3日間移動をして、私たちの乗る馬車はついにサガラ村の門の前まで到着した。
道中酔ったクレアのために2,3回馬車を停めたり、きーさんを撫ですぎて噛まれたことがあったりしたくらいで、他に大きなトラブルもなく到着することが出来た。
「着きましたよ-」
「んー、やっとね! 景色がいいわ!」
「そうかな……アタシの村もこんな感じだったぞ……」
クレアも馬車酔いは今のところ大分いいようで、あの調子ならしばらく休んでいればよくなりそうだった。
私達は馬車を降りて、門をくぐる。
ここからは歩いて行った方が、村の人たちへの心象はいいだろうし、何よりいつ村の住民が飛び出してくるかも分からない。
「うわぁ、立派な門ね。これ普段は開けるのも一苦労よ」
セルマが村の門を前にして、その豪壮さに口を開けて驚いている。
確かにこんな山の中には少し不釣り合いなほど立派な門が、サガラ村の入口に待ち構えていた。
「まぁ昔この村は発展してたらしいですからね」
このサガラ村は周りを山に囲まれた田舎集落で、かつては鉱山村として栄えたそうだ。
山を切り崩しては、屈強な男や精霊たちがヨルアクリョマ鉱石を掘り出し、それを街に運んでは皆の生活を豊かにする。
その様子は、大いに儲かりまくることからまるで、金塊をそのまま掘り出しているようだったとか。
まぁその栄光の衰退も、今はほとんど掘り尽くされた鉱山や、使用がほとんど禁止されたヨルアクリョマ鉱石が物語っている。
しかし閉山された山は使われなくなり鉱石を街に運ぶことはなくなったが、その名残がサガラ村という形で残っていた。
それでもつい最近まではそこそこ人もいたそうだが、去年の豪雨により、ほとんどがよそへ移住してしまったそうだ。
また、ほとんど自給自足を行っていたこの村は、現在野菜やらなんやらが育てられなくなったり、日用品の入手にも困っているため、こうして軍からの配給で今はまかなっているらしい。
それが、今回の任務のそもそもの始まり。
村人には失礼だが、「限界集落」という言葉がピッタリ当てはまるような村になってしまったわけだ。
「セルマ、門番さんに挨拶お願いしていいですか?」
「はいはい、門番さーん……あれ? エリーちゃん、誰もいないわよ?」
あれ、昔炭鉱だっただけあって村の門は結構立派なで、門番の1人2人くらいいるかと思ったけれど、そんなことも無いのか?
「おいおい不用心だな。全開にしてあるのに誰も見張ってないのかよ」
「うーん、確かに人口が少ないこの村じゃ、門の開閉も簡単にはできないでしょうから、そもそも門番が必要ないのかも知れないですけど」
でも、どうやら門番さんの控え所はあるし、普段から使われているような感じもする。
じゃあやっぱり今だけ門番さんが不在なのか?
「どうするんだ?」
「んー、勝手に入っちゃマズいでしょうし一回フェリシアさんに連絡とってみますね」
リュックにぶら下がっていたきーさんをどけて、中から通信機を取り出し、事前に教えてもらっていたフェリシアさんの番号に繋げる。
今までは通信機は任務の時はアデク教官が持っていたため持つ機会はなかったが、今回は私達だけの移動と言うこともありリーエル隊とうちの隊にそれぞれ通信機が配られた。
だから、今回は何かあったときに判断を仰ぐのもリーダーである私の仕事なのだ。
独断で動いて問題にならないよう、こういうことでも連絡は取っておくべきだろう。
「────うーん? どうもつながらないです」
いくら待っても、フェリシアさんからの応答はなかった。
手が離せない用事でも出来たのだろうか。
「しばらくここで待つのか?」
「今日の夕方には着くって分かってるはずなんですけど────ん?」
「どうした?」
なんだか、村の中が騒がしいことに気付く。
ただ賑わっているだけと言うより、人が集まって揉め事になっているような騒がしさだ。
「ちょっと自分いってこようかしら?」
「うーん、まぁ仕方ないですよね、お願いします。
とりあえず入村の許可だけでも取ってきてもらえるとありがたいんですけど……」
セルマはトテトテと走っていって、村の輪の中に入っていった。
どうやら村の人と他にも話をしているようで、しばらくした後頭の上に丸を付くって合図してきた。
「あ、入ってもいいみたいです」
「待ちくたびれたぞ!」
馬を連れて中に入ってゆくと、セルマと老人が一人こちらに歩いてきた。
「この方、村長さんなんですって」
「あ、初めまして。エクレア軍e-3級、エリアル・テイラーです」
「あーこりゃこりゃ、よく来たねこんな田舎まで。
へんぴな村だけど来てくれてありがたいよこりゃこりゃ。
馬小屋はこっちだよ馬もよく休ませるといいこりゃこりゃ」
こりゃこりゃが多いな。
「あのー、先ほど門番さんがいらっしゃらなかったみたいなんですけど、何かあったんですか?」
「それなのエリーちゃん、さっき村の人と話したんだけど────」
セルマが言いにくそうに話を切り出す。
「リーエル隊のメンバーとフェリシアさんが、まだ着いてないんですって」
「着いてない??」
先に街を出た4人は、確かにここに到着しているはずだ。
連絡が来てそれを私たちが受けて出発したのだから、間違いない。
「村長さん、本当に皆さんここに来てないんですか?」
「こりゃこりゃ言い方が悪かったの、こりゃこりゃ。なんというかのこりゃこりゃ山間からこりゃこりゃこりゃこりゃどんどん音が毎晩こりゃこりゃこりゃこりゃ続いて仕方ないもんだからこりゃこりゃ言うて若い軍人さんたちに頼んだらこりゃこりゃいけねえってこりゃこりゃ朝日つーつってのぼうたころにやっとこさこりゃこりゃ歩いて山に向かったんだけどもこりゃこりゃしてるうちにこんな時間になってしもうてこりゃこりゃ困ってしもうての」
「なるほど」
「分かったのか今の!?」
つまり、フェリシアさんとリーエル隊の3人は数日前、この村には確かに到着していたそうだ。
そこに、最近森の奥から不審な音がするため困っていることを、軍人であるフェリシアさん達に話すと、その調査をしようと願い出て今日の朝に森の中に入って行った。
しかし、それから今の時間になっても彼女たち帰ってきていないので困っていたと。
「方言がこりゃこりゃキツくてこりゃこりゃスマンの」
「あはは」
ていうかそれは方言ではないだろう。
私は訛りがキツくても会話できる能力があるから何とかなるけれど、普段こんな調子で大丈夫なのかな。
「さっき門番さんがいなかったのも、村のみんなでどうするか話し合ってたところだったみたい」
「こりゃこりゃ門番のヤツにはこりゃこりゃ帰ってきてもいいように、しっかり見張っておくようにこりゃこりゃ言っておいたからの」
「うーん、でもまだ帰ってこないんですよねぇ?」
しかし、あの4人が行方不明となるとそれはかなり困ったことになる。
試験の続行云々より、まず行方不明者の報告などをしなければならない。
『また、か……』
「え、なんだって?」
「いいえなんでも」
こうなったらすぐにでも本部に連絡をして、指示を仰がなければ。
少なくとも人が行方不明になっている以上、ぼやぼやしている暇はない。
「セルマ、馬車小屋にこの子たち預けてきたり馬車を片付けたりするのお願いしていいですか?
私は本部に連絡をして指示を仰ぎます」
「分かったわ、村長さん案内お願いします」
「こりゃこりゃ任せんさい」
セルマは素早く私と場所を交代すると、手綱を引いていった。
「あ、アタシは何をすればいい?」
「そうですね、とりあえず門まで戻って────」
「おーい」
呼び止められて振り向くと、向こうから中年くらいの男性がこちらに走ってきている。
余程急いでいたのか、滝のように汗を流しながら肩で息をしている。
「軍人さんが……帰って……来たっ!」
「本当ですかっ?」
「そ、それが────」
男性は荒い呼吸をなんとか整えながら、震える声で言う。
「それが、戻ってきたのは一人なんだ!!
しかも、傷だらけで帰ってきたと思ったら門の前でぶっ倒れやがった────!」