目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報
帰りたい(90回目)  “ローア・ドラゴン”


 不意に訪れる浮遊感、揺れる景色と追いつかない頭────


 あ、ヤバい────



「テイラーくん!!」


 叫ぶドクターの手が、私の伸ばした手をすり抜けてらどんどん離れてゆく。



 計画にまさかこんな穴があったなんて、とちったな。


 あ、きーさん、猫の姿に戻っちゃダメじゃないですか。

 そんなに羽ばたいても、私は持ち上げられませんて。


 でも翼がある猫のきーさんなら、崖の下まで落ちても助かるかも知れない。


 良かった、私以外に犠牲は出ないんだ────


 ならせめて、崖の下のムカデがこの後皆を邪魔しませんように。

 そして目の前を塞ぐ、大きな影が。



   ※   ※   ※   ※   ※




 意識がある。頭が動く。


 体にかかる浮遊感が消えても、自身の存在がまだ消えていないことに私は気付いた。


 朝の風が顔に当たる、冷たく気持ちいい空気と顔を出したばかりの太陽のまぶしさが眼をついた。


 ここは────どこだろう?


 体に当たる感触、どうやらここはクッションを敷き詰めたベッドのようだ。


 いや、何故こんな所に?


 死んでしまったにしては妙に真実味リアリティのある心地よさが、全身を覆っているし────


「おう、お前さん。目が醒めたのか?」


 聞き馴染みの深い声が、耳を通して脳に響く。

 どこか遠くない昔に、聞いたようなこのセリフ────


 眼はまだぼやけ、朝の光でその実像は見分けられないが、目の前の人物はそれでも構わず続ける。


「まったく無茶しやがって、お前さんのトラブルメーカーっぷりは、超一流だな」


 腕で光を遮り、目の前の人物を見据える。

 ゆっくりと体を起こしたところで、ようやく脳が追いつきその人物を特定できた。


「あぁ、アデク教官……」

「おはようさん」


 目の前にいたのは、昨晩通信で話した後こちらに向かい私達を助けに駆けつけると約束してくれた、アデク教官だった。


「あの、ここは、どこですか?」

「あん? 空だろ、見て分かんねぇのか?」

「空────? あっ」


 自分が今いるところが、ベッドでもなければ、クッションのある部屋でもないと言うことに言われて気付く。


 目の前に広がっていた光景は、まず普通に生きていたらお目にかかることのない景色────


 空飛ぶドラゴンの上に乗っていた。


「ここって────!!」

「驚いたか、驚いたろ? コイツと一緒に文字通りすっ飛んできて丸一晩、ギリギリだったな。全くバカな真似してくれたよアホが」


 アデク教官は私の頭を、呆れた顔で軽く叩く。


「あいたっ。あ、ありがとうございました……」

 あれ、でもこのドラゴンどこから────?」

「そうだ、企業秘密だったな。コイツはオレの契約制霊、“ローア・ドラゴン”の『りゅーさん』だ」

「りゅーさん……」


 アデク教官の言葉と同時に、りゅーさんと呼ばれたドラゴンが巨大な咆哮を轟かせる。


 ざっと見、私の10倍以上はあろうかという巨大な精霊だ。

 音だけなのにそれは凄まじく、耳を塞いでいても強烈に体が揺さぶられるような震動が体を貫く。


「うわっ」


 さらにその咆哮と同時に、ドラゴンの翼や背中から炎が吹き上がり、全身が煌めく炎に覆われた。


「あつっ────って、あれ?

 この火、全然熱くないですよ?」


 背中に乗っている私達のすぐそばからも炎が吹き上がったが、周りから感じるのは相変わらず朝の冷たい空気だけだ。


「お前さんなら分かるだろ、この炎の性質」

「あっ……」


 確か、精霊保護区でアデク教官と管理人さんが放ってくれた矢────その矢から起ち上がる火柱が、これと同じ「触れても熱くない炎」だった。

 あの時アデク教官は相棒と合流するために精霊保護区に行ったのだったが、あの炎はこのドラゴンのものだったのか。 


「太古の昔、害なす者のみが燃え尽きる赤い炎と、数いる竜種の中でも圧倒的な制圧力で、サウスシスこの国の空を蹂躙した伝説のドラゴン、それが“ローア・ドラゴン”だ。

 今は数も減っちまって滅多にお目にかかれねぇけどな。

 咆哮ローアってのはこのドラゴンの声の届く空には鳥一匹近付かず、吼えれば吼えるほどコイツらの縄張りが広がってった事に由来する────って聞いてんのか?」

「え? あー、はいもふもふです」


 私はアデク教官の話を半分聞きながらも、その話題になっているドラゴンの触り心地を何度も確かめていた。


 以前図鑑で読んだドラゴンの表面は確か、堅い鱗で覆われていると書いてあったけれど、この個体の鱗はまるで上質なクッションだった。


 軽く撫でると手のひらに吸い付き、手を押しつければ丁度心地よいところまで押し戻される。

 以前王宮に招かれたとき座ったソファと比べても、その感触は見劣りしない。


 そんな上質な鱗のクッションを、規則正しく敷き詰めたように体の全身を覆っているので、その触り心地のよさに、最初はベッドと間違えてしまったのだ。


「なんでこんなにクッション性能高いんですかっ?

 どこのドラゴンもこんなんなんですかっ?」

「喰い付くとこそこかよ」


 アデク教官は少し呆れたような顔をするが、今日はなんだか少しだけテンションが高かった。


「りゅーさんの鱗がクッションみたいになってんなのは、その弾力性が周りからの魔力を弾いて体を守るのに都合がいいからだ。

 鱗の間からは自分の炎を出すから、丁度形がクッション敷き詰めたみたいになって人間が乗ってもまぁまぁの乗り心地が保証されるのさ」

「そうなんですか……」


 それを聞いて、改めてりゅーさんを撫でてみる。


 鱗のふわふわはとても心地よかったが、それともう一つ、りゅーさんの雰囲気が初対面の私でも分かるくらいゴキゲンなことに気付いた。



 契約者の心は精霊に大きく影響する────


 私とは比べものにならないくらいキャリアを積んでいるアデク教官ならばきっとそんな繋がりはとっくの昔にコントロールできるようになっているだろうけれど────


 もしかして、それでも隠せないくらいアデク教官は久しぶりの相棒との空中遊泳を、心底楽しんでいるのではないだろうか?


「………………」

「おい、鱗の下は、ちゃんと鉄のように堅いからな?

 他の種類はそれが表面に剥き出しだからな?

 他のドラゴンにも乗ってみたいとか言うなよ?

 ぶっちぎり危ないからな?」

「わ、分かってますよ」


 慌てて私が弁解をすると、アデク教官はまだ白い目で私を睨んでいたが、それどこではないことを思いだしたらしい。


「いや、それよりどうなってる? 今の状況だ」

「あ、そうでした」



 私はイチから今までの状況を手早く話した。


 てっきりリーエルさんから情報は伝わっていると思ったが、どうやら飛行中は周りの音で通信機器が使えなかったようで、アデク教官は私が話す以上の情報を事細かに要求してきた。


「なるほど、お前さんが囮か、ならさっさと片付けねぇとな」

「片付けるって何をですか?」


 その質問に、アデク教官は言葉ではなく指をさして答えた。

 その指の先には、先程の崖があって────


「うそ……あれって……」

「崖から吊り橋ごと落とす、案は自体は悪くねぇが、相手が悪かったな。

 洞窟を這い回り天井から落ちて獲物をペシャンコにするのが十八番オハコ、それが“ノースコル・デス・センディピード”だ」


 そう、崖の下にはあろう事かあの巨大ムカデがまだ元気に活動していた。

 しかも今、なんとか崖を登ろうとしている。


 多分あのまま森を脱けて、ご主人様の元へ戻るつもりなのだ。


 私の決死の大逃走はなんだったんだろう。


「いや、それよりどうしましょう……私降りて、今からあれを止めて────」

「ヴァーカ、それが出来たらこのオレがわざわざ来やしねぇよ。

 あの魔物はお前さん達の手に余ると判断したからここにいるんだ」


 そう言うと、アデク教官は手に持っていたバッグから何かを取り出して私に投げて寄こした。


「ほいよっ」

「うわっ、ととと。えっとこれは……?」


 革で出来たゴーグルのような物だった。

 これは確か────“飛空師”のゴーグルだ。


 クレアが言うには、ドラゴンとかと契約した連中がとれる資格だそうで、何かに乗って空を飛んで移動することを生業としてると、眼を守るためにどうしてもそう言うのが必要なんだとか。


 私も、スピカちゃんの持ち物であったものを、昨日初めて見たばかりだけど────


「はは、よくご存知だこと。一応それしとけ」

「えっ……え……??」


 指示通り、ワケの分からないままではあるがそのゴーグルを装着する。


「あぁ、あとそこに鞍があんだろ?

 それも落っこちねぇようにしっかり着けとけよ」


 アデク教官が指差したそこには、確かに丈夫そうな皮でできた乗鞍のようなものがりゅーさんに巻かれていた。

 しかしどちらかというと鞍というよりは安全ベルトに見える。なんだコレ。


「あのぉ、アデク教官、嫌な予感しかしないんですけど────」

「じゅー、きゅー、はちー────」

「うっそ」


 アデク教官が急かすようにカウントを始めたので、きーさんを落ちないようにまたネックレスに変身させ、急いでその「鞍」とやらを取り付ける。

 その鞍は馬の物と違い、うつぶせになった状態で背中にベルトを取り付け体を固定する物だった。


 なんと、腕の先にはご丁寧に掴まるためのレバーまで付いている。


「あのー、装着できましたけど」

「────ぜろー、よっっしゃ突っ込むぞっ!!」

「やっぱり……」



 諦めたときには、私の身体は強力なGに押しつぶされそうな感覚に陥っていた。


「これやるのひっさしぶりだな、りゅーさん!!

 目標“ノースコル・デス・センティピード”!! 一気に焼き尽くすぞ!!」


 かつてないほどテンションが上がったアデク教官のかけ声と共に、りゅーさんの身体が先程の炎に覆われてゆく。


「うおおおおおっ!!」

「ぐぴゃっ────」


 巨大な弾丸と化したドラゴンが崖に突入し、ムカデに高速で近付いた。


 そして首をもたげたムカデと高速のドラゴンが真正面から────ぶつかる!!



「いっけえええぇぇぇっ!!」


 押しつけられるような感覚、そして再び急上昇する感覚。


 どうやら谷の地面ギリギリまで下降した後、また空へと戻ってきたらしい。

 アデク教官の叫びが聞こえる間、あまりの光景に眼をつむってしまったが、だんだんとその音が消えてゆく。


「ちっ、やっぱ肉は喰えそうもねぇな」


 そして後から追いつくアデク教官のつまらなさそうなため息に、私は全てが終わったのだと悟った。


「終わりましたか? うっわぁ────凄い」


 眼を開けると、あれだけ脅威だったムカデが崖の下で眉間から切り裂かれ、黒コゲに四散していた。

 しかもあれだけの火力でぶつかったにも関わらず、燃えた形跡があるのは、対象の魔物だけだ。


 この破壊力────まさにこのドラゴンとアデク教官のコンビは、【伝説の戦士】として語られるのも頷ける。


「アデク教官、凄い酔いました」

「吐くなよ」


 ドラゴンの上からアタックは思いの外酔った。


 キモチワルイ────


「お前さんよ、それよりあれ・・ほっといていいのか?」

「へ……?」


 口元を抑えながら下を覗き込むと、先程縄を切ってくれたドクターがこちらを心配そうに見ている。


 目の前で崖から落ちて、突然ドラゴンにボレーキャッチされたのだ。そりゃ心配にもなるだろう。


「だ、大丈夫……です……」


 気持ち悪い状態ではあったけれど、心配してくれるドクターに手を振り、何とか無事を伝える。

 すると向こうも手を振り返してくれた、どうやら伝わったらしい。


「よし、協力者も無事だな。

 次2名の救出、すぐその廃工場とやらに案内しろ」

「は、はいっ」


コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?