろーに、逃げる道は残されていなかった。
「さっさと縛っちゃうわね、身ぐるみ剥いで鎖で動けなくしておけばいいかしら?」
「それよりあのデカいムカデ呼ばれたら厄介じゃねぇか?
適当に殴って気絶させておこうぜ」
近くでとても物騒な話題を口にする2人だけれど、ムカデやろーはもう暴れようともしなかった。
「クソが……テメェらタダじゃ────」
「うるせぇ、大人しくしてろ!」
「ぎゃっ!」
クレアさんが軽くその辺の棒で殴ると、百足やろーは気絶して動かなくなった。
「あ、そういえば……フェリシアさん、足……!!」
「大丈夫だ! この程度で心配するな、治療すれば直る!!」
本人は大丈夫だと言い張るけれど、足が完全に折れていて、それでも一晩中森の中を2人を探して彷徨っていたんだ。
今は木にもたれかかって立っているけれどそれも限界に違いない。
「それより貴様ら、なぜその男と闘っていた!?
緊急時だと見込んで助太刀をしたが、やはりこの男が昨日の首謀者か!?」
「あ、すす、すみません……!」
スピカは昨日から今日にかけてのことを、事細かく手短にを心掛けて説明をする。
最初の方は黙って頷いていたフェリシアさんだったけれど、その表情が途中から険しいものに変わっていった。
「なに!? アデク・ログフィールド幹部が来るのか!?
いや、それよりコイツを倒したとはいえ、エリアル・テイラーが危険だ!
ベティとレベッカの安全も心配だ!
今すぐ2人を探しに行くぞ!」
「は、はい!」
「待ってください、その必要はないです」
聞き覚えのある声に、全員がそちらを見やる。
「こんなとこにいたんですか、随分探しましたよ……」
「え、エリアル! 無事だったのか!?」
そこにいたのは、百足をたった一人で引きつけてくれたエリーさんだった。
肩で息をして大変そうだけれど、大きな怪我なんかはないみたいだ。
「エリーさん、よかった……よくぞご無事で……」
「はい、アデク教官が到着して助けてもらったんです」
「もういらっしゃったのか!?」
「えぇ、ベティさんとレベッカさんはもうドクターの元に送ってもらいました────って、セルマ眼大丈夫ですかっ? フェリシアさんも────」
我慢強い2人は案の定大丈夫と言い張ったけれど、周りはだれも納得しなかった。
「治療は早い方が良いです。
アデク教官が往復してくれるので、2人は優先でアデク教官に村まで運んでもらいましょう」
その後、スピカたちは慌ただしくドクターのいる村まで戻った。
まさか最後にドラゴンにのることになるとは思わなかった────
けれどそれも気にならないくらい、スピカたちはもう全員くたくただ。
とりあえず今は────村に戻ったとき、スピカたち全員が生きて帰れたことを安心するだけしか出来なかった。