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帰りたい(86回目)  廃工場の闘い


 朽ちた天井の隙間からこぼれる日差し、顔に当たる直射日光が体を撫でて、走る自分の眼がその度にチクチクと痛い。


 先程ベティさんの時間を稼ぐためおとりを買ってでたけれど、口で言うよりも廃工場という狭い空間での闘いは厳しいものだった。


 暗く狭いところを好むムカデ、それもあの大きさの巨体を、そう長い間止められるはずがない。

 これは時間との勝負だ────!


「セルマさん、ムカデが動く! 気を付けて!」

「うそっ!?」


 尾を振るだけでも身体を吹き飛ばしてしまうほどの衝撃を寸でのところでかわし、杖に飛び乗り距離をとる。


 やっぱり、この怪物一筋縄ではいかない!!


「レベッカさん!! ベティさんの能力発動ってあとどれぐらい時間を稼げばいいのっ!?」

「わ、分からない────けどいつもの感じだと、そう長くはならないはず!」


 レベッカさんの近くまで杖で移動して地面に降りると、彼女は肩で息をしてはいても、その顔にはまだ余裕が見えた。

 一晩縛られてはいても、まだ体力は残っているようだ。


「ベティさんは大丈夫かしら?」

「まだあの子も大丈夫、縛られてただけで体力はあんまり使ってないはずだから!」


 それを聞いてホッと胸を撫で下ろす。


 あのムカデを倒すには、少なくともベティさんの能力が必要。

 だから途中で彼女に何かあったら、元も子もないんだ。


 でも応急処置もされずここに監禁されていたのが気がかりだったけど、どうやら思ったより2人ともタフだった。


「ベティは大丈夫、それよりセルマさん! 私足手まといにならないように頑張るから、セルマさんも気を付けて!」

「えぇ、分かってる────ん? あれはなに?」


 ふとベティさんの方を見やると、彼女は必死に床に文字を書いている。

 罠師もたまに使う古代文字を簡略化したコードだけど、書いた文字が少し発光しているように見えた。


「レベッカさん、あれってベティさんの能力なの?」

「ううん、違う。あれは“光文字”。

 光で陣を描いて、能力の発動を誘発するんだって言ってた。

 リーエル隊長がベティに教えた方法なんだけど」

「“光文字”……」


 一応自分も罠師や術士の資格を取るに当たって、必要な知識を勉強はしていたつもりだけれど、そんな魔方陣は聞いたことがなかった。


 能力を誘発する魔法、もしかしてそれは────


「どうかした?」

「ううん。あっ、それよりまた来るわ!」


 工場内の錆びた機械や机を蹴散らしながら、またムカデの尾がこちらに迫ってきた。


 力任せに横薙ぎに来た巨大なラリアットは、あまりの速さに避けることができない!


「“ハイ・バリア”!! ぐうっ!!」


 目の前にバリアを展開すると同時に、身体にズシンと重い何かがのしかかったような重圧を感じた。


 マズい、これはバリアが破られかけている感覚だ!!


「あぅ────!!」


 気合いでなんとか持ちこたえると、段々と衝撃は止み、再びムカデはスルスルと工場内を移動し始めた。


 なんとか凌ぎきったようだけれど、耐えきれずに膝をつく。


「セルマさん!!?」


 先程から周りをちょこまかと2人で動き回っているおかげで、ムカデの気はこちらに向いていたけれま、逃げたりバリアをで防ぐだけの防戦一方な闘いを続けることには限界が来ていた。


「うぅ……!」

「だ、大丈夫なの!?」

「だ、大丈夫────それより次の攻撃が────あっ!!」


 工場に溜まった土埃が巻き上げられ、こちらからムカデが壁を登って行くのが見えた。


 感情が読めるはずもないムカデの行動でも、次に何をしようとしているかは見当が付く。


「また落ちてくるわ!! バリアを────」

「だ、大丈夫クレアさん!? 今かなりキツそうに見えるんだけど────」

「やってやるわ!! ここで自分がっ! やるしかないじゃないっ!!」


 別に魔力が足りないわけじゃない、攻撃が力任せすぎて捌ききれないだけなんだ。


 防ぐ方法ならいくらでもあるはずなのにそれができないのはひとえに力不足のせい。


 でもそんなことで諦めていたら、いつ待てたっても何もかもを守れる戦士になんて、なれるはずがない!


「大丈夫、もう一度防いで────えっ!?」


 おかしい────その事に遅ればせながら気付く。


 予想通りムカデは壁をスルスルと登っていった、防ぐ覚悟もできている。


 しかし、向かっている方向は────


「あのムカデまさか────っ!」

「セルマさん!! あのムカデ、ベティの方に向かってるよ!!」


 多足類が一体何を感づいたのか、生きるための本能でも働いたのか、その巨体は明らかにベティさんの頭上へと向かっていた。


「ベティさん!! 危ない逃げて!」

「ダメ! ベティ、あれやってるとき集中して周りの声が聞こえなくなっちゃうの!」

「そんなっ!」


 今ベティさんが潰されたら、彼女の命が保証されないうえに計画失敗だけではすまない。

 今彼女は自分達を信頼して、集中してくれているんだ。


 そんな期待を無下にしてなるものか!


「させないっ!」


 刹那、三歩駆け出して、杖に極限まで魔力を込め、ロケットのようにその場から飛翔する。

 直線距離、ついに落ち始めたムカデと縮まる自分との一瞬一瞬がスローモーションのように見える。


 間に合え────間に合え────────間に合ええええっ!!


「“ハイ・バリア”っ!!」


 落ちるムカデと地面の間に滑り込み、集中するベティさんを間近に迫ったムカデから守る。


「あああぁぁぁぁーーーーっ!!」


 瞬間的に張られた未完成なバリアのせいで、全身が潰されそうな程重くなり、重圧に耐えかねた身体が悲鳴を上げる。


「こなくそぉーーーーーっ!!」


 それでも耐える、耐えて絶対に守り抜く!


 ここで負けたら、憧れの人に────リアレさんに顔向けが出来ないからっ!!


「せ、セルマさん!!?」

「べ、ベティ────さん……!!」


 バリアを張り力任せの巨体を耐える横で、ようやくベティさんが周りの状況に気付き始める。


 これだけ近くで戦いが起きていても自身のやるべき事に集中できる彼女には脱帽するしか無いが、今はそんなことを言っている場合じゃ無い。


「ベティさんごめん────無理かも────ここから、逃げてっ!!」

「だ、大丈夫なのか!?」


 大丈夫かと言われれば嘘になる、今2人まとめて押しつぶされてもおかしくは無い。


「潰されちゃう────前に─────早くっ!!」

「まま、待って!! 今強化する陣書くから!」

「きょ……強化?」


 そう言うとベティさんは、自分が深く考えるよりも早く、不思議に光るチョークを空中に・・・素早く走らせ始めた。


 すると、先程ベティさんが書いていたような不思議な文字が、空中に浮かび上がってくる。


「く、空中に文字をっ!?」

「出来たっ、発動!!」


 ベティさんが光る魔方陣を軽く叩くと、光る魔方陣から自分の中に、パワーのようなものが流れてくるのが分かった。


「え、こ、これ何!?」

「よく分かんねーけど“瞬間強化魔法”だって、リーエル教官に教えてもらったんだ!」

「これなら押し切れるわ!!」


 先程まで押しつぶされそうだったのが嘘なのように、今は自分のバリアがムカデを押し返していた。

 少しずつ、ジリジリとではあるが、その巨大がたじろいでいる気さえする。


「す、凄いっ……!」

「ついでに能力発動の陣こっちも完成したっ!

 いくよっ【コア・グラスプ】!!!」


 ベティさんが叫ぶと同時に、先程まで書いていた魔方陣が輝きだし、ベティさんから薄緑の光る粉が舞い上がった。


「これは……!?」

「この粉が舞っている範囲なら、敵の一番弱い部分を分析できる! それがアタシの能力さ!」


 その粉は少しずつ広がり、バリアの向こうにいるムカデも包んでいった。


「んんんっ────分かった! そのムカデの弱点は眉間だよ!!」

「眉間!?」


 ベティさんが指差すその先は、おぞましいヌルヌル動く触覚の間だった。


「そこがコイツの一番弱いとこなんだ!!

 セルマさん、多分アンタの魔法なら余裕でいけるよ!!」

「じゃあ眉間を狙って────」

「2人とも危ないっ!!」


 ふ、と────遠くから響くレベッカさんの鬼気迫る声が響いた────


 弾かれるように見上げると、チリチリと焼けるような朝の日差しに眼が痛む。


 一瞬何が起きたか分からない頭に、横にいるベティさんの声が耳を貫いた。


「天井が崩れてきてる!!」


 ハッと、日の光が陰り、目の前に工場の朽ちた天井が、頭めがけて落下してきているのが目に映る。


 この廃工場は使われなくなりかなり経つと聞いた。

 あれだけ巨大なムカデが狭い工場内で暴れ回れば、そりゃあ天井の一枚や二枚崩れるのは念頭に置いておくべきだったのに────


 自分としたことが、目の前の敵に気をとられすぎてすっかりそんなこと考えてなかったんだ────逃げなきゃっ!!


「ベティさん飛ぶわよっ!!」

「え? え? え……?」


 たじろぐベティさんの腕を掴み、杖に魔力を込める。


「ここから逃げるのよっ!! それっ!!」

「うおおぉぉぉぉ!!?!?!?」


 魔力をフルバースとした杖で、昨晩エリーちゃんと逃げたときと同じように力任せに2人分の身体を引っ張る。


 一瞬身体が浮いた感覚に襲われたかと思うと、今度は全身が空気に押されたような浮遊感に襲われ、そのまま飛び退いた先にベティさんと自分は落っこちた。


「だあっ!」

「きゃあっ!」


 着地に失敗してそのまま床を転がり、置いてあった廃材に身体をぶつける。


 その後から来た大きな音に驚いて身体を起こすと、さっきまで自分達がいたところには、天井の金属や木材が崩れ落ち、土埃が立っていた。


 あの場所にあのままいたらと思うと、ゾッとする────


「ベティさん、不時着ごめんなさい……怪我はない?」

「あるよ、あるけどかすり傷だ。もしアンタが助けてくれなかったらもっとヒドいことになってたな、ありがとう」

「ううん、それより────ゴホゴホッ……」


 周りから立ち上る埃を払いながら、何とか周りの状況を確認する。


 敵は、そしてレベッカさんはどこに────


「おい、セルマさん!!」

「えっ!?」


 一瞬晴れた土煙、そこから見えたのは、油断した自分達に襲い掛かるムカデだった。


 不気味な触覚の付いたそのグロテスクな風貌ごと、突撃する大岩のような勢いでこちらに迫ってきている!!


「しまった!! 間に合わないっ!!」


 その巨体を止めるためのバリアも間に合わず、ベティさん諸共突進してきたムカデの餌食になる。


「がぁっ!!」



 方向感覚も分からないまま宙に浮いた体は、前も後も分からず鉄の壁に迫り、そのまま衝撃が身体を貫いた。


 そしてドサリと身体が床に落ちる感覚が全身に走り、一瞬息をするのさえ出来ないほど強烈に痛む。


「ぐぅっあっ!!」


 飛びそうになった意識を、何とか自分を騙しながら呼び戻す。


 大丈夫、まだ体は動くはずだ────動かさなきゃ!


「はぁはぁ……うっ────」


 全身は痛んでも、まだ多少動けるくらいの余裕はある。


 ここで諦めるわけにはいかない────


 諦めるわけには────


「────────っ??」


 膝をつきなんとか立ち上がろうとしたところで、ようやく自分の変化に気付く。


「────え、嘘……?」


 左目が────見えない??



「そんな……そんなっ!! うっ────」


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