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帰りたい(88回目)  3方の逆襲


 工場の外での闘い。


 さすがの王国最強戦士直伝でも、クレアさんを巻き込まないように敵に当てるのは至難の業だった。

 スピカが出来るのはせめて、敵の妨害や牽制をするくらい────


「ご、ごめん、クレアさん……」

「大丈夫だスピカ、そのまま続けてくれっ!」


 百足やろーとクレアさん、お互い息が上がって苦しそうだけれど、それをどうすることも出来ないのがスピカの歯痒い。


 せめてもう少しクレアさんを楽させてあげられれば。


「いい! スピカは妨害に専念してくれ!」

「で、でも────」

「アタシの近接とアンタの妨害、ギリギリ2人で互角なんだ!

 それ以上何かすると、こっちが大怪我する!!」

「うぅ……」


 クレアさんの言うことはもっともだ。


 今スピカとクレアさんで倒せる相手ではないなら、スピカが何かしたいと思うのは少し傲慢過ぎたかも知れない。


「分かった。クレアさん、ごめん……」

「アタシもアンタに命預けてんだ、それくらいお互い様だ!」


 そういってクレアさんは不敵に笑う。


 不思議と、その一言で今までの緊張も少しだけ和らいだ気がした。


「分かった。クレアさん、まだ、スピカは頑張れるよ……」

「おいおいおーい、テメーらクソ雑魚ゲロぷちんがなーに余裕ぶっこいてやがんだおぃぃ?」


 スピカ達の話を遮るように、いらいらした口調で百足やろーは叫んだ。

 なんか心を落ち着かせる栄養とかが、足りてなさそうな声だなぁ。


「そもそもなぁ、テメーら今何とか戦えてる気がしてるからって、調子のってんのか乗ってるよなぁ!?

 ならいいぜ教えてやる、テメーら底辺“サウスシス”は分かんねーだろうが、オレのムカデは一匹じゃねぇこと、テメーらは知らねぇだろう?」

「えっ────!??」


 一瞬、百足やろーが言った言葉に、スピカは絶望した。

 もしあんな化け物がもう一匹いたら、スピカたちはどうしようもない────全滅。


「あれ、なんか、嘘っぽく、ない……?」


 百足やろーがはったりや虚勢をするような人には見えないけれど、あれだけ大きな魔物を操れるようにも見えない────


 それでも、百足やろーはそれでも自信満々に主張する。



「いいかぁ? なぜオレがテメーらごときに構ってやっていると思う?

 そりゃーいい気になって互角とかもしかしたら勝てるんじゃないかとか思ってるのは楽しぃわなぁ、そうだよなぁ?」

「てめぇ、まさか……」


 クレアさんが、ぎりりと奥歯を軋ませる嫌な音が、少し離れたここまで聞こえてきた。

 クレアさんはもしかして、百足やろーのことを信じているのだろうか?


「クレアさん、あの人の言ってること、本当なの……?」

「分からねぇ、けど虚勢には見えねぇ」


 虚勢には見えない────結構無茶なことをしてるスピカたちには、確かにそれは嘘でもすごく信じてしまいそうになる話だった。


「いいぜぇ、ホントならあの死んだ魚の眼をしたアマをぶっ殺した後、あのムカデにやらせるつもりだったがオレも飽きた!

 ここはさっさとぶっ飛ばしてやるぞオラァ! 来い、ムカデぇ!」


 百足やろーは、そう廃工場の方向に叫ぶ。


 まさか本当に百足がもう一匹?

 ならベティちゃんやレベッカちゃん、セルマさん達は────!?


「クソ、アイツら大丈夫かよ……!」

「こ、工場の方から、音がしてる……」


 百足やろーの叫びに呼応するのように、地面が揺れ始めた。

 昨晩の百足が村を揺らした時を彷彿とさせるような地鳴りだ。


「何か来るぞ────」

「分かった……」


 スピカとクレアさんが、その揺れでついに2匹目の百足の来訪を覚悟したときだった。



「ん? デカすぎねぇか??」


 何故か百足やろーが怪訝な顔をした。


 確かに、この揺れは大きすぎる。

 わざと揺らしているならまだしも、あんな大きな百足でも近付くだけでこんなに地面が揺れるはずがないし────


「お、おいあれ!」

「うそ……」


 地響きの正体が、百足でなかったことはすぐに分かった。


 舞う土埃と飛び散る破片。

 スピカとクレアさんが唖然とする先、友だちが中にいるはずの廃工場が崩壊していたのだ。


 どどどどーん────って。



「な、なんで……」


 百足が襲ってくるでもなく、セルマさんが帰還するでもなく、ただただ止められない崩壊────


「おいムカデやろーてめぇ! セルマ達に何した!」

「────あぁセルマ? 人質のことか? 大方下手に縄でも解いてムカデに襲われたんだろーよ!

 オレのムカデはあの程度じゃ死なねぇが、テメーらのお友達ならとっくに下敷きだ見てわかるだろカスが!」


 百足やろーは絶望したスピカ達の顔を見て、にやにやと挑発してきた。


「テメェらもそろそろ諦めたらどうだぁ、あぁん?」

「んだと!?」

「ここで全滅するよかオレの下僕になって使い捨てられた方がまだ存在価値があったと思えるかも知れねぇぞ? クソタコどもが」


 クレアさんは、その言葉を聞いて、百足やろーを強く睨みつけた。


「セルマは人質のことじゃねぇし、あの程度でくたばるようなタマじゃねぇよ」

「はっ!? なら、オレを出し抜いて人質解放してやろうって魂胆だったワケか!!

 足りない脳でピーナッツのくせに粋がってんな!」


 こちらの作戦に気付いた百足やろーが頭を掻きむしるようにがしがししながら、怒鳴りつけてくる。


「全くみみっちい作戦とも呼べない手段でオレを出し抜いたつもりになれて楽しいか?

 それに、そいつはとっくにあの瓦礫の下だぜ? どう弁解する? お?

 いくら頭まわしたところでその程度────ってことだクソがっ!

 そろそろあの女を追いかけたムカデも帰ってくる頃だ、テメーらはここで喰われんだよ!! ははははは!!」

「セルマキーック!」

「がはっ!?」


 突然空から何かが降ってきた────と思ったら、それは百足やろーを地面に叩きつけた。


 気持ちよく語っていた百足やろーは、突然の襲撃に地面をのたうち回る。


「え────あ!! せ、セルマ!!?」

「セルマさん!!」

「お待たせ、ちょっと手荒な助太刀だったかしら?」


 百足やろーを踏みつけて、こちらに杖でひらりと舞い戻ってきたセルマさんは、少し悪戯っぽく笑ってた。


「無事だったのか!?」

「こここ、コレが無事に見える……? 結構無理してるのよ……?」


 そういうセルマさんの左眼からは、いっぱい血が出ていた。


「ぶ、無事じゃねぇな────」


 血は止まっているけれど、怪我をしたときは多分、とても大変だったと思う。

 実際今もとても大変なはず、眼も見えていない感じがする。


「せ、セルマさん大丈夫なの……?? 休んでた方がいいんじゃ……」

「ちなみにさっきのは冗談よ。自分は回復魔法も痛み止めの魔法も使えるから、まだまだ動けるわ」

「テメェ! ふざけんな!!」


 え、本当に無事には見えないけれど────


「あ、そうだあと、スピカちゃん安心して、ベティさんもレベッカさんも無事。

 怪我があるけれど2人とも生きてて、今は安全なところにいるわ。命に別状もないし、奪還は成功よ!」

「えっ、よかった────!」


 目の前のセルマさんより2人の心配をしてしまったようで申し訳なかったけれど、それでもセルマさんは気兼ねなく答えてくれた。


 それに、2人が今安全なところにいる────その事実は、スピカにとってこの2日間で一番いいにゅーすだったかも知れない。


「ったく、そうはいっても大遅刻だぞ? いつまで待たされたと思ってんだ」

「5分くらい大目に見てよケチ! バーカバーカ!!」

「バカってなんだよバカって言う方がバカなんだぞバーカバーカバーカバーカ!!」


 子どもみたいな言い争いを始める2人────ベティちゃんやレベッカちゃんもよくこんな風に言い合いをしているけれど、止めた方が良いのかな?


 よその隊での内輪ののり・・って、厄介だなぁ。


「あのぉ、2人とも、集中を……」


 とりあえず無難な仲裁をしておく。


「そうだ、言い合ってるヒマねぇんだった!!

 セルマ、怪我ンとこ悪いけど、まだやれんだろ??」

「でなきゃここ来てないわよっ!」


 並び立つセルマさんとクレアさん、その2人にはまだ闘うための気力が残っている。


 そして目の前の敵もまた、余力があるみたいだ。

 ゆらりと起き上がりその鋭い目でこちらを見据える。


「テメェ、待機させてた“ノースコル・デス・センティピード”とやり合ったのか?」

「そう、貴方のせいで酷い目に合ったわよ全く!!

 ま、色々あって倒しちゃったけどね!! ふふん!」

「なにっ────!?」


 地面を踏みつけながら怒るセルマさん、でもあんな化け物百足を倒したのはかなり凄いことだ。 

 悔しがり方や大怪我から見ると、かなり苦戦したのかも知れないけれど───


「クソ────嘘だろクソがっ! いや、だがなんでボロ小屋が崩れてから、呼んだのにムカデは来ねぇ────クソがっ……!!」


 ずっと余裕綽々だった百足やろーの顔が、初めて驚愕に揺れる。


 もしかしたら百足やろーも、自分の相棒には信頼を寄せていたのかも知れない────それは分からないけれど、その一言は間違いなく心を抉ったみたいだ。


「もう一匹はエリーちゃんが引きつけてくれている、すぐにはあなたの元に来れないわ。神妙になさい!」

「────────チッ」


 じりじりと距離を詰めるセルマさん、クレアさん。


 百足やろーが唇を噛んで、そこから血が一滴流れ落ちてゆく。


「────────クソがっ!!」

「あ、逃げんな待ちやがれ!!」


 あれだけ自信満々だった百足やろーが、突然踵を返して森へ逃げ出した。


 ぷらいどの高いはずの相手が背中を見せて、突然逃げ出すなんて思ってなかったから────


「ヤッバ逃げられた! 2人とも追いかけるわよ!!」

「嘘だろアイツ、そっちに逃げんのかよ!!」


 百足やろーが逃げたのは、エリアルさんが百足を誘導したのとは逆方向────つまりまだ残っている百足からも遠ざかる方向だ。


 向こうにも森があるみたいだけれど、正直そちらの方が足場が悪くって、逃げるのには適していないと思う。


「おいセルマ、明るくなる前に森に罠をしこたましかけたつったろ!? それでナントカできるか!?」

「無理ね!! エリーちゃんがムカデを引き寄せた方なら沢山あるわ!!

 でもまさかそっちの森に逃げるなんて思ってないからノープランよ!!」

「つ~か~え~ねぇ~!!」


 なら、今この状態で森の中に紛れられたらお終いだ。

 野山に紛れた人間を探すなんて、正直不可能。


「クソッ、無駄に逃げ足が速いぞアイツ!!」

「この速さ追いつけるか分からないけど────なんとか杖で追いかけてみるわ!」

「まって────」


 今、大百足と戦った後で負傷しているセルマさんをこれ以上闘わせるのは危険だっていうのは、スピカでも分かる。


 それにセルマさんは強いって聞いている────もし闘う必要があるなら、その機会は本当に危なくなったときまで温存して欲しい。


「まって、スピカが狙撃してみる────!」


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