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帰りたい(74回目)  ガイダンス


 一次試験を合格した私たちは、次に二次試験を受けることになる。

 試験の内容は実地試験。けれど詳しい内容は毎回異なるため、試験官から説明を受けるまで私達は把握することが出来ない。


 つまり、この間のような「したっぱ歴のアドバンテージ」は、ほとんど通用しないのだ。


「き、緊張するわね……」

「ここまで来たんだ、アタシはやるぞ……」


 本日は、その二次試験のガイダンスのために、訓練場の会議室に私たちは集まっていた。

 ここで試験の内容や流れの説明を受けるため、自身の運命も左右する発表が今から行われることになるのだ。


 セルマとクレアが緊迫した面持ちで席に着いているいるので、そのピリピリとした緊張感から、私までソワソワしてしまいそうだ。



「あ、もう他の子たち来てるよ、間に合ってよかった」

「スピカ、急いでよ」

「うん……」


 しばらく待っていると、私たちと同じくらいの年齢の女性軍人3人組が、会議室に入ってきた。

 栗色の短い髪の子、自然な感じの緑髪の子、そして背が小さくて桃色の髪をした子の3人だ。


 そういえば、二次試験は他の隊の子たちとも合同で執り行うことがあるらしい。

 ここにいるということは、つまりこの子たちも私たちとガイダンスを受ける、いわば同士のようなものなのか。


「お、おおはようございま───ふ」

「あらら」


 緑髪の子────この子がおそらくリーダーかな────がこちらに挨拶に来た。で、噛んだ。

 そして気まずそうに苦笑いしてから、また仕切り直しす。


「お、おはようございます! えっともしかして皆さんも────」

「そうよ、自分達も二次試験を受けるの」

「そうなんですね!! 私たちリーエル隊の第58番小隊です。よろしくお願いします!」


 リーエルさんの隊の所は大所帯なので、小隊だけでも60はある。

 その中でも彼女たちは新人なので末席の方の小隊に当たるらしい。


 新入隊員だけでも毎回数十人は試験を受けるので、きっとリーエルさんも大忙しだろう。


「貴女達は?」

「えっと……自分達は────えっと……」


 相手の挨拶を受けて、セルマが挨拶を返そうとするが、言葉に詰まる。


「エリーちゃん……あのぉ……」

「セルマ、うちはまだ隊が他にないので1番小隊です」

「あ、アデク隊第1番小隊……よ?」


 普段正式に名乗る機会がないので最後が疑問系になった。

 どうにも格好付かない自己紹介である。


「え、うそアデク隊!?」


 しかしその自己紹介以前に、相手の3人が動揺し始めた。

 なにかアデク隊であることがイケなかったのか?


「うそ、ちょっとマズいよスピカ」

「え、えっ……と」


 先ほどから、一番内気そうで隅でモジモジしている桃色の髪のスピカという子が、2人の後へ下がっていった。

 そして2人も、その子を庇うように前に立って私たちの視界を遮る。


 スピカちゃんは背が一番低いため、すっぽりと私たちの視界から消えてしまった。


「何なんだ、アンタら?」

「え、えー……」


 不快な様子のクレアが、けんか腰で相手の子たちに突っかかる。

 リーエル隊の2人は、それに対してはとにかく目を逸らすばかりだ。


「まぁまぁ、クレアあんまりけんか腰にならなくても」

「だって、いきなりこんな態度とられたら怒るか、理由を知りたくなるか、二つに一つだろ。

 それか両方か────」

「まぁまぁ」

「あーーー、そう、君だよ君!!

 そっちのチームの眼が死んでる子!!」


 向こうの隊の1人、茶髪の髪の子が私に指を指している。


「私ですか?」

「そう、君! 君2年前からしたっぱだったんだよね!!

 一緒に受けたくないなーって話してたんだよ!!」


 何か思い付いたように、急に突っかかってきた栗色の彼女。

 言い方からして、何かをごまかしている感じだけれど、私としてもその言い方は少し不快だ。


「あのぉ、それはどういう────」

「おい、そんな言い方ないだろ!!」

「そうよ!!」

「え……あ、ごめ……」


 私の声を遮って、クレアとセルマが立ち上がって抗議する。

 先ほどまでうまくいきそうだったのに、最早場は一食触発だ。


「そもそも何なんだよアンタら、アタシらやエリアルがなんかしたのか?」

「いや、してないけど……」

「じゃあ何なのよヒドいじゃない!!」

「その……」


 私を庇ってくれる2人だったが、このままではエスカレートして喧嘩になりかねない。


「ベティ違うでしょ!」


 その様子に慌てたリーダーの子が、ベティと呼ばれた栗色の子を制する。


「すみません、いきなりシツレイな事を────」

「本当だ! いきなりどう言うつもり何だあんたら!」

「エリーちゃん、貴女もなんか言わないと!」

「えーっと」


 それよりも、私は別の事が気になっていた。


 確か、そこのピンクの髪の子、スピカちゃんと言ったか、この子どこかで────


「あの、貴女どこかで会いましたっけ?」

「「「えっ!?!!?!?!!!」」」


 リーエル隊のメンバーが、揃って顔が青ざめた。

 あ、何か触れたらマズいことでもあったのだろうか。


「すみません、その──なんか引っかかってしまって」

「いや、ええっと……」

「えーっと────勘違いでは?」


 3人がオドオドとし始める。

 見れば分かる、どうやら彼女と私は無関係ではないらしい。


「ちょっとすみません」

「え、えぇ……!?」

「んー」


 しかし近寄づいて彼女を観察してみても、あともう少しのところで、どこで会った誰なのかが思い出せない。


「うーん」

「う、う……うぅ、恥ずかしい……」


 覗き込もうとすると、その度にガードの2人の影に隠れて、中々顔を見せてくれない。



 そしてそんな一悶着をグダグたくり返していると、突然教室のドアが勢いよく開け放たれた。


「うるさいぞ貴様ら! 静粛にしろ! 口をつぐんで待ってることもできんのか!!」


 そこに立っていたのは、私たちよりもきっちりと軍服を着た、女性隊員だった。


 あー、この人が今回監督を務めるのか。

 私はこの先輩とと面識がある、彼女なら試験官には適任だろう。


「席に着け!! リーエル隊もアデク隊も早くしろ!!」

「あ、フェリシア教官!? すみません!!」

「すぐ着きます!」


 リーエル隊のメンバーは脱兎の如く自身の席に着く。

 彼女たちとは話し足りないが、今はやって来た先輩の命令に従うしかなさそうだ。


「まったく、アデク隊は3人とも遅いぞ、一体何を今まで習ってきた!!」

「きゃっ! す、すみません……」


 アデク教官はそう言うことに厳しい人ではないため、私たちはこういう厳しい指導になれていない。

 セルマも、ついつい圧に押されて萎縮してしまっている。


「まぁいい────今後困るのは貴様らだからな!

 それより、今からヘクトル王歴32年第2回d級昇格テスト二次試験のガイダンスを始める!

 私はリーエル隊所属、b-2級のフェリシア・オーデッツだ!!」


 大声で叫ぶフェリシアさん、相変わらず業務中は常に大声量だな、この人。


「よ、よろしくお願いします」

「お願いします……」


 各々に挨拶を交わす。相手が相手だけに、みんな恐る恐るといった感じだ。


「もっと気合い入れんか!」

「は、はぃ!」

「まぁいい、今回の二次試験の内容説明を行う!

 貴様達が行う実地試験の内容は『物資輸送』だ!!」



 試験の内容は、簡単に言うとこうだった。

 まず、リーエル隊のメンバーが、物資の半分を乗せた馬車で、街から3日程度のところにある物資輸送先のサガラ村と言うところまで行き、そこで待機する。


 そして一日遅れて、私たちアデク隊がもう半分の物資を運び、サガラ村でリーエル隊と合流する。

 その後、2グループで物資の確認を行い、そこの村人に物資を渡す。


 確かに全て届けられたことが確認されれば、任務は成功、晴れて私たちの試験は合格となるわけだ。



「なんていうかその……」

「簡単だな」


 説明を聞き、2人は不安げにそう答える。

 そりゃあ確かに今までの私たちは、敵と戦ったり密猟者を捕まえたりと、バイオレンスな任務ばかり行ってきた。


 でもそれは私たちの運が悪かっただけで、本来ならこのような仕事が私たちの本分なのである。


「馬鹿者がっ! 貴様らは『物資輸送』を舐めてるな!?

 この物資は、今年の農作物不作と土砂災害により食料の備蓄がなくなったサガラ村の人々に物資を届けるのが役割だ!

 貴様らの運ぶ物資で、サガラ村の人々の運命が決まるのだ!

 それにかなりの危険も伴う任務だ、簡単などとは二度と口に出すな!!」


 フェリシアさんは今までで一番の音量で怒鳴り散らす。

 この距離でも耳がキンキンする。


「す、すみません……」

「それと、エリアル・テイラー!!」

「あ、はい」


 今度は名指しで、フェリシアさんは私を呼んだ。

 今日はよく名指しされる日だなぁ。


「貴様は今回の昇級試験で合格できなければ、隊員章は剥奪となる、そのことは分かっているな!?」

「あ、はい分かってます」

「ならいい。では────」


 フェリシアさんはそれ以上は深くは追求せずに続きに入ろうとした。

 しかし、それを黙っていなかったのがセルマとクレアだ。


「ちょっと! そんな権限フェリシア教官にはないでしょう!?」

「そうだ、何回受けようとエリアルの勝手だろう!!」


 私を庇ってくれる2人の気持ちは嬉しい。

 しかし、とても申し訳ないけれもそういうことじゃない。


「何を言っている貴様ら、これは私の権限ではないぞ!?

 れっきとした軍の決まりにあるものだ!」


 そう言ってフェリシアさんは手元にある冊子をセルマに突き出した。


「アンダーラインのところを見てみろ!」

「わっ────えーっと、『尚、この試験の合格点に充たない者、又は試験を受けることができない者であり、尚且つ本軍に二年と半年以上所属している者は、無条件に軍所属の権利剥奪となる』ぅ?」


 聞き慣れない文字列に、クレアは首をかしげる。


「こんなことも理解できんのか?

 つまり、2年と半年したっぱを続けると時間制限を超え、軍から追い出されてしまうわけだ!

 本来ならこの試験合格前にエリアル・テイラーにはその期間が来るが、どうやら一次試験がそれより前に合格しているため、二次試験に合格すれば軍には留まることが出来るそうだっ!

 しっかりと受験対象期間はこの要項にも書いてあるぞ、馬鹿者が!」

「うえぇ……」


 そこまでしっかりと説明されてしまっては、2人も引き下がるしかなかった。

 私のために怒ってくれた手前、なんだか申し訳ない。


 ただ、これはその事実自体は私も把握していたのだけど、二人に心配かけたくなかったため黙っていた私の責任だ。

 もし二次試験に落ちれば、普通ならまた次の機会にでも一次からやり直せばいいけれど、私の場合「試験の合格点に充たない者、尚且つ本軍に二年と半年以上所属している者」に該当してしまうため、強制的にこの軍から追い出されてしまう。


 つまり、私にはもう後がない────


「しっかり要項は読んでおけ、本番で聞いていなかったは通用せんぞ!!」

「す、すみません……」

「本番までに全員その要項をしっかり確認しておけ!

 下手なミスで受験資格を失っても損をするのは貴様らだ!」

「はい……」

「そしてアデク隊、貴様らと次に会うのはサガラ村だ!

 せいぜい物資を運ぶことに専念するんだな!! 解散!!」


 そう言い残すと、また大きな音を立ててフェリシアさんは部屋を出ていった。

 相変わらず元気な人だなぁ────


「じゃあ私たちも帰りましょうか」

「あの────」


 退室の用意を始めると、向こうの小隊リーダーの子がこちらにそろそろと近付いてきた。


「先ほどはうちのベティがすみませんでした。ほらベティ謝って」

「ご、ごめん……」


 緑髪の子が、栗色の髪の子────ベティと頭を下げる。

 どうやら向こうのリーダーの彼女は話が通じる子のようだ。


「いえいえ、何か事情があるんですか?」

「えぇ、まぁそのことなんですが……

 出来ればあまり詮索されたくない────と言うか」


 その言葉にクレアの表情がまた険しくなったが、私はそれを制した。


「分かりました、そちらの隊にも事情があるんですね」

「えぇ、あまり深く知ってほしくないかな。

 とくに貴女には────」

「私ですか?」

「あ、すみません今のも忘れて!」


 口を滑られたのか、彼女はまた慌てる。


「とにかく分かってくれてありがとうございます。

 二次試験お互い頑張りましょう」

「あぁ、はい」


 するとさっきから2人の影に隠れているスピカちゃんが、ひょこっと顔を出した。


「え、エリーさん、ごめん……ね」

「え、えぇ────はい」


 そして3人は軽く会釈をすると、そそくさと帰ってしまった。

 なんだか、キツネにつままれたような気分だった──何がどうなってるんだ?


「ちょっと何あれ、リーエル隊って、うちの隊にもエリーちゃんにも厳しすぎない!?」

「あれはかなり不快だった、エリアルもなんか言い返してやればいいのに」

「いやぁ、言い返せるほどの言葉の武器がないですし」


 それに、リーエル隊の新人達が言うように、私が周りから見て落ちこぼれなのも事実だし。

 実際2年半までこの試験が受けれなかった人は前代未聞らしいし、間違ったことは言っていないのである。


「それにほら、フェリシアさんだっけ? いくら教官だからって、威張りすぎよ!!」

「アデク教官は少なくとも、あんな言い方はしないよな」

「あんな人凱旋祭じゃ見なかったわ、きっとあの時自分が出れなくて、ひがんでるのね!」

「それは違いますよ、フェリシアさんの言うことは、あくまで公平公正です」


 彼女ももちろん、この間の凱旋祭で話題になってしまった私たちに対する妬み嫉みはあるのかも知れない。

 しかし厳しいことは言いつつも、フェリシアさんの説明は分かり易かったし、言わなければいけないこともきちんと私たちに伝えていた。


 少なくとも私の知っているあの人は、業務や私怨を自分の判断でごちゃ混ぜにするような人ではない。


「そ、そうかしら? 自分は気に入らないわ」

「あの人なら、少なくとも平等に見てくれますよ」


 フェリシアさんは、リーエルさんがいないときは代わりに新人達の教官を務めることもある程の人物だ。

 直接教わったことはないけれど、やはりリーエルさんからの信頼も厚いらしい。


 良くも悪くも軍人然とした性格の人なので確かに評判はよくないが、少なくとも悪い人物ではない。


「まぁ、なんとかなるようにしかなりませんて」

「そうねぇ、そうかも知れないけど……」


 不満そうなセルマ、それにクレアも納得がいってない様子だ。


 詮索はしないと約束はしたが、リーエル隊の子たちの言動も少し引っかかる。

 2次試験も、何だか波乱に満ちたものになりそうな予感がしてきた。


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