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帰りたい(80回目)  センティピード


 アデク教官が捜索に来てくれる、それほど頼もしいことはない。

 ならば捜索は彼が来たときに任せるなり手伝うなりするとして、それまで私たちはどうすればいいか、だ。


「アデク教官、リーエルさん、私達はどうすればいいですか?」

〈そうですネェ、森の奥には何が潜んでいるか分からないデス。まずは村人さん達を避難させるのが最優先でショウ〉

〈だろうな、その村は危険すぎる〉


 2人の指示は的確だった。

 確かに今まで夜しか行動しなかったであろう化け物が、突然昼間に現れて、しかも人を襲ったのである。


 この村も、最早今は安全とは言い切れないだろう。


「じゃあ、早く村の皆さんに伝えないと────」

「あ、まって……エリアルさん」


 スピカちゃんが先走る私を制す。


「どうしてですか?」

「今村から出るのは危険……だと思う。

 この村、周りが森だから……

 それに昨日まで夜に『あれ』が活動してたってことは、今もいるかも知れない……と思う」


 確かに、彼女の言うとおり、今からバケモノがうごめく時間帯なら無理に移動するのは危険だ。

 村に留まるのは危険だが、外に出るのはもっと危険、ならば村に留まろうというのは理に叶っている。


「え、えっと……どうかな?」

「リーエルさん、私はスピカちゃんに賛成です」

〈ですネ、現場のアナータ達の判断にワターシもゆだねまス! スピカ成長しましたネ!〉

「え……えっ!?」


 スピカちゃんは唐突に褒められて顔が爆発するように赤くなる。

 いやいや、通信機なんだから私の後に隠れても意味ないって。


〈じゃア、避難は明日の朝にしまショウ!

 それまでは住民を集めて避難準備、なるべく固まって夜を過ごしてくだサーイ! 徹夜ガンバってネ!!〉

「えー」


 徹夜かー、まぁみんなの命がかかってるし仕方ないよですよね────

 2日間野宿だったのでやっとベッドで寝れるかと思ったのに、非常に残念だ。


「分かりました、そうします。

 じゃあスピカちゃん後のことは任せて治療に戻ってください」

「え……スピカも手伝う────わっ!?」


 私達が立ち上がろうとした瞬間、突然家が揺れた。

 バランスを崩したスピカちゃんが倒れ込む。


「大丈夫ですかっ?」

「だ、大丈夫……それより一体何が────」


 地震か何かか、それともこの借家に何かがぶつかったのか────そしてその揺れは一回ではなかった。

 2回、3回と家が揺れ、その度に私達はバランスを崩す。


「わ────わわっ」

〈おい、何があったんだ!!〉


 通信機の向こうからアデク教官がこちらに呼びかける。


「分かりません────突然家が揺れてっ」

〈とにかくそこから出ろ!! 扉が変形して閉じ込められるぞ!〉


 私達はなんとか部屋を飛び出し廊下に出ると、玄関口のところまで移動した。

 その間にも揺れは収まらず、スピカちゃんと何とかもがきながら家の中を移動する。


「エリーちゃんこっち!!」

「早く来い!!」


 既に入口からはセルマとクレア、ドクターが脱出して、こちらを手招きしていた。

 3人とも怪我はなく無事なようだ。


「なんなんですかこの揺れ」

「エリアルさん、あれ……」


 スピカちゃんが私の肩を揺すり、村の門の方を指差した。


「な、何なんですかあれ・・……」

「多分あれ・・が、犯人だ」


 暗闇でよく見えないが、そのシルエットには見覚えがある。

 月で照らされたその形は紛れもなく────


「あれ、百足センティピードですか?」


 節足動物多足亜門ムカデ綱に属する虫の総称──毒性を持ち土中に生息するあのムカデだ。


 月に照らされたそのシルエットは、首を空中にもたげ、首を地面に叩きつけ、その度に衝撃で地面が揺れる。

 先ほどまでの揺れは、家ではなく村全体が揺れていたのだ。


「あっ、あれ……2人を攫っていった足……」

「え、あれがですか……?」


 スピカちゃんの言うことは、にわかには信じがたかった。

 いや、彼女が嘘を言っているというより、あんなデカい生き物が人を攫う、と言うことが恐ろしくて一瞬思考を停止してしまった。


 私達が今見あげるムカデはそれほどまでに大きく、最初にこの村に入るとき通ってきたあの立派な門を超える程の大きさもあった。


 デカい、スケールが違いすぎる────


〈おい、何があった!?〉

〈応答してくだサーイ!!〉


 通信機の向こうの2人が叫ぶ声が聞こえる。

 私は慌てて向こうに呼びかけた。


「私達は全員無事ですっ、詳しい説明は後にしますが巨大なムカデが村を揺らしています」

〈む、ムカデ!?〉

「あれは“ノースコル・デス・センティピード”だ」


 ドクターが通信機に向かって叫ぶ。


〈おいおい、あんなデカいのが村にいるってのか!?〉

「あぁ、しかもあの魔物はサウスシスには生息していない!

 おそらくノースコルの人間が契約した魔物だと私は思う!」


 ムカデの正体を一瞬のうちに看破したドクターはさらに続ける。


「あの魔物は食欲大勢で鹿や熊────人も食べる超肉食動物だ!

 あんなのを放ったらこの小さな村は終わるぞ!」


 それは、私達にとっては絶望的な情報だった。

 しかも人さえ食べてしまう食欲なら、捕まった2人だってどうなるかは分からない。


「一体どうすれば……」

「エリアル、まずは村人をどうにかするぞ!」

「エリーちゃんしっかり! 今できることをするのよ!」


 一瞬の判断をセルマとクレアに助けられる。

 緊急時に素早い決断が出来ないリーダーで申し訳ない。


 見ると、村人達は見える範囲では既に家から出たていたが、みなムカデ突然の襲来に慌てふためいていた。


「ごめんなさい取り乱しました、すぐに皆さんを集めて────」

「そろそろ頃合いかぁ? あーあー、聞こえるが下郎ども!」


 突然、男性の声が村中に響き渡る。

 明らかに拡声器で声を拡張した、いわば加工された声だ。


 見ると、ムカデのもたげた頭の上に、人のシルエットが追加されていた。

 もしかしてドクターの言う契約者はアイツか────


「今から貴様らに要求をするコノヤロー! 拒否権はねぇから耳の穴かっぽじって聞きやがれくそったれ!」


 無駄に荒い口調が、村に広がり周りの山々に当たって反響する。

 村の門から近いこの家の前では、とにかく耳を塞ぎたくなるような音量だ。


 そしてその声に負けじと叫んでいたのが、私の持つ通信機だ。


〈おいエリアル何があった!! エリアル!!〉

〈返答してくだサーイ!!〉

「喋らないでください、敵がなんか言ってます」

〈なっ……〉


 私の声で、2人からの音が途絶える。

 敵からの声を聞き漏らさないために2人も黙ったらしい。


「おめーら田舎愚民どもも知っての通り、軍の人間であるボケナス女2人をオレがとっ捕まえた!!

 そいつらを返す代わりに、この前コイツらが持ってきた物資を寄こせタコハゲ!」

「2人……!?」


 その言葉にスピカちゃんが反応する。

 ベティちゃん、レベッカちゃんか────


「オレァ慈悲ぶけーから森のクソキタねぇ森の廃工場で朝まで待ってやる!

 それまでにこの村に戻った桃色の髪の女一人に、日の出とともに持って来させろ!」

「す、スピカのこと……!?」

「もし来なかったら女どもの命はねぇぞミソ野郎ども!」


 グワングワンと大きな声が周りの山に反響して何度も響く。

 あたまの中がクラクラする中、隣でスピカちゃんが一歩踏み出すのが見えた。


「2人とも────」

「待ってください」


 慌てて彼女の肩を掴み静止する。


「や、止めて……行かなきゃ……」

「あんなバケモノ止められるわけないですっ、ここは堪えてください」

「で、でも……!」


 細い肩が、万力のような力で先に進もうとする。

 しかし私も、ここで彼女を行かせるわけは行かない。


「止めないで……」

「だめです────」

「以上だこのやろ、っくそあの女・・・オレに交渉なんかさせやがって────」



 そう言い残すと、ムカデとその男は去って行った。


「な、なんだったんだ……」


 そして辺りには静けさだけが残る。


「────ひ、日の出まで何時間かしら……?」

「10時間ちょっとだな……」


 タイムリミットは10時間。

 この人質解放の要求────乗るか、蹴るか?



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