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帰りたい(72回目)  過去問


 昇級試験────軍人として一人前になる転換点。

 長年底辺f級でくすぶり続けた私にとっては、今まで自分を追い越していった同胞たちが通っていった道を、後からノロノロと踏みしめてゆく形になる。


 この試験は年4回行われており、本来なら早くて半年、長くても一年で合格してしまうのが一般的なペースとなっている。


 それに比べて私は、挑戦1回目の今回でさえ既に2年と半年──随分と足踏みをしてしまったものだ。

 もう私を追い越していった者達に追いつくことは難しいだろうけど、せめて────せめて今の隊の子たち────クレアとセルマには遅れを取りたくない。

 ようやくここまで来れたのだ、2人に報いるためにも、私は頑張りたい。



   ※   ※   ※   ※   ※



「と言うことで、お前さん達3人は来週から始まる昇級試験を受ける。

 他の小隊とも一緒になると思うから、今のうちに恥をかかないよう、下準備をしておくように」


 アデク教官が教壇の上に立って私たちに試験の概要について語る。

 試験に合格したらもうアデク教官の授業を受けることもなくなってしまうので、実質こうして彼から教えを受けるのもあと僅かかも知れない。


「試験は、1次試験と2次試験があって、1次試験はマークテストだ。

 お前さん達、過去問持ってきたから今日はこれを解いて練習してもらう」


 そういうと、アデク教官は薄い問題用紙と答案用紙をそれぞれに配った。

 プリントやレジュメを渡すことが少ないアデク教官にとっては、結構珍しいことだ。


「まぁ、渡して採点するだけで金もらえるんだから楽な仕事だよ。復習のことは知らん」


 なんだそれが本音か、それ図書館で出きるじゃないか。


「問題少なそうだな、安心した!」

「でも本番だと思って気合い入れてやらないと! 試験まで日数も少ないんだし、頑張るわ!」


 セルマとクレアは気合い満々のようだ。

 授業で習ったことばかりなので、このテストでは今までアデク教官の話をどれだけ聞いていたかも試される。


「じゃあ、本番の時間配分で行くぞ。

 制限時間は90分、合格ラインは100点満点で85点。

 ちょうど1年前の問題、当時の合格率75%。

 あと分かんなきゃ、適当に書いと、当たるかも知れねぇし。

 終了したらその場で採点するから、あんまりオレに醜態はさらすなよ」


 私はしっかりとペンを握りしめ、問題を解き始めた。


 そして110分後────アデク教官の採点も終わり、それぞれの過去問の返却時間が来た。

 テスト中、早く終わってしまい見直しも完了した私は机に突っ伏して寝ていたので、まだ眠気がとれない。


「じゃあ、返却。それぞれの答案用紙に点数付けておいたから、手元の問題用紙と合わせて見直ししておけ。あと渡す時点数言うから」

「「えー」」


 嫌そうな顔をするセルマとクレア。

 まぁ、気持ちは分からないでもないけれど、どうせこの人数だ、隠し事も何もないだろう。


「まずはセルマ────78点」

「うわっ、合格点届かなかった!!」


 セルマはショックを受けながら回答を受け取る。

 本人的にはもう少し自信があったらしい。


「あー、こことここ間違えてたのね!」

「セルマは引っかけに弱い。まぁ、1回目の今回はテストに慣れるって意味もあるんだ、仕方ないだろ」

「はーい……」


 しょんぼりするセルマ、まぁでも1回目でこれだけ取れたのだ。

 彼女は優秀だと思う。


「次エリアル、100点。なんも面白くねぇ」

「あ、はいありがとうございます」

「えぇ!?」「おいウソだろ!?」


 セルマとクレアが身を乗り出して驚く。

 ヒドいな、そんなに私の高得点が意外か。


「エリーちゃん凄い!! これからエリーさんて呼ぶわ!!」

「止めてください」

「何で満点なんだよ、なぁ!!」

「やめて、襟を掴まないで。伸びちゃいますから」


 私は2人に喰い気味に迫られたじたじになる。


「コイツは2年間したっぱ軍人やってたんだ、当然だろ」

「まぁ、軍の入隊生が入るのは半年に一度ですけど、お2人が入隊してくるまで、同じ隊の人はみんな私を抜かして合格していって、その度に新入隊員のために最初の授業に戻ってましたし。

 そりゃあ、同じ内容の授業を何回もループして聞いてたら内容は覚えちゃいますし、過去問も何回もやってるんですから────」

「あ、あー……」

「なるほど……」


 2人は納得するとともに、気まずそうに私から目を逸らした。

 うん、まぁこうなることは分かってたよ。


 ちなみに以前個人的に図書館で過去問を借りて初めてやってみた時の点数は68点。

 少なくともその時はセルマより下。


「よし、じゃあつぎはクレアだな」

「どんと来い!」

「結果は36点、あと名前も書き忘れてる」

「なにっ!?」


 あちゃー、としか言いようがない。

 36点、それは絶望的数字である。

 つまり単純計算で言うとクレア2人いても合格点には届かない。


「ちょっと、クレアちゃんヤバいんじゃない……?」

「名前書き忘れはイタいですね……ど、ドンマイ?」

「う、うぅ……」


 もうかける言葉が他に見つからない。

 そもそもこのテスト、マークシート式でほとんどが4択だ。

 つまり、適当にやっても確立で見ると25点取れるわけで、実質クレア個人の力はもっと低いだろう。


「ききき、教官!! あれだ、その────マークミスったとかないのかよ!!

 そら、1つズレてて回答が低くなっちまったとか!!」


 往生際の悪いクレア、どうやら未だに自分の点数の事実が受け入れられないらしい。


「クレアちゃん、流石にそれは────」

「あったぞ、ズレてた部分」

「本当か!?」


 大喜びで跳ねて喜ぶクレア。


 いや、そこ喜ぶところじゃないから。

 むしろ本番で絶対やっちゃいけないミスだから。


「うん、クレアのミスは32問目から45問目。

 一つ上に書きたい回答書いてたみたいだな」

「ならよかった、もうちょうっとマシな点数に────」

「いや、ズレてた方が点数高かった。運がよかったな」

「ああぁぁぁーー!!」


 ついに頭を抱えてクレアがその場にしゃがみ込んだ。

 アデク教官の一言が相当心に響いたらしい。


「よし、そろそろ時間だな。オレは帰るぞ」

「教官!! そうじゃなくて!! 何かないの!?」


 意気消沈のクレアを心配して、セルマがアデク教官に助け船を求める。


「うーん、そうだな。セルマはもう少し力入れれば合格点に達するから頑張れ。

 エリアルは油断するな。クレアは本番名前だけは書き忘れるなよ」

「そ、それだけ……?」


 唖然とするセルマに、教官は悲しそうにほほえんだ。


「バカはまずそこから始めろ、それ以外もうクレアに教えることはない。だってオレじゃ手に負えないし」


 そういうと扉を閉め普通に部屋を出ていった。


「きょうかーーーん!!」

「本当に帰っちゃいましたよ──いいんですかクレア。おーい、クレアー?」


 しかし、クレアに声をかけても返事がない。

 目の前でてをぷらぷらさせてみたけど反応がない。


「相当ショックだったみたいね」

「まぁ、合格率は75%って言ってましたし、また次の機会に受けちゃいけないって決まりもないんです。

 その時また合格できるように頑張ればいいんですよ。

 今回はとりあえず様子見と言うことで────」

「そ────」

「そ?」

「それじゃダメだ!!」


 突然大声を出してクレアが立ち上がる。


「うわ、ビックリした」

「それじゃダメだ!!」

「クレアちゃん落ち着いて、何でダメなの?」


 クレアを椅子に座らせたセルマが問いかける。


「それじゃ、一人前になるのが遅れちゃうだろ……」

「しょうがないじゃない、合格できないんだから」

「あ、アタシはそれが嫌なんだ!!

 確かに入隊した頃のアタシは無謀で向こう見ず、それが間違ってるってことには気付いた。

 けど、あの頃から思ってた『早く出世したい』って気持ちは変わらないんだ。

 だから、こんなとこで足踏みは出来ねぇ、絶対に2人と一緒に合格してアタシもd級になる!」


 クレアの言うことは、私にとって無謀かはともかく納得は出来ることだった。

 ずっとしたっぱだった私にとっての一回と、クレアにとっての一回を同じと捉えてはいけないのだ。


 それに、もし私とセルマが合格してクレアが落ちてしまったら、それだけ彼女がd級へ昇格する期間は長くなってしまうだろう。

 置いて行かれてしまうつらさを誰よりも知っているのは────私だ。


 なら、面倒ごとは嫌だけれど、他人事にはしたくない────


「クレア、これから一週間であと49点上げるしかないですね」

「わ、分かってるそんなこと……」

「死ぬ気で────死ぬ気でやるんなら、付き合いますよ」

「ほ、本当か!?」


 クレアの顔が明るくなり、グッと顔を寄せてくる。近い近い、いいにおい。


「そうね、クレアちゃんと隊が離れちゃうのは嫌だし、自分もできるだけサポートするわ」

「やった!!」


 よかった、とりあえずクレアの機嫌は直ったようだ。


「ねぇ、でもエリーちゃん、一週間で点数倍にするのって、結構大変よ?

 具体的にはどうするの?」

「そうですねぇ────合宿、とか?」


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