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帰りたい(84回目)  馬車の一手


 夜明け前。馬車を走らせスピカ・セネット、廃工場に到着。


 本当は、スピカはまだ14歳だから馬車の操縦はしてはいけないけれど、緊急時代なのでしょうがないと心に言い聞かせる。


 小さいころはよく実家の敷地で、ぱぱに馬車の練習もさせてもらっていたので、慣れてるけどまだちゃんと操縦できた事に、少し安心した。


 ゆっくりとここまで運んでくれたお馬から降りて、軽く頭を撫でると、ぶるる、と言うお馬の優しい声と、早朝の澄んだ空気が肌を撫でる。


 緊張で熱くなったほっぺたを少しだけ冷ましてくれた。


「いま外してあげるね。ちょっと、待っててね……」


 お馬と馬車を固定する紐を外し、お馬がいつでも逃げれるように準備をする。


 大丈夫、大丈夫だから────



「やっと来たなコノヤロー!」

「────きたよ……!」


 来た、工場から昨日の男が現れた。


 エリアルさんがあの人の事を「ムカデやろー」と言っていたので、口は悪いけれどスピカもそれに習って心の中で「百足やろー」って呼んでいる。


「荷物、持ってきました……」

「じゃあテメエは帰れポンコツがっ」

「いや、2人を返して────」

「だーはっはっ! 返す分けねぇだろボケハゲ!」


 手を叩いて笑う百足やろー。


 スピカは禿はげじゃないし、そもそも2人を返す気は、なかったんだ────


「テメェ、オレ様が本気であいつらを帰すと思ってたのか?

 ふはははは、だったら言い授業料になったじゃねぇか。

 友だちの2人くらい街に帰れば掃いて捨てるほどいんだろ、なぁ!?」


 スピカは恐怖で逃げ出したくなるのを、必死で堪えた。


 だめ、ここでスピカがしっかりしなきゃ、全てが台無しになってしまう────


「ふ、2人を捕まえてどうするの……?」

「あん? そうさなぁ、オレ様の元で働かせるとか? このまま軍に人質で持ってくのもアリだなぁ。

 どうせクズどもはクズだ、オレ様はそれを再利用すんだから、むしろ感謝してほしいくらいだぜ、なぁ?」

「そんな……」


 百足やろーの人を人とも思わない発言に、スピカは身震いをした。

 正直世の中には、こんな悪い人もいるんだ。耳を覆いたくなる。


 初めての実戦で、本当のスピカはいま怖くて心底震えてしまっている、そう自分で分かる。

 実は怖くて、今にも逃げ出したい気持ちが溢れている。


 でも、友だちを救うため、今スピカが逃げるわけにはいかないのだ。


「ん? なんだよ、帰らねぇってこたぁ、テメェもオレ様の奴隷になりてぇのかチビ?

 テメェじゃ夜にゃ使いもんにならなそうだが、まぁ小間使いくらいには使ってやれねぇこともねぇぞクソッタレ!!?」

「う、うぐ! ば、馬車の中のもの来るとき揺らしちゃって、確認してほしいんです……」


 泣きそうになるのを必死で堪えながら、スピカは先に考えてきたいいわけをした。

 その言葉に百足やろーの顔が少しだけ曇った気がした。


「あん? ったく使えねぇな。そうだ、中のものが壊れてたら、一つにつきオメーの友だちの爪を一枚剥がしてく。

 はは、テメェのせいで奴ら泣き叫ぶだろうなぁコノヤロー!?」

「そ、そんな……!」


 そんな発想が、同じ人間からでると言うことにスピカは吐きそうになった。

 どう育ってきたらこんな残酷な人間が生まれるんだろう。


 どう考えても普通じゃない生まれのスピカには、それが理解できなかった。


「オラ、どうせならそこにいて指が剥がされてくの見てけよ、クズめ。中確認してやるからよぉ────」


 そう言うと、百足やろーは馬車の扉に近付いていきた。


 まだ、まだ待って。ぎりぎりまで。


「ふん、それでも逃げねぇとはよっぽどオレ様の小間使いになりてぇらしいな。

 それとも怖くて動けねぇのかクソお嬢ちゃん、ああん!?」


 そしてついに荷馬車の扉に手をかけ、開ける!!


「こん中、絶対にぐちゃぐちゃになって────」

「エリアルさん、いまっ……!!」


 スピカは力の限り叫んだ。


 いつも声が小さいって言われるけれど、絶対に届かなければいけない声。

 中にいる・・・・エリアルさんに声を届けるために!!


「“碧鹿エメラルド・ハインド!!」

「うおおっ!?」


 かけ声とともに、エリアルさんが中から飛び出して水を打つ。

 至近距離で喰らった百足やろーは、そのまま吹っ飛ばされて地面を転がってゆく。


「む、ムカデ!! この女を殺せぇ!」


 苦し紛れに、エリアルさんを指差して百足やろーは大声で叫ぶ。


「わわっ……!」


 すると、ずん、と大きな音が響いて、工場の中から昨日の百足むかでが這い出てきた。


「来たっ……!」



 あれがベティちゃんとレベッカちゃんを攫った犯人────


 最初は足だけ、昨晩は夜中なので分からなかったけれど、その見た目はかなり毒々しくって、眼を背けたくなるようなものだった。


「スピカちゃん、ここを離れて下さいっ」


 はっ、と我に返ると、エリーちゃんが馬にまたがっていた。


 見事な手際で鞍までよじ登ると、手綱はを持って準備を整える。



「え、エリアルさんその子────」

「協力してくれるみたいなので逃げるのに使わせてください。

 このまま予定通りムカデを森まで誘導して逃げ切ります。後は任せましたっ」


 そう言うとエリアルさんは馬を使って、森の奥へかけていった。

 するとすぐに、百足やろーの命令を受けた百足が砂埃をまき散らしながら追ってゆく。


「うわわっ……!」


 すんでの所で避けると、先ほどまで乗っていた馬車が、木っ端みじんに破壊されてしまった。


 何とか避けれてよかったけど、あそこにいたらえらいことになっていた────!



「危なかった……」


 そして、大きな百足が行ってしまうと、あとに残ったのはスピカと百足やろーだけ。

 そして肝心の百足やろーは、怒りにわなわな震えていた。


「てめぇ、よくもオレ様を騙してくれたじゃねぇかボケナスハゲコラァ!!」

「ひ、ひぃ……!」


 スピカは、慌てて腰から銃を取り出した。


「こここ、来ないで……!」

「子どもがそんな拳銃持ってオレ様に当たるかボケコラァ!

 オレ様とムカデを引き離せば勝てるとでも思ったか!!

 勘違いもいい加減にしやがれぇ!」

「ひっ!」


 スピカは銃を敵に2,3発撃ったけど、外れてしまう。

 そして敵の拳が振り上げられ、スピカに迫る。


「死ねコラァ!」


 もうだめかも、諦めかけて目を閉じた時────


「死ぬのはお前だムカデやろー!!」

「がっ!」


 瞬間、百足やろーとの声に割って入る声。


 突然空からふってきた影が、百足やろーの首筋に蹴りを入れた。

 上空でセルマさんのばりあの上で待機していたクレアさんが、助けに来てくれたんだ!


「くっ、クレアさん……!」

「おらぁ、もう一丁!」


 クレアさんは器用に地面に腕で着地すると、そのまま体をばねにしてて倒れかけている百足やろーの背中に蹴りをお見舞いした。


「つあっ!」


 地面に叩きつけられた百足やろー。

 でも、すぐに素早い動きで間合いをとると、こちらに向かって戦闘の構える。


「ああぁぁぁっ────────てめぇら、どうやらホントに殺されてぇらしぃな!!」


 怒り心頭の百足やろーは、それはもう恐ろしい顔だった。


 スピカは人がここまで本気で怒るのを見たことない。


「スピカ、さんきゅーな。おかげでムカデとアイツを分離出来た。

 あとはエリアルがムカデに殺される前にアイツをぶっ殺すだけだ」

「う、うん……」


 でも、クレアさんは簡単に言ってくれふけれど、それは言うほど簡単なことではないはず────


 少なくともスピカはこういう敵と戦うという場面は初めてで、役に立てるか分からないんだ。



「クレアさん、役に立てなかったらごめんね……」

「何言ってんだ、アンタ凄い能力持ってんだろ?」

「す、凄い能力だなんてそんな……!」


 確かにスピカはエリアルさんのように、スピカだけの固有能力・・・・を使うことが出来る。


 でも、臆病なスピカがぶっつけ本番で、能力を使いこなせるのかとても不安で、とても不安定。


「とにかく行くぞスピカ。セルマが来る前にぶっ倒して、アイツら驚かせてやろうぜ」

「う、うん────」


 クレアさんのその言葉は、どこにも根拠のない虚勢みたいなものだった。

 でも、なぜだかすっと胸に入ってきて、スピカにも出来るような気がしてしまうから不思議なんだ。


「遺言は送りあったかてめぇら。だったらもう未練はねぇよな死に晒せクソ異国民度もがぁ!!」


 百足やろーが来る!!

 スピカ・セネット初めての実戦!!


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