と、言うことで私は合宿を計画した。
「ここ、エリアルの部屋か?」
「そうですよ、ここで一週間3人で勉強して合格を目指しましょう」
正直
クレアが合格するのならば、それくらいの犠牲は私も払うつもりだ。
「以外と広いお部屋に住んでるのね──え、お部屋で靴脱ぐの?」
「ここならギリギリ3人生活できるな」
「目的は合格ですからね? 私の部屋で遊ぶわけじゃないですからね?」
「分かってるよ、ここまでエリアルがしてくれたんだ。一週間本気出すよ」
どうやらクレアはやる気満々なようだ。
そのやる気が空回りしないようにするのも今回の課題になるかも知れない。
「なんか自分までお邪魔しちゃって悪いわね」
「ホテルとかでもいいかと思ったんですけど、お金もかかるし、ここなら生活環境も揃っていますから」
私の部屋ならキッチンや寝るスペースもあり、市場や大衆浴場も近い。
生憎、勉強に集中するのに最適な場所というわけだ。
「じゃあ、まずは昨日やった過去問から確認していきましょうか」
「おう!」
で、クレアの昨日の回答を見てみた。ヒドかった。
まず真っ先に外すだろう、と言う答えを積極的に選びに行っていることも多々ある。
「なんでこれ選んじゃうんですか……」
「え、だって分かんなかったし」
「しかも途中から考えるの止めましたね?」
「げっ、何で分かったんだよ」
クレアは、途中から全て3にマークをしていた。
3に何の魅力を感じてるんだこの人は。
「クレア、3にマークするのは確かに確率高そうですけれど、考えなきゃどうにもなりませんよ」
「わ、分かってるけど……」
これは、よっぽど授業中アデク教官の話を聞いていなかったらしい。
まぁ私もそんな集中している方じゃなかったけど──そう考えると、真面目に聞いていたのはセルマだけ。
教官にやりがいのない仕事をさせてしまったものである。
「ん? でもエリーちゃん、ここだけ3じゃないわよ?」
セルマに差し出されたページ。
確かにクレアが諦めたはずなのに3以外に答えを書いている、しかも合っている。
「あれ、クレア凄いじゃないですか」
「へ、何が?」
「計算の問題は全部正解ですよ」
「え、うそ!?」
セルマが喰い気味に回答をひったくる。
確認してみると、やはり計算問題だけは全て合ってた。
「アタシ計算は得意だからな」
「うそ……ここって自分も間違えたところよ……」
クレアに先を越されたセルマは、ショックを受けていた。少しクレアに失礼だ。
「まぁ、じゃあここ数年は出題基準も変わってないので、とにかく過去問をやって答えを覚えていくしかないですね。
私たちの使ってる教科書もそんなに厚くないですし、勉強していきましょう」
「おう!」
「じゃあ一日8時間を目標に────」
「はっ、8時間!?」
クレアは驚きの声を上げる。8時間という長さは、クレアには過酷すぎるらしい。
「そうですよ、本当は倍やりたいところなんですけど」
「それだけで一日ほぼ終わっちゃうだろ!」
「しょうがないわよ。術師試験の時は自分もそれくらいやってたわ」
「ま、マジで……?」
受かるためなら、一週間くらい我慢してもらわないと困る。
しかし先ほどまでの気合いも虚しく、クレアは意気消沈していた。
「か、帰りたい……」
「エリーちゃん、クレアが死んだ魚の眼になってるわ」
「わー、お揃いですね早く始めましょう」
そもそも、私たちはこの時期はあまり忙しくないため一週間はテストに集中できる。
この合宿でセルマはやることが山積み、セルマは目標合格点に。
私だって油断できないはずだ。
「一週間、面倒くさがらずにがんばりましょう」
※ ※ ※ ※ ※
こうして私たちは一週間私の部屋でみっちり頑張った結果、何とかテストを終えることが出来た。そして本日、その結果が帰ってくる。
私たちはアデク教官の来る前の教室で、ソワソワと彼が結果を待ってくるのを待っていた。
「緊張するわね……」
「きっとセルマは大丈夫ですよ」
セルマは合宿中も、それはもう集中して、黙々と勉強に励んでいた。
私もあの集中力は見習いたいものだ。
「クレアも、合格してるといいですね」
「うん……」
いつも元気な彼女だが、そう静かに返事をしつつもあまりはしゃぐ様子がない。
クレアの直前の過去問では結果が79点、なんと一週間でここまで成長しただ。
もちろんそれは凄いことなのだが、合格点には足りないため、その数点はクレア自身の本番の強さに賭けるしかない。
「ごめんな、問題用紙は提出じゃなかったのに、どこにマークしたかチェックするの忘れてて……」
「いいんですよ、本番緊張しましたもんね」
「エリアル……」
まぁ、遅かれ早かれ結局は今日結果が分かるのだ。
むしろそれ以外で最初の時のような決定的なミスはしていないはずだとクレアは言っていたので、それを私は信じたい。
「おーっす、おはようお前さん達。
今日は回答だけ返して終わりだからな、早く帰れるぞ」
教室の扉を開けて、アデク教官が入ってきた。
機嫌はいいように見えるが、最初からクレアのことは見捨ててた人、普通彼女のことは考えてないだけかも知れない────どっち?
「じゃあ早速テスト問題返していく」
アデク教官は封筒から紙を3枚出すと、それに軽く目を通した。
「じゃあまずエリアルから────97点! ケアレスミスざまあ!」
「何でこないだから私にだけ当たり厳しいんですか」
しかし────ここを間違えてしまったか。
アデク教官にしてみたら、余裕しゃくしゃくだった私がこんな単純なミスをしてさぞ鼻で笑いたい気持ちだろう。
「そしてセルマ、93点。合格だ」
「やったぁ!!」
ルンルンと上機嫌で解答用紙を取りに行く。
「よしよし、頑張った頑張った。お前さんくらい新人として模範的な方が、生徒としては可愛いよ」
「へへへ」
やはりセルマには甘い。この違いは何とかして欲しいものだ。
「じゃあ最後クレア」
「は、い……」
そしてついに、緊張の時がやって来た。
この一週間、クレアは本当によく頑張ったと思う。
寝る間遊ぶ間はもちろん、食べる間も惜しんで私に質問してきたり、積極的に問題も解いていた。
テスト前日だけは睡眠も欠かさなかったし、本番の彼女は体調も万全だったはず。
でも、合格出来る確立は5分5分と言ったところか────人生のターニングポイントだ、頑張れクレア。
「クレア────85点!!」
「うそ!? ま、マジか!?」
解答用紙を見せてもらうと、確かにその点数だった。
このテストは85点以上が合格なので、クレアはギリギリ合格点に達したことになる。
「いやぁ、マジでビックリした。
ギリギリのかきこみでこれだけ取れるんだ、普段どれだけオレの授業集中してないか分かるな」
アデク教官もそんな嫌味を言いつつ、ホッと息を吐いているのを渡しは見逃さなかった。
「クレアちゃんおめでとう!!」
「おめでとうございます」
「あ、アタシホントにやったのか……?」
本人はまだ現実を受け入れられていないようである。
まぁ、無理もないか、それだけ緊張してし、それだけ絶望的だったんだから
「よく頑張りました」
「ほ、本当に────? 本当に本当にか!? 本当に本当に本当に本当にか!?」
「本当に本当にですよ」
「やややや、やったーーー!! やったやったーー!!」
「わぶっ」
興奮のあまりクレアが抱きついてきた。
けっこうな腕力で締め付けてくるので、首が折れそうだ。
「痛い痛い、痛いですよクレア」
「ありがとう────エリアル!! あとセルマも!! ほんとうに!!」
こんなに全身で喜びを表現しているクレアは初めて見た。
「よかったわね、クレアちゃん!!」
「
最後には、涙まで流し始めた。
私もそれを見て、ホッと息を撫で下ろす。
どうやら、この一週間が無駄にならずに済んだようだ。
しかし、これは1次試験の合格。2次試験は私にとっても未知のテスト、まだ折り返し地点だと言うことを、忘れてはいけない。
「よかったな、じゃあオレはこの辺で」
アデク教官は、問題用紙を渡すとそそくさと帰ってしまった。
そんなに早く帰りたいらしい。
「あ、2人とも。私アデク教官に用事があるんで先帰っててください」
「えー、お祝いにどこか食べに行きましょうよー」
「分かりました、すぐ戻ってきますね」
私は扉を開け、アデク教官を追う。
ちょうど訓練場を出ようとするところで、彼に追いついた。
「あの────アデク教官」
「ん? どうした、早く帰りたいんだけど」
「最初の時、どうしてあんな嘘をついたか、教えてくれませんか?」
「うそ……?」
教官は心当たりがないような顔をする。
でも、私は決定的な矛盾に気付いてしまった、それは最初の過去問の時────
「うん、クレアのミスは32問目から45問目。
一つ上に書きたい回答書いたみたいだな」
「ならよかった、もうちょうっとマシな点数に────」
「いや、ズレてた方が点数高かった。運がよかったな」
「ああぁぁぁーー!!」
この会話、おかしい。マークシートの問題で、それが分かるはずないのである。
もし問題用紙と解答用紙、両方ともアデク教官の手元にあったら、もちろん教官もミスに気付くことが可能だっただろう。
しかし、私たちから教官が受け取ったのは解答用紙のみ、そこには無造作に番号にチェックが付けられているだけだ。
もし正答率が高い人がマークミスをしていたら、明らかに一問ずつズレている、と言うことが分かるので納得できる。
しかしあの時のクレアのように正答率が低いのにそれがズレていることが分かり、あまつさえ「マークミスした方が点数が高かった」と言うことは、あの場では絶対に分かりっこないのだ。
「私も合宿中クレアの問題を見て気付きました。どうしてあのような嘘を?」
「あぁ、お前さんは気付くかもとは思ったよ。
それを見越して敢えていわないだろうとも」
アデク教官は、納得したように目を細めた。
「特に深い意味はねぇよ。ただクレアはあの点数だ、あぁいうタイプは焚きつけるしかないと思ったんだ」
「焚きつける?」
「そうさなぁ……」
アデク教官は珍しく、言葉を選ぶように丁寧に話し始めた。
「あいつは案外頭のいい奴だが、それを普段自分の興味のあることにしか使わねぇバカだ。
しかもめんどくさいことに、悔しい気持ちをバネにするタイプだろ?
あそこでドン底に突き落としてやれば、少しはマシになるんじゃないかと思ってな」
「そうだったんですか」
危険な賭けだ────と思ったけど、クレアのことをよく観察したうえでアデク教官はそうしたのだ。
私の助力はあれども結果として伴っている、文句は言うまい。
「ま、オレにバカの気持ちは分からねぇけどな。入隊3ヶ月で普通に合格したし」
「あぁ、そうですか────」
嫌味だなぁ──これさえなければいい話なのに。
しかし、あのアデク教官の一言は、この一週間かなりクレアのモチベーションに繋がっていたことを、一番近くにいた私は知っている。
こんな方法だったけれど、私はしっかりと私たちを見ていてくれた教官に、お礼を言いたかった。
「何でお前さんが礼なんて言うんだよ。
それに、本人にバレるとめんどくせぇから、他には言うなよ」
アデク教官は、手をふりながら訓練場を出て行こうとする。
そうだ、最後にもう一つだけ、聞き忘れていた────
「アデク教官、どうして私の点数には文句言ってたんですか?」
「普通にムカついた」