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帰りたい(91回目)  ハズレスキル


 森の中に逃げようとする百足やろー。


 それを今、スピカ達3人は追っていた。


「クソッ、無駄に逃げ足が速いぞアイツ!!」

「この速さ追いつけるか分からないけど! なんとか杖で飛んで追いかけてみるわ!」

「まって……! スピカが狙撃してみる────!」


 ここからの距離なら多分射程圏内。


 ここで逃げられたくない、なんとしても百足やろーの足止めを────せめて動きを鈍らせるくらいはしなくちゃ。


「出来るのか?」

「命を奪うまではしたくないけど……森に着くまでに、手負いにさせるくらいなら……!」

「充分!」


 2人に了承をもらって、急いでスピカは狙撃の準備のため、鞄の中からぽーちを取り出してその中を漁る。


「そのポーチって、化粧品とかじゃ無かったのか?」

「1つはそう────でも、もう1つ……!」


 素早く中身を開けて、その中のとっておきを取り出す。


「それなんだ? ミニチュアの銃────まさか“魔銃”か!?」

「うん、そう……!」


 “魔銃”は、魔力を使う銃の事だ。


 普通の銃と違って、自分の魔力で弾が飛ばせて威力調節が出来る代わりに、その際の魔力も必要になる。


「小さいからそんな風な保管も出来るのね!!」

「うん。今は距離があるから────正確に狙えるこれを……!」


 取り出した手のひらさいずの銃、それに軽く魔力を流し込むと、普通さいずのらいふるに早変わりする。


「魔力で伸び縮みする鉄──“コントラクション・アイアン”!」

「そう。最近の“魔銃”は、このタイプが主流なの……

 小さくなれば、持ち運びやすいし、重くないから……」


 らいふるを構えて、すこーぷを百足やろーに合わせる。


 狭い筒の視界、視野の奥に捕らえる男の背中。

 初めての本番での狙撃、憎い相手でも命までは奪いたくない。


 落ち着いて魔力を調節して────


「“しょっと”……!」


 森に向かう百足やろーの足元近くを狙って、一発を撃つ。

 地面を抉った球は、れんず越しに見える一瞬の隙を的に与えた。


「当たった!?」

「ううん、少し右に逸れた、次は外さないように────!」


 もう3発、立ち止まった敵に発射。


 今度は本人の背中を狙い、当たった感覚がした。


「右肩に2発当たった! 1発は外れた────ごめん、まだ動いてる!」


 威力を下げすぎてしまった、百足やろーは狙撃した後も肩を庇いながら森へ逃げていく。


「でもナイスよ! 狙撃は頼もしいわ!」

「相手は手負いだ!! すぐ追いかけるぞ!」



   ※   ※   ※   ※   ※



 森の中に着くと、血が点になって奥に続いているのを発見。


 百足やろーの動きは鈍くなっていたし、多分そう遠くには行ってないと思うけれど────


「ここは固まって探しましょう。

 もしかしたら敵のムカデ3匹目がいるのかもしれないわ」

「うん……」


 昨日森の中で襲われた経験は、もちろん無駄にはしたくない。

 息を吞むように、そっと3人で気配を探りながら血の跡を辿る。


「いた! 見てみろよ、油断してるぜ……!」


 クレアさんに促されそっと見ると、百足やろーは自分の服を破いてせっせと着弾したところに巻き付けていた。

 包帯の代わりにして、この場を凌ぐ気なんだろう。


「このまま3人でかかれば、いけるかしら?」

「やれそうだな、アタシが合図するからそれで飛びかかるぞ」


 クレアさんが息を殺しながら、身長にカウントダウンをとる。


「3,2────って、なっ!!?」

「えっ……!?」


 一瞬ふと、何が起こったか理解する間もなかった。


 左右の2人が、突然何かに引っ張られたように左右に飛ばされたんだ。


「セルマさん……!! クレアさっ──あっ!」


 咄嗟のことに大声を出してしまうが、2人は既に木々に紛れて見えなくなっていた。


 昨日百足に引きずられたときと似たような、でも明らかに百足ではないにかが、突然2人を連れ去ったんだ。


「オラ見つけたぞしたっばぁ!!」

「うっわ────!!」


 どちらから助けに行こうか迷っている隙に、手負いの百足やろーがこちらに短剣を向けて迫って来る。


 その刃先はぎりぎりでかわしたけれど、腕で突き飛ばされ、地面に転がされた。


「あっ……!」

「死ねぇ! 死にさらせぇ!」

「やめてっ……! セルマさん、クレアさんを────返して……!」


 そのまま馬乗りになってスピカの首を狙う百足やろーの腕を、なんとか押し戻す。


「くそってめぇ、ふざけやがって!!」


 首元に迫る短剣、それをスピカは極限に当たるか当たらないかのところで止めていた。


 少しでも力を抜いたら、首からぷつっとやられそう────


「テメェ、クソがっ、大人しく殺されねぇ往生際の悪さだけは誉める、と思ったかクソがくたばれ!!

 こんな奥の手・・・まで隠してやがってよぉ!?」

「────っ!!」


 危ない、本当に危ない────今少しの手の狂いで、喉元を鋭い短剣でぐさり。考えたくない。


 そんな最悪の状況を阻止して、百足やろーの手がすんでの所で止まっているのは、スピカが両腕と髪の毛・・・で敵を引き離しているからだった。


「ふん、こりゃ何だ? 髪操る固有能力か? あん?」

「そ──う────」

「しゃらくせぇ、ハズレスキルが粋がんじゃねぇよ!!」

「うっ……!」


 百足やろーの手にこもる力が、さらに強くなる。



 スピカの固有能力【コーマ・ベラナシィズ】は、百足やろーの言う通り自分の髪を操る能力だ。


 結構伸びて、結構動かせて。少しだけなら、力を入れることも出来る────

 それでもこの今の状況、馬乗りの人間を引き離すのは、使える髪の毛全部を全て使ってもいっぱいいっぱいだ。


「いいかぁ? てめぇらザコビギナーがいなけりゃもうちょいマシな闘いになったかも知れねぇのによぉ、結局やってることは『誘導』と『分担』じゃねぇか。

 今ごろ馬に乗ってったあの小娘もうちのムカデの餌食になってる、そうすりゃ次はテメェらだ」

「そんなこと────」


 粘つくような、残虐を好んでいる人間が笑った顔が至近距離まで近づく。

 かなりきつかったけれど、髪の力は緩めなかった。


「いけねぇな、いけねぇよ、なにがいけねぇって、“サウスシス”の連中は。

 どうせ戦争にも勝てる要素なんか億に一つもねぇくせに、セコい手でしつこく生き残りやがって。

 テメェもそうだ、あの時テメェがもうちょいマシな判断できてりゃ今ごろ仲間も少しはマシなことになってたかも知れねぇのになぁ?」


 あの時────多分、ムカデやろーが言うのは、ベティちゃんとレベッカちゃんが攫われたときだ。


「そんなの……!」

「いや、無理か無理だったなはははっ。

 そりゃてめぇ、今見てた限りじゃ逃げ惑うだけの雑魚じゃねぇか!

 “サウスシス”の並程度が、うちの計画を崩そうだなんて、そんなのやれって方がクズゴミ虫には無理で酷で残酷な話だよなぁなぁおいっ!」


 馬乗りになった百足やろーの唾と、血と、汗が、ぽたぽたと上から落ちてきて顔を濡らす。

 負傷した人間の片腕の腕力とは思えないほどの力が、その切っ先に殺意を乗せて少しずつ喉元に落ちてくるのを感じた。


「死ぬか? いいぜ死ぬか?

 ここでハズレスキルらしく力尽きて死んでみろよ、笑えるぜぇ?」

「い────や! それに貴方、セルマさんたちに何したの……?

 返してよ、2人を返してっ!!」

「はぁ? 何のことだテメェ、ほざいてんじゃねぇぞ!!」


 さらに叫ぶ、腕の力がさらに増し、それに合わせてスピカも必死に押し返す。


 嘘じゃない???


 この人、どうやら本当にセルマさんたちが今森の奥に引っ張られていったことに気付いていないみたいだ。


 もし百足やろーが2人を連れ去ったならスピカだけ放っておくのはおかしいし、見えない何かに引っ張られたところを見ると、3匹目の百足でもなさそう。


 ならまさか、今のはリーエルさんの言っていた「黒幕」。

 そして百足やろーの言っていた「あの女」の仕業なんじゃ────


 それなら2人をすぐに助けないと!!


「はな────して! 2人を……すぐに!!」

「お友達に泣きつこうって魂胆か?

 覚悟もないくせにこんなとこで死んで、哀れでしたねと悲しんでくれる人間がいりゃいいなぁ!」


 もう酷い言葉は耳に入らない。


 クレアさん、セルマさん、エリーさん、ベティちゃん、レベッカちゃん────今みんなの力になれるのは、自分だけなんだ。


 今まで強い大人に頼ってきたスピカだけれど、臆病なスピカだけれど、友だちを守るときくらいは前に出て行ける人間でいたい。

 それが昨日は出来なかった、だから────


「スピカの友だちを、先生を、目の前で攫われて────何も出来なかったスピカだけど……!

 それでも貴方に、負けちゃいけないことは……分かる……よ!! だって……!」


 負けたら、後悔する。悔しくて、悔しくて、悔しくて、悲しいはず。

 今目の前にある恐怖より、もっと大きな喪失が口を開いているんだ。


「怖いけど、怖いけど! 今貴方を倒さなきゃ、もっと、悲しむ人が増えるって思うから……!!」

「ハッしゃらくせぇ、だったらてめぇ────死んでおんなじこといえんのかっ!!」

「あっ……!!」


 一瞬、力が緩んだかと思うと、百足やろーは少しだけ後に引いていた。


 そして一瞬、塞がった視界────勢い余って空を切った拍子に、自分の腕と髪で塞いでしまった視界の隙間から、振り上げられた短剣がぎらりと光って見えた。


「死ね雑魚がぁッ!!」

「スピカッ!!」


 きーんっ、という金属の弾かれ合う高い音が周りにこだました。

 振り下ろされる直前、誰かが百足やろーとスピカの間に入って攻撃を阻止したんだ────!


「くそテメェ! 邪魔だっ!! 失せろ!!」

「それはアタシ達のセリフだ!! スピカに怪我させてねぇだろうな!」


 来てくれたのは、クレアさんだった。


 敵と同じように短剣を構えて、お互い隙を見せない。


「クレアさん!! だ、大丈夫だった……の?」

「だい────」

「大丈夫よ! ビックリしたけど、特に何もなかったわ!」


 答えたのは、クレアさんではなく草むらからひょいと出て来たセルマさん。

 2人とも、特に更新された怪我もなく、何事もなかったようにまた闘っている。


「セルマ!! 割って入って人の話横からかっさらうな!!」

「と、特に何もなかった?? な、なんで??」

「さぁ、何でだろう────なっ!!」


 大振りの短剣が、敵の牽制になって百足やろーが後に何歩か引く。

 明らかにさっきクレアさんと闘ったときよりも鈍くなった敵の動きは、多分狙撃が効いている証だろう。


「なぜ何も起こらなかったのか────よく分からない物のことは、後で考えましょう。それよりスピカさん、まだ闘える?」

「うん……」


 セルマさんに起こしてもらい、またスピカは立ち上がって、百足やろーを見据える。


「今度こそ逃がさないようにしましょう。

 大丈夫、この3人ならやれるわ!! 多分!!」


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