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帰りたい(77回目)  戻らないと


 慌てて門の方に駆け寄ると、村人達が集まって、もう人だかりが出来ていた。


「すみませ────んっ」

「通してくれ! 急いでるんだよ!!」


 村人をかき分けかき分け中心まで行くと、そこには確かに軍服の女性────いや、少女が倒れていた。


 パッと見た感じぐったりとしていて顔色も悪く、服も破けてボロボロである。


「だ、大丈夫なのかよ!?」

「大丈夫だ、意識は失っているが疲労によって眠っているだけみたいだ。

 目立った外傷もないし、命に別状はないだろう」


 彼女の近くにいた白衣の若い男性が、首元や呼吸、胸の音を聞きながらそう答える。


「えっと、貴方は────」

「あぁ、私はダリル、隣町の医者だよ。

 たまたま往診があってね、この村に泊まっていたんだ」

「あ、そうでしたか」


 それは運がよかった。小さな村ともなると医師も常駐しているわけではない。

 最悪セルマの応急処置だけに頼るつもりだったけれど、たまたまここにいて助けていただけるならそれに越したことはない。


「とりあえずこの子をベッドまで運ぼう。

 近くに私が借りている家があるから、そこまで運ぶのを手伝ってくれないか」

「分かった、アタシに任せろ」


 クレアがドクターとともに、彼の用意した担架を運んでゆく。



「フェ────フェリシア、さん……みん、な……」


 うわごとのように呟く声が、彼女から聞こえた気がした。



   ※   ※   ※   ※   ※



 Dr.ダリルとともに彼女をベッドまで運ぶと、すぐに馬を置いてきたセルマが合流して、彼女にも治療を手伝ってもらうことになった。

 “癒師いやし”は傷の回復を魔力で早めたり、とりあえずの応急処置をしたりすることは出来るけれど、正式な診断や緊急時の対応は医師の役目となるため、相互の連携が緊急時は重要となってくる。


「まぁ、そうはいってもこの子の怪我は大したことないんだけどね。そのうち目を醒ますさ」

「よかった……」


 確かに彼女の様子は先ほどと比べると血の気が戻ってきており、セルマのおかげで身体の傷も治り始めているため、先ほどのような痛々しさはない。


「それより私としてはこの子の患者情報を出来るだけ教えてほしいところだけど」

「あ、そうでした。この子の名前はスピカ・セネット、14歳か15歳だと思います」


 この子はリーエル隊のメンバーの一人、髪がピンクで他のメンバーの後をモジモジと隠れていたあの子である。

 あの時はきちんと見てなかったけれど、彼女の桃色の髪はさらさらでとても綺麗だが、腰まで伸びるほどの毛が多く、なんだか不便そうだった。


 正直話しかけてくれたのは最後に謝ってくれたときだけで、きちんとした会話もなしにあの場は終わってしまったので、3人の中では一番どんな人物かが分からない。


「それにしても、どうしてこの子だけ戻って来たのかしら?」

「んー、この子の持ってたリュック、ヒントになるかもって、中確認してみましたけど────」


 まぁ、勝手に開けるのは悪いと思ったが、そうも言ってられない状況なので、先ほどばばっと中身を見せてもらった。失敬。


「まぁ中に入ってた物は、ほとんどどれも私たちと変わらないですねぇ。

 化粧ポーチ2つ持ってるのとまぁちょっと、いいもの・・・・が多いか気がしましたけど」

「いいもの?」

「それより、これだけなんだか分からなかったんですけど」


 私はバッグの中から、革で出来たゴーグルのような物を取り出す。

 この道具はお目にかかったことのないものだ。


「あぁ、それは飛空師のゴーグルだな」

「飛空師の?」


 珍しく知識面で役に立ったのが嬉しかったのか、クレアは少し得意げに話し始める。


「あぁ、ドラゴンとかと契約した連中がとれる資格さ。

 何かに乗って空を飛んで移動することが多いと、眼を守るためにどうしてもそう言うのが必要なんだとさ。

 空飛んでるときの風はもちろん、自分の相棒の噴いた火で、自分のめんたまが燃やされちゃたまったもんじゃないからな。ただ────」

「ただ?」

「必要か? そいつに」


 なるほど。

 確かに、この子の周りにはドラゴンは見当たらないし、だったらなぜこんな物を持っているという話。

 いや、近くに精霊がいないだけかも知れないけれど。


「まぁ、これは戻しておきますね。目が醒めたらお話しを────」

「うっ、ううぅ……」


 すると、ちょうどいいタイミングで眠っていたスピカちゃんがうなり声をあげ始めた。


「あっ、目を醒ましたかな、ちょっと見せてくれ」


 先ほどからずっと私達の話を聞いていたドクターが、彼女の様子を素早く観察し始めた。

 流石よそから派遣されるだけあって、仕事には真摯な人のようである。


「スピカさん、見えるかな? 分かるかい?」

「こ、こ、は……?」

「目を醒ましたのね!」


 ゆっくりと、みんなに見守られながらスピカちゃんが目を開けた。

 そして周りの様子を伺い、まだハッキリとしてないような視界で辺りを見回す。


「ど、こ……?」

「あぁ、私は医者で、ここは私の間借りしている家だよ」

「みんな、は……?」


 スピカちゃんは、まだ周りの様子をつかみきていないようだった。


「スピカ・セネットさん覚えてますか?

 私たちはアデク隊のメンバーです。つい数時間前にここに到着しました。

 貴女たちリーエル隊の3人とフェリシアさんが、今朝山から聞こえる音の正体を探りに行ったと聞きました。

 しかし帰ってきたのは貴女だけ、しかも村に着いたとき貴女はボロボロでした」

「あっ────」


 私の説明を聞き、スピカちゃんは大きく眼を見開いた。

 どうやら寝起きの虚ろな記憶が戻って、意識がハッキリしてきたようだ。


「スピカさん、だから何があったか────」

「あ、あぁ……みんな、待ってるのに……はやく戻らない、と……うっ!」


 スピカちゃんは無理矢理ベッドから下りようともがく。

 しかし、まだ身体の自由がきかないのか身体を滑らせ落ちそうになったところを、ドクターとセルマに支えられた。


「待ってスピカちゃん、まだそんな動いちゃダメよ!」

「君の今の状態じゃ許可するわけにはいかない、まずは落ち着くんだ」


 2人がかりで再びベッドに押し込まれ、スピカちゃんも自身の身体の状態に気づいたのか、しばらくすると大人しくなった。


「ご、めんなさい……」


 そして俯き、今にも泣き出しそうな顔をする。


「ごごご、ごめんスピカちゃん! そんなつもりじゃ!」

「え、えと……悪いのはスピカだから……

 身体、治療してくれてありがと……先生も……」

「はいはい、私は医者だからね、気にすることはないよ」



 その後、私がキッチンを借りて紅茶を入れてくると、彼女はチビチビとそれをすすり始めた。

 膝の上にきーさんを乗せてやると、少し安心したように背中をなで始める。


 どうやら、大分気分が落ち着いたようだった。


「スピカちゃん、実は私まだ軍の方に連絡が出来ていないんです。

 貴女から何があったのか聞きたくて。よかったら教えてもらえますか?」


 スピカちゃんは少しためらった後、言葉を選ぶように一言ずつ話し始めた。



「え、えとね……スピカ、逃げて来ちゃった、の……」


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