話が終わる頃には、外はすっかり夕闇に包まれていた。
「マジかよ……」
「自分達のいないときにそんなことが……」
今までのリーエル隊の行動を聞いた私たちは、なぜだかとても疲れ切っていた。
きっと、彼女の体験した出来事が重すぎて、聞くだけでその体力が必要なほどショッキングな出来事だったからだろう。
「あっ、え、えっと……」
「あ、あぁごめんなさい。
それなら早く本部に連絡しないとですね……」
彼女の話を聞くことで今は遅らせてしまっているけれど、元々本部には連絡するつもりだった。
もし本部から助けが来てくれるのなら、私たちはまず自分や村人の安全も確保しなければならない。
やることはいっぱいだ────
「スピカちゃんも報告手伝ってくれますか?」
「う、うん……………………」
「ど、どうしたの?」
急に黙り込んでしまったスピカちゃんを、セルマが覗き込む。
「あ、あの……
あの時、フェリシアさんが突き飛ばしてくれなかったら、スピカは助からなかったと思うの……
弱っちいからスピカだけ飛ばされたのに、それで助かっちゃうなんて……」
「それは────」
スピカちゃんは肩を震わせながら、悲しそうに目を伏せる。
きっとここに来るまでの間、彼女なりに葛藤があったのだろう。
「……スピカだけ、助かっちゃって、よかったのかな────
スピカが本当にここに来て、よかったのかなって……」
自身だけ助かってしまった罪悪感、何も出来なかった無力感、そして何より、みんなが心配でたまらない焦燥感。
それは、春先にバルザム隊の中でたった一人戻ってきてしまった私が感じていた気持ちだ。
きっとスピカちゃんもあの時の私と同じ気持ちだろう。
彼女は、あの時の私と同じだ────
私自身も、あの時の苦しみから解放されたわけじゃない。
あの森での出来事が夢にでることもあれば、それで眠れない日もある。
救えなかった事実が、起きてしまった出来事が、間違いであってほしかったと、どんなに切に思ったことだろう。
それでも、そんな私がたった一言言えることは、きっと────
「スピカちゃん、それは────」
「「それは違う」わ!」
ふ、と。
「────っ……」
私の言葉を遮るようにスピカちゃんの言葉を否定したのは、セルマとクレアだった。
「スピカちゃん、確かに不安なのは分かるわ。
でも、フェリシアさんは自分達アデク隊に危機を伝えたくて、貴女を村に戻したんでしょう?
それなら、貴女がここに戻ってきたことには必ず意味があるはずだわ」
「そうだぞ、でなかったら今ごろアタシ達、村の前から動けなかったしな」
2人はそれぞれスピカちゃんの腕を強く握りしめた。
「いい、の……? 街で、あんな酷いこと、しちゃったのに……」
「まぁ、あれは正直ムカついたよ、文句も言ってやろうと思った。
でもそれで今アンタらを見捨てたら、言おうと思ってた文句もいえねぇだろ」
「そうね、自分もそう思う。
なしにはならないけど、力を貸さない理由にはならないわ。ね、エリーちゃん?」
3人と、先ほどから黙っているドクターの視線が、私に集まる。
そうですね、そういってくれてありがとうクレア、セルマ。
心に引っかかっていたモヤが、少し消えた気がします────
「もちろん、協力させてください。
フェリシアさんもリーエル隊の2人も、絶対助けましょう」
「エリアルさん……」
私の言葉で、ついにスピカちゃんはこらえきれずに泣き出してしまった。
色々と溜まっていた物もあったのだろう、むしろここまで来る間によく我慢したと思う。
「大丈夫ですか?」
「う、うん……ありがとぅ……」
緊張の糸が切れたスピカちゃんは、それでも確かに力強く頷いた。
「あー、エリアルが泣かしたー」
「イケない子ねエリーちゃんは」
「茶化さないでください、2人まとめて湯がきますよ……?」
ほのかに部屋に笑いが漏れる。
とりあえずみんな少しは落ち着いたようだ────私も含めて。
「スピカちゃん、聞いてください」
「エリアルさん……?」
「私も、同じような経験があります────」
「えっ……?」
私はそっと、泣き続けるスピカちゃんの肩を包むようにして抱いた。
温かい肩、綺麗な桃色の髪に触れて、私は一つ一つ言葉を選びながらスピカちゃんに語った。
「今の貴女と一緒にする事は出来ませんけれど、スピカちゃんやクレアたちが入隊してくる前、私はアデク教官とは別の幹部が隊長の隊にいました。
その時に与えられた任務で、私以外がみんな行方不明になってしまったんです」
「えっ────?」
スピカちゃんは驚いたように肩を震わせた。
今彼女と密着していると、一つ一つの心の変化がとても鮮明に伝わってくる。
「その人たちは……?」
「今も、彼らは戻ってきません。
でも私が帰って来れたから、隊のみんなの情報を伝えられたんだと私は思っています」
「エリアルさんは強いんだね────でもスピカは……」
スピカちゃんは、少し悲しそうに目を伏せる。
「スピカはそんなに強くないんだよ……」
「そんなこと無いです、最初はスピカちゃんと同じような気持ちでしたし、今も自分を騙し騙しやっているような物です。
でも、私が今ここにいることは間違いではないと、そう私は思っています────思うようにしています」
私は腕をスピカちゃんから離すと、真っ直ぐ彼女の眼を見た。
淡い色の瞳、その奥に映るもう一人の私と眼が合う。
「今度は必ず、皆を助けたいです。
すぐに本部に連絡して協力を仰ぎましょう」
「エリアルさん────ありがとう……」
今日一日で、その身に余る様々な葛藤や苦痛と闘った彼女。
しかし少なくとも、もうその目は泣いていなかった。
※ ※ ※ ※ ※
〈AH、困りましたネー……
フェリシアが抜かったのがそもそもの原因ですガ〉
別室を借りて私とスピカちゃんが軍の本部へ一連の自体を報告すると、通信機の向こうのリーエルさんが悩ましげな声で唸る。
「はい……スピカが伝えられるのは、それで全部、です……」
〈そうですカ……とりあえずそっちに応援をよこしたいんデスけどネー〉
どうやら、本部の方でもすぐに動ける人員は少ないらしい。
それにエクレアからここまでは馬車で三日もあるのだ。
すぐにどうこうできない、なんと歯痒いことだろう。
〈ンー、困りましタ〉
「ていうか、なんで最高司令官室に連絡をしたらリーエルさんがでるんですか?
あまりにもサラッと出たので気になんなかったですけど、リーエルさんがそこにいるのおかしくないですか?」
〈へ?〉
私達が最初連絡をしたのは、最初は軍の命令機関だ。
本来ならそこで任務で予想外の出来事が起きた場合の判断を仰ぐことになる。
しかし今回は人の命がかかった緊急事態故に最高司令官に指示を仰ぐことになったのだ。
しかし私達の通信機は最高司令官室につながるはずだったのだが、そこで何故が幹部であるリーエルさんがでた。
〈AH~、いまワターシはハーパーさんがアンドルのじじいのお見舞いに行ってるので、代理でここを任されてるんデース。
いまアンドルのじじい死にかけで大変ですからネーハハハ!〉
陽気に笑うリーエルさんだったが、不謹慎にも程がある。
もう少しだけでいいから空気を読むって事をして欲しい。
「……え、アンドル最高司令官って、今、そんなことになってるんですか……!?」
もちろん、そのことを初めから知らなかったスピカちゃんは驚く。
「リーエルさん口軽いですよ」
〈OH~! すみまセーン! スピカ、今のは忘れるデース!〉
「あ、はい……」
そうは言いつつも、スピカちゃんは明らかに困った顔をしていた。
そりゃ、軍の機密事項があっさり漏れてきたのだから当たり前である。
普段からこんないい加減な人の下で働くのは、フェリシアさんもスピカちゃん達も、さぞ大変だろう。
〈エリー、今なんか失礼なこと思いましタ?〉
「い、いえ??」
しかも無駄に鋭いと来た。
こりゃ上司としては相当ヒドいものだ。
〈ンー、でもそちらに救出に行ける隊ハ……
ロイド隊……うちの小隊……だめデース、どこも開いてまセーン〉
「そんなぁ……」
ついついスピカちゃんから弱気な声が漏れる。
ここまで来たのに、人員が足りないと言うだけで仲間を目の前で見殺しにしなければいけないのは、相当辛いだろう。
先ほどまで彼女に宿っていた勇気の灯火が、再び消えようとしている。
「リーエルさん、誰でもいいんです。
なんならもう軍を引退した人────カレン店長やイスカでも、誰か一人でも、来てくれれば」
〈NO、それじゃ捜索は難しいでショウ?
ワターシも部下を見殺しにはしたくないデース、でも一体どうすれバ────〉
その時、通信機の奥で扉を開ける音が響いた。
〈リーエル、オレが行く〉
〈エッ!?〉
その声は、私にとってはなじみ深く、いつも聞いている声────
〈ダイジョウブですカ!? 確か
〈何とかしてみせる、貸せ〉
その人は、リーエルさんから受話器をひったくると、私達に声を掛ける。
〈おいエリアル、オレが行く。それで問題ないな〉
「はい、お願いします」
〈スピカ────だったか? お前さんももう少し待ってろ、すぐに駆けつけてやるから〉
「は、はい……?」
しかし、スピカちゃん自身にはその声に馴染みがないため、声の主にピンときてないようだった。
「あ、あの……貴方は、だれ、ですか……?」
〈オレか?〉
そう、声の主は【伝説の戦士】にして、私達の隊長その人────
〈オレはアデク・ログフィールド。お前さんも知ってるだろ?〉