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帰りたい(78回目)  森の悪魔


 二次試験、緊張します。



 エクレアの街を出発して、3日かけてサガラ村までやって来たスピカ達は、アデク隊の人たちみんなが着くまで、フェリシアさんの訓練を受けてた。


「貴様ら! 任務先でも気を抜くことは許さん!

 戦場では身体を洗う暇さえないんだぞ!」

「はいぃ……!」


 2日間の村での訓練は街と変わらず、フェリシアさんは厳しいながら丁寧な訓練をしてくれる。

 とても大変だったけど、実のある2日間になったと思う。


 でも3日目の朝、村長さんが用意してくれたお家で朝ご飯を食べてるとき、急に駄々をこね始めた人がいた。


「なんだよぅ、二次試験なんて嘘じゃんか……これじゃ街でやってる訓練と変わらないよ。

 アデク隊のやつらがうーらーやーまーしーいー!」


 栗色の髪にウェーブのかかった子、ベティ・シャルダンちゃんがつまらなそうに口を尖らせる。


 一見不真面目そうにも見えるけど、そう言いつつちゃんとやらなきゃイケないことはやるし、どんくさいスピカとも仲良くしてくれるとっても優しい子なんだけど────


「文句言わないでよ、それを言ったらフェリシアさんだってやりたくないよ。

 そもそも私たちみんな16歳以下なんだから仕方ないでしょ」


 そういってベティちゃんをなだめるのは、レベッカ・アリスガーデンちゃん。

 彼女はいつも冷静な、スピカ達の頼れるりーだーだ。


「なぁ、スピカはどう思う?」

「どうって……?」

「訓練なんてやりたくないでしょ」

「スピカは……別に訓練も嫌いじゃい、よ。

 すたみなはないけど、身体動かすの好きだし……」


 それに、しゃいで俯いている間みんなに訓練なんかを置いて行かれている分、スピカは頑張らなければいけないのです。


「ちぇ、つまんなーい」

「ほら、ベティもスピカ見習って真摯に取り組みよ」

「あーい」



 そんなお話しをみんなでしていると、少し席を外していたフェリシアさんが戻ってきた。


「貴様ら! 今日の訓練は中止だ!!」

「えっ!?」


 先ほどからの願望が叶ったベティちゃんは少し嬉しそうな顔をする。


「ベティ・シャルダン、貴様は私の訓練に飽きていたようだからな!!

 ちょうど良かったじゃないか!?」

「え、いやぁ……」


 言われたことが図星だったので、ベティちゃんは戸惑っている。ちょっと可愛そう。

 でも、そんなことよりレベッカちゃんは「訓練中止」が気になっていたらしい。


「訓練中止──先ほど村長とお話しされていたようですけれど、何かあったんですか?」

「あぁ、それなんだが、貴様らには『音』の調査を私としてもらう!」

「音──? あぁ、あれか」


 音、と聞いてスピカにも思い至る物はあった。それは、村で寝ていたとき夜に響いていた、木を折るような音だ。

 ここに来た初めの日も昨晩も、暗い間に響いていたその音は、スピカ達の間でも話題になっていた。


「そうだ! その音だ! その音について、さきほど村長から相談があったのだ! その音の正体が知りたいのだと!」

「なるほど、それで調査に行くわけですか。

 フェリシアさんは何か心当たりあるんですか?」

「ない! そもそも『音』は私は眠っていて聞いていないからな!」

「ありゃりゃ」


 普通なら言ってて恥ずかしいようなことも、フェリシアさんは堂々と言う。

 スピカもそういうところは見習わなければいけないかも。


「まぁ昼間のウチに行っても無駄足だろうがな!

 我々は装備を調えているわけでもないし、昼間が安全だということを伝えるのも重要なことだ!

 今から本部に連絡をしてくるからそれまでに準備をしているように! 以上!」

「え、まだ食べ始めたばっか────」

「以上!!」


 そう言うとフェリシアさんは再び部屋を出ていきました。


「くそ! 急がないとならないじゃん!」

「ほらスピカも、早く食べちゃおう!」

「う、うん……!」



 スピカ達は急いで朝ご飯を食べ終え、なんとかフェリシアさんが戻ってくるまでに間に合った。


「間に合ったか! 無理だと思ったぞ!!」

「なら言わないでください────うぷっ」


 ベティちゃんは慌てて先ほどの朝食が土に帰らないよう、口を押さえる。スピカも少し胃がムカムカしている。


 いや、腹が立つという方ではなく。


「ここで吐くなよ、村の人に迷惑がかかる!!」

「なら無茶言わないでくださいよ……」

「私はせっかちなのだ!! 貴様らがのんびり食事している間待ってなどいられるか!!」



 何はともあれ、支度が出来たスピカ達は、村をでて、毎晩音のするという森へと向かう。


「何にもないですね-」

「気を抜くな! 気を抜いていなくても危険なんだ、貴様らのようなしたっぱが気を抜くなど論外だぞ!!」

「はーい」


 そうは言いつつも、ベティちゃんはいまいち気合いが入らないようでした。


「スピカ、足元に気を付けてね」

「あ、ありがとう、レベッカちゃん……」


 レベッカちゃんはいつもみたいに黙々と移動をしている。

 スピカからしたらかなり歩いたようにも思うけど、それを感じさせないほどレベッカちゃんの足取りは黙々。



「よし貴様ら! この辺で昼にするぞ!」

「まだ早くないですか?」

「ご託はいいからさっさとしろ、食べ損ねるぞ!」

「は、はい!」


 いそいそとスピカ達は切り株に腰を掛けお昼を始める。

 きっと、スピカのあるくぺーすが遅れていることに気付いたフェリシアさんが、早めにお昼休憩にしてくれたのかも。


 その気遣いに報いるためにも、スピカは黙々とお昼を食べることにした。


「貴様ら、これを一つずつ受け取れ!」

「ありがとうございます、ってあれ? いつもの軍人食ミリタリービスケットじゃない……?」


 いつもなら、スピカ達が任務に出ている間のお弁当はもそもそした味のびすけっとが入った軍人食のはず。

 なのに今日は四角いお弁当箱を取り出したフェリシアさんが、スピカ達にそれを配る。


軍人食ミリタリービスケットじゃないならなんでもいいや!

 フェリシアさんありがとう」

「ま、まぁ味は保証できんがな!! 今日はそれで我慢しろ……」


 珍しく強い口調じゃないフェリシアさん、スピカ達は不思議に思いながらも、箱の蓋を開けた。


「あ、さんどいっち……」

「た、食べたくなければ軍人食もあるからな!!

 無理して食べることはないぞ!!」


 フェリシアさんはそう言うけれど、真っ白なぱんに挟まった野菜はとてもみずみずしく、卵さんどやべーこんさんども入っていて、色とりどりのお弁当箱が今にも踊り出しそうだった。

 よだれが出て来た────スピカはさんどいっちが本当に踊り出す前に、食べ始める。


「あ、おいしい……」

「おいしいですよフェリシアさん! いつもの軍人食より何倍も!!」

「そ、そうか──いやもっと褒め方があるだろう!」


 自分の用意したお弁当が気に入られて、フェリシアさんも上機嫌。

 でも、レベッカちゃんはおいしそうに食べているけれど、やっぱり別のことが気になるみたいだった。


「フェリシアさん、これどこで用意したんですか?

 村に来るときはお弁当なんて持ってなかったし、この村にサンドイッチを売ってる場所なんてないですよね?

 突然サンドイッチをが出現したわけじゃないし、どこで用意したんですか?」

「そ、それは────」


 フェリシアさんが言いよどむ。まぁ、スピカは食べれれば何でもいいんだけど。


「えっ、へ、変な物とか入ってませんよねフェリシアさん……」

「ば、バカ者! 貴様らに私がそんな物渡すわけないだろう!!」


 怪訝な顔をするベティちゃんを、慌てて否定する。まぁ、スピカは食べれれば変な物が入っててもいいんだけど。


「そ、それはだな────わ、私の手作りだからだ悪いかこの野郎!!

 ここに来る途中に買った材料で朝作ったのだ!!」

「えっ!! これフェリシアさんの手作り!?」

「凄いおいしいですよ!」

「うん、おいしい……」


 スピカ達がよってたかって褒めるとフェリシアさんは真っ赤になった。

 耳まで真っ赤、さんどいっちのとまとより赤い気がする。


「そ、そんなに褒めるな貴様ら!!」

「でもでも、なんでそんなことしてくれたんですか?」

「そ、それはだな!!」


 知りたがりのレベッカちゃんは、質問も臆さずしっかりする。

 スピカ達の頼れるりーだーはみんなの質問も代弁してくれる偉い子なんだ。


「それは私の先輩から最近レシピを教えてもらったからだ!!

 先輩は既に軍からは引退をしているが、街の店の厨房で働いているプロでな!

 お客にレシピを教える機会があったからついでにどうだとわたされたのだ!!」

「なるほど、それは作ってみたいですよね」

「先輩は引退はしてしまったがとても偉大な方だったのだ──私が料理でとはいえあの人の技を受け継いでもいいものかと迷ったが!

 もらったからには作ってみたいと思うだろう!」


 「先輩」という方をスピカは知りませんが、その人の話をするときにフェリシアさんの眼はとてもキラキラ輝いていた。

 いつも厳しいいめーじの人だけど、こんな顔もするんだ。


 きっと「先輩」という人も素敵な方なんだな────


「も、もう充分に褒めただろう……!! 早く行くぞ!!」

「いえいえ! 本当に素晴らしいですこのサンドイッチ! 褒めさせてください!」

「くつ……!!」


 ベティちゃんが、なおも押す。フェリシアさんはそれを聞いてまだまだ恥ずかしていた。

 きっとスピカみたいに褒められるのには、慣れていないんだ。


「すごい、素晴らしい! こんなサンドイッチ食べたことない!

 いやぁ、さすがフェリシアさん、やることなすこと全て時限がちが────」

「ベティちゃん、サボってないで早く」

「あはい」


 レベッカちゃんの注意でようやく引いた。

 やっぱり褒め続ければ出発が遅くなると思っていたんだ、悪い子。


「そ、そういえばフェリシアさんは……」

「恥ずかしがって聞こえてないよ、よかったね」

「ホッ……」


 レベッカちゃんの言うとおり、フェリシアさんは顔を押さえて悶えていた。

 よっぽど褒められるのに免疫がないんだな。


「ほら、早くフェリシアさん起こして行かないと。

 調査が終わりませんでした、じゃ困るのは私たちだよ?」

「分かったよ、ほらフェリシアさん悪かったから起きてください」

「いや、まて────なにか変だぞ……?」


 フェリシアさんは、すぐに起き上がらずに地面に耳を付けていた。


「フェリ──シアさん? どうしんですか?」

「危ない!! 伏せろ貴様ら!!」


 突然フェリシアさんは突然起き上がると、スピカ達に向かってたっくるをしかけてきた。

 たっくるは3人とも当たったけれど、軽いスピカだけが、遠くに飛ばされる。


「わっ……!!」

「スピカちゃん大丈夫!? フェリシアさん一体何を────」


 すると突然、目の前の木が横薙ぎに倒れて黒い巨大な何か・・・・・・・が目の前に迫ってきた。


「あっ……!!」


 その黒い何かはスピカの全身を打ち、そのままスピカを宙に投げ出す。


「ががっ──いたたっ……」


 地面を転がって、木の幹に身体がぶつかりようやく止まる。

 一体何が起きたのか、一瞬のことで理解が出来ない。


「うっ、うー……」

「うぅ、おいスピカ・セネット、意識はあるか!?」

「あ、あります……」


 フェリシアさんに呼びかけられ、やっとの事で目を醒ます。

 全身がズキズキ痛んで、まるで鞭で打たれたみたいだ。


「あっ、フェリシアさん……!!」


 スピカを覗き込んでいたフェリシアさんの頭からは血が出ていた。

 それに体中もスピカ以上に傷だらけ────


「ん、痛いな!? いやこの傷は気にするな!!

 それより2人を安全な場所まで運ぶぞ!」

「ふた、り……?」


 フェリシアさんの両脇には、ベティちゃんとレベッカちゃんが抱えられていた。

 2人ともぐったりしていて、どうやら意識がないらしい。


「だ、大丈夫……なんですか……!?」

「分からん!! とにかく村まで逃げて医者に見てもらうぞ!

 走れるか!?」

「はい……」


 痛い身体を無理矢理引きずって、スピカは立ち上がった。

 痛いし涙で視界はぼやけるし、土を被ってとっても嫌な気分だけれど、ここで逃げ切れなければ死んでしまうことくらいスピカにでも分かる。


「急げ、敵にはまだ追ってきてる!!」

「んっ……」


 フェリシアさんとスピカは正体不明の敵から逃げ出そうと走ると、後から木が折れる音が追いかけてきた。

 何か黒い物が迫っているような気がするけれど、振り向いてる暇なんてないから正体は分からない。


「くそ、追いつかれ────あっ!!」

「ふぇ、フェリシアさん……!!」


 突然、フェリシアさんがその場で転んでしまった。

 そのままベティちゃんとレベッカちゃんも投げ出される。


「があぁぁっ!!」


 フェリシアさんの足は、完全に関節とは違う方向に曲がっていた。

 折れてしまっているのは医療に明るくないスピカでも分かる。


「があぁぁぁっ!! くそっ、一体何が────あっ!!

 スピカ2人を追いかけろ!!」

「……えっ!?」


 突然、フェリシアさんの横に横たわっていた2人が、森の中を引きずられていった。

 スピカが追いかけても、そのすぴーどは速くとても追いつけない。


「ベティちゃん……レベッカちゃん……!!」


 スピカが叫んでも、森の奥に引きずられていく2人は止まらない。

 やがて2人は森の奥に消えていった。


「2人、とも……!!」

「スピカ!! スピカ・セネット……!! いい。もう、追うな……」

「でも────」

「いいから追うな!! こっち来い!!」


 フェリシアさんに怒鳴りながらも、近くにあった木を杖の代わりにして立ち上がった。

 足が折れていて相当痛いはずなのに、どうしてそんなことが出来るんだろう────


「スピカ・セネット、こっちに来いよく話を聞け!

 今から私はあの2人を救出に向かう!!」

「えっ────むぐ……!?」


 その怪我では無謀だと思います、そう言おうとしたけれど、フェリシアさんに口を塞がれてしまった。


「何度も言わせるな、私は2人を追う!!

 貴様は村に戻れ!! 今日の夕方にはアデク隊の3人が到着するはずだ、戻ってこの事を伝えればエリアル・テイラーが軍本部に状況を伝えてくれる!」

「で、でもスピカも────」

「何度も言わせるな!! 今この足で村に戻るのは私にはできないことだ!!

 ここで全滅を選ぶか!? それともあの2人が少しでも助かる確率の高い選択をするか!?

 貴様なら分かるだろう!! リーエル隊長と私が今まで何を教えて来たっ!!」


 それを聞いて、スピカは頬を殴られたような気がした。


 そうだ、帰って伝えなきゃ────


 2人の命を救えるのは、今はスピカしかいないかも知れない。


「も、戻り、ます……」

「そうだ、死ぬなよスピカ・セネット!!」


 そういってフェリシアさんさは2人が消えた森の奥に入っていった。


 スピカは村に戻らないと────

 でも全身がぎちぎち痛んで、不安で恐怖で足はすくんで、今にもスピカみたいな弱い生き物は死んでしまいそうだけど────



「街ではあんなヒドいことしたのに、許してくれるのかな……?」


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