ガタゴトガタゴトと────ゆっくり積荷を引きながら、山道を走る馬車。
トンビの鳴き声が遠くに響いた以外は、とても平和だ。
「エリーちゃーん、後どれくらいで着くのー?」
「まだ出発したばかりじゃないですかー。着くのは明後日の夕方ですよ-」
「暇ね-」
「お昼になったら交代してくださいねー?」
二次試験開始、昨日の夕方リーエル隊の連中が到着したとの報告を受けて、アタシ達アデク隊も今朝街を出てサガラ村に向かい始めた。
ここまでの予定は順調、備品も全てしっかりと運べており、滞りはない。
でも全体を見ると一見順調そうに見えるけれど、この任務においてアタシは今、とてつもない危機に陥っている。
「そういえばクレアちゃん大丈夫?」
「だ、大丈夫……」
「時間は余裕あるんでこまめに休みますから、言ってくださいねー」
なんと、この二次試験、移動手段は馬車だったんだ。
そりゃ馬車を使うのは当然なのだけど、その馬車が苦手なアタシは、今物凄い馬車酔いで、吐くか吐かないかの瀬戸際を彷徨っていた。
幸いセルマが“酔い止めの魔法”という変わった技を使えるようになったことや、今回は薬を持ってきていたことで、多少前回よりは緩和されているけど。
「うぷっ……」
それでも辛い。目の前がグルグルして、今敵襲が来ても絶対に対処できない気がする。
「試験がこれほどまでに厳しいものだったなんてぇ……」
「はいはい、背中さすってあげるから静かに寝てなさい」
横になって、心を落ち着かせる。
セルマが背中をさすってくれているため、多少はマシになってきた。
それにしても、アタシはまだ馬車を操縦出来ない年齢とは言え、2人に任せっきりになってしまうのは申し訳ないな。
今、馬の手綱をとっているのエリアルは、猫を膝に置きながらボーッとしていてて暇そうだし、あまり負担にはなっていさなそうだけど。
それでも負担が続いてしまうのは申し訳ない。
「悪いな……運転任せっきりで」
「大丈夫ですよ、それに私たち2人が
「ど、どういうことだ?」
確かに2人で交代して手綱を持てばその分休めるだろうけだ、今エリアルは休んでいるわけではない。
むしろ、多少は気を張っていなければいけない立場だから、その点では一番負担になっているはず。
「そうじゃなくてクレアちゃん、リーエル隊の3人は、みんなクレアちゃんと同じ14歳か15歳なのよ」
「イヤそれは分かるけど……」
エリアルのように入隊してから時間が経ったわけでも、セルマのように「強化新入隊員」として年齢を重ねたわけでもない。
つまり全員が、アタシと同じ運転資格のない者達だ。
「ん? じゃあどうやって馬車で行ったんだ?」
「フェリシアさんの運転です、あの人は前半グループと一緒に出発したみたいですし」
「え、マジか」
なら、あの3人は村まで移動の3日間、みっちりフェリシアさんと同行することになる。
あの性格の人間と長時間一緒にいるというのは、かなりキッツいんだろうなぁ。
「たしかによかった……この状態でアレは辛い……」
「ですよねー」
そう思うと、なんだか少しだけ、体調もマシになった気がする。
これなら昼休憩まで馬車を止めなくても、何とか持つかも。
「セルマ……」
「なに? 吐くなら止めてもらうから言って?」
「違う違うってば、あのさ……」
言おうかどうか迷う、そして少し声を潜める。
この声量なら、エリアルには馬車の音で聞こえないだろう。
「あのさ、こないだ言ってた、今回合格しなきゃエリアルは軍脱退だって話────」
「あぁ、そうね、言ってくれなかったのはショックだけど、本人がそうしたかったのなら仕方ないわ」
「そう、なんだよなぁ」
この間のガイダンスは、エリアルにとっては辛いものだったのではないだろうか────それはこないだからアタシが心に留めていたモヤモヤだ。
今回の試験監督は少なくとも甘く採点を付けてくれる人じゃない、その上隠したかったことをみんなの目の前で言われて、その上リーエル隊からはあの仕打ち。
正直、アタシだったらキレていた。
「なぁ、詮索するなとは言ってだけど、エリアルをああやってバカにしてまで隠さなきゃイケない事って、なんだったんだろうな?」
「そんなのあるわけないじゃない、どんな理由があれ、あの方法は間違いよ」
キッパリとセルマは言う。それはアタシも思う。
でもそれは相手の3人も謝罪してきて、本人が納得したものだったから言っても仕方ない。
「あの時もっと怒ってよかったのかなぁ……」
「そうね、エリーちゃんがいいって言ってるんだから、何も言わないのが正解だった気もするけど……」
多分、セルマも同じ事を考えているだろう。
仲間があんな風にバカにされたら、本当ならもっと怒ってもよかったはずだ。
エリアルから何かしたならともかく、あの状況ではただの嫌がらせ以外の何物でもない。
でもアタシが、セルマもそれをしなかったのは────
まぁまぁと、止めるエリアルに従うしかなかったのは────
「罪悪感があったんだ、アタシ達に」
「そうね……」
かつて、アタシはエリアルと初めて会ったとき、アイツに暴言を浴びせた。
「お前がこの隊でも特に腑抜けなんだよ!
新人の間でも噂になってるぞ!
『普通なら1年もあればdランクに上がれるのに、2年もfランクの雑魚軍人』ってな!」
我ながら今思い出してもヒドいものだ。
初対面の人間にいきなりあの態度は、相当入隊で緊張しておかしくなっていたとしか思えない。
それにセルマも、ついこの間エリアルに2年間もしたっぱをしていることをバカにする発言をしてしまったと、本人が反省していた。
セルマの時はまぁ、エリアルも悪かったとしても、それぞれがそれぞれ一回ずつエリアルを傷付けている。
前にそんなことを言ってしまった身としては、どうしてもあの場でエリアルの弁護をする、と言う自分自身に引っかかりを覚えてしまったんだ。
「なぁ、セルマ────」
※ ※ ※ ※ ※
その後も一日中馬車で移動し続け、その日の夜は森で野宿することになった。
まぁ野宿と言っても馬車の中にアタシたちの寝るスペースならあるし、雨も降ってないので馬が濡れる心配もない。
もし天気が悪かったり危険な森だったりしたらもう少し距離を進んで、宿屋のある街まで行かなければならなかった。
でもどんな輩がいるか分からない街で物資を持ったまま寝泊まりをするより、もしかしたらこちらの方が安全かも知れない。
「はーい、夕食出来たわよー」
「ありがとうございます、はいクレアの分。
体調、どうですか?」
「おかげさまで大分いいよ」
たき火を囲みながら、鍋で作った夕食のシチューを受け取る。
夜の冷たい匂いと森の緑の匂いに、たき火とシチューの香りが混じって、なんとも言えない暖かさが胸の中でジワジワと響いてくる。
なんだか、試験中なのにキャンプに来ているみたいだった。
「あっつ!!」
「わ、クレアちゃん大丈夫!?」
ボーッとしすぎて、アツいシチューを冷まさず口に突っ込んでしまった。
舌の上がヒリヒリする。
「もう、なにやってるの」
「つぅ~────あ、でもこれ味はいいな」
「でしょ? エリーちゃんが材料は用意しておいてくれたのよ」
「そうなのか」
今度は冷まして、一口一口味わいながら食べる。
コクとまろやかさが喉に染みいる。
野菜も言い大きさに切られているので食べやすい。
舌の上を火傷してても、充分に美味しいシチューだ。
「作るの早かったな」
「あー、それはあらかじめ野菜を切っておいて、鍋に水と一緒に突っ込んで煮込むだけにしてあったからですよ。
それならゴミも出ませんし早いんです。
あとはセルマの手際がよかったからですかね」
「ちょっとやだエリーちゃん!」
セルマはまんざらでもなさそうに恥ずかしがる。
確かに料理が出来るて言うのは軍にとっては一つの必要なスキルだ、それが出来るエリアルとセルマは強い。
アタシもいつか、まともに出来るように練習しなきゃ────
「そうだクレアちゃん、気持ち悪くなるといけないかと思って、少し薄味にしてみたの。
いつもはチーズとか入れて煮込んでも美味しいんだけど、どうだったかしら?」
「ちょうどいいよ、今度アタシにも作り方教えてくれ」
2人のおかげで、今回の試験では困ることはなさそうだ。
迷惑かけた分、洗い物くらいはアタシがやろう。
「あ、そうだ。今のうちに明日の予定確認しておきましょう」
「おう」
アタシ達はエリアルを真ん中にしてくっつき合う。
なんだか押しくらまんじゅうのようだ。
「明日も朝からセルマと私で交代しつつ手綱をとって、サガラ村を目指します。
途中休憩を挟みつつ、明後日の夕方に到着。
次の日リーエル隊と物資チェックをして、村の人に明け渡け渡し、それで終了です」
「了解、何かに襲われたら任せろ、アタシが闘ってやる!」
「クレアちゃんは酔ってて闘えないでしょう?」
アタシの宣言に、セルマが笑い声を上げる。
「なっ、失礼な!! 酔い止めだってあるし明日は大丈夫だからな!!」
「どこから来るのよその自信!!」
「本当ですね」
今度はエリアルまで笑い始めた。
まぁ、アタシからしたら不本意な笑いではあるけど、ここで抵抗しても仕方がない。
本番が来たら、活躍を見せてやるまでである。
「分かりましたよ、いざとなったらお願いしますね、クレア」
「おう、任せろ」
※ ※ ※ ※ ※
その後、アタシ達は特にすることもなく早々に寝ることにした。
まぁ街と違い、物が溢れているわけでもない。
そんな中でムリして夜遅くまで起きているより、さっさと床についた方が明日のためにも良いというわけだ。野宿だけど。
「…………」
2人とも寝袋の中に入って、静かに息をしている。
セルマはもう寝ているかも知れない。
少なくともまだ起きている感じはないな。
エリアルの方は────まだ起きているだろうな。
その手が、ゆっくりとパートナーの猫をさすっている。
「なぁエリアル、アタシ達話し合ったんだ」
「何をですか?」
半分ウトウトしたような、半分聞いているような、そんな虚ろな口調でエリアルが答える。
「こないだ、フェリシアさんが言っていたこと……
今回合格しなきゃ軍証剥奪だって」
「あぁ……」
それを聞いたとき、アタシは思い知らされた。
あんな風に必死こいてエリアルに手伝ってもらい、やっとこさ一次試験に合格したアタシだけど、本当は余裕があったんだ。
ダメなら次受ければ────それがダメならその次受ければ────ある程度は融通が効く。
でも、エリアルにはそれさえなかった。
今回落ちたらそれで終了、本当は合宿の一週間だって自身が勉強するために費やしたかっただろう。
それでもアタシとの勉強に付き合ってくれたのは、アイツがお人好しだからか、それとも────
「まぁ、みんなに言うほどのことじゃないじゃないですから」
「いや、エリアルが遠慮して伝えなかったってのも分かってる。
言いたくなかったのも────アタシ達みんなで合格したいと思っていてくれているのも理解してる。
リーダーとして重みを感じてることも────知ってるつもりだよ」
そんな思いを抱えながらも、アタシ達の小隊のリーダーとしてやって来てくれたエリアル。
もしリーダーが自分なら、ここまでの務めは果たせていなかった。
「何で今まで隠してたんだよ、それくらい言ってほしかった」
と、言いたい気持ちもある。
「アタシらが言い返してたら、エリアルお前はどう思ったんだよ」
問い詰めたい気持ちもある。
でも、それを全部ひっくるめてエリアルに伝えるのなら、アタシは────
「なぁ、今回必ず合格しよう」
絶対合格して、アタシ達3人が笑えるような結果にしてみせる。
馬車の中でセルマと決めたその決意こそが、今のアタシ達に出来る最大限のお礼やお詫び────そして激励だった。
「だからエリアルも────ん?」
もう少し続けようとして、違和感を覚える。
慌ててエリアルの方に這っていって顔を見ると、当の本人は、もう寝息を立てていた。
「ちっ、なんだよ……聞いてなかったのか」
まぁいいか、言いたいことは言えてスッキリしたし。
もう寝よう、アタシは寝袋を深く被り直して、明日のために眠りについた。
そして眠気でぼやける意識の中、たった一言誰かが呟いたような気がした。
「ありがとうございます────」